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RERL  作者: 松下 模哉
2/10

日常


「陸斗、朝ごはんできたよ。」

母の甲高い声で目が覚めた。陸斗は重たい体をベッドからゆっくりと起こした。


陸斗が寝ている子供部屋はこの家の二階にある。一方、朝食が用意されるリビングは一階にあるのだった。陸斗は、目を半開きにさせながら一階へと降りる。


階段を下りた突き当たりの廊下で、トイレに向かう父に出くわした。


「おはよう。」


父が陸斗の顔を見ながらそう言い放った。しかし、陸斗は目を合わせようとはしなかった。陸斗は父のことがあまり好きではなかったのだ。なぜなら、以前、陸斗は父に不登校の件でかなり嫌な思いをさせられたからだ。


初めて学校を休んだ日のことだ。陸斗は学校へ行くふりをして、近くの河川敷でぼーっと座っていた。何時間いただろうか。日が暮れるまではなんとなく覚えていた。


なにか肌寒さを感じ、陸斗は目が覚めた。辺りは日が落ち、真っ暗になっていた。いつの間にか寝てしまっていたのだ。嫌な予感がし、陸斗は恐る恐る携帯で時間を確認した。画面に映ったのは、『午後九時二十六分』という文字だった。陸斗はすーっと血の気が引くのを感じた。こんなに寝てしまっていた自分を責めたい気持ちもあったが、今はそれより急いで家へ向かうことを優先した。


走って家に帰る途中で、言い訳を考えようと必死になるものの、寝起きのせいか頭が働かず、これと言った言い訳が思いつかなかった。


いつの間にか陸斗は家の目の前に来ていた。恐る恐る玄関のドアを開けた。そこには、眉間にしわを寄せた父の姿があった。その時、陸斗は覚悟を決めた。なにもこれといった言い訳が思い浮かばなかったからだ。


「今までどこにいた。」


父から話を切り出してきた。陸斗はすべてを語った。入学前のこと、いじめにあったこと、今までどこにいて何をしていたかなど。包み隠さず話した。もしかしたら、父が同情してくれて、励みの言葉でも自分にくれるのではないか、そんな期待が心の奥底にあった。しかし、そんな期待も呆気なく消滅した。


「そんなもの全てお前が悪いじゃないか。」


その時、陸斗の何かが切れた。それと同時に父に対する憎悪の思いと、喪失感を覚えた。陸斗はこの件で自分には味方などいない、と心から感じた。そこから、陸斗は父とはあまり会話を交わさなくなった。


そんな父に挨拶された陸斗は、父の顔も見ずに、軽い会釈で返した。父は不満げな顔を浮かべながらも、トイレのドアをあけた。


陸斗は朝食の用意されたリビングのドアをあけ、椅子に座った。テーブルには母が作った朝食が、既に並べられていた。しかし、心做しか普段より量が少ないような気がした。


「ごめんね。お母さん寝坊しちゃって。」


陸斗の不思議そうな顔を汲みとったのか、母がこういった。


「どおりで。」


陸斗が答えた。その声は暗く、こもっていて聞きずらかった。


少しすると、父がトイレから帰ってきてリビングの椅子に座った。濱田家のルールに全員揃わなければ食事をとってはいけないというものがあった。


濱田家には、もう一人大学三年になる長男、海也がいる。しかし、この日は大学のサークルで朝まで飲んでいたのだった。


食事中聞こえてくる、テレビのニュースは陸斗には難しく、興味の欠片もないものだった。しかし、次の話題のニュースになり、一気にテレビに惹かれる言葉がテレビから流れてきた。


「…新作ゲーム…」


陸斗はテレビに釘付けになって聞いた。どうやら、昔のゲームに今の技術を集結させ、復刻させるというものだった。新作ゲームとはいい難いものの、確かにおもしろそうではあった。しかし、買うほどではないと陸斗は感じた。


朝食を食べ終えると、父はそのまま会社へ向かい、母は朝食の後片付けをはじめる。一方、陸斗は、早々とリビングを抜け、二階にある自分の部屋に戻るのだった。平凡でつまらない日々は毎回ここから始まるのだった。


しかし、この日は久々に外出ようと陸斗は決めていた。なにか目的があるというわけでもないが、たまには外の空気を吸うのも悪くないと思っていたのだ。外に出ても何もないことは彼自身が一番良くわかっていた。


部屋に戻った陸斗は大きなあくびをしながら、外に出かける準備を始めた。準備と言っても、着替えるだけだ。なぜ、今日は外出する気分になったのかは自分でもわからない。だが、このようなことは時折あったので、あまり不思議には思っていなかった。しかし、強いていうならば、つまらない日常に一区切りつけ、外に出ることでなにか刺激を受けようと思ったのだろう。しかし、陸斗自身よくわからなかった為、そういうことにせざるをえなかった。


いろいろ考えている間に、外に出かける準備ができたため、階段へと向かい一階に下りていった。こうみえても、中学校時代はバスケットボール部に所属していたため、体力にはいささか自信があった。しかし、いつの間にか、この階段でさえもかなりの重労働に思えるようになってしまっていた。自分の精神面、体力面の異常な劣化に落胆しつつも、彼はそれを好んで治そうとは思わなかった。


一階のリビングへ下りると、誰かが横柄な態度でソファに寝そべっている人影があった。兄の海也だ。彼は後ろに陸斗がいることに気づき、こちらを見て少し驚いた顔をした。


「どうしたんだよ、ちゃんとした服なんか着ちゃって。まさか、デートか?いや、そんなことないな。」


海也はバカにしたような笑みを浮かべながら言った。


「うるさいな。俺だってたまには出かけるんだよ。」


「へー。それで、何しに行くの?」


「あ、兄貴には関係ねぇだろ。」


陸斗がまごつきながら、口を濁して言った。海也は不思議そうな顔をしてもう一度ソファに寝そべった。特に理由はないなんて、馬鹿みたいなことは到底言えるはずがなかった。陸斗は、早々とリビングを抜け玄関へと向かった。


玄関で靴に履き替えていると、ちょうど母が来た。


「どっかいくの?」


「うん、そこら辺ぶらついてくる。」


陸斗はぶっきらぼうに言い放った。そして、立ち上がり玄関のドアを開けた。


「いってらっしゃい。」


背後から、母の声がした。しかし、陸斗は前を向いたまま、無言でドアを閉めた。そのまま、久々の外の世界へ出て行くのであった。


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