ゲーム始動
ひと呼吸おいたあと、陸斗はドアをあけた。それと同時に外に目をやった。すると、彼は膝から崩れ落ちたのだった。
「うそだろ…なんでだよ。」
毎日毎日、人で溢れ帰ってるはずの街、先程まで人酔いするほど人が居た街である渋谷が無人の街と化していた。
「誰か、誰かいないのかよ!!いたら返事してくれ!!」
陸斗は必死の思いで、叫んだ。するとその時、陸斗の声をかき消すほどの爆発音がそこら中から聞こえた。
陸斗は驚き、辺りを見渡す。するとさっきまで走行していたと思われる車が、次々と爆音を轟かせながら、衝突し合っていたのだ。ここにいては危険だ、そう感じた陸斗はこの場を離れて安全な場所を探し求めた。そしてそれと同時に、この世界の人間が本当に自分しかいないのか探し始めた。
少し歩いたところに高いビルを見つけた。彼はその高層ビルの屋上へ登ろうと試みた。高いところで辺りを見渡せば、人が見つかるのではないかと思ったのだ。そのビルのの入口には『大内電化』と大きな看板が掲げられていた。入口を通り抜け、社内のエレベーターへと向かった。ビルの社内はさっきまで人が使っていたことがすぐにわかるほど、生活感が漂っていた。
エレベーターが一階につき、中に入ると屋上である三十四階のボタンを押した。幸い、電気や水、ガスなどはまだ通っていたため、エレベーターはすんなりと動いた。しかし、ほっとしたのもつかの間で、上へと向かっている最中陸斗は他に人がいることを心の底から神様に祈った。神なんかに祈ったのは何年ぶりだろうか。しかし、唐突にこんな世界になって神なんているのだろうか。そんなおかしな疑問が次々と浮かんだ。しかし、彼は頭を振り、そんな疑問を振り払った。
そのようなことをしているうちに、屋上につく電子音がした。自動ドアが開き、外の光がエレベーター内に差し込んできた。
陸斗は外へ駆け出し、落下防止用の鉄柵に身を乗り出した。目を大きく開き、血眼になりながら動くものを上から探した。その間、彼の息は荒く、小刻みに体が震えていた。
屋上を一周しながら探したものの、人は見つからなかった。それよりも、鳥や、猫、犬などの人間以外の生物でさえも見当たらなかったのだった。
陸斗は大きくため息をつき、肩を落としながらエレベーターで下に降りた。ここまで人を恋しく思ったことが、ここ最近あっただろうか。思い当たる節は一つもなかった。
俺はこの世界で一人なんだ。昔、父に怒られた時に思った、自分には味方がいない、と同じような感情が芽生えた。そして一階に着き、エレベーターを降りてビルを後にした。俯いたまま、歩き始めた。
それは、自動ドアが開くのと同時だった。
「おい!そこに誰かいるのか?いるなら返事してくれ!」
自分以外の男の声が前方から聞こえた。
陸斗は驚いて、顔を上げ、すかさず辺りを見渡した。すると前方に、白い生地にカラフルな色のゼブラ柄の入ったTシャツを着て、少し使い古したジーンズを履いた四十歳くらいの男がこちらに大きく手を振っていた。
陸斗は、神様でも見たような表情をして男を見つめていた。
「お!いたいた!よかったらこっちにきてくれ!」
その男の声で陸斗は我に戻った。
「人が、人がいる!俺はここだ!今すぐ行くから待っててくれ!」
彼は子供のように明るい声を発し、急いで男のところに向かった。
「いやぁ、僕以外に人が居たなんて。本当に良かった」
「俺も自分以外いないんじゃないかって内心泣きそうでしたよ」
彼らは、心の底からにじみ出る笑顔で互いに会話を交えた。
すると急に男は、顔をしかめて言った。
「それより一体、何が起きたんだ」
