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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森
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05話 頼まれ事と誘われ事

「えーと、そうそう、もひとつお礼を言ってなかったね」

 パピリカは小さく首を振り、やはり集会場の前に取り残されたヤマトに言った。

「ルノを魔物から守ってくれたこと、惜しまず千年樹の実をくれたこと、その他にあともうひとつ、ね」


 二人は往来の端に寄り、隠れるように話を続けた。

 パピリカが気にしているのは、先ほどヤマトも目の当たりにした、ルノに対する村人の事らしい。


 ルノは何年か前に家族でこの村に流れ着いたが、その後両親は他界、今ではパピリカの家で他の孤児達と一緒に暮らしている。それだけなら他の子と何ら変わることはないが、ルノは生まれつき目が不自由なことに加え、見たとおりの白子と呼ばれる珍しい容貌。白子のことを精霊に愛される存在として特別視する村もあるのだが、その分魔物に狙われやすいというのが定評で、この村では魔物の襲撃がある度にルノが槍玉に挙げられてしまうのだとか。


「ウチの村の男共はだらしないからさ、誰かひとりでかい声で物を言えばそれになびいちまうところがあるのさ。あの時も誰もタシロの馬鹿の口を塞ぐことが出来なくって、本当に情けないッたらありゃしない。ヤマト、勇気を出してあの子に味方してくれたんだろ? 本当にありがとね」

 パピリカは肉付きの良い顔でニカッと微笑んだ。裏表のない、まっすぐな笑顔だった。


「それと、ルノは拐われた時のことを何か言ってたかい?」

 パピリカの顔は微笑みを浮かべたままだったが、ヤマトには心持ち目が鋭くなったように思えた。不思議に感じながらも特に隠すことではないので、大騒ぎの中で突然殴られて気を失い、そのまま連れ去られたようだと、ルノの言葉のままを説明をした。


 そうかい――それだけ言ってパピリカはふっつりと黙り込んだ。


 パピリカの頭にあるのは、同じ村に住む人間へのどす黒い不安だった。

 前回魔物が攻めてきたとき、タシロとその取り巻きが「ルノを差し出せば奴らは帰る」と騒いでいたことが彼女の脳裏には焼き付いている。その時はさすがに誰も相手にしなかったが、今回ルノが魔物に拐われたことにひょっとして何か関係があるのでは、とパピリカは密かに疑っていたのだ。

 まず、ルノは目が不自由なこともあって、一人で大きくパピリカの家を離れることはない。ましてや魔物が襲来している時なら尚更だ。そして、今回の魔物はパピリカの家の付近までは侵入していない。それがなぜ拐われることになったのか。

 証拠はない。証拠はないが、パピリカの中に、誰にも言えない疑いが渦を巻いていた。そして、何の根拠もないが、パピリカの勘はそれが事実だと告げている。今回は助かったが、今後もずっとルノは大丈夫なのか――




 一人で考え込んでいたパピリカが突然上げた「よし!」という大声に、ヤマトは反射的に一歩後ろに下がった。


「あのさヤマト、ねえ、あんたルノを千年樹様のところに連れてってくれないかい? 千年樹様のような強い精霊様の傍で暮らすってのは、精霊に近いとされる白子にとっちゃ良いことだと思うんだよね。ひょっとすると目だって見えるようになるかもしれないし」


「……え……?」

 ヤマトにとって、何の脈絡もない奇天烈な申し出だった。何も言葉を返せずに少し間が空いてしまい、慌ててメレネが死んだこと、千年樹の下を離れソヨゴの住む町に行って一緒に暮らそうとしていることを、つっかえながらも何とか説明した。


「ええ? メレネが亡くなったのかい? そいつはまあ……」

 パピリカは一時言葉を失ったが、すぐまた口を開いた。


「でも、やっぱり連れてってくれないかい? ソヨゴってあの自由民のソヨゴだろ? 悪いことは聞かないし、本拠にしてるスーサの町ならあの子が差別されることもない。この村にいるよりは幸せだよ。それに、あの子は目が悪いっていうのに、あんたが来る度、何故かいつもあんたを目で追ってたんだよね。あんたも千年樹様と縁が深いし、これも何かの縁かもしれないよ。あの子には私から聞いてみるけど、もしあの子が首を縦に振ったら頼まれてくれるかい?」


 有無を言わさず畳み掛けてくるような問いだったが、それでもヤマトはすぐに答えられなかった。


 ヤマトにとって、この先は初めての世界だ。ソヨゴによると、ヤマトの狩りの腕ならスーサの町のギルドに登録すれば自由民として充分やっていけるらしい。そして、ヤマトが移り住む場合、ソヨゴが世話をするのは初めだけで、すぐ自分の食い扶持ぐらいは稼げるようになるとのこと。

 当然ヤマトに不安はある。その後魔法を使えるようになり、霊力を使った身体強化も併せるとそれなりの戦闘能力はある筈だったが、自由民としてどこまで通用するのかさっぱり分からない。さらに、ソヨゴは遠慮なく来いとは言っていたが、自分以外にもう一人増えればソヨゴに迷惑ではないか。

