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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森
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06話 宴の後で

 広場の中央では、大きな焚き火でイノシシが丸焼きにされていた。傍らには大きな鍋で汁がぐつぐつ煮立っている。

 三々五々と集まる村人達が順番に料理を受け取り、散らばって思い思いに食べ始めた。


「うおっいい匂いだ! ヤマト、俺らも行くぞ」

 ヤマトがツゲの後ろについて広場の中央に行くと、パピリカが笑顔で迎えてくれた。

「おや、今日の英雄さんだねっ! ツゲのお陰で一人も欠けることなくこうして夜を迎えられたし、ヤマトのお陰で怪我人がすっかり回復できたんだよっ。たっぷり食べとくれねっ!」

 パピリカが二人に気前良く料理をよそってくれ、その声を聞いた周囲の村人が口々に感謝の言葉をかけてきた。今日の戦いは死亡者こそいなかったものの、家は壊され、手塩にかけた畑は戦いで無茶苦茶になってしまっていたが、それでも村人の顔は明るかった。


「ツゲさん、あんた凄いなっ! さすがスーサの自由民だよ!」

「俺、見てたぜ。ツゲさんの前線での暴れっぷりったらそりゃもう――」

 口々に誉められ、ツゲは豪快に笑った。

「おいおい、何言ってやがる? みんなで戦ったことじゃねーか。ほれ、そこのあんた、あんたは俺が囲まれた時に弓で援護してくれたろ? あん時は助かったぜ」

 ツゲは小柄な村人の背をどしんと叩いた。

「一人だけじゃねえ。そもそもみんなはコシの民、戦いの民じゃねえか。今日の戦いでよく分かったが、俺みたいな派手さはなくても、一人一人が粒揃いに強ええ。さすがコシの民だぜ」

 ガハハと笑うツゲに村人は大喝采した。それは、どこか疲れた雰囲気の炊き出しに過ぎなかったものが、勝利を祝う宴へと変わった瞬間だった。


 料理が行き渡ると、次から次へと酒も振る舞われた。成人したとはいえヤマトはお酒が苦手だったのでこっそりと広場の隅に逃げ、村人達と軽口を叩いて上機嫌に笑うツゲを眺めていた。自分も話の輪の中にいるつもりになってしばらく微笑んでいると、背中を小さくつつかれた。


「あの」


 ルノだった。イノシシの肉をほお張るセタに手を引かれ、酒を飲んだのか目元が少し赤くなっている。

「今日はありがとうございました」

「……気にしないで……」


 そのまま無言が続く二人に飽きたのか、セタがお代わりしてくると言って駆け出して行った。


「あの、ヤマト様は、千年樹様の御兄弟ですか?」

 ぎこちない沈黙を破り、ルノがとんでもない事を聞いてきた。少し呂律が回っていない。

「だって、私には見えるんです。千年樹様の森の奥で輝くのと同じ光が、ヤマト様からも」

 ヤマトは何の話かさっぱり分からず、会話を続けることが出来ない。


 わかっているんですからね、うふふ、と笑うルノ。そのままヤマトに近づき、ヤマトの頬に手を当てた。嫋やかな少女とのあまりの距離の近さに、ヤマトの心臓が三拍飛ばして猛烈に動き出した。不自由な筈のルノの視線が初めてヤマトの視線と交錯する。その透きとおるような空色の瞳の奥に浮かぶ何かに、ヤマトの頭の中が真っ白になり――


「あーっ! ルノ姉ちゃんが酔っぱらってるっ!!」


 絶妙のタイミングで、セタがイノシシ肉の串を両手に持って帰ってきた。セタは慌てて片方の肉を口の中に突っ込み、空いた手でルノをヤマトから引き離した。

「んほへーひゃん、はめらよっ」

 セタは口一杯に頬張りながら、ルノの肩をガクガク揺すった。そのまますとん、と地面にへたり込むルノ。それを見届けたセタは口の中のものを目を白黒させて飲み込み、パピリカおばちゃーん、と叫びながら再び駆け出して行った。


 ルノは地面にへたり込んだ姿勢のまま、虚空をぼんやりと眺めていた。はじめから、ずっとみてたんですから――などと呟いているが、ヤマトの思考は止まったまま回復しない。やがて、セタとパピリカがバタバタと駆け寄ってきた。


「あらまあ、完全な酔っ払いだねえ」

 ルノの顔を覗き込み、パピリカが呆れた顔をした。

「ほら、立てるかい? あんたら今日はもう寝なさい。ヤマトも今日はウチに泊まっていきなさい。みんなと一緒に寝るんだよ」

 ヤマトとルノ、セタの三人は追い立てられるように広場を後にした。ルノはふらふらとしていたが、セタがしっかり手を引っ張って無事パピリカの家にたどり着いた。


 パピリカの家は広場からそう遠くないところにある、少し大きめの茅葺き住居だ。ヤマトは買い物に来た時に何度か訪れたことがある。セタが言うには、今この家で暮らす引き取り手のない子供はルノとセタを含めて六人。勝手知ったるセタの案内で戸口をくぐり、中に入った。


