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RERL  作者: 松下 模哉
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陸斗は、先に走り出した貴史の背中を追っていた。幸いこちらには、パックマンは来ていなかった。


しかし、ここで止まるとすぐに見つかり追いかけられてしまう。二人は懸命に足を前へ前へと運んだ。


ふと、後ろを向いて状況を確認してみた。

すると二体のパックマンは揃って光輝を追いかけていたのだ。光輝は顔を青ざめて走っていた。陸上部ということもあって足は速いが、この速さが持続するとは到底思えなかった。


そして、何分か走ったあと陸斗たちは足を止めた。


「追ってきてはないようだね」


貴史が息を荒らげて言った。彼の顔には大量の汗が伺えた。陸斗は頷いた。そして、ここから二人は区役所に向かうことに決めた。


区役所に向かう途中も、周りに細心の注意をはらいながら道を歩んだ。


「皆、無事だといいな…」


陸斗が聞こえないくらいの小声で言った。しかし、貴史には聞こえていたらしく、こちらを向いて鼻をこすって言った。


「大丈夫、きっと大丈夫」


その言葉は陸斗を安心させると共に、自分自身に暗示をかけているとも解釈することができた。


突き当たりを右に曲がると正面には、目的地である区役所がそびえていた。


「見えた」


陸斗が言った。


「先に中に入っていようか。それとも外で待ってるかい?」


「少しの時間外で待っていましょう。誰でもいいから生存を確認したいので」


貴史は頷いた。区役所まで後、百メートルほど。その間も緊張の糸は途切れることなく歩みを進めた。


区役所の近くにある大時計前で陸斗たちは一旦辺りを見渡した。しかし、人がいる気配は全く感じられなかった。そして、依然として街は静寂に包まれていた。


陸斗たちは落胆しながらも、区役所の入口付近に移動した。陸斗は腰をおろして下をむいていた。一方、貴史は立ったまま次に来る者たちを待っている様子だった。


「あ!」


貴史が何かを指差して言った。陸斗は、顔をあげて貴史の指差す方に目をやった。そこには、土間と宮澤親子の姿があった。少々服が汚れていたが、怪我はないようだ。


「本当によかった」


「琴音ちゃんも薫さんも土間さんも…ああ、無事でなによりだ」


陸斗たちの口角は大きく上がっていた。


「心配かけてすまなかった。まだ、これしか来ていなかったか」


土間は少し悲しそうな目をして言った。


琴音の大きな目は少し赤く染まり、腫れ上がっていた。薫は琴音の頭を撫でながら言った。


「お二人もご無事でなによりです。土間さんがいなかったら私達はもう…」


薫は土間の方を見ていた。きっとパックマンを拳銃で撃ったのだろう。


すると、またこちらにゆっくりと、近づいてくる足音がした。その足音は一人ではなかった。


陸斗たちはそちらに目を向けると、峰、古淵、善次郎が歩いてきていた。


「ここか、区役所」


峰が、区役所を見上げるようにして言った。


