08話 セタの困惑
ヤマトはセタ達を探して村の中をぶらぶらと歩いていった。さほど大きくもない村なので、あの騒がしい子供達ならすぐ見つかるだろうと思ったからだ。
村人達はまだ昨日の襲撃の後始末に追われており、今は総出で柵の外の死体を片付けているようだ。大きな穴を掘り、その中にどんどん死体を投げ込んでいる。その後に大量の焚き木をかぶせ、一日燃やし続け、最後に埋め戻すのが一般的な手順だ。大変な仕事ではあるが、放っておくと悪臭は放つし他の魔物をおびき寄せるしで、出来るだけ早く済ませる必要がある。
まだ朝だというのに荒い息をついて働いている村人たちを見て、ヤマトは手伝おうと半分動きかけたが、セタを探していたことを思い出し、ぐるりと大きく視線を巡らせた。
見つけた。村人達が悪戦苦闘しているその外れで、セタが数人の大人に食ってかかっていた。ヤマトは歩みを速めて近づいていった。
「だ・か・ら、何でウチの畑をわざわざ踏んでいくのっ!」
セタが幼い子供達を従え、顔を真っ赤にして、悪鬼の死体を引きずっている村人に抗議していた。
「タシロのおじちゃん達はあっちからわざわざぐるって回ってここを通ってるじゃないかっ! セタは見てたんだからねっ!!」
「おいおい、ガキが大人の仕事に口出してんじゃねえぞ?」
「だいたいパピリカのババアもヤキが回ってんなあ、こんな荒れ地が畑だってさ、あははは」
ヤマトはタシロという名前と、その声、口調で相手のことを思い出した。昨日、ルノに酷いことを言った奴だった。思わず眉をしかめ、走り出した。
「おばちゃんの悪口を言うなっ!」
セタがタシロに掴みかかった。子供にしては敏捷だったが、取り巻きがはやし立てる中、タシロはわざと畑を踏み荒らすようにひょいひょいと躱していく。
ドンッ!
駆け込んだヤマトがタシロの腰を突き飛ばした。さほど強い力ではなかったが、不意を突かれてタシロはたたらを踏み、盛大な音を立てて倒れた。周りの取り巻き達が色めきたった。
「なんだてめえ!」
「……畑から……出て……」
ヤマトは怒りを抑えて言った。セタが目を丸くして見ている。余程悔しかったのだろうか、近くで見ると目尻に涙の跡があった。幼い子供達は隅に固まって泣いている。様子を見て取るにつれてヤマトの怒りは抑えきれないものとなり、勢いに任せて魔力を練り出した。
「おい、昨日のガキじゃねえか。よそ者が口出し――」
ボフッ!
起き上がったタシロが口を開いた途端、その姿勢のまま後ろに吹っ飛んだ。三十歩ほど向こうで地面にバウンドし、その先で不格好に転がるようにして止まるタシロ。ヤマトは魔法を放った手をかざしたまま、その場でそれを見届けた。
突然の光景に誰も動けないでいる間に、ヤマトは残りの取り巻き達を悪鬼の死体と一緒に次々と魔法で吹き飛ばした。全員を畑から出したことを確認すると、ゆっくりとタシロのところまで歩いていった。
「ちょ、お前、何――」
無言のヤマトから猛烈なプレッシャーがにじみ出ている。
「わ、悪かった、すまん、だから許して――」
ヤマトは有り余る霊力を、練り続けた魔力に思い切り乗せて解放した。
突如として暴風が吹き荒れ、ふた抱えはある竜巻を形作った。ヤマトの周囲に散らばる悪鬼の死骸が数体まず巻き込まれ、次いで悲鳴を上げるタシロが暴風にさらわれた。タシロはきりもみ回転しながら上空に巻き上げられ――
そこでヤマトは我に返り、魔法を止めた。ここまでするつもりはなかった。
魔法が中断されるなり竜巻は霧散し、鈍い音を立てて地面に落ちる悪鬼の死骸、そしてタシロ。巻き上げられた無数の土くれが降り注ぎ、落ち葉がひらひらと舞い落ちてきた。タシロは目を剥いて気絶していた。
「ヤマト兄ちゃんっ!」
自分が起こしたことに戸惑っているヤマトに、セタと子供達が駆け寄ってきた。
「今の、凄いねっ! かっこいい! 強いんだね、ヤマト兄ちゃんっ!!」
