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RERL  作者: 松下 模哉
9/10

良心

「いいから、逃げろ!!」


きょとんとした顔の一同に和島が再び怒鳴った。


「きゃあああああ」


楓が悲鳴をあげた途端に皆、状況を掴んだらしく、慌てて体を起こした。


「みなさん!あと10分!10分持ちこたえるんだ!」


土間が目を充血させながら言った。陸斗も逃げようとソファから立ち上がると、足が思うように動かなかった。考えると、今日は走りっぱなしだ。心身共にぼろぼろだった。しかし、今は逃げなければ。


なんとか前に進むものの、足が前に出ない。皆は散り散りに別れた。陸斗が屋上へ続く階段を見つけた、次の瞬間、どすんという地響きが建物に轟き渡った。


その揺れに応じるように皆は足を止めた。


「なんの揺れだ…」


陸斗が後ろを向くと、そこにはパックマンの姿があった。4階まで上ってきたのだ。その口の周りには、生々しい血痕がついていた。大俵のものだと陸斗はすぐに察した。


悲鳴をあげながら、逃げ回る一同。パックマンは貴史を追いかけていた。


「やめろ!やめてくれ!」


大声で叫び、必死に逃げ惑う貴史を見て、陸斗は咄嗟に足元にあった瓦礫をパックマンに投げつけた。


自分でもなぜ、その行動が咄嗟に出たのかはわからない。しかし、貴史を助けたい。その一心だった。


投げつけた瓦礫は、そのまま真っ直ぐパックマンに直撃した。パックマンの動きが止まり、貴史はそのまま逃げていった。陸斗は念のため、近くにある瓦礫を2、3個所持していた。彼の膝は激しく震えていた。


パックマンがゆっくりと陸斗の方を向き、大きな口を開ける。奴の殺意が自分に向けられているのがわかった。それと同時に陸斗は覚悟を決め、座り込んだ。


皆はもう違うところへ逃げたのだろうか。そんなことを考えていた。パックマンがこちらへ近づいてくる。一度大きく飛び上がり、着地したあと勢い良くこちらに向かってきた。


散らばっているデスクを払い除けながら、こちらに猛スピードでやってくる。陸斗は目をつむった。パックマンは陸斗を丸呑みにする勢いで口に入れようとした。すると、次の瞬間。


ブーッブーッと陸斗のポケットからメールの受信音が聞こえてきた。それと同時にパックマンは動きを止めた。陸斗は恐る恐る、目を開けると前方にはずらっと並んだ大きな歯があった。パックマンの歯だ。どうやら食べられる直前だったらしい。


「俺は…助かったのか…」


陸斗は全身から力が抜けていくのがわかった。


「陸斗くん!!大丈夫か!!」


屋上から何人かが降りてくる音がする。この声は、土間の声だろうか。陸斗の意識は朦朧としていて、声の聞き分けも曖昧だった。



俺が気がついたのは、あの事があってから1時間後だった。体を起こして、辺りを見渡す。時刻は午前1時。


自分がさっきまでどうなっていたのかあまりよく覚えていなかった。ひとまず、喉を潤そうと、近くの水道まで足を運ぶ。その途中で鼻を啜る音を俺は耳にした。


そこには、椅子に座りながら泣いている楓の姿が伺えた。


「楓、どうした?みんなは?」


「あ、陸斗。起きたんだ。皆は寝てるよ」


楓は慌てて涙を拭った。しかし、目元は赤くなり、腫れていた。


「そっか。それで、俺はどうなってたんだ?あんまり、覚えてなくて」


頭を掻きながら、楓に問いかけた。


「私もあまり見なかったけど、どうやらあなたが食べられる直前に運営側からメールが来て、パックマンが止まったらしいわよ。ほら、これ」


と言って楓はメールを見せてきた。


【〈1日目終了のお知らせ〉

皆様、いかがお過ごしでしょうか。充実した1日を過ごせましたか?時刻が午後12時を回りました。1日目のゲームは終了です。パックマンを停止します。それでは明日、午前6時にゲーム再開です。いい夜を。

運営より】


そう綴られていた。


「運営側に、助けられたってわけか…」


俺は半笑いを浮かべながら、楓を見つめた。楓の目元は依然として赤くなっている。あまり、まじまじと見る機会もなかったが、改めて見てみると楓が可愛く思える。


「え、なに?」


楓は不思議そうに、陸斗を見つめ返した。


「いや、どうして泣いてたのかなって」


俺は少し誤魔化して、楓に質問した。可愛いねなんて到底言えるはずがない。


「え!?泣いてなんかないよ!何言ってんの?」


楓は少し慌てて、目元をこすった。その姿も可愛らしく俺にとっては癒しにさえもなっていた。


「私ね、このゲームが開始される前友達と渋谷で映画見る予定だったの。映画まで時間があったから、喫茶店寄ろうって言ってお茶飲んでたんだ。そしたら、急にカップが割れてその瞬間目の前から人が消えた。怖かったな…。私達、どうなっちゃうんだろうね」