「よくわかりません。でも、強いていうならこの世界の人々が急に消えた、もしくは俺たちがどこかに飛ばされたかの二択でしょう。」
「そう考えるのが無難だな」
陸斗は慌てながらもしっかりと状況を把握していたのだった。
「それより他に誰かいないか探してみませんか?二人いたのなら他に人が居てもおかしくありません」
陸斗がそう提案すると、男は額に汗をかき、膝が小刻みに震え始めた。男は震えた口調で陸斗の後ろを見ながら、
「逃げよう…」
と言った。
「なぜですか?」
そういいながら、陸斗は男の目線である自分の後方に首を傾けて目を向けた。
「なんだよこれ」
いつの間にか陸斗も震えた口調になっていた。
そこにあったのは、人間の下半身程の黄色い球体だった。陸斗は違和感を覚えた。なぜなら、そのようなものはさっきまでなかったからだ。
「とにかく逃げよう。でないと…」
男が声を発した途端、ピキピキと音を立てながら、その黄色い球体の真ん中に線が入った。
「でないと?でないとなんなんですか!」
陸斗は必死で男に答えを求めたが、男はそれどころじゃなかった。
そして、その黄色い球体は線を境にして大きく割れ始めた。その割れは球体の半分まで行くと、止まった。すると次の瞬間、
「逃げろ!!」
怖がっていた男が急に叫んだ。それと同時に男は後ろに走り始めた。驚いた陸斗は、言われるがまま男についていった。しかし、黄色い球体が気になるのでその球に目を向けた。
すると、先程まで割れてできた球体の断面には、人間の歯がびっしりと連なっていた。急に現れた黄色い球体に人間の歯が生えたのだ。
陸斗は男が怖がっていた理由がそれを見た瞬間、すぐにわかった。なんと、歯の生えた黄色い球体は、すごい勢いで跳ねながら、こちらに向かってきたのだ。
陸斗は走るスピードをあげた。それと同時に前にいる男に声をかけた。
「あれ!どういうことですか!なんなんですか!」
すると男は、走りに必死になりながらも陸斗の質問に答えた。
「わかんない!けど、あの黄色い生物、俺ら人間を食べるぞ!」
陸斗は、驚愕した。あの黄色い生物が人間たちを食べると考えると、恐ろしくてたまらなかった。しかし、彼は走りながら男に質問を続けた。
「なんで、そのこと知ってるんですか?」
「さっきも追いかけられたんだよ。その黄色いのに。でも、あれほど大きくはなかった」
「じゃあ、あれ、何匹もいるのかよ…」
陸斗は混乱と動揺で頭が沸騰しそうだった。そこからか、二人は初めてあった時よりも口調が荒々しくなっていた。しかし、今はあの得体のしれない生物から逃げるのが優先であると感じた陸斗ら話すのをやめ、走ることに専念した。
陸斗があることに気づいた。自分たちは確実に疲れていて速度は下がっているはずなのに、あの黄色い生物との距離はほとんど縮まっていなかったのだ。
まさかと思い、少しペースを上げるてみると、黄色い生物と陸斗たちとの距離が遠のいたのがわかった。
つまり、あの黄色い生物は、一定の早さでしか追ってこないのだ。それを、理解した陸斗は前にいる男にそのことを伝えた。すると男は
「確かにな。俺らは疲れているのに距離があまり縮まってない。でも、それがわかったからってあいつを巻ける方法はないだろう」
「巻ける方法はないが、あいつを倒す方法ならあるかもしれない」
男は少し驚いた顔をして、走りながら大きく深呼吸をした後、
「どうすればいい」
と話しを続けさせた。男は陸斗の提案に乗ってきたのだ。陸斗は、微笑を浮かべて作戦を話した。
「一定の早さでしか走れないってことは、あいつが急に止まろうとすれば慣性の法則が働く。ほら、中学校の時に習わなかった?それを利用するんだよ。この先に確か、急な坂があったはず。そこまでおびき寄せて、タイミングを見計らって俺たちは二手に別れる。するとあいつは、急に止まれないから、坂の下へと転がっていくというわけ。確率は低いかもしれないけど」
