第四話:先祖が転生者でも驚かないよ?
2015/03/28 警備会社を警備部に変更。
「辞めるべきは、私かもしれません」
ミハイルさんが帰ろうとした時、ローエンさんがそう口にした。
「どうしてですか?」
「……私は、水属性上級なのですよ。私があの場に居れば、火を消せたでしょうし・中級の魔女に勝てたかもしれません」
「でも、叔父様達のお供は貴方の役目じゃなかったんでしょう?」
どうしようもない事でも罪悪感を抱く気持ちは解るけれど。
私も、フローラの前世なのにフローラとして振る舞う事や、フローラの財産を勝手に使う事に罪悪感を覚えるし。フローラの人格が戻らない以上、仕方ないんだけどね。
「それに、うちは夜勤は40歳までですよ」
ミハイルさんが、ローエンさんが警備部に所属していた場合でも、事件に居合わせる事は出来なかったのだと言外に匂わせる。
「そうでしたね……」
ローエンさんは、悲しげに呟いた。
昼過ぎに、カルさんが到着した。
「久しぶりだね、フローラ。……いや、初めまして、かな? 僕はカルだ。……こんな理由で再会する事になろうとはね……」
カルさんは、黒髪で青い目の好青年系イケメンだった。運動より読書が似合いそうな雰囲気だ。やはり背が高い。
ローエンさんとミハイルさんも同じぐらいなので、もしかしたら、この国の男子平均身長はこれぐらいなのかもしれない。
「初めまして。カルさん。これから宜しくお願いします」
私は頭を下げる。
「呼び捨てで良いんだよ?」
「年上の人を呼び捨てにするのは性に合いません」
「そう? でも、立場と言うものがね……」
「必要な時はそうします」
自分で言っておいて何だが、必要な時ってどんな時だろう? 教会関係者がいる時だろうか?
「あ。僕も敬語を使うべきだよね?」
「別に構いません。後見人って親の様なものですよね?」
「まあ、そうだね……親の様なものか……」
カルさんは、思案気に視線を逸らしている。自分とフローラの年齢差を考えているのだろうか? 八歳しか違わない事が気になったのかもしれない。
「それより、カルさん。寒かったでしょう? お茶でも……あ、お昼は済みましたか?」
今は冬である。午前中に窓の外を見たら、庭には雪が積もっていた。
だから、暖炉の前でお茶でも飲んで暖まって貰おうと思ったのだが、カルさんは遠くから馬車で移動して来たのだから昼食を食べていないかもしれない事に気付いて、確認する。
尚、この国は、一日三食のようだった。
「未だだね。悪いけど、用意して貰えるかな?」
食堂に移動し、カルさんは食事を・私はホットミルクとクッキーを口にしながら話をした。
フローラが記憶喪失と言う話は、此処に来る前に彼を駅――馬車の――に迎えに行った上級使用人から聞いていたらしい。あ、勿論、迎えは自家用馬車である。
それと、カルさんがフローラと以前に会ったのは十年前と五年前だそうで、十年前は先代会長――つまり、フローラの実の祖父の兄――の葬式で、五年前はフローラの叔父の結婚式だったとか。……冠婚葬祭だけのお付き合いだったのかな?
「あの、この後……焼跡を見に行こうと思うんですが」
私がそう言うと、カルさんは顔を顰めた。
「止めておいた方が良いよ」
「……ショックを受けるかもしれないからですか?」
「それ以前に……」
カルさんは、玄関の方へ顔を向けて言った。
「屋敷の外に、自称『ユーアン様の庶子・私生児の親』が子供連れてわんさか集まっているからね」
おおぅ。遺産目当て……。
「その中に、本物が混じっている可能性は?」
「ユーアン様には失礼だと思うけど、絶対に無いとは言い切れないね。僕は、ユーアン様の女性遍歴を知らないから」
そうだよね。
「でも、あの中に本物が居たとしても、基本、私生児に相続権は無いんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。今回のナディヤ家の場合だと、当主となったフローラが自分の兄弟だと認めて届け出た場合には相続権が発生するけれど。逆に言えば、確たる証拠があってもフローラが認めなければ相続出来ない」
当主が認めれば相続出来るって、この国は私生児に優しいなぁ。……認めない人の方が多いだろうけどね。
「庶子の場合は?」
私が更に尋ねると、カルさんはローエンさんを振り返った。
「確認しましたが、ユーアン様は庶子の届け出をしておりませんでしたし、遺言状にも記載されておりませんでした。つまり、ユーアン様に庶子は居りません」
届け出ないと認知したと認められないのか。
「ありがとう。……仮にいたとして、相続出来る財産はフローラの半分以下。男子だろうが、年上だろうがね。ああ、勿論、私生児の場合はもっと少ない」
嫡出子なら、長男が一番多いのだろうか?