楓の頬を再び涙がつたっていった。


「これからどうなるかはわからない。けど、必ず生き延びよう。このゲームが始まる前まで俺はクズ同然の生活を送ってたんだ。学校には不登校で家にひきこもりっぱなしでさ」


「そんなこと言ってなかったじゃない」


「恥ずかしかったんだよ。そんな自分が。でも、このゲームを機に俺は変われた。だから、この『俺』としての普通の日常を送りたいんだ。そのためには、このゲームで生き延びなければいけない。だから、俺は戦う」


俺は拳を握って、楓に語った。この言葉は『俺』への決意を示したものでもあったのだ。


「あなたって変わってるのね。面白い。私ももっと頑張らなきゃね」


そう言って楓は袖で涙をぬぐい、笑みを浮かべて俺を見た。俺はそれに答えるように笑った。


「これ、あげる」


そう言って、机においてあるアルミ缶容器のグレープジュースを楓は俺に渡してきた。


少し戸惑う俺を見て楓が言う。


「残念ながら口はつけてないよ」


「そ、そんなのどうでもいいよ。ありがとう」


こんなたわいもない会話でさえも、どことなく幸せに思えた。この時間がずっと続けばいいのに。俺は心からそう思った。


「そういえば、パックマンはどうしたんだ?停止しただけなんだろ?」


「土間さんが包丁で切り裂いたわ」


俺はその言葉によって一気に現実に戻された。


「そうか…色々話しちゃって悪かったね。それじゃあ、おやすみ」


俺はそう言って、もらったグレープジュースを飲み干して、ゴミ箱に捨てた。


「おやすみ」


後ろから、彼女の寂しげな声がかすかに聞こえた。



2日目の朝は、メールの受信音で目が覚めた。皆が一斉に体を起こして、携帯を開いた。


【〈特別連絡〉

おはようございます。時刻は午前6時を回りました。昨日は大変よく頑張りました。そんな、貴方達に朗報です。

2日目は午前10時まで特別自由時間とします。つまり、パックマンを午前10時まで起動させません。その間は何をしても良いです。ルールは無効化されます。


それでは引き続き楽しいゲームライフをお楽しみください。


運営より】


「運営側は馬鹿なのか?」


大あくびをしながら峰が言った。


「あっちの考えがわかりませんが、今は従うしかないでしょう。いい機会です。これからの計画を立てましょう。和島のこともありますし」


そういった土間の格好は警察の制服ではなく、Tシャツにスウェットといういかにも部屋着のような格好をしていた。どこかから持ってきたのだろうか。


応接室の扉が開く音がした。そこから出てきたのは和島だった。


「この部屋に全員分の食事があるぞ。一人一つ取りにこいよ」


和島が部屋を指しながら言った。皆頷いて、順々に部屋に入って行った。


そこに並べられていたのは、目玉焼き、ベーコン2枚、ロールパン2個が乗せられた全員分のお皿だった。目玉焼きからは湯気が出ている。


一体どうやって運営側は出来立ての料理を、全員分時間通りに運んでいるのだろうか。俺はそれに気になったものの、すぐにその疑問を頭から払った。そんなことを考えても、手がかりなど見つからないからだ。