「一か八かだな」
男は陸斗の作戦聞くと、少し眉間にしわを寄せたがすぐにそのしわは消えた。
「よし、やろう」
男の意外な答えに陸斗は少しうろたえた。しかし、陸斗も自分が言った作戦しか思い浮かばなかった。
「わかった、坂はもうすぐだ」
陸斗がそういうと男は少し走るスピードを上げた。
依然として黄色い生物は、こちらに向かってきている。あの大きく開いた口で人間を食べるのか。しかし、あの生物は一体なんなんだ。陸斗は多くの疑念を抱きながら、頭の中は混乱の渦と化していた。
「坂が見えた!」
男がそういうと陸斗は続いて言った。
「俺がタイミングを見計らって、合図を出す。そしたら、あんたは左に方向転換してくれ。俺は右に行く」
「もし万が一、失敗してどっちか追っかけてきたら?」
「その時は…」
陸斗は言葉をつまらせた。しかし、前方を見るともう坂に入る直前だった。
「今だ!!」
陸斗は精一杯の声を出した。それと同時に男は少し驚いた顔で左へと方向を変えた。そして、陸斗も右に方向転換しながら、黄色い生物を確認した。
そこには、変わらず黄色い生物が真っ直ぐと坂に向かっていた。
すると、坂に気づいたのか、黄色い生物が飛び跳ねるのを止めた。しかし、陸斗の作戦通り、黄色い生物は止まりきれずに坂へと転がっていったのだった。
「よっしゃ!!」
陸斗は歓喜の声を上げた。それと同時に、向こうから男が満面の笑みを浮かべながらこちらへと向かってきた。
二人は合流し、ひとまず室内で休憩をとろうと、近くにあったレストランに入った。
レストランの中には食べられる直前だった料理が至る所のテーブルに並べられていた。
机に何も置かれていなかった十二番テーブルに陸斗たちは腰を下ろした。
「いやぁ、本当にありがとう。おかげで助かったよ」
男が陸斗の手を取りながら、陸斗に頭を何度も下げた。陸斗は少し驚いた顔をしながらも、無論悪い気はしなかった。
すると男がおもむろに顔をあげ、
「そうだ。ごめんごめん、自己紹介してなかったよね。僕は大道貴史。今年、三十六歳で、ただの公務員。あと、嫁と子供が二人いる。」
と、自己紹介をしてきた。それに、便乗して陸斗も自己紹介をした。
「俺は濱田陸斗。今年で高校二年生の十七歳です。」
その際彼は不登校の話はしなかった。到底、人に言えるようなことではなかったからだ。
陸斗たちは、自己紹介を終えたあと立ち上がり、レストランにあるドリンクバーのコーヒーを飲み始めた。
「いやあ、人がいないとこういうことができるのか」
貴史が微笑みながら言った。しかし、その笑顔は自分たちを励ますためのものだろうと、陸斗はすぐに解釈できた。同時に、貴史の心の温かさを全身で感じた。
「確かにそうですね。それにしても、あの生物は一体なんなんでしょうね」
陸斗は、貴史の話に合わせたあと、唐突に疑問を打ち明けた。
コーヒーをカップに入れテーブルに座ると、
「きっと、あの生物に食われた先に、死があることは確実だろうね。
」
貴史が真剣な眼差しで答えた。
「一体誰がこんなこと…」
陸斗は、疑念の上にまた疑念が重なった。二人は、コーヒーを口にしながら、下を向いた。
陸斗は、その時間を気まずいとは思わなかった。人が一人でも近くにいることに安心感と幸福感を感じていたのだ。
すると、二人のスマートフォンが同時に振動した。貴史は、慌ててスマートフォンを取り出した。
「え、なんで。俺たち以外の人がメールを?」
陸斗は、驚きながらもスマートフォンを机の上においた。