何事が起きたのかと村人達も手を止めて集まってきた。
「んとね、悪いおじちゃんをね、あのお兄ちゃんがボンってやってゴーってしたの!」
セタの次に大きい子供が村人をつかまえ、一生懸命説明している。
「何事だっ?」
村長とツゲが走ってきた。
「何かすげー魔法の気配がしたんだけど――ってヤマト!?」
ヤマトはつっかえながらもなんとか事情を説明した。
「あー、あのチンピラか。自業自得つーか、村長さんも大変だねえ。ま、しっかりお灸を据えてやってくれよ」
踏み荒らされ、見る影もない畑をツゲは険しい顔で見詰めていたが、コロリと表情を変えてヤマトに向き直った。
「それよりヤマト、魔法ってことは、お前実はマレビトだったのか? 俺はてっきり訳アリのコシの民かと――そんな瞳の色だし、千年樹とか言うし、あとちょっとお前を見て懐かしの白龍さんを思い出したりして――いや、これは忘れてくれ。とにかく結構な魔法だったぞ? 中級クラスか? ちょっとヤバい気配がしたしな」
「……中級クラス?」
「おう、たいしたもんだ。ソヨゴに聞かされた話に加えてそんな魔法が使えるとなりゃあ、スーサの町ですぐにでもルノって嬢ちゃんと二人、暮らしていけるだけの金は稼げるってもんだ。ま、後でたっぷり時間があるし、詳しい話は後でいいか。まだ二人とも支度は済んでないんだろ? 俺もスーサのギルドへの依頼の出し方についてまだ村長と詰めることがあるから、お互いやることを済ませちまおう」
ツゲはやや早口でそう言うと、一人でスタスタと村の中へ戻っていった。置いていかれた村長は気を失ったままのタシロを傍にいた村人に担がせ、慌てて後を追いかけて行った。集まっていた村人達も散らばって作業に戻っていく。
「……ルノ姉ちゃんと二人で町で暮らすって、どういうこと?」
ガヤガヤとしたざわめきが遠のいていく中、脇でツゲの言葉を聞いていたセタが真剣な顔でヤマトに詰め寄ってきた。
「ねえっ、ヤマト兄ちゃんっ! どういうことなのっ!!」
「……この後、ルノと……町に行くんだ……」
「そんなの嘘だっ! ルノ姉ちゃんが、ルノ姉ちゃんが町になんか行く訳ないっ! そんなの嘘だっ!!」
「……嘘じゃない……本当のこと……」
「ヤマト兄ちゃんの嘘つきっ! みんなっ! ルノ姉ちゃんに本当のこと聞きに行くよっ!!」
子供達を率いて走り去るセタの背中を目で追いながら、ヤマトはため息をついた。ルノにとって町で暮らすのは良いことだと思う。だが、子供達、特にセタにとっては辛い別れとなることに気が付かないでいた。
――ルノ姉ちゃんはセタが守る、か。
ヤマトはぽつんと呟いた。どうすれば全部の人にとって良くなるのか、さっぱり分からなかった。滅茶苦茶に踏み荒らされた畑が目に入る。何の作物か判らないが、せっかく出た芽が踏み潰され、または白い根を朝日に晒して、何本も何本も転がっていた。
ヤマトはその場にしゃがみ込み、その芽を一本一本丁寧に植え直していった。こうして土をいじっていると、霊力が刺激されて気持ちが落ち着いていくのが分かった。無意識のまま、芽に少し霊力を添えて植えていく。
――よし。
手が届く範囲の芽を植え直したヤマトは景気付けの声を出し、餞別とばかりに霊力をまとめて地面に流し込んで勢い良く立ち上がった。
今頃はセタ達は家に戻って、ルノとパピリカを相手に大騒ぎしているに違いない。自分もそこに加わって、みんなで話をしよう。そう考えをまとめたヤマトは、しっかりとした足取りで歩き始めた。
その後、ヤマトの霊力を注ぎ込まれた新芽は奇跡的な成長を遂げ、辺り一面に広がっていくこととなる。まさに森を守り育てる千年樹から授けられた、その力の片鱗であった。だが、この時点では誰も知らず、ヤマト本人も気づいていない。
今はただ、ヤマトによって植え直された新芽が、太陽を一杯に浴びているだけだった。