序章:転生
2014/09/21 十年後→十一年後に変更。
「この穴に飛び込むとね。違う世界で結ばれるのよ」
昨日まで親友だと思っていた女が、私に不気味な笑顔を向ける。
「この世界では女同士だからダメなんでしょう?」
ナイフで脅され、殺されたくなくてこんな山奥まで歩いて来たが、誰かが助けてくれるなんて言う奇跡は起きなかった。
助かりたければ、自力で何とかしなければならない。
でも、身体は動かなかった。
「さあ、行きましょう」
歩く彼女に合わせてナイフが近付く。
私は思わず、ナイフから距離を取ろうと後ろへ……穴へと後退ってしまった。
落下の恐怖で意識が途切れる寸前、最期に見たものは、穴へと飛び込んで来た彼女の恍惚とした笑顔だった。
「その穴に一緒に飛び込むと、異世界で結ばれるって言われているんだ」
「へぇ」
同じ頃、麓の学校のオカルト同好会の部室で、奇しくもその穴が話題に上がっていた。当然、その穴に今正に飛び込んだ者がいるとは、彼等には知る由も無い。
「それって、無理心中でも良いの?」
女生徒の一人が、その話をした部長に尋ねた。
「全然。相思相愛で同意の上じゃないと駄目らしい」
「でも、知らなかったら無理心中しちゃうよね」
「まあ、そうだろうな。一応、説明書きの看板があるけど読まないだろうし」
「いやいや。そういう輩は、相思相愛で合意の上だと思い込んでいるだろうから、読んでも止めないだろう」
副部長の言葉に、彼等は異口同音に「あー、そうかも」と同意した。
「で、無理心中だと異世界に転生しないの? それとも、異世界で転生した上で結ばれないのかな?」
先程の女生徒が、部長にそこまで知っている事を期待して尋ねた。
「被害者の方だけ異世界に転生するんだってさ」
来世で好きな女と結ばれるのだと言う幸せな未来を思い、恍惚としたまま痛みも感じずに一瞬で死ねると思っていた女は、どう考えても即死な状態で三日三晩生き地獄を味わっていた。
しかし、誰かが助けてくれるなんて言う奇跡は起きなかった。
彼女が最期に見たものは、暗闇に浮かぶ誰かの悪魔のような笑みだった。
十一年後。
赤々と夜空を照らす大火が、一件の屋敷と多くの命を燃やしていた。
駆け付けた人々が、消火活動と生存者の確認と野次馬に分かれる。
「二人いました!」
衛兵の一人が、屋敷に程近い芝生の上に転がる焼け焦げた二人を発見し、救助責任者を呼んだ。
駆け寄った責任者は、恐らく大人の男性と彼に助けられたのであろう子供の姿を目にし、放火魔への怒りに歯を食いしばった。
「……魔女が! 絶対に捕まえてやる! 楽に死ねると思うなよ!」
神から授かった【ギフト】で辛うじて息が有った子供を治した責任者は、この国の何処かに居るであろうこの事件の犯人に対して、そう宣言した。そして、それは即ち捜査隊の方針となる。
「屋敷内の生存者の捜索を行います」
消火隊の【ギフト】に依って既に火は消えていた。
「無駄だ。生存者はこの少女だけだ」
「はっ。では、遺体の捜索を行います」
どうして言い切れるのかとは誰も思わない。彼にはそれを知る事が出来る【ギフト】が有ると、彼等は知っているからだ。
責任者は屋敷の外に残った衛兵達に、生存者を病院へ運ぶようにと言う指示と野次馬を調べるようにと言う指示を出し、少女を守った男の遺体に労いの言葉をかけた。