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破邪の利剣  作者: 武嶌剛
弐幕 人斬り刃狼
11/12

黒刃の破魔刀

 風が吹いて、舞い散る木の葉の一枚が地面に触れた時――二人は同時に動き出した。


 彰介の突き出した鋭い白刃が、風火のかぶる塗笠を容易に撃ち貫く。わずかに急所をそらした風火は、長い黒髪をばらっと振り乱しながら、男の胴元を狙って、すかさず抜刀する。


 後の先を狙った、二の太刀の攻撃――


 しかし、彰介の動きは、おそろしく俊敏で熟練されていた。にぶい金属の衝撃音を鳴らし、上段に空振っていたはずの刃が、いつの間にか移動して、風火の攻撃を受け止めている。


 塗笠が地面に落ち、互いの刃が空中で交錯して、じりじりと競り合うと――


「ぐっ――」


 先に風火が悲鳴を漏らした。純粋な力勝負になってしまっては、もとより女の肉体に利はない。顔の間近まで迫る彰介の刃を前に、風火はたまらず叫んだ。


「幽州暗恨の念よ、飛ばせ……!」


 巻き起こる突風が、彰介の身体を突き飛ばす。むろん、打ち倒すほどの手応えはない。切迫した状況では、それほどの霊術を構成する余裕もない。三間ほど退がったところで、彰介は踏み止まった。とっさの霊術にしては上出来といえる威力だった。


(……強い……)


 風火は半ば絶望的な気持ちになって、そう舌打ちした。

 かつては人斬りという素性も、たしかに頷ける話であった。明らかに、彰介の卓越した剣術は自分のものより優れている。しかも、彼はまだ余力すら残しているように見える。

 彰介はあいも変わらず涼しげに佇んでおり、息切れ一つ起こしていない。その静かさが逆に恐ろしい。まるで冷徹な獣のようで、一時たりとも油断ならない。


 攻めにも及べず、逃げにも転じることができず――


 風火が慎重に身構えていると、彰介はこんなことを問いかけた。


「……それは破魔刀なのか……?」

「なにを珍しがる。武霊隊の者であれば、破魔刀など見慣れておるだろう」

「いや……。妖禍使退治の霊具(れいぐ)・破魔刀。その刀身は、いずれも穢れなき白刃のはず。それが黒刃のものなど、拙者とて見知らぬこと――」

「……」


 互いに、手持ちの刃を見比べる。

 どちらの鍔元にも同じように霊髪が巻かれているが、刀身の色は、まるで異なる。


 白い刃と黒い刃。


 武霊隊の破魔刀をきちんと見るのは、風火にとっても、それが初めてのことだった。


「いったい、それをどこで入手した? そもそも破魔刀を所有するは、武霊隊のみ。流浪(るろう)の破魔士風情が持ち得るモノではないはず……」

「さあな。生まれた時には持っていた。戦災孤児だったわたしに分かることは、それだけ。過去の経緯など、知らん」

「なるほど。それでは聞いても無駄ということか……」


 そうつぶやいてから、彰介は表情を急変させた。


「じつにめずらしい……欲しいな、それは……」


 ほとばしる殺意。

 彰介は、まるで情欲たっぷりに極上の女を舐め回すように、黒刃の破魔刀へ視線を向けていた。ごくりと喉を鳴らし、唇を舌でねっとりと濡らしている。


「……やめておけ。この破魔刀は、わたし以外には扱えん」

「ほざくな。そのような霊具、存在せぬわ」

「昔、ある霊力者が、この刀を使おうとして、命を落とした。嘘ではない」

「もともと霊具は容易に扱える代物ではない。未熟な者が扱えば気を失うものよ。とはいえ、死ぬほどの代償とは。ふふ……。そんな稀有な話を聞けば、ますます欲しくなってきたぞ、おぬしの刀……」

「言っても無駄か」

「左様……」


 彰介が飛びかかり、再び斬り合いが始まる。

 展開は、ほとんど防戦一方である。彰介の繰り出す斬撃を、風火はただ後退しながら受け流すことしかできない。

 あっという間に、外套はぼろぼろに裂かれていた。攻撃の幾筋かは、袴を切り破いて、風火の肉にも届いている。痛みと血の感覚。それに疲労が一気に押し寄せる。死の足音を感じ取ると、風火は意を決した。


(――なんとか隙を――)


 肩の留め具に手をかけて、相手の視界をくらますように外套を投げこむと、風火は真上に跳躍した。


 彰介が外套を払いのけると同時、宙空に舞った風火が、頭上の死角から破魔刀を振り下ろす。


 今度こそは刃が届く――そう確信した瞬間だった。


「甘い」


 彰介は、まるで背中に眼でもつけているかのように、刀を背後へ掲げると、風火の渾身の一撃をいとも容易く受け止めてみせた。さらに、そのまま勢いよく後方に飛び込んで、空中から落下している風火の不安定な身体を一気に突き飛ばす。

 痛烈に地面へ打ちつけられて、転がり――


 仰向けになった風火の顔に、そっと刃が向けられた。


「残念だったな。おぬしと拙者では、生きた時代も、過ごした年季も違う。こと斬り合いにおいて、拙者は負けん」


 つうっと血の流れる感覚に、風火が固まる。わずかにでも動けば、この男は顔面を貫く。そんなことは疑いようもないことだった。


 さらに、風火の腕をおもいきり踏み抜くと、彰介はお目当ての破魔刀をも奪い取った。


「まことに美しい……こんな珍妙な破魔刀があろうとはな……」


 二本の破魔刀を並べて、それらの刀身をうっとりと一望する。

 そして、黒い刃のほうを空に掲げて告げた。


「喜べ。最期は、おぬしの刀で屠ってやろう」

「はやく手を離せ。取り返しがつかなくなるぞ」

「ふふ。おぬしの命が、か?」

「そなたの魂がだ」


 風火が警告すると、その異変はついに起こった。


「なっ――――」


 かすかな悲鳴と共に、それまで冷然と構えていた彰介の表情が、途端に歪む。


「…………ぐっ、うう…………」


 がくがくと膝を震わせて、彰介が後退する。

 白刃の破魔刀がその場にがらんっと落ちると、拘束から解放された風火は、ばっと起き上がって、すぐに叫んだ。


「はやく手を離せ! 死ぬぞ!」


 その光景はおぞましいものだった。

 破魔刀を握る、彰介の片腕。それが黒い触手によって、次々に食い千切られているのだ。破れた皮膚から血が流れ、その血が黒い膿となって、連鎖的にとめどなく増殖していく。

 彰介が刀を手放そうと抵抗するも、複雑に絡みつく触手が、それを許さない。触手は、意志を持った蛇のようになって、執拗に、執念深く、粘着質に、まとわりついている。


「幽州暗恨の念よ、滅せよ……!」


 風火の両手から膨大に膨れ上がった白い閃光が、激流のようになって彰介の左腕へ降り注ぐ。まるで強靭な嵐が木々をひっぺがすように、黒い膿が光の中へ消えていく。


 だが、触手は一向に枯渇しない。光の中で消えながら、増殖も同時に続けて、やがて風火のほうが先に息切れしてしまった。


 彰介は身体の自由を失ったように、よろめき倒れると、地に伏したまま、ふりしぼるような声でうめいた。


「……き……きれ…………」


 思い出したように、彰介の破魔刀を拾いあげて――

 風火は即座に、その黒い腕を斬り落とした。


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