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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第二章 精霊の森

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53話 レラの教え(前)

 ――待ってましたよ、ヤマト。さあ、あなたの持つ霊力、その本当の使い方を教えてあげましょう。


 精霊の森の奥から、レラと呼ばれた存在が神々しい微笑みを投げかけてきた。

 腰まである銀色に輝く髪、深い緑色の瞳、穢れを知らぬ高貴な顔立ち、身体を覆う幾重にも重ねられた薄衣――その全てが仄かに透けており、背後の木立の陰影がうっすらと見えている。


「待つのじゃレラ、そなた消滅が近いというのは本当か?」

 漆黒の霊狐イヅナが、浮遊するレラを見上げて懇願するように問いかけた。


 ――ふふふ。イヅナ、あなたにそんな顔は似合いませんよ?


 音もなく地表に降り、儚い微笑みを浮かべるレラ。


 ――そうです。私にもようやく自然に戻る時が来たようです。思えばこの身が付喪となってから数千年、昔を知る仲間はほとんど残っておりません。良い頃合いではないでしょうか。


 レラはそう言い、そしてヤマトの前に滑るように流れてきた。


 ――今あなたが来てくれたお陰で、古き仲間との約束を果たすことが出来そうです。これも運命というものでしょう。ヤマト、しっかり学ぶのですよ。そしてこの精霊の森をしっかりと守り、発展させていくのです。頼みましたよ。


 レラはその透きとおった手を静かに掲げ、ヤマトの顔を両側から優しく包み込んだ。


 ――ふふふ、あの人にそっくりですね。面影がしっかり残っています。……ああ、底知れぬ霊力の波動を持っていますね。まだまだ荒削りですが、ここまで扱えるようになっているなんて……安心しました。時間は足りそうです。疲れてもいるようですし、今日はしっかり休みなさい。明日、またここに来るのですよ。


 レラはヤマトの頭をひと撫でし、ふわりと舞い上がった。光る精霊たちが一斉に後に続いていく。


 ――では、また明日……。

 そう言い残し、レラは静かに去っていった。




「イヅナ、今のは何者だ?」

 レラの存在はツゲにも見えたらしい。森の中に取り残された一行の沈黙を、ツゲのささやきが破った。


「あれがレラよ。最古参の付喪の一人で、数千年を生きる風の大精霊じゃ」

 自らも何百年と齢を重ねているにも関わらず、恭しくレラの消えた先を見つめたままのイヅナがぽつりと答えた。


「レラが自然に還るじゃと? なんということじゃ……」


 イヅナによると、歳月を重ねて神霊の力を蓄えた付喪とはいえ、無限に存在し続けることはないらしい。どこかの時点で蓄えた霊力が放出して自然に還り始め、やがて付喪としての意識もひっそりと消滅してしまうのだ。


「レラがいなくなれば、誰がこの森を保つというのか……せっかく育った精霊の子供たちも哀れなものじゃ」


「あー、いろいろ聞きたいことが盛りだくさんなんだが――」

 ツゲが頭をぐしゃぐしゃと掻き回しながら尋ねた。

「えーと、まず基本的なことから……なあ、なんであの風の大精霊さまは人の姿なんだ?」


 あまりに脈絡のない質問に、コシの民の英雄、イメラがツゲの頭を小気味よく叩いた。

「馬鹿かお前は。そんなもの大精霊様に深い思し召しがあるからに決まっているだろう。我らのような人の分際で失礼なことを言うんじゃない」


「ううむ、先の様子を見るに、思い当たる節がない訳でもないが――」

 頭を抱えてうずくまるツゲを傍目に、イヅナが意味ありげにヤマトを見やった。


「まあ、あまり詮索はしない方がよかろ。それぞれ想いを持っておるということじゃ。ま、それより、いつまでもこうして立っているのもおかしな話じゃ。今日一日急がせてしまったし、レラの言うとおり明日に備えて早めに休むとするかのう」


