第十七話:結婚
「そこまでだ」
屋敷に油を撒こうとしたティティは、邪魔をされた苛立ちと共に振り返った。
「誰?!」
目に入ったのは、月の光を浴びて更に美しい美少年シリウス・エル・ゾルゾーラ、辺りを光照らす美少年ラナ・エル・ビシュヤ、そして、隻眼の美少女フローラ・エル・ナディヤ。
「ティティ・メジュフェ。放火の現行犯で逮捕する。三年前の放火事件の犯人もお前だな?」
『逮捕』の言葉を合図に物陰から現れたのは、ティティが先程石化させた筈の銀獅子騎士団だった。
「石化した筈だわ!」
「『天級』を侮らないでくれるかな?」
ラナが微笑む。
「石化ぐらい治せるし」
「幻覚を見せる事も可能だ」
ティティの呼吸が、恐怖に荒くなる。
「やっぱり、貴女が皆を殺した犯人だったのね」
「……何の事かしら? 確かにあたくしは、彼等を石化させて放火しようとしたわ。でも、これが初めてよ」
フローラの言葉に、ティティは惚けて見せた。
「土属性の悪魔の【ギフト】を持った火属性中級が、そう都合良く他にいるかよ」
「ところで、知っているのかな? 悪魔の【ギフト】のデメリット」
ラナの問いに、ティティは眉を顰めた。
「デメリット?」
「知らなかったのか? 悪魔の【ギフト】は、使う度に使用者の最も大切な物を奪う」
「金が大事なら貧乏に、命が大事なら死の病に……美貌が大事なら不細工にね」
ティティは、ハッとして顔を手で覆った。
確かに、三年前より容色は衰えていた。
「嘘よ。そんな……悪魔の【ギフト】は素晴らしい力よ」
震える声でそう呟く。
「素晴らしくないから、誰も使わないんだよ」
「……どうして、あたくしだけ」
ティティは暫くして、恨めしそうに声を絞り出した。
「フローラ! 貴女も不幸になって! あたくしよりも!」
悪魔の【ギフト】による攻撃を、ラナの【ギフト】が阻む。
「やはり、フローラへの妬みが動機か」
「妬み? 違うわ! あたくしは、フローラと友達に……いいえ! 親友になりたいの! だから、あたくしと同じように、それ以上に、不幸になって欲しいのよ!」
「それが妬みだ」
「違うわ! 同じような境遇が良いだけ!」
「そんな事の為に……!」
怒りを燃やし始めたフローラをラナが制する。
「気持ちは解るけど、落ち着いて。王都に地震を起こしたら駄目だよ」
「……はい」
「ふふっ! 良いじゃない! 地震を起こせば! フローラも犯罪者になりましょうよ! お揃いだわ!」
「そんなにお揃いが良いなら、片眼を潰して自分を燃やせよ」
シリウスの言葉に、ティティの笑いが凍る。
「お前は悪魔崇拝者だ。火刑の前に、サービスで片目を潰してやるよ。回復はしてやらんがな。好きな方を選べ。自分で死ぬか・死刑になるか」
「嫌よ! どうして、私がこの若さで死ななければならないの! 世界の損失だわ!」
突然目眩に襲われて、ティティは倒れ込んだ。
「え? な、何……?」
「言ったよね? 命が大事なら死の病になるって」
「ひ、酷い。フローラ! 一緒に死んで!」
ティティはフローラを火の【ギフト】で襲った。
「嫌!」
身体が火に焼かれた事を『思い出して』、フローラは意識を失った。
夢を見た。
一人の少女が、泣きじゃくっていた。
とても、悲痛に。
それを見て、もしかしてあの時からずっと泣いていたのだろうかと胸が痛んだ。
両親を求めて一人にしないでと泣き喚く少女に、私は近付いた。
「フローラ」
私が抱き締めると、フローラは叫ぶのを止めた。
「パパとママの代わりにはなれないけど、寂しい時は、カルさんやシリウス様が一緒に居てくれる。泣きたい時は、私が一緒に泣いてあげる。だから、帰ろう? 誰もいない此処にずっと独りで居ないで」
フローラが意識を取り戻した時には、全てが終わっていた。
「漸く、気が付いたか」
