違和感
家を出て少し歩いたところに元住吉駅がある。陸斗は、あたりを見渡しながら駅へと向かっていった。外に出たのは何カ月ぶりだろうか、そんな考えが浮かぶほど陸斗は滅多に外には出なかったのだ。
さらに歩くと、右手の方向に小さな公園が見えた。陸斗は公園の前で少し足を止めた。それと同時に自分が幼なかった頃を思い出した。この公園で家族全員で遊んだこと、友達と喧嘩したこと、仲直りしてまた遊んだこと。傍からみたら、暖かく微笑ましい思い出ではあるものの、陸斗は何も感じなかった。
「はぁ。」
自分はここまで廃れてしまったのかと言わんばかりに大きなため息を吐いた。なにか、感じるとしたならば、当時はとても大きく感じたすべり台が、今では自分とあまり変わらない高さになっていたくらいだった。
そんな公園をあとにしようと陸斗は歩き出す。
「陸斗?陸斗だよな?」
確認するかのように小さい声が、後ろから聞こえた。陸斗が後ろを振り向くとそこには同い年くらいの白いワイシャツに黒いズボンをはいた少年が立っていた。
「えーっと。」
「俺だよ!立花 昌和。ほら、中3までクラス同じだったじゃん。」
「マサか。思い出した。悪い悪い。」
半信半疑な顔だった昌和が一気に明るくなった。立花昌和は陸斗が、今宮中学校だった頃の同じクラスメイトだった。また、同じバスケットボール部に所属しており、友達というよりは仲間意識の方が双方の中では強かった。しかし、高校に入ってからはお互いまだ顔を合わせたことがなかった。
中学生の頃は陸斗は、まだ明るい性格だった。昌和は、その陸斗しか見ていないため、今の陸斗に対して違和感を覚えた。
「お前、なんか大丈夫か。顔が青白いぞ。ちゃんと飯食ってんのか?」
「マサが心配することじゃないだろ。大丈夫だよ。」
「そっか。陸斗、星高だったっけ?どう?楽しいか?」
「ぼちぼちな。」
陸斗は、変な汗をかいていた。星高とは、陸斗が通っている星野が丘高校の略称だ。久しぶりの再会だったが、陸斗はいち早く一人になりたかった。
「俺用事あるからさ。じゃあな。」
「え、もう行くのかよ。せっかくだし、少し話してこうぜ。」
「だから、用事があるんだって。悪いけどまた今度にしてくれ。」
「わかったよ。じゃあな。」
昌和は不満げな顔をして、小走りする陸斗の背中を見ていた。普通ならば、久しぶりの再会に心踊らすはずが、今の陸斗にとっては、障害物にしか思えなかった。そんな自分が情けなかった。もしも、あの事件を乗り越えていたら今の俺にはもっと明るい未来があっただろうか。そんな、気がしてならなかった。
背中を丸くさせ、下をむいたまま、歩いていた陸斗はいつの間にか駅の入口に着いていた。下をむいて歩くのは陸斗の癖でもあった。そこで上を見ると元住吉駅と、大きな文字が掲げてあった。なぜここに来たのだろう。陸斗はふと我に返った。まぁ、ここまで来たのだから東急東横線で、渋谷まで行こうと陸斗は考えた。しかしその時、なぜ渋谷に行こうかと思ったのも自分でわからなかった。馬鹿げているが、神のお告げのような気がしてならなかった。
駅のホームに向かい、十時二十八分発、渋谷行に乗ろうとした。現在時刻は、十時二十分。あと八分ある。ホームにある一番右端のプラスチック製の椅子に座った。そして、その間に陸斗は、今日感じた違和感の数々を整理してみた。
たとえ、どんなに小さな違和感でも数えることにした。朝の朝食が少なかったこと、目的もなく外に出ようと決めていたこと、公園で立ち止まったこと、そこで何も感じなかったこと、何もする気がないのに今現在、足が渋谷に向かっていること。なぜだろう。いくら考えても心底にある違和感や靄は取れなかった。無意識のうちにというものだろうか。いや、その間意識はあるため無意識というものではないとすぐ頭を振った。
そんな、自分の行動への違和感と葛藤してる中、時刻は二十八分になっていた。すると左から電車が走り込んできた。陸斗は、その電車にも何かあるんじゃないかと嫌な予感がした。
自動ドアが開き、電車内に入る。思ったとおりだった。毎日のように渋谷へ向かう人達でいっぱいの車内が、今日は数えられるほどしかいなかった。今日は六月十三日の日曜日、休日だ。何かがおかしい。陸斗は違和感から来る恐怖を感じながらもそれと同時に、普段見慣れない風景、体験に少し興奮していた。毎日同じような平凡な毎日を送ってきたニートにはこの上ない刺激だった。
陸斗はひとまず空いていた右端の座席に腰をかけた。普段は到底座れることはない場所だった。
電車に揺られながら、向かいの窓から見える外の景色を見ていた。天気はかなり穏やかだった。天気予報で天気予報士がよく口にする、お出かけ日和とはこのことなのだろう。青い空に白い雲が綺麗に流れている。ありきたりな言い回しだが、これしか言いようがなかった。
『まもなく、渋谷。渋谷。』
車掌の車内アナウンスが響いた。それを聞いた陸斗を含む乗客数人は、座席から立ち上がり、ドアの前に立ち止まった。この人達は不思議だと思っていないのだろうか。陸斗は立ち上がりあたりを見渡した際にそんな疑念を抱いた。しかし、疑問に思ったからと言って、その人達に聞けるわけでもない。陸斗の中で鬱々とした感情が生まれた。