 確かに今日の強行軍で疲れているのは事実、一行はイヅナの言葉に促され、精霊の森の片隅で夜営の準備を進めるのであった。






 翌朝、ヤマトは爽快な気分で目が覚めた。


 昨夜はいろいろなことが頭の中を駆け巡っていた。少し離れた場所で、ツゲとイメラが遅くまでイヅナと話し込んでいたのも影響している。

 大精霊レラのこと、謎が多い赤目のこと、そしてヤマトのことまで、ところどころ漏れ聞こえる低い声がいつまでも続いていたのだ。


 寝相の悪いセタの姿勢を時折直しつつ、傍らで横になるルノと時々言葉を交わしながら、月が傾くのをぼうっと眺めていた記憶がある。


 本来ならかなりの寝不足になっていても不思議はないのだが、この場所の清澄な霊気のお陰だろうか、目が覚めると疲れは嘘のように消え失せ、ヤマトは体力気力ともに実に充実した朝を迎えていた。



 そして、今日はレラに教えを請う日だ。どんな事を教えてくれるのか、ヤマトの胸は今から期待に高鳴っている。

 ツゲとイメラ、そしてイヅナは、じきに顔を見せるという話のオキクルミを待ちつつ、数日はこの森でルノとセタの鍛錬に勤しむらしい。


「ヤマト兄ちゃん、光る子供たちによろしくね!」

 朝食を食べ終えたセタが上機嫌で言う。

「今日はね、イメラししょーがセタの双極廻舞を仕上げてくれるんだって。ヤマト兄ちゃんには負けないよっ」


「ははは、イメラの言うことを聞きつつ、ちゃんと俺の攻撃も躱すんだぜ?」

 ツゲもまた妙に上機嫌であり、早速セタに斬りつける真似をして笑っている。普段は寡黙なイメラまで笑顔が溢れているようだ。


「ふふ、どうじゃ、精霊の森で眠ると力がみなぎるであろ? ルノの癒しの手もそろそろ仕上がりじゃ、我らも今日は頑張ろうの」

 皆の様子を満足気に眺めていたイヅナが軽やかに立ち上がり、ひと足先に動き出した。


「ヤマトさんも頑張ってくださいね」

 ルノがヤマトに微笑みかけ、イヅナの後を追っていく。


「ルノも頑張ってね」

 ヤマトはヒヒイロカネの両手杖を背中に回し、ツゲたちにも手を振って、森の奥に向かって歩き出した。





 広場に着くと、レラは既に到着していた。精霊の子供たちに周りを囲まれ、朝の木漏れ日を浴びたその美しい姿は、あたかも幻想的な一幅の絵画のようだ。

 そして、そうやって精霊の子供たちと和やかに戯れつつ、静かにヤマトを待っていたらしい。


 ――おはよう、ヤマト。昨夜はよく休めましたか? さあ、こちらにいらっしゃい。


 ヤマトが声をかけると、レラは包み込むような微笑みでヤマトを迎え入れてくれた。精霊の子供たちは事情を説明されているらしく、口々に「またねー」「がんばってー」などと言いながらふわふわと散らばっていく。


 そんな精霊たちが木々の梢で思い思いに遊び始めるのを見守った後、レラとヤマトはどちらからともなく互いにゆっくりと向かい合った。


 ――ふふふ、こんな日が来るとは思いもしませんでしたが……さて、まずはあなたの今の力を見せてもらいましょうか。


「はい……よろしくお願いします……」


 どこか嬉しそうなレラに言われるまま、ヤマトは霊力を体内で循環させ、上半身と下半身の二箇所で環を描く双極廻舞へと展開していく。


 ――まだです。もっと操れるでしょう? 今操れる限界まで霊力を動かしてください。


 レラが嬉しそうな微笑みのまま、首をわずかに傾げて見つめてくる。


「……」

 ヤマトは軽く