安堵した顔で彼女を覗き込むのは、シリウスとラナとカル。
「シリウス様」
「……ん? 感じが変わったか?」
「思い出したんです。全部」
「そうか」
「良かったね」
カルはフローラの頭を撫でた。
「お父さんとお母さんの事、思い出せて良かったね」
「うん。カルお兄さん」
「左目、治しておいたよ。犯人捕まったら治す約束だったからね」
「ラナ様。ありがとうございます」
フローラが頭を上げると、シリウスがバツが悪そうに口を開いた。
「ティティ・メジュフェは、公開処刑された。メジュフェ商会は、廃業。俺達の結婚式は、延期した。……済まなかったな。あの女が火属性だと知っていたのに」
「……気になさらないでください。お陰で思い出せたんですから」
「しかし、恐ろしい思いをさせた」
「シリウス様、その辺で……。フローラがどう慰めたら良いか困っていますよ」
「そんなつもりでは……。俺に気を使わなくて良いんだぞ?」
「でも、お婿様だし」
ふと、フローラはある事を思い出した。
「そう言えば、ラヴィータ様の即位式と結婚式は終わったんですか?」
途端にカル達の表情が暗くなる。
「即位式は、無事に終わったんだけどね……」
言い難そうにカルが話し始めた。
「結婚式は……エラさんが亡くなったから」
フローラは目を見開いた。
「亡くなったって……殺されたの?」
「式場の大聖堂の屋根に飾られていたシンボルが落下したんだよ。落下原因は不明」
「お陰で、ラヴィータが俺に譲位すると言い出して大変だった」
「父君が亡くなって、母君と御子息が亡くなって、今度は婚約者だからね。シリウスを王位に即けたい神の警告と恐れ戦いても、仕方ないよ」
ラナが苦笑する。
「エラは兎も角、他は自業自得だろうが」
「そうかもね」
「……エラさん、可哀相」
義姉になる筈だった人が死んだからか、フローラが悲しげに呟く。
「フローラは優しいね」
カルが頭を撫でて言った。
「前王妃の血縁に美少女として生まれたのが、運の尽きだったよな」
「どうしようもなかったんだね」
「お二人の【ギフト】で助けられなかったんですか?」
フローラの疑問に、シリウスとカルは顔を見合わせた。
「俺達は中に居たからな」
「即死だったし」
「そうだったんですか」
その時、扉がノックされた。
「失礼致します。オートミールの粥をお持ちしました」
「入りなさい」
メイドが入室すると、シリウス達は立ち上がった。
「じゃあ、俺達はこれで」
「お大事に」
一年後、延期されていたフローラとシリウスの結婚式と披露宴が行われた。
「お綺麗です、会長」
アラクネは感極まって泣きながら、フローラに声を掛けた。
「ありがとう、アラクネ」
フローラは、シリウスが前世の自分を殺した女だとは、もう疑っていない。例え生まれ変わっても、あれがシリウス殿下の様になるとは思えないと思ったからだ。
「そろそろだよ」
「はい」
カルに声を掛けられ、アラクネ達が控室を出て行く。
「結婚おめでとう。これで、肩の荷が下りるよ」
「お世話になりました。次はお兄さんの番ですね」
「ははっ。良い人に巡り合えると良いんだけどね」
カルは四年ほどナディヤ商会で働いたが、恋人が居た事は無い。フローラに遠慮していたのかもしれない。
「さて、それじゃあ、行こうか?」
「はい」
フローラはカルと腕を組み、式場に入った。
通路の先には、婿となるシリウスが待っている。十八歳となり男らしくなってはいるが、相変わらず絵画のように美しい。
ひょっとして、全て夢だろうかとフローラは思う。
死に際に見ている夢なのではないかと。
しかし、フローラは直ぐに自嘲した。
カルの体温・服の肌触り・絨毯を踏む感触……全てちゃんと現実感があるから。
カルと歩む道は間も無く終わり、この先の未来は、シリウスと共に歩んで行くのだ。