目の前のドアが開いた。陸斗の目線の先には電車に乗ろうとする乗客たちの姿が普段と変わらず多く見れた。陸斗は少し肩を落とした。しかし、自分でもなぜがっかりしたのか不思議だった。きっと、もっと違和感の連鎖を感じて刺激を受けたかったのであろうと自分の心底を察したのだった。
渋谷駅は迷路のように通路が張り巡らされている。しかし、陸斗は迷わずに外へと抜けた。
外に出るとやはり、街は賑わっていた。ハチ公像の周りには、煙草を吸う者たちがいて、そこの前を通るのはなんだか気が引けた。
なんも、目的がないまま陸斗は街を散策した。別に以前いった渋谷と何ら変わりはなく、つまらないものだった。あたりを見渡せば、大勢のカップルであったり、同い年くらいの金髪茶髪の少年たちであったり、はたまた営業のサラリーマンであったりと、人で溢れ帰っていた。陸斗は長く外に出ていなく、人との接触が少なかったため、すぐに人酔いした。
陸斗は青白い顔をしながら、どこか休める場所はないかと辺りを見渡した。するとそこに、こじんまりとした喫茶店が目に入った。築三十年ほどだろうか。いかにも、古びた店だった。
「大口丸々…」
陸斗は喫茶店の前に置いてあった、看板をぽつりとつぶやいた。店の名前だろう。陸斗は、珍しい名前だななどといろいろ考えてしまった。彼は自分の脳の思考回路を一旦停止させ、ひとまずこの人酔いをこの店で治すことにした。店に入ろうと、店のドアノブに手をかざそうとする。
「ちょっと、お兄さん」
後ろから、何者かに肩を叩かれてそう呼び止められた。はやく、店に入りたいが、手を戻して後ろに目をやった。そこには、ぴしっとしたスーツを着たおじいさんが立っていた。
「どうしましたか」
「君、ゲームは好きかね」
陸斗は、拍子抜けした。てっきり、道でも聞かれるのかと思えばゲームの好き嫌いを聞いてきたのだ。はやく休みたい。そんな思いを抑えて老人の質問に答えた。
「えぇ、まぁ」
「そうかそうか、どんなゲームが好きかね」
「いつもやってるのは、主にサバイバルゲームですかね」
その時、心做しか、老人の眉毛がピクリと動いたような気がした。
すると、老人が微笑みながら言った。
「サバイバルゲームか。確かに面白いな。だが、私はもっと面白いものを知っている」
「え、どんなのですか」
「まぁ、説明はまた今度だな。老人のくだらない話に付き合ってくれてありがとう」
そういいながら、その老人は陸斗に古びたバッジのようなものを手渡したきた。陸斗はかなり混乱した。急に話しかけて、何も説明しないまま終わらせ、挙句の果てに良く分からないバッジを渡してくるなんて、謎だらけだった。
「こ、これはなんですか」
「それはバッジだよ」
「いや、わかりますけど。なんのバッジですか」
「プレ…」
陸斗が老人に向け尋ねると、老人は小さく口をあけてなにかを言ってきた。すごく、小さかっため最後の方は全く聞こえなかった。そのまま、老人は立ち去った。
「なんだったんだよ」
少し大きめの声で文句を言い、店の中に入った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょう。」
店員が言ってきた。陸斗は、少しふてくされたような態度で人差し指を上げた。
「こちらへどうぞ」
陸斗は店内へと案内された。どうやら、空いている席は奥の席しかないらしい。陸斗は店員の背中についていった。
その時、陸斗の右側から何者かが猛スピードで走ってくる音がした。陸斗はそれに気づくが、その頃にはもう遅く、よけきることが出来なかった。
ガシャンッ!!
ぶつかった勢いで陸斗は床に投げ飛ばされた。
「おいおい、痛いな。ぶつかっといてごめんなさいもなしかよ。」
「…」
陸斗は俯きながら言うものの、謝罪の言葉は聞こえなかった。しかし、陸斗にはそれ以上の不満が頭をよぎった。謝罪どころか、周りの音すら聞こえないのだ。さっきは、賑やかだったはずの店内が、誰も居なくなったかのように無音だった。陸斗は言葉にできない恐怖を感じた。
陸斗は恐る恐る顔をあげた。案の定だった。そこにいたはずの大勢の客、店員が跡形もなく居なくなっていたのだ。陸斗は状況が飲み込めず、ただただ唖然としていた。生きている心地がしなかった。目の前の映像が現実なのかを確かめるべく頬をつねった。とても強くつねったが、ただ痛いだけだった。これは現実。一瞬にして店内にいた人達が消えた。
「どういうことだよ。」
陸斗はやっとの思いで声が出せた。しかし、あまりの恐怖で身体がすくみ、思うように動けなかった。
四つん這いになりながらも、外に出ようと陸斗は試みた。近くの椅子に手をかけ、なんとか立つことができた。ゆっくりと歩き、出口へと向かった。辺りを見渡しても本当に誰もいない。いる気配すら感じられなかった。陸斗は出口の前に立った。ひとまず、外に出てこの状況を誰かに知らせなければ。陸斗はそう思った。