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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森
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07話 光

 翌朝、ヤマトは皆の騒ぐ声で目が覚めた。


 もぞもぞと起き出すと、朝の光の下、ルノを中心にパピリカを始め皆がただならぬ雰囲気で集まっていた。セタは家の中をぴょんぴょんと跳ね回っている。


「……おはよう?」

 ヤマトが声を掛けると、涙目のパピリカが物凄い勢いで迫ってきた。

「ルノが、ルノがね――」

 言葉にならない。跳ね回るセタがヤマトに飛びついてきた。


「あのね、あのね、ルノ姉ちゃんの目が見えるようになったんだよっ!」


 ヤマトはびっくりしてルノを見た。ルノはすっと目を合わせ、少し首を傾げて躊躇ためらいがちに微笑んだ。突然見えるようになった景色にまだ戸惑っているのかもしれなかったが、戸口から差し込む朝日を浴び、その姿は目が覚めるほどに可憐だった。


「ヤマト様……あの……おはようございます……」

 ヤマトは寝藁ねわらから飛び出した。

「ルノ、見えるの?!」

「はい、みなさんほど細かいところまでは見えていないようですが、それでもみなさんの顔ははっきりと」

 ルノは眩しそうにヤマトの顔を見つめ、少し頬を赤らめて視線を外した。確かに目が合っていた。

「パピリカさんは私が思っていたとおりの優しい雰囲気――セタは……とっても可愛い」

 誉められたセタはきゃーきゃー言いながらルノに飛びつき、お外も見てみようよっ、とルノの手を取って外に連れ出した。ルノはヤマトに一礼をして朝日の中へ出ていき、幼い他の子供達もぞろぞろとついていく。


「やれやれ、こんなこともあるんだねえ」

 パピリカが手で涙を拭いながら立ち上がった。

「さあて、朝ご飯を作らなきゃだよ。ヤマトは顔を洗っといで」


 ヤマトが戸口の外に置かれた壺に汲まれた水で顔を洗って戻ると、パピリカは火を熾しているところだった。そのまま手際良く食事の支度を進めながら、パピリカはヤマトに声を掛けてきた。

「で、連れて行ってくれるのかい? 目が見えるようになって少しは状況が変わるかもしれないけど、それでもやっぱりあの子の居場所はこの村にはないって気がするのよね」

「……ツゲに誘われた……今日、一緒に町に行く……」

「おや、それは随分と急な話だねえ。町に行くならツゲと一緒は願ったりだけど、こりゃ早いところあの子に話さないといけないね――って、肝心のヤマトの答えはどうなんだい?」

「……ルノは、どうなんだろ……」

 ヤマトの煮え切らない返答に、パピリカは両手を腰に当てて振り返った。

「ほらほら、男なんだからはっきりおし。ヤマトはどうなんだい?」


「…………一緒に……行きたい……」

 蚊の鳴くような声のヤマトに、パピリカは大笑いした。



 ちょうど朝食が出来上がった頃、ルノと子供達は帰ってきた。ルノは上気した顔で目に触れた物全てを手で軽くさわり、愛おしげに眺めている。

「世の中がこんなにキレイだとは思いませんでした。本当に、たくさんの色があって」

「そうだよ、それが風景ってもんさ。さ、朝ご飯が冷めちまうよ、早くお食べ」

 パピリカは言葉とは裏腹な愛情が込められた声でそう言って、雑炊をよそった器を慎重に手渡した。ルノはしっかり受け取り、パピリカと微笑み合う。そして渡された器を手触りを確認するように眺め、中の雑炊をひとつひとつの具を確かめるように口に入れていった。他の子供達は子供達で賑やかに食事をしている。ヤマトはルノの姿がむかし餌をあげていた子リスのように可愛らしく見え、目が見えるようになったルノの喜びが自分の事のように嬉しくて、目が合う度に微笑みかけた。賑やかで温かい朝食だった。


「さ、食べ終わったら洗い物だよ。各自食器と昨日の下着を持って川に行っといで」

 頃合いを見てパピリカが号令を出すと、子供達は、はあいと口々に返事をして動き出した。

「ルノはちょっと話したいことがあるから残ってて。セタ、終わったらその足で皆を連れて畑も見てきてくれるかい?」


 来た――ヤマトはパピリカがルノに話を切り出そうとしているのが分かり、途端に緊張してきた。子供達の声が遠ざかると、パピリカが自然な口調で口を開いた。


「ルノ、見えるってどうだい?」

「周りの物が全部新鮮で……こんなにキレイなものばっかり。ヤマト様、本当にありがとうございました」

 ルノはヤマトに向き直り、深々と頭を下げた。


「……え?……僕?……」

 思わぬ展開で、ヤマトにはなんでお礼を言われたのかさっぱり判らなかった。パピリカも訝しげな顔をしている。


「昨夜、一晩中ヤマト様の暖かい力に直接包まれていました。そして、目が覚めたら見えるように……」

「ちょ、ちょっと待って。ルノの目はヤマトが治したってことかい?」

「おそらく。ヤマト様は千年樹様と同じ力をお持ちですから」


 ルノはパピリカに昔から霊力の光は見えたこと、ヤマトの光は千年樹と同じ光だということを説明した。


「確かに千年樹の実は癒しの力があるけど……あたしにゃさっぱり判らないけど、ヤマトはそんな力を持っていたのかい?」

 ヤマトはふるふると首を横に振った。治癒の力なんてないことは自分が一番よく知っている。しかし、そんなヤマトにルノは微笑みかける。

「これは治癒の力とは少し違います。なんというか、ヤマト様はやっぱり千年樹様の息子のようなものかと。昨日から感じていたのですが、私、ヤマト様の光の近くにいると何かこう、体の奥底から活力のようなものがどんどん湧いてくるのです」

