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第五話:七つの罪源 憤怒

悪魔が出て来たりはしません。



2015/03/28 警備会社を警備部に変更。

 いよいよ、葬儀の日である。

 カルさんが到着した日以降は、特に何事も無かった。葬儀の流れや作法等を教えられたりはしたが、様々な手続き等はカルさん達が行ったので、部屋で本を読んで過ごしていた。

 フローラの記憶が無いのにこの世界の言葉を話し・この世界の字を読めるのが不思議だが、これも転生チートと言う奴だろうか?



 ゾルゾーラ王国の王都ヘブノイドは、北に大聖堂とその手前に王宮が在り、その左右に貴族の屋敷が存在するそうだ。王宮の前には半円形の王宮前広場が在り、東西と南に大通りが走っているとか。南の大通りには商店や宿が軒を連ね、その奥――東西――に平民の家が立ち並ぶ。東西の大通りの南側には、裕福な平民の屋敷が在り、ナディヤ家の本家屋敷は東の大通りの王宮近くに在ったらしい。


 馬車に乗って屋敷を出て直ぐに、カルさんが言った。

「そろそろ本家屋敷跡だよ。塀しか見えないだろうけど、見たいなら左側を見てなさい」

 左側の窓に目をやると塀の向こうに誰かの屋敷の屋根が見えた。直ぐにその塀が終わり次の塀が始まったが、いっこうに屋根が見えない。此処が本家屋敷跡か。

 門の所から一瞬中が見えた。

 既に更地にされたのか、それとも基礎部分は雪に埋もれているのか、積もった雪しか見えなかった。

 馬車は大通りを右折し、王宮を左手に北上する。

 流石に王宮だけあって敷地は広い。白亜の城なのだろうか? 壁が白い。西洋風の城を生で見るのは初めてだが、早くも飽きて来た。雪の所為で彩りが少ないからだろうか?

 王宮の敷地の外周には等間隔で兵士が立っていた。雪の中でも目立つようにか、赤いコートを着ている。

「飽きたかな? もう少しだからね」

 血流が悪くなった気がしたので足をブラブラ動かした私を見て、カルさんが困ったように笑った。

「はい」


 それから暫くして、漸く窓の外の景色が大聖堂の敷地へと変わった。

 此処も敷地沿いに兵士が立っている。但し、着ているコートは黒い。葬儀が行われるからだろうか? 王国兵なのか大聖堂の兵なのかは分からないが、何だか王宮の警備より物々しい気がする。コートの色の所為なのか、それとも……いや、どう考えても人数が多いからだな。

「カルさん。警備が厳重に見えます」

「ああ。王国軍と神聖騎士団と、ナディヤ商会の警備部の支部の連中が警備しているからね」

 本部の警備員の内中級は全員殉職した為、他の街の支部から中級をかき集めたらしい。

「神聖騎士団に断られたりしなかったんですか?」

「普段なら自分達だけで足りると断る所だろうけど、シリウス殿下と隣国の第二王子ラナ殿下もいらっしゃるから、『天級』三人の警備としては少ないぐらいじゃないかな?」

「え? 隣国の王子様が、どうして、平民の葬儀に?」

 大陸一の豪商で王族より資産があろうが、平民は平民だ。

「フローラが『天級』で、ラナ殿下が現在この国に留学中だからだよ」

 自国にいたなら、態々来ないと。

「つまり、御忍びと言う事ですか?」

「そうだね」



 馬車を降りると、寒風が顔を撫でた。

 私の服装は、踝までのワンピースにタイツにヴェール付きのミニハット。ナディヤ家の紋章入りの眼帯に何かの動物の毛で作られた手袋。そして、何かの動物の毛皮で作られたコートとブーツである。

 日本では確か皮は駄目だった筈だが、ジヴィ教では問題無いのだそうだ。後、ブーツも駄目だったような気もするが、やっぱり問題無いそうだ。

 毛皮のコート、あったかい。

「カルさん。この毛皮、何の動物の毛皮か、アラクネさんから聞いてますか?」

「うん。種類までは聞いて無いけど、魔物だって」

 この世界、魔物もいるんだね。そう言えば、冒険者とか言ってたっけ。



 視線を大聖堂に向けると棺が幾つか並べられており、開け放たれた扉の向こうには広い床を埋め尽くす程の数の棺が見えた。……こんなに広いのに、入り切らない程の人数が亡くなったのだ。