「いや、そんなことはないよ。第一、僕たちのメールアドレスを知らないはずだ。」
「そっか」
二人はメールの画面を開いて、受信されたメールに目をやった。そこには、長文が綴られていた。
【あなたたち30名様は、おめでたいことに、今回のゲームプレイヤーとして選出されました。それでは思う存分楽しんでくださいね。
[ゲーム概要]
・黄色い怪獣に捕食されたら死亡
・食われたものは現実から存在を消される
・パックマンを倒す方法はどんな方法でも可
・行動可能範囲は東京の中野区、港区、渋谷区、新宿区の四区に限る
・移動手段、逃走手段に乗り物を使っては行けない
・使ったものはその場で消滅させられる
・全ゲーム時間は1週間
・食料などの必要最低限のものはこちらで用意する
・それまでに消滅しなかったものはゲームクリアとし現実世界へ戻す
・自滅は個人の自由
・パックマンを10体倒せば万が一死んでも一度、生き返ることができる
・パックマンのスピードは成人男性の平均走行速度に値するが、特性はそれぞれ持つ
・1日に3つスペシャルアイテムを有する
その他は随時更新予定。
それではみなさん、良いデスゲームライフをお楽しみください。】
二人は、黙ったまま、スマートフォンから目を離して、同時に顔を上げ、お互いに見つめあった。二人は額や鼻に変な汗をかいていた。
「本物のデスゲームじゃねえかよ...。誰が一体こんなこと」
話を切り出したのは陸斗だった。唇が震えて、顔もこわばりながらその言葉を発した。
「ほら、ポジティブに考えよう!あの、僕たちの他にさ、その、28人もいるってことじゃん!」
陸斗を励まそうとしてくれたのか、予想外の言葉が貴史から飛んできた。しかし、彼の目は明らかに赤くなっており、今にも涙が出そうなのは、言うまでもなかった。
「なんで俺らが、こんな目に…
でも、大道さんの言う通りかもしれない。他の仲間たちを探しませんか?」
陸斗は貴史に、協力をお願いした。しかし、陸斗はその際、"仲間"と言う言葉が自分の口から迷わず出たことに驚きを隠せなかった。
「探したいのは山々なんだ。けど、今むやみやたらに外に出るのは、危ないかもしれない…」
貴史が正論で返してきた。確かにそうだ。仲間を探すために外に出たのはいいが、その際、黄色い化物たちに食われたら元も子もない。
二人は少しの間、沈黙していた。これから、どうするべきなのか。なんでこんなことになったのか。答えを見つけ出したい疑問たちが陸斗の頭を襲った。
すると、また二人のスマートフォンからメールの受信音がした。
「また、奴らか」
陸斗が、眉間にしわを寄せながらメールを見た。
「そんなことないらしい。朗報だよ」
そう言いながら、貴史はスマートフォンを陸斗に見せた。
【この世界にいる29人の皆さんこんにちは。
私は残念ながら、このゲームに選ばれてしまった、プレイヤーの一人です。つまり、あなた方の仲間です。
今私は、渋谷駅構内の休憩スペースにいます。
皆さんも見たであろう、黄色い化物に注意しながら、こちらまで来ていただけないでしょうか。
このゲームは、集団でいた方が安全かと思ったので、運営側が送ってきたメールアドレスを勝手ながら、利用させていただいて、メールを一斉送信させていただきました。
一週間共に、戦いましょう。
土間 猛より】
陸斗と貴史の顔から、曇りは消えていた。
「行こう!この人の言う通りだ」
「そうですね。行きましょう」
二人は土間という男の意見に賛同し、渋谷駅に向かうことにした。幸い、今いるところから近かったので、彼らは今すぐ行くことに決めた。
陸斗たちは座っていたテーブルを後にした。