 そう言ってにこりと笑ったルノの顔は生気にあふれ、透きとおるような美しさを持っていた。あたかも、ヤマトという太陽の光を受けて輝く月のように。


 パピリカはそんな二人を眺め、こめかみを押さえながらぶつぶつ言っている。

「千年樹のそばで暮らせば目が見えるようになるかもとは確かに言ったけどさ……ヤマトが千年樹の息子?……ヤマトもヤマトだけど、ルノもルノで……なんとまあ……。白子は精霊の巫女だって言うけど、やっぱりそんなに親和性があるってことかねえ……」


 やがて気を取り直したのか、パピリカはルノに普段の口調で問いかけた。

「ルノ、あたしゃまどろっこしいのは苦手だからそのまま聞くけど、あんたヤマトと一緒に町に行く気はないかい?」

「え?……ええ?」

 ルノは目を丸くしてパピリカとヤマトを交互に見る。顔が再び上気してきていた。ヤマトはヤマトで、あまりの直球な物言いに心臓が止まった思いをしていた。

「それは確かに……そうなればそうなんですけど……でも、でも、ヤマト様のご迷惑では?」

 そう言って、どこか縋るような眼をヤマトに向けるルノ。ヤマトは自分の顔も急速に赤くなっているのが分かった。しばしの沈黙が流れたが、パピリカはニコニコしているだけで、ルノはじっとヤマトを見詰めたままだ。ここは自分が何か言わなくてはいけない――ヤマトは何とか言葉を絞り出した。


「……初めはたぶん二人とも大変……でも、頑張るから…………行こ?」


「はいっ!」

 即答だった。


 ヤマトは体中から力が抜けてしまった。長い距離を走り終えた時のように大汗をかいていたが、安堵と共に達成感が波のように押し寄せてきて、しばらく何も出来そうにない。ルノは花が咲いたような笑顔を浮かべていたかと思いきや、パピリカと顔を合わせた途端どちらからともなく抱き合い、そして二人して泣き出してしまった。


 あ、あの……何?……僕はどうすれば……。

 おろおろするヤマト。が、長い年月を歩んできた二人の間には色々な想いがあるのだろう、ヤマトは中に入ることは出来ず、結局おろおろするしか出来なかった。


 ルノとパピリカが落ち着いてきた頃、ヤマトにとって救い主が戸口から入ってきた。ツゲだった。

「おっはよー、さん……?」

 家の中の光景に固まるツゲ。

「な、何? 何の修羅場?! ヤ、ヤマト、まさかお前、許されざる二股をっ!」


 涙を拭ったパピリカが今度は大笑いしながらツゲを家の中に招き入れた。そのまま坐ってもらい、事情を説明する。


「――ってことは、この嬢ちゃんも一緒に連れてきたいってことか?」

 時々思い出したようにクツクツ笑うパピリカの説明を聞いて、ツゲはヤマトとルノを交互に見た。

「……うん……魔物と戦うのは無理だけど……いい?」

「ま、俺とヤマトがいりゃ充分だろ。しっかり守ってやんな。それに、こんな別嬪さんを連れてきゃソヨゴも喜ぶってもんだ」

 別嬪さんという言葉に照れつつもルノがよろしくお願いしますと頭を下げた。ヤマトも一緒に頭を下げつつ、ツゲの言葉の別の部分に注意を引かれていた。

「……ソヨゴ……迷惑じゃないかな」

「あは、あいつは底抜けの世話好きだぞ? 連れてかないと逆に怒られるっつーの」

「そう……かな?」

 思い起こしてみると、千年樹の下に定期的に来てくれたのは、確かにメレネとヤマトの世話を焼いてくれる為だった気もする。

「おうともよ。あいつは現に今も二人ばか新米自由民の面倒を見てるぜ。それに、いざとなったらウチに住んでもいいしよ、あんたら二人なら大歓迎だぞ? 俺がみっちり仕込んでやって、ソヨゴのところの二人と自由民としてどっちが上に行くか勝負しても楽しそうだなー」


 その光景を想像しているのか、徐々にニコニコと楽しそうになっていくツゲ。


「えっと……ソヨゴと約束したし……まず、ソヨゴのところに……」

「あははっ、まあ、それが筋だなーって、そうそう、支度はすぐに出来そうか? そうか、じゃ、準備が出来たら村長のところで話をしてるから声かけてくれ」

 これを言いに来たんだった、じゃな、と言って去っていくツゲを見送って、残された三人は顔を見合わせた。


「そうさね、悪い人じゃないというか、良い人過ぎてわたしゃ逆に心配だわ。まあ、少なくとも旅の間、退屈はしなさそうだね。ソヨゴもこうなのかい?」

「……優しいところは……同じ……」

「何か周りを楽しくさせてくれる方ですね。お陰でさっき泣いてしまった気分がすっかりどこかへ行ってしまいました」

「ふふ、そうだねえ。さ、笑って旅支度としゃれこもうかね」

 パピリカがおどけてウィンクをすると、ルノはクスっと笑った。

「そうだ、ヤマト、悪いけど待ってる間にセタ達を探してきてもらえる? ちょっと遅い気がするよ」

 やることもないヤマトは頷き、そのまま戸口をくぐって外に出た。

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