「やっとつきましたね。城川さん大丈夫ですか?」


そして古淵は善次郎に肩を貸した。


「ああ、ありがとう。大丈夫だよ」


善次郎は古淵の肩につかまり段差を超えて、陸斗たちの方に来た。


土間が言った。


「皆さん!よかった!ご無事でしたか!」


「まぁな。なんとか逃げ切れたよ。城川さんとは途中で合流してな」


峰が汚れたスーツを手で叩きながら言った。古淵もそれを手伝って、峰のスーツを叩いた。


「あと、四人…」


陸斗が俯きながら言った。


「先に中に入っていましょう。きっと皆さん来ますよ」


土間は微笑んでみんなに呼びかけた。そして皆は頷いて、建物内へ入っていった。


入口にある自動ドアが開くと、建物内から異臭が漂ってきた。陸斗は眉間にしわを寄せて辺りを見渡した。


「なんでしょう、この臭い。生臭いって言うか何と言うか…」


薫が鼻を押さえながら言った。確かに生臭い。何かが腐ったような異臭だった。とにかく人間にとって不快な臭いだということに変わりはない。


「も、もしかしてパックマンがいるんじゃないだろうな」


峰が怯えながら言った。


「その可能性も否めませんが、あんなに大きな生物がいたら物音の一つや二つ聞こえるはずです」


土間が、あたりを見渡しながら言った。


建物内の明かりは全て点灯したままで、大事な書類だと思われるものがあたりに散乱していた。しかし、その書類も今となってはただの紙切れでしかない。


陸斗たちの頭上には「受付」と記されている看板が見受けられた。そこは、パソコンがついたままであったり、誰かが荒らしたのか各々のデスクの棚が出しっぱなしになっていた。床には書類が無造作に散乱し、歩く踏み場のないほどだ。


しかし、その散らかりようは人為的なものにしか見えなかった。人がいるのかもしれない。陸斗はそう考えた。


「誰か…いるのか?」


陸斗がぽつりと呟く。


「僕も今ちょうど思っていました。もしかしたら、プレイヤーがこの建物内にいるかもしれない」


土間が顎を触りながら言った。しかし、今陸斗たちがいる一階に、人らしき気配は感じられなかった。


薄暗い通りを抜けた辺りに二階へと続く階段が目に入った。躊躇なく、土間は階段に足をかけ、それに陸斗たちも続いた。


途中にあった、建物の地図を見ると二階には、「住民戸籍課」「高齢者サービス課」「介護保険課」「障害者福祉課」「生活福祉課」が入っているのがわかった。福祉関連のことは二階で扱っているらしい。


「四階へ向かいましょう」


土間が言った。


「なんでだ?二階で休憩しないのか?」


峰が眉をひそめていった。


「私が区役所を再集合場所に選んだのは、近いからと言う理由ではありません。区役所にいけば、この世界がなぜ生まれたのかの手がかりが掴めるかもしれないと考えたからです」


「そうだ。この世界が何なのか、まだわかってなかったんだ。」


陸斗ははっとした。今まで『死』から逃れることだけを考えていたため、この世界に関しての疑問が全く頭になかったのだ。むしろ、この世界にいるのが当然と思っている自分もいた。


