第十話:天罰だと誰かが言った
馬車でバルデラー山の麓の村に移動すると、村の大半が雪まじりの土砂に埋もれていた。
助かった村人は、呆然と立ち尽くしたり・座り込んだりしている者達、土砂を掘っている者達が半々だ。
「貴方方は?」
此方に気付いた老人が尋ねる。
「救助に来ました。フローラ・エル・ナディヤです」
「『エル』? 『天級』ですか!?」
彼の言葉に、その場の全員が此方に視線を向けた。彼等の殆どは期待の眼差しだったが、一部、睨み付ける者達が居た。
「『天級』なら、山が崩れる前に何とかしろよ!」
その内の一人がそう怒鳴る。
「履き違えるな。『天級』は人助けの為に存在している訳じゃない」
シリウス殿下の冷たい声音に、男は怯えたように口を閉ざした。
『天級』が悪事を働こうが『神の意思』とされる事を思い出したのかもしれないし、『天級』を非難すれば悪魔崇拝者とされてしまう事を思い出したのかもしれない。
「土砂を退けます」
私がそう言うと、彼等は土砂の山から離れた。
「娘は何処ですか!」
名簿で生存者のチェックと遺体の身元確認をしているとそんな声が聞こえたので、振り向く。
二十代ぐらいの女性が、ナディヤ商会の従業員達に食ってかかっていた。
「何が遭った!」
シリウス殿下が声をかけると、女性は此方を振り向いた。
「この人達に娘を預けたのに、知らないって言うんです!」
「預けた人間は、お前の目の前の男で間違いないんだな?」
「それはっ! ……この中の誰かです」
何で、覚えられないのに預けたんだろう?
「髪の色は?」
「……思い出せません」
「目の色は?」
「……思い出せません」
「服装は?」
「……思い出せません」
「背丈は?」
「……思い出せません」
「年の頃は?」
「……思い出せません」
「声の高さは?」
「……思い出せません」
こんな状況だから、記憶力悪くなるのも解るけどさぁ。それで何で、ナディヤ商会の誰かに預けたと確信出来るんだろう?
「娘は実在するんだろうな?」
「当たり前です!」
「娘の名前と年は?」
それは答える事が出来たので、シリウス殿下は名簿を捲った。
「……載って無いぞ?」
まさか、本当に実在しないとは。
「む、娘は、その……家は貧しいので隠していました」
「税金逃れか」
聞けば、人頭税が子供にも課せられているらしい。クラロス伯爵領だけでは無く、大陸中でそれが普通なんだとか。
貧民の負担が大きいなんて、酷いと思う。
「じゃあ、捜索義務は無いな」
え?
「無いの?」
「無い。犯罪捜査等の保障の見返りに課している税だからな」
「で、でも、この人達に預けたんです!」
だから、何で言いきれるの?
「娘を隠して、何を企んでいるんですか!」
この人、私が『天級』と言う事も忘れてるのか。
そこへ、幼い少年が近付いて来た。
「あのね、ぼく、みたよ」
「見たって、何を?」
「あのおばさんが、おじさんたちにおんなのこをあずけたとこ」
「そのおじさん達は、あの中にいる?」
そう尋ねると、男の子は首を振った。
「いないよ。だって、あんなきれいなふく、きてなかったもん」
「そう。そのおじさん達は何処にいたの?」
「あっち」
少年が指差したのは北の方だった。ナディヤ商会の皆は東に居る。
「女の子を預かった後、どっちに行ったか分かる?」
「ううん。みてない」
「そう。ありがとう」
「どうやら、ナディヤ商会の者に預けたと言うのは、お前の思い違いのようだな。頑張って捜せよ」
シリウス殿下にそう言われた女性は、絶望の表情を浮かべた。
「そんな……。貧乏人は人間じゃないって言うんですか!」
「お前は、相手が金持ちなら、手がかりも無い中、何日も無償で縁も所縁も無い子供を捜す人間が大勢いると思っているのか? お前なら捜すのか?」
女性は、その場合捜して上げないのか、視線を逸らした。
「で、でも」
「捜しても良いが、莫大な捜査費用を請求するぞ。法律でそう決まっているからな」
「……私の分は払ってるんです! 私が娘を必要としているのに、捜してくれないなんておかしい!」
「そもそも、娘の分の人頭税を払っていないなら、法的には、今回行方不明になった娘は孤児だ。お前は自分が産んだ子を捨てて、赤の他人の孤児の面倒を見ていただけだ。数年前に産んで直ぐ捨てた娘の行方を捜せと言われてもな……」
「捨ててません!」
「法的には、捨てた事になる。それでもお前が捨てていないと言い張るならば……娘の分の人頭税を払わなかった罰を受けて貰う」
女性が目を見開く。
「さあ、答えろ。お前には娘がいるのか・いないのか?」
「あの、預かった娘さん返しに来たんですけど」
驚いて振り向くと、女の子を抱いた男ともう一人の男が居た。
「……何処にいたんだ?」
シリウス殿下が尋ねる。
「向こうに在る宿です」
女の子を抱いていない方の男が、北の方向を指差した。
「何故、この女の娘を預かった?」
「えっと、それは……。この子の父親は俺かもしれない関係なので」
女の子を抱いている方の男が、そう答えた。
「元恋人とか?」
「はい。喧嘩別れしまして……」
その時、女が娘を男の腕から奪い取った。
「無事で良かった!」
強引に取り上げられた際に何処か痛めたのか、女の子が泣く。
「……おい。迷惑をかけた俺達に謝罪と、娘を預かってたこの二人に礼を言え」
シリウス殿下が、怒りが込められた低い声で言う。
「捜していないんですから、迷惑なんて無いでしょう?」
怒りの余り、不敬罪の存在忘れてるのかな?