皆はそれをたいらげると、和島を仲間にするかについて、議論を交わし始めた。


「そういえば、あいつ、あの時俺らに危険を知らせてくれたよな?」


目玉焼きをほおばりながら、峰が言う。


「確かにそうですね。あの時、彼はわたし達にパックマンが来たことを教えてくれました」


古淵が、コーヒーメーカーでカップにコーヒーを入れながら言った。


「確かにそうですけど、私は怖いです。この子のこともありますし、いつ裏切るかわかりませんから」


そういって薫は琴音を抱き抱えた。琴音は目を半開きにしている。どうらや、まだ眠たいらしい。季里子がその時お手洗いに行くと言って席を外した。


「和島さんを仲間にしたら、あの小山田さんも仲間になるんですかね」


俺がそういうと、貴史が答えた。


「まぁ、自然とそうなるんじゃない?あの人、一人じゃ何もできなさそうだしね」


貴史は小馬鹿にしたような態度で言った。


すると、トイレに行っていたはずの季里子の叫び声が聞こえた。


「え!なに?まさか、また奴らが?」


楓が怯えて言った。


「いや、どうやら違うらしいよ。こりゃあ、大変だ」


いつもは温かい笑顔の善次郎も、その光景を見た途端、顔が曇った。


そこには、季里子の首を脇に抱えながら、彼女の頭に銃口を突きつけている小山田の姿があった。


「俺が馬鹿にしたからか?」


貴史は額に汗をかいていた。


「藪下さんを離せ!さもなくば、お前を撃つ!」


土間が、これまで以上の声で小山田に言った。土間の構えている拳銃は、小刻みに震えていた。


「お、俺は全部聞いちまったんだ!俺らは誰も助からねえって!だから、こいつも、お前らも殺して、このゲームを終わらせるんだよ!」


「和島か。あいつに言われたのか?」


「違う!あいつは今一階で、呑気に煙草を吸ってる。お前もお前もお前も全員助からねえんだ!それで、お前らを殺したら俺は生きて帰れる!だから、お前らを殺すのさ!」


「一体、誰に言われたんだ…」


貴史が拳を強く握って呟いた。


「知らない内にえらいことになってこなってんじゃねえか。どういう状況だこれ?」


後ろから声がした。そこにいたのは、先程まで煙草を吸っていたと思われる和島だった。服に匂いがしみついていて、こちらまで匂ってくる始末だ。


「お前も何も知らないのか?」


土間が和島に問いかける。


「ああ、知らねえよ。だが、あの拳銃は俺のだ」


「お前、拳銃持ってたのか!?」


峰が目を丸くして言った。


「うるせえぞ!!黙ってろ!この女はもう殺す!最初の生贄だ!」


小山田の興奮は収まらず、ついに引き金を引こうとしていた。


「やめろ!撃つぞ!」


土間を必死に叫ぶが、手が震えて、銃口が安定しないでいるのが目で見てわかる。


「死んでもらうぞ」


小山田がそういった瞬間、辺りに銃声が轟いた。それと同時に、小山田が頭から血を流して倒れた。


「きゃああああああ」


楓の悲鳴が響きわたる。土間の銃口は火を吹いていなかった。しかし、その後ろにいた、和島の銃口から煙が立ち上っていた。


「俺らの中じゃ、銃を2つ所持するのは鉄則だ。それに、土間。あんたはあいつをどうしても撃てなかった。自分の良心が邪魔をして、あいつを撃つことが出来なかった。違うか?」


土間は黙って下を向いていた。そして続けて、和島が口を開いた。


「このゲームは、職業とか立場とか年齢なんて簡単にひっくり返せる。だが、自分の根っからの性格はこのゲームを持ってしても、ひっくり返せはしない。むしろ強くなっちまう。

あんたのその根っからの人の良さが、今出たんだ。そんなやつに汚名を着させたくはねえ。だから、俺が撃った。それまでのことだ」


和島はポケットから煙草を手に取り、口にくわえた。


「急に善人ぶりやがって…汚名を着させたくないだって?私は警察だぞ。自分の立場わかっているのか?」


土間は和島を睨みつけた。


「だから、言っただろ。この世界で職業なんて関係ねえって。だから、俺はあんたの代わりに撃った。それに、あんたが万が一、小山田を撃ったら、現実世界に戻っても一生引きずるに決まってる」


和島は煙草に火をつけた。煙草の煙がゆらゆらと天井へ登っていく。


「ちょっと、ここ禁煙よ?」


楓が怪訝そうな表情で言う。


「おっと、すまない」


和島は急いで煙草の火を消した。


「ありがとう。助かった」


土間は歩き出して、すれ違いざまに和島に言った。その言葉は小さかったものの、どこか温かいものを感じた。



「それでは、最終決定いたしましょう」


各々椅子に腰をおろして話を聞いていた。話題はもちろん、和島を仲間にするかしないかについてだ。


「和島を仲間にするのを賛成の方、挙手をお願いします」


その結果、琴音以外の全員が手を挙げる結果となった。薫や峰もどうやら、先程のことで和島を見直したらしく、手を挙げていた。もちろん、土間もだ。


「結果は見てのとおりです。それでは和島を呼んでくるので少し待っててください」


皆は頷いた。


「薫さんは大丈夫なんですか?」


古淵が薫に問いかけた。


「まぁ、完全に信頼したってわけではないけど…琴音のことは私で守ればいいですしね」


薫は琴音を見つめながら言った。すると、ドアが開く音がして、土間に続いて和島がゆっくり出てきた。二人はそれぞれの椅子に腰を下ろした。和島が背筋を伸ばして言った。


「仲間になることを賛成してくださってありがとうございます」


和島の口からそんな言葉出るなんて思ってもいなかったからか、俺も含めて、皆必死に笑いをこらえていた。和島は照れくさそうに頭をかいている。


「それじゃあ、約束通り俺が知り得てる全ての情報を伝える。今から話すことは現実だ。心して聞いてくれ」


和島の顔がより一層引き締まり、空気が変わるのを肌身で感じた。


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