 とはいうものの、ルノがソヨゴの町に行けば、この村で感じているであろう肩身の狭さから解放されるのは間違いない。

 タシロという村人に色々と言われ、小さく縮こまって震えていたルノを思い出す。パピリカの言うとおり、ルノにとって町に行く方が良いのかもしれない。それに――千年樹とメレネに育てられたヤマトにとって、同年代の女の子というのは何やら眩しい存在だった。正直なところ、もう少し傍にいてみたかった。だけど――。

「……判らない……ちょっと、考えさせて……」


 まあ、今晩ひと晩考えていいから、良い返事を待ってるよ。そう言ってパピリカは大きな声で女性陣を集めながら広場に歩いていった。




「少年! さっきはありがとう!」

 ヤマトが広場の片隅でぼんやりと炊き出しを用意する女性達を眺めていると、広場に入ってきた一団から声を掛けられた。先頭を歩いている男性には見覚えがあった。集会所で怪我人の手当てを仕切っていた人だった。獣皮をまとう村人の中でただ一人、硬く成型した鎧らしきものを装備している。腰に吊るしているのは鈍色に光る両刃の剣、マレビト特有の鋼の剣だ。この手の武器はスーサのマレビトしか作れず、持つ者に多大な権威を与えている。


「あんなに千年樹の実をくれて助かったよ。お陰でみんな回復できたし、これでようやくのんびり出来るわ」

 男は逞しい体に物々しい魔獣革の鎧を着ているものの、笑顔は人懐こかった。黒髪黒眼、スーサの町の自由民で名をツゲというらしい。ヤマトが自分の名を告げると大袈裟な身振りで驚きを表わした。

「ヤマト! ひょっとしてソヨゴの秘蔵っ子のヤマトか?」

「ソヨゴの……知り合い?」

「おうとも、ヤツとは同じマレビトの自由民同志、腐れ縁ってヤツだな。で、お前さん、ホントに千年樹の子供なの――って、そうか、だからあんなにたくさん実を持ってたのか。あはは、こりゃツイてたなあ。今回の戦いの一番の手柄はお前さんだなっ」

 バシンとヤマトの背を叩く。

 その拍子にヤマトの鼻にどぎつい血の匂いが入ってきた。ツゲの体を間近で良く見てみると、全身が悪鬼の暗緑色の血を浴びていた。その汚れを拭いもしないで怪我人の介抱に回っていたらしい。

「いやいや、一番も何も、今この村がここにこうしてあるのは全てツゲ様のお陰ですよ」

 ツゲに追従していた初老の男がツゲを見上げ、猫なで声で言った。ヤマトが見かけたことのある、この村の村長だった。

「あは、ヤマトってば、いやに男前じゃねーか。千年樹の子供って話だったから、もっとこう、ゴツゴツした石ころみたいな顔だと思ってたんだけどなー」

 村長のことは相手にせず、ツゲはヤマトの頭をガシガシと撫でた。

「……子供じゃない……育ててもらった、だけ」

「くくく、恨むならソヨゴを恨め。あいつがあんまりにもお前さんの事を吹聴するもんだから――ま、とにかく実をくれて助かったよ。俺の出番も終わったし、メシが出来るまであっちで座ってよーぜ」


「ツゲ様、ツゲ様にはあちらで贅を尽くしたお食事を用意しております。ここの炊き出しは粗末すぎて――」

「あーもう、そんな見栄を張ってる場合じゃないだろ。俺はこっちで苦労した奴らと食べる方が楽しいし、それに、村の食糧はほとんど奪われちまって贅沢なんてしてる場合じゃないだろうが」

 なんとかツゲに取り入ろうと前に回り込んだ村長をツゲはギロリと睨んだ。

「さ、ヤマト、あっち行こーぜ」

 困り顔の村長を脇目に、ツゲはヤマトを連れて広場の脇の草むらにどっかりと腰を下ろした。



 今回の襲撃では犠牲者もなく怪我人も既に回復したせいか、炊き出しを準備する広場の女性達の顔は明るい。パピリカを中心にお喋りの花を咲かせながら手際良く料理を進めていく。そんな姿を眺めながら、ヤマトとツゲはお互いのことを話していた。

 ツゲは聞き上手で、戦いで酷使した剣や鎧の手入れをしながら、ヤマトの生い立ちからスーサの町を目指していることを聞き出した。


「なら、明日一緒にスーサに向かわないか?」

「……え?……」

「ああ、どうも今回のゴブリン――こっちじゃ悪鬼って呼ぶんだっけ――とにかく、今回の奴らの襲撃はおかしい。近くに大規模な巣がありそうだ。早々に町のギルドに報告して討伐団を編成してもらった方が良いだろう」

 スーサの町は大きく、元を辿れば数人のマレビトが作った町だ。その中の一人が作ったギルドと呼ばれる組織は他に類を見ないもので、こういった場合に素早く充分な戦力をまとめられる。

「それに、上手くいけば食糧の援助も受けられるかもしれないな。明日の朝にはここを発ちたいが、一緒にどうだい? まだゴブリンが――悪鬼だったな――集団でうろついてるかもしれないし、万が一を考えると一緒に動いた方が安全だ」


 ヤマトが答えをためらっていると、広場にパピリカの威勢の良い声が響いた。

「炊き出しが出来たよーーーーーみんな集まれーーーーーーーー!!」



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