村の長
村の中でもっとも大きい屋敷を訪れて――黒ずくめの女剣客は、膝を揃えて、座して待った。女中が、囲炉裏のかがり火で沸かした湯を注いで、白い湯気をたてながら、二つのお茶をいれる。一つは女剣客の分、もう一つは老人、村の主の分だ。静かに陶器を並べ終えると、女中は女剣客の顔をじろじろと眺めながら、奥の間へと戻っていった。
「……気を悪くせんで、くれ。なにせ山奥の農耕だけの地。役人はともかく……おぬしのような武人、しかも女子ともなれば、ものめずらしうてな」
年齢のせいか、どこか滑舌が悪い。調子の悪い弦楽器の音を含んだような声で、くぐもっていて聞こえにくい。ぱちぱちと燃える炎が、老人の顔に集まる複雑なしわに、きめこまやかな光陰をつけて照らしていた。
茶を一口飲んで、乾いた唇を湿らすと、女剣客はつと尋ねた。
「もしや、この年……作物は不振。村は凶作だったのではないか?」
「ど、どうして……」
釣り針のような鋭い目を見開いて、老人が息を呑む。
「土地を見れば分かること――近くに、妖禍使が棲んでいる。わたしはそれを斬りにきた。破魔士として――」
手元に置いた黒鞘の刀を示して、そう素性を明かすと、老人は血相を変えた。
「あいや……と、とんでもねぇ。そんな大層な金、この村には……」
「安心せい。金はとらぬ。わたしは公儀の者ではない」
「……? どういうことで……?」
そう狼狽するのも無理はなかった。
妖禍使退治の専門家、破魔士――かれらは公儀のお膝元で、だれもが例外なく組織される。ゆえに、個人の采配はむろんのこと、慈善の活動なども許されない。
女剣客が続ける。
「御仁が気にすることではない。わたしが妖禍使をふらり勝手に斬るだけのことだ。そのために、数日ほど寝床を貸してくれれば、よい」
「は、はぁ。それ、なら……まぁ……」
迷ったように、村の主が頷く。無料の話を断る理由はない。だが、この女はどうしてそんなことを……そういう疑念が老人にはあった。
「……ところで老人。村に一人、孤児がおるな」
先ほどのいじめられていた童を思い浮かべて尋ねる。
「あぁ……恥者のせがれ、かな」
「恥者?」
「つまらん娘が、いたんです。農作を嫌い、村から都へ出て、遊女なんかに……。あげく、どこのモンともしれん子を……孕まされて、ね」
「その者の家は何処に」
「もう、死んでまさぁ。首吊って、ね……だから、あのせがれは、今は村のモンが、持ち回りで面倒見てんでさぁ、迷惑なこってに……」
「……そうか……」
すっと立ち上がって、女剣客はつぶやいた。
「わたしが借りる寝床……よもや女の死んだ処ではあるまいな?」
「……そ、そりゃぁ、もちろん……」
かくして、老人に案内された先は、その屋敷の中でもやけに立派な一室であった。