「そうか。なるほどな。それならわかった、協力しよう。しかし、なんで四階なんだ?」


峰が偉そうに言い放った。


「四階には総務などの大事な機関が置かれています。そこになら何かあるんじゃないかと思いまして」


峰は納得した様子で頷いた。そして、止まっていた足を進め、四階へと向かった。その間、何かが腐ったような異臭は消えることなく、ずっと漂い続けていた。


四階までは、思ったよりも長く、脚の疲労もかなり来ていた。


四階に着いた。そして、それと同時に、なにかが動く物音が耳に入った。陸斗たちは五感を研ぎ澄ませた様子で辺りを見渡した。しかし、それ以降は何も異常はなかった。


辺りを散策してみるものの、先程と同じで床には書類が散乱しているだけだった。


「この中からこのゲームに関しての資料を見つけ出すんですか?」


古淵が呆れた目をしながら言った。


「さすがにこの量はお手上げだぜ」


賛同していたはずの峰が、腕をあげて言った。


陸斗も途方に暮れていて、この中から探す気力も根気も今の彼には残されていなかった。さすがに土間もお手上げの様子で大きな溜息を一度吐いた。


すると、貴史が口を開いた。


「なんで、こんなちらかってるんでしょうね」


「そりゃあ、この世界になる前に職員たちが手に持ってたのが落ちたからだろ」


峰が言った。


「だとしても、引き出しもほとんど開けっ放しっておかしくないですかね」


貴史が一番近くにあったデスクに手を置いて言った。


「ということは…」


陸斗が気づいた。この建物には人が"いる"。そしてもしくは"いた"ということに。


すると、その時廊下側にある第三小会議室から、瓶のようなものが割れる音がした。


「いってえ…」


部屋の奥から聞こえたのは、野太い男の声だった。陸斗たちは顔を見合わせ、ごくりと唾を飲んだ。


そして、物音がした第三小会議室にゆっくりと向かった。土間の手には万が一のためか、拳銃を確認することができた。


土間が、ドアに手をかけ、勢い良く開けた。すると、そこには男二人、女が一人が椅子にそれぞれ座っていた。


「なんだよ!驚かせんじゃねえよ」


それは、先程ドアの向こうから聞こえた声だった。その声の持ち主は、髪を金色に染め、虎の模様がついたスカジャンに黒いズボンという装いだった。耳たぶについている大きなピアスがきらりと光った。


「あんたらも…プレイヤーっすか…」


不慣れな敬語で言葉を発したのは、背中にギターを背負った男だった。少し、大きめの服を着て、怯える目でこちらを見てきた。女は派手なドレスを着てこちらを睨んできた。


「和島…剛…」


土間が構えていた拳銃を下ろした。その表情は、色を失っていた。


「やあ、警察さん。先程はどうも」


金髪の男も、一度目を見開いたもののすぐに我に返り、土間に言った。


「どういうことですか?」


陸斗は恐る恐る土間に問う。すると、土間は俯いたまま話し始めた。


「この世界になる前、私が渋谷に来た理由はある男の逮捕状が出たからなのです。その男は大京組という過激な金貸し、いや、暴力団の副総長の座に君臨していました。金を返さないやつには容赦なく、絶え間なく、過激な処罰を与える。それが奴らのやり方。そして私が逮捕しようとしたその男こそが、今私たちの目の前にいる和島剛。この男です」


土間は顔を上げて、和島を睨みあげた。一同は驚愕した表情をして、狼狽えた。薫は琴音を自分の背中に隠す素振りを見せた。


「そんなに睨むなよ。俺だってこの世界になって腰抜けるほど怖い思いしてんだ。同じプレイヤー同士仲良くしようぜ」


和島は机に散らばっている書類を見ながら言った。そして続けて口を開けた。


「それに、俺はこの世界に関して、ある程度だが、情報を手に入れた。お前らもそのためにここに来たんだろ?」


図星だったためか、土間は口を閉じたままだった。以前の土間とは別人なのが、傍から見てすぐに察することができた。


すると、陸斗が一歩前に出てきた。土間は少し戸惑った表情を見せ、こちらを見た。


「和島さんと言いましたね。その情報、見せてくれませんか」


「陸斗くん。やめろ。こいつは、そんな簡単に…」


土間が陸斗を止めに入ろうとすると、後方から貴史が肩に手をかけてきた。土間は貴史を見て不思議そうな顔をした。


「土間さんらしくないな。この人がかなりの悪党だとしても、今のこの世界では全く関係のないこと。この世界には善悪は存在しない。そして、警察官も暴力団もいない。ただ存在するのは、人間としての自分だけじゃないでしょうか。」


貴史が真剣な顔つきで話始めた。土間は戸惑った様子で目を逸らした。


「だとしても、こいつは…」


「土間さんがやるせない気持ちもわかります。でも、今は以前と状況が全く違う。今、最優先のことはこの世界の情報を教えてもらうことではないでしょうか」


陸斗が前を向きながら言った。土間は言葉が出てこず、俯いたまま溜息を吐いた。少し経って、何かを決心したかのように顔をあげ口を開いた。


「すまない。私としたことが情に流されてしまいました。和島、その情報聞かせてくれないか」


土間は改まって和島に求めた。


「ああ、いいぜ。お前らに害を及ぼすつもりもないからな。ただ、一つ条件がある」


和島がポケットから煙草を出しながら話した。


「なんだ…」


土間が言う。


「俺らと行動を共にしろ」


和島が煙草を口に入れて言った。

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