「で、どうする? 本物のユーアン様の私生児がいるか調べる?」
「そうですね……。二・三人であれば調べても良いんですが……。調査代が嵩むでしょう?」
「証拠を持たない者は、ふるい落として良いと思うよ」
まあ、血液型検査も出来ないだろうしね。
「じゃあ、ローエンさん。葬儀等が終わって一段落した頃に確たる証拠を持って来るよう伝えて、追い返してください。面会の予約して貰って」
私がそう頼むと、彼は一旦退室して直ぐに戻って来た。下級使用人に命じて来たのだろう。
そして、カルさんが食後のコーヒーを飲み終わる。
「そろそろ居なくなりました?」
報告に来たのかローエンさんに耳打ちした下級使用人が離れた所で、私はそう声をかけた。
「いえ。産んだ自分がユーアン様の子供だと言っているのだからそれが証拠だ、と言い張っている者が数名残っているそうです」
駄目で元々。言うだけならタダ。……そう思っているのだろうか? 寒いだろうに、よくやるわ。
「そう。その人達、私が『天級』だと知ってて言っているの?」
下手をすれば悪魔崇拝者と疑われたりしてー。
「どうでしょう? 確認させます」
結果、彼女達は全員退散したらしい。と言う事は、やっぱり嘘だった訳か。『天級』と知って尚騙そうとする輩では無くて良かった。相手をするのが大変だからね。
「ですが、お嬢様。屋敷跡へお出でになるのはお止めになった方が宜しいかと……。運び出している最中でしょうから」
ああ、廃材とか。
「棺の用意は出来たのかな?」
カルさんが尋ねる。
「そうですね。私には分かりかねますが、幾らナディヤ商会でも流石に人数分は未だ用意出来ていないのではないかと……」
運び出しているって、まさか……。
「そう言う事なら、別の日にします」
「それが良いよ。僕は部屋で休ませて貰うね」
馬車の移動で疲れたのだろう……カルさんはそう言って立ち上がった。
「じゃあ、私も部屋で過ごします」
私も立ち上がり、自室となった誰かの部屋へ向かった。
その夜。私はお風呂に入った。
私の身の回りの世話をする事になった侍女のアンヌさんから聞いた話によると、此処ゾルゾーラ王国の王都ヘブノイドは、上中下水道完備――貧民街には公衆トイレや共同水道を設置したらしい――だそうだ。勿論、工事を行ったのはナディヤ商会。因みに、王都は国王直轄領らしい。
当時の戦争好きの国王様は、上中下水道など不要――お金がかかるから――と言っていたそうだが、当時のナディヤ商会会長に、せめて下水道だけでも設置すれば、先代王妃様――つまり、当時の国王様のお母様――のように伝染病の大流行で命を落とす者が減ると説得されたのだそうだ。
当時は王宮ですら、あちらこちらに糞尿が捨てられていたらしい。……フローラのご先祖様、グッジョブ!
「ふぅ……」
温かくて気持ち良い。
お風呂が各家庭にあるのは王侯貴族や裕福な平民の家で、そうじゃない人達は公衆浴場に行くらしい。尚、ナディヤ商会は高級スパも経営しており、そこではエステも有料で提供しているとか。
それにしても、ナディヤ商会は未来に生きてない? いや、待てよ。他が過去に退化しただけの可能性も……。確か、中世ヨーロッパも、古代ローマとかより衛生的な面で退化していたとか見た事がある様な……。
あ、そう言えば、あの穴に飛び込んだ人が過去にも何人かいるんだっけ? その人達の誰かがご先祖様に居たのかもしれないな。