第十五話:『天級』を侮るなかれ
「フローラ。……様」
6月のある日、ティティが家に押しかけて来た。
「何のご用でしょう?」
「ラヴィータ殿下とお近付きになりたいの。シリウス殿下に頼んで頂戴」
「それは、どういう目的で?」
「エラさんよりあたくしの方が、殿下に相応しいでしょう?」
相変わらず自信満々だ。
「ラヴィータ殿下は療養中ですから、無理ですね」
王妃様が亡くなってから部屋に籠りっきりで、シリウス殿下に代理を頼む事を報告しても、多分、耳に入らない心境で反応が無いらしい。食事は、シリウス殿下が無理矢理食べさせているそうだ。
「まあ! でしたら、是非、お見舞いに行かないと!」
「会わせて貰える訳が無いでしょう?」
「お金を握らせれば何とかなるわ!」
何とかなったら暗殺しほうだいじゃない。
「でも、どうして今? 去年の内に行動しなかったのは何故?」
「エラさんがちゃんと子供を産めなかったからよ」
下衆だ。
つまり、去年は勝ち目が無いと思っていたけど、今ならエラさんが弱い立場になったから勝てると。そう思っているって事ね?
「もし、ラヴィータ殿下にお会い出来ても、その事は口にしない方が良いわ」
もし本当に、妊娠したのがエラさんじゃなくて王妃様だったら。「ちゃんと産めなかったから」なんて言ったら逆鱗に触れてしまう。
「どうして? 殿下もそう思っているでしょうに」
「思っていないかもしれない」
「考え過ぎよ!」
ティティは笑って、帰って行った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
シリウス殿下は偶に帰って来る。
「ティティさんが、ラヴィータ殿下の見舞いに行くと言ってましたけど」
「ああ。露骨に袖の下を渡そうとしていたから、暗殺を目論んだ容疑で逮捕しろと言ったら逃げて行った」
露骨な袖の下……。メジュフェ商会は、遠からず潰れるんじゃないだろうか?
「それより、ラヴィータの問題は何とかなったぞ」
「立ち直ったんですか?」
「ラナが回復魔法を掛けてくれた」
傷心すら癒すとは……。
「もしかして、ラナ殿下って、生存中の『天級』で一番凄いんですか?」
「ああ。後光が差すのはあいつだけだからな」
「ところで、全部で何人ですか?」
「俺とお前とラナと戦乙女とリディヤ帝国皇帝と××帝国皇后の六人だ」
「もしかしなくても、一国に二人って珍しい?」
「勿論」
他国に警戒されそうですね。
翌朝。ナディヤ新聞に目を通すと、××帝国皇帝が離婚して別の女性と再婚した事が報じられていた。
「これって、大丈夫なんですか?」
「××帝国の歴史は知っているか?」
「はい。10年ぐらい前に革命が起きて、王国から帝国になったんですよね?」
会長の仕事とその勉強をする以外に、普通の勉強も【ギフト】の練習もしているから忙しいんだよ。一応。
因みに、その国にあったナディヤ商会の支店は、革命前に撤退したままだ。
「そうだ。こういう場合でも、『天級』でなければ君主になれない。なれば、生まれて来る子供の【ギフト】は下級だけになってしまう」
「じゃあ……」
「しかし、革命前からの妻である皇后が『天級』だったからな。大目に見て貰えたらしい」
「子供が継げば良いからですか」
「そうだ。だが、二人に子供は出来なかった。皇后は再婚でな、前夫との間の子はいるんだが」
二人目不妊かもしれないけど、皇帝が男性不妊症の可能性もあるよね?
「どうして、周りは止めなかったんでしょうね?」
「寧ろ、周りが望んでいたんだ。前々からな」
「え? 国力が低下するのに、何でまた……」
「皇后が浮気症だから」
……浮気は良くないけど、国防の方が大事だよね?
「でも、『天級』でしょう? なら、誰と付き合おうが『神の意思』なんじゃ……?」
「そうなんだがな。当の皇帝自身も我慢の限界となり、この結果になった訳だ。しかし」
「しかし?」
「実は皇后は浮気症じゃ無い。二人を離婚させたかった皇帝一族のでっちあげだ」
相手『天級』だよ!? 名誉棄損して良いの?!
「皇帝の一族は何を考えて……」
「初婚じゃない事と年上だと言う事が、気に入らなかったんだな。それに、下級以外も生まれ続けていたから、離婚させても問題無いと思ったんだろう」
別の国を建国した訳じゃないからって、皇帝に『天級』の血が入っていない事には違いないのに。
「信仰心が薄いんですね」
「そうだな」
「そう言えば、リディヤ帝国とずっと戦争しているんでしたよね?」
革命後からずっと戦争中だと習った。
「そうだ。毎回、××帝国が勝利を収めているが、皇后は出陣していない。だから、離婚してもこれからも勝てると思っているんだろう。リディヤの皇帝が『天級』だと知らない筈は無いのにな」
「リディヤ帝国皇帝が出て来ますか?」
「ああ。もう直ぐ11歳だしな」
この数ヶ月後、リディヤ帝国皇帝が出陣。
交戦した××帝国軍は僅か数分で壊滅した。
リディヤ帝国は××帝国を占領すると、革命を主導した者や帝国政府の要人などを『王権を簒奪した罪』で悉く処刑した。勿論、皇帝一家も含まれる。
しかし、『天級』である元皇后が助けに動く事は無かった。
「戦乙女が処刑された」
「どうやって?!」
10月のある日。シリウス殿下が教えてくれた衝撃的なニュースは、俄かには信じ難いものだった。
「薬を使って体の自由を奪ったんだろうな」
「『天級』もそういう物には弱いんですね」
「そうでもない。俺やラナやリディヤ帝国皇帝には効かないぞ」
毒無効?
「……錬度の違いですか?」
「そうだ。フローラも、早く火事ぐらいじゃ死なないようになれよ」
「……努力します。……あの。ラナ殿下って、死ぬんですか?」
『天級』の【ギフト】を使いこなせるんだから、不老不死とか有り得る。
「当たり前だろう。人間なんだから」
寿命には勝てないか。
「それにしても、どうして、『天級』を処刑したんですか?」
「悪魔崇拝者だと判明したからだそうだが、実際は、リディヤ帝国との戦争を強硬に主張していたからだろう。『天級』同士が本気で殺しあったら、周りの被害は甚大だ。それに、皇帝より戦乙女の方が弱いからな」
「だからって、『天級』に冤罪かけて殺すなんて、天罰下ったらどうしようとか考えないんですかね?」
「下るかどうか判らない天罰より、リディヤ帝国皇帝の方が現実的な脅威と言う事だろう」
なるほど。
「××王国の支店を一時的に撤退させようと思うんだけど」
「宜しいかと思います。リディヤ帝国が戦争準備をしているようですからね」
略奪を懸念して本店の支配人を集めた会議で提案すると、賛成された。
「やっぱり、出兵するのね」
「同じ『天級』として許せないのでしょう。それに、良い口実ですし」
「正義は我にあり」って事ね。
「そうよね。それにしても、戦乙女はどうしてリディヤ帝国と戦争したかったのかしら? 力の差が判らなかったの?」
「もしかしたら、二十年近く前の戦争が関係しているかもしれません。父親が戦死したらしいですから」
「そう……」
この数ヵ月後、彼の国はリディヤ帝国によって占領され、戦乙女に悪魔崇拝者の冤罪を着せた者達は尽く処刑された。