 この村に限ったことではないが、豊かとは言えない食糧事情や流行り病、魔物との争いなどにより、多くの人は老いるまで生きられない。子供にとって片親というのは珍しくなく、寄る辺のない孤児も多い。そういった子供たちは村の子供として養われる。大人の手伝いをし、狩りを教わり、コシの民特有の戦い方の手ほどきを受ける。そんな村の財産ともいえる子供たちを、この村ではパピリカがまとめて面倒を見ていた。といっても、ある程度まで大きくなると、今度は貴重な働き手として引く手あまたで引き取られていく。目が不自由なルノのような例外を除き、パピリカの家で暮らす子供は幼い子供が中心となっていた。


 ヤマト達が家の中に入ると、薄闇の中、踏み固められた地面の片隅に厚くひかれた寝藁ねわらの上で、何人かの子供たちが毛皮を被って抱き合って寝ているのがうっすらと見て取れた。春とはいえこうして寝ないと夜はまだ寒い。

 ヤマト兄ちゃん、こっちだよ――小声で囁くセタに導かれ、ヤマトは簡単に寝支度を整えると、ルノに続いてそっと毛皮の端に潜り込んだ。ごそごそと寝る姿勢を作っていると、隣のルノから仄かに甘い香りが漂ってきた。


 ヤマトが何故か胸が高鳴って眠れぬまま、ルノを連れて行って欲しいというパピリカの言葉と、明日一緒にスーサに向かおうというツゲの誘いのことを考えていた。


 ソヨゴの住むスーサの町までここから三日、今日戦った悪鬼なら不意を突かれなければ充分撃退できそうだが、ツゲが言うように集団で出くわす可能性を考えると一緒に行った方が安全だ。それに向こうに着いた後でも、見知らぬ町で一人ソヨゴを探すより、知り合いだというツゲが一緒ならスムーズだろう。色々考えてもツゲの誘いはありがたいもので、またとない機会と言える。

 しかし、そうすると、明日の出発までにルノを連れて行くか決めないといけない。気持ちとしてはもうちょっと一緒に居たいのだが、連れて行くとなると大ごとだ。ルノ本人の意思もあるし、連れて行った先の不安もある。とはいえ、連れて行かなければルノはこの村で肩身の狭い暮らしを続け、そしてもう会うこともなくなってしまうかもしれない。けれど――。


 ヤマトが結論を出せずに悶々としていると、セタを初めとした子供たちの規則正しい寝息の手前で、ルノが寝返りを打ってこちらを向いた。

 ――ヤマト様、起きてますか?

 寝ていると思っていたルノが囁いてきた。ヤマトが小さく返事をすると、さっきはすみませんと前置きしてルノが小声で話し出した。少し酔いが醒めたらしい。


 ルノはほとんど目が見えない代わりに、いわゆる霊力が見えるらしい。草木や動物、生きとし生けるものは全て霊力を持っていて、その量に応じてぼんやり光って見えるそうだ。それが精霊の巫女とも呼ばれる白子が故なのか、その辺りはルノも判っていない。ただ、ヤマトは眩しいほど光り輝いているらしく、ヤマトが買い物に来る度にそれは目立っていたんだとか。

 そしてその光はいつも森の向こうで輝いている千年樹と同じ色で、それでヤマトの事を千年樹の眷属かなにかだと思っていたとのこと。


 ヤマトは慌てて自分は育ててもらっただけということを説明し、少し悩んでから、別れ際に何かの力を授けてもらったことも付け加えた。


 ――だからですね。今日のヤマト様の光は、これまで以上にとても暖かいのです……


 ルノはヤマトの方へおずおずと手を伸ばしてきた。手と手が触れ、ヤマトはその手を両手で包み込んだ。その手の小さく儚い感触に、悪鬼から救い出した時のことが思い出される。ルノは大変な一日だったんだろうな――ほとんど何も見えない中で暴力を受け、さらわれ、物凄く怖かったに違いない。


 こうしていると……ヤマト様の光に包まれるようで……なんだか安心します――ルノが途切れ途切れに呟いた。

 ヤマトの胸の奥にじいんと暖かいものが広がり、恐る恐るルノの華奢な身体に両腕を回した。伝わってくるルノの温もりが心地よい。


 今日はいろいろあったな――千年樹の下を発ち、悪鬼と戦い、村で何人もの人と話し、今ここでこうしてルノと眠りに就こうとしている。ルノに一緒に町にいかないかと話した方が良いのかもしれなかったが、今はこの沈黙を壊したくなかった。明日の朝に話せるかな、そんなことを思いながらヤマトは眠りに引き込まれていった。

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