 立ち尽くす私の背に手を添えたカルさんが、優しく促すので近付く。

 大聖堂に入る前にコートを脱ごうとしたら、止められた。脱がなくて良いのだそうだ。

 大聖堂入口の右手に受付が在った。そこを担当しているのは教会の人間だ。この世界には、葬儀会社は無いらしい。

 尚、棺と墓石と花を用意したのはナディヤ商会である。



 暫くして、街馬車に乗った遺族達が到着した。

 身元が確認出来たのは、焼け残った場所で発見された人や、発見された部屋から推測された人だけで、フローラの親戚一同がこれに相当する。

 使用人達は、誰がどの部屋を使用していたのか判らなかったり、気付いて逃げようとしたのか廊下等で見付かったりという理由で、判ったのは性別ぐらいだった。

 だから、個別で『××。此処に眠る』とか『××家の墓』とかの埋葬が出来なくて、纏めて埋葬して慰霊碑を立てる事になっている。あ、そう言えば、平民の多くはファミリーネームが無いんだった。元から『××家の墓』は立てられないか。


 遺族の皆さんは、自分の子供や兄弟の棺に取り縋って泣く事も出来ず、身元が判明しているナディヤ一族の棺を恨めし気に見たり・諦めきれずに棺を開けて見たり・立ったまま、或いは座り込んで涙を流したりしていた。

「どうして……! どうして、私の子が死ななければならなかったの!」

 泣き叫ぶ女性が、此方を勢い良く振り向いた。

「どうして、貴女は生きているの!」

「止めろ!」

 夫なのか、連れの男性が彼女の口を塞ごうとするが遅かった。

「貴女が代わりに死ねば良かったのに!」

 次の瞬間、白い軽鎧を身に付けた男達が黒いコートを翻して、犯罪者を捕らえるように彼女を床に押し倒した。

「悪魔崇拝者め!」

「貴様が放火魔か!?」

 いや、『ような』じゃなく実際犯罪者なのか、この世界では。

「ヒィ! 痛い! 放して!」

 そんな悲鳴を上げていた女性は、悪魔崇拝者と言われた事に気付いたからか、顔色が雪のように白くなった。自分が『誰』に何を言ったのかを、理解したらしい。

 両親も親戚も殺され・自身も死にかけ・火傷は治して貰ったが左目と記憶を失った10歳の少女に、八つ当たりで「死ねば良かったのに」と言っただけなのに、その子が『神の使い』だからと処刑されるのかな? 多分、歩けなくなって・顔に火傷の痕が残って・全財産を失って孤児院に入る事になったとかだったら、言わなかったと思うんだけど。

「放して上げなさい。私が『天級』だと知らなかったのでしょう」

 皮肉はさて置き、私は神聖騎士達に女の解放を命じた。

「恐れながら申し上げます」

 後方からの声に振り向くと、司教っぽい祭服を身に付けたローエンさんより年上らしき男性が、何時の間にか姿を現していた。

「何でしょうか?」

「フローラ様が『天級』であると彼女が知らない筈は在りません。ナディヤ家令嬢フローラ様が『天級』であったと言う話は、国中に広まっておりますので」

 私は、彼女を止めようとしていた男を見る。

「貴方は彼女の夫ですか?」

「……その通りで……」

 蒼白な顔をした男は、オドオドとした態度で答えた。

「貴方の妻は、私が『天級』であると知っていましたか? また、生き残ったのがナディヤ家当主の娘だと知っていましたか?」

 そう尋ねると、男は視線を逸らして逡巡した様子を見せた。

 妻を助ける為に嘘を吐いて神の怒りを買うか、正直に答えて妻を見捨てて神の怒りを買うか、等と考え迷っているのだろう。

「お許しください!」

 腹を決めたのか、膝を着いて許しを乞う。

「妻は怒りに支配される性質で、一旦そうなると、知っている筈の事も忘れて怒鳴り散らすんです。今回も、フローラ様が『天級』だと言う事を忘れてしまっただけで、決して悪魔崇拝者ではありません!」

「フローラ様、許してはなりません。悪魔崇拝禁止罪に問われないとしても、不敬罪なのです。許しては、『天級』のみならず国王の権威にも傷が付くでしょう」

 司教が口を挟んだ。

「この程度の事で傷付く権威など、元から大したものではないでしょう」

 私はつい口が滑って、そんな事を言ってしまった。

「今回は、私を助けてくれた使用人が彼女の息子である可能性を考え、特別に不問とします。宜しいですね?」

「御心のままに」

 司教が頭を下げ、神聖騎士達は下がった。

「あ、ありがとうございます!」

「も、申し訳ありませんでした……」

 そして、夫婦は涙を流しながら床に手を着いて頭を下げた。

この先の展開で、残り六つの罪源も出て来る訳ではありませんので、悪しからず。

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