「脱税の罪で逮捕しろ」
「はっ」
彼女は、銀獅子騎士達にあっと言う間に縛られた。
「わ、私が捕まったら、娘はどうなるんですか!」
女は、情に訴え罰を免れようとする。
「父親や親類が要らんと言うなら、孤児院行きだろうな」
シリウス殿下は、絆されなかった。
「どうする?」
殿下が尋ねると、男は連れの男を見た。
「引き取っても良いかな?」
「勿論」
え? もしかして、この人達付き合ってるの? 『親友』なの?
「良かったな。心置きなく罰を受けろ」
「い……いやーーー!!!」
誘拐とかじゃなくて良かったなー。
連行される女性を、村の人達は白い目で見ていた。以前に何かあったのだろうか?
「良いのかい、あんた? その子、あんたの子とは限らないんだよ?」
村人にそう言われ、男は腕の中の女の子を見下ろした。髪の色は同じだ。
「俺の子だと思いますよ。姉の子に似てるので」
「そうかい? なら、良いんだけど」
「領主様は何故来ないんだ!」
炊き出しを食べ終えた一人の男が、憤りを露わにした。
「そうだ! 領主様が来ないなんておかしい!」
彼方此方から不満の声が上がる。
税金を払っているんだから、義務を果たせと。
「植樹した樹を無断伐採した犯罪者を助ける気は無い、と言ってたな」
殿下がそう言うと、不満の声はピタリと止んだ。
「よ、他所者の仕業ですよ」
「俺に嘘を吐くとは良い度胸だ」
嘘を吐いたらしい男は、顔色を青くした。
そして、助けを求めるように私を見た。
「言っておくけど、山が崩れたのは、樹を伐採して禿山にした所為だからね」
「地震じゃないんですか?!」
「地震は起きて無いよ」
「そんな!」
私が否定すると、彼等は、自分達の所為だなんて信じたくないと言う表情を浮かべた。
「クラロス伯爵は、これを防ぐ為に植樹したんだ」
「で、ですが、そんな事は聞いておりません!」
村長の言葉に、シリウス殿下の怒りが増す。
「一度ならず二度までも……。領主が領民を守る為に仕事しているのに、それを台無しにしておいて、説明が無かったと嘘を吐いて被害者面か」
「土砂崩れの危険があると説明したって、クラロス伯爵言ってたね」
村長は顔から冷や汗(?)を垂らして視線を彷徨わせた。
「フローラ。まだこいつ等に何かしてやるのか?」
「うん。でも、罰するなら止めませんよ」
私は、土砂崩れの被災者の支援に来たのであって、犯罪者を無罪にする為に来た訳じゃない。
「そ、そんな……! お慈悲を」
「薪が無いと、冬を越せなかったんです!」
「あっちに見えるの、森だよね?」
私は、南に見える森を指差した。
「そ、それは……ですが、遠くて」
「じゃあ、次の冬は死ぬつもりなの?」
「領主に逆らうより嫌だったんだから、当然そのつもりだったんだろうさ」
そう言えば、どんな罰なんだろう?
「シリウス殿下。罰はどんな刑ですか?」
「同じ罪でも領主によって違うからな。下手すりゃ死刑だ」
「同じ領主様でも、気分に因って違ったり?」
「そう言う事もあるな」
私はクラロス伯爵の顔を思い出した。
酷い事しそうな人には見えなかったけど、だからと言って罰が軽いとは限らないよね?
その後、生存者の殆どが逮捕された為、その村は廃村となった。




