第八話:あの人と同じ色だった
夢を見た。
一人の少女が、庭で両親と談笑している。
とても、幸せそうに。
それを見て悲しいと感じたのは、これが夢だと判っているからだろうか?
少女の両親はもういないという事を、私は知っている。
「フローラ」
私が名を呼ぶと、フローラは此方を見た。
視線が合った一瞬の後、二人の間に炎の壁が立ち塞がった。
「……夢か」
目が覚めた私は、至近距離で見た一面の炎を思い出して、心臓が鷲掴みにされたような気分で額に掻いた冷や汗を拭った。
私にとってはただの夢だけれど、フローラにとっては自身の身を焼いた炎。
あれに立ち向かわないと、彼女は目覚められないのだろうか?
でも、私にはそれを強要出来ない。
もし、あの穴が夢に出て来て、誰かに「これは夢だから、起きる為に飛び降りろ」と言われても、飛び降りられないだろうから。それに、私だってあの炎には飛び込め無いし。
葬儀から一週間目。
ラナ殿下の訪問があった。
「それで、ご用件は?」
挨拶をしたりお茶を出したりが一段落したので、私はラナ殿下が家に来た理由を尋ねた。
「うん。君の目を治そうと思って」
天級の【ギフト】を使いこなせるラナ殿下なら、この目を治せるらしい。
「それは、数年後でも大丈夫ですか?」
少し考えて、私はそう尋ねた。
「うん。大丈夫だけど。でも、どうして?」
「願掛けと言いますか……犯人が捕まってからと思いまして」
「そうか。解った。じゃあ、その時に」
「あ。でも、殿下の留学が終わるまでに捕まるとは限らないですよね」
私の為に態々来て貰う訳にはいかない。
「ああ。留学と言うのは建前で、『天級』の僕が王位を継ぐべきと言う声が大きいから、継ぐ気は無いと宣言して逃げて来たんだよ」
何処も一緒か。
「王位継承権は放棄しないんですか?」
「兄上に何かあった時に継承出来る人がいないからね。まあ、僕に継承させる為に兄上を亡き者にしたら、遠慮無く放棄するけど」
「その場合、どうなるんですか?」
知っているかもしれないけれど、王権は神が『天級』に授けるものでね、国を興した『天級』の子孫にのみ継承されるんだ。
じゃあ、それ以外の人間が王になったらどうなるのか?
昔、とある国の王妃が不貞を働いて、王の血を引かない子供を王位に付けた。
結果、その国には下級の【ギフト】持ちしか生まれなくなった。そんな国は戦争に勝てない。上級を一人でも投入されれば終わりだからね。そして、そんな国以外に上級が存在しない国は無い。
でも、その国は今も存続しているんだ。
不義の子が即位して以降、土地が枯れ・水が枯れ、人が住むには厳しい土地となった上に、山も無ければ海も無い。戦争をして手に入れるメリットが無かったから、何処の国にもなれなかった。正統の王が統治する国の一部になれたら、土地も水も回復したかもしれなかったのにね。
今更もう手遅れと言う事か。
「その王様はどうなったんですか?」
「他国に亡命しようとしたけれど、不当な王を受け入れる国なんて無い。逃げようとした事で、自分が不当な王だと知っていたんだろうと王太后共々処刑されたよ」
李下に冠を正さずって、こういう事を言うんだっけ?
「では、ラナ殿下のお兄様が暗殺された場合に、ラナ殿下が継承権を放棄すると言う事は、滅べって事ですか? でも、暗殺させる人は貴族でしょうからどうとでもなるでしょうし、困るのはそれ以外の人間だけでは?」
「フローラ。僕は『天級』なんだよ?」
ラル殿下は微笑んだ。
「……ラル殿下ではなく殿下のお兄様が王になる事が、神の御意思。それなのに殿下のお兄様を暗殺すれば、悪魔崇拝者と言う事になる。悪魔崇拝者にされたくないと、暗殺を思い止まらせる為ですか」
「そう。だから、本物の悪魔崇拝者か、余程の馬鹿でもない限り、暗殺しないだろうね」
「じゃあ、継承権を放棄すると言ったのは、本気じゃないんですね?」
「いや、本気だけど」
どっちにしろ、国民はとばっちり!
「国民を路頭に迷わせる事に対して、何か思う所は……?」
「リディア帝国が併呑してくれるよ。現皇帝は『天級』でね、世界征服が夢なんだって」
「……御歳は?」
「九歳」
九歳児に丸投げしないで! ラル殿下が王様になって!
「フローラが国王になりたいなら、なっても良いよ」
「第一王位継承者に生まれた訳でも無いのに、なりたくありません」
私は即答した。
「そうだよね。今時、『天級』で王になりたがる人なんていないよ」
そう言うものなの?
「リディア帝国の皇帝陛下は?」
「彼処は、前皇帝の正妃に子供がいなくてね。側妃が産んだ子供達は、悉く誕生後直ぐに亡くなっている。だからじゃないかな? 現皇帝が誕生した日に、前皇帝の正妃が病死しているし」
つまり、他の女が産んだ子を悉く暗殺させていた正妃が、0歳児に返り討ちにあったと?
「生まれて直ぐに、【ギフト】を使えるんですか?」
「自動発動の【ギフト】を授かっていればね」
自動発動……。それがあれば、一族郎党死なずに済んだかなぁ?
ラル殿下が帰り、私は気持ちを切り替えた。
今日は、自称『ユーアン様の庶子・私生児の親』達との面会の日だからだ。
「それで、全部で何人?」
「一名でございます」
ローエンさんに尋ねると、彼はそう答えた。
「え? 一人だけ?」
「はい。他の方は嘘を吐いていたのでしょう」
証拠捏造を諦めたのか、それとも、私が『天級』だと知って不味いと思ったのか?
「最後の一人は、本物の証拠を持って来るのかしらね?」
「どうでしょう?」
カルさんと私が応接室で待っていると、三歳ぐらいの男の子を連れた女性が案内されて来た。
彼女は会釈すらせず、勧めてもいないのにソファに腰掛けた。当主になれるとでも勘違いしているのだろうか?
「早速ですが、その子がユーアン様のお子であると言う証拠をお見せ下さい」
さっさと追い出したいのか、カルさんがそう口を開いた。
「証拠だなんて! 見れば判るでしょう?! この子はユーアン様にそっくりですわ!」
「ちっとも似ていませんね」
「惚けないで! 灰色の髪も青色の瞳も、ユーアン様と同じでしょう!」
女性は立ち上がって怒鳴った。
「騙されたんですね。お気の毒に。ユーアン様は、金色の髪に緑色の瞳ですよ」
「何言って……! そんな嘘、誰が信じるのよ!」
「では、肖像画をお見せしましょう」
廊下に飾られた一枚の肖像画。
金色の髪に緑色の目をした二人の少年が描かれており、下のプレートには『ユーアンとフラン』と刻まれていた。フランは叔父の名前だろう。
肖像画を愕然と見詰めている女性に、カルさんが冷たく声をかける。
「ご用件はお済ですね? お帰りを」
振り返った女性の顔は、怯えていた。先程の態度は不味かったかもしれないとでも思っていそうだ。
「見逃してあげるから、早く帰って」
「はいぃいいィ!!」
悲鳴のような返事をして、女性は走り去って行った。
「お子さん忘れてますよー!」
数日後。
この親子が焼死体となって発見された。
検出された『マナ』は、火属性中級だった。
ナディヤ家放火殺人事件との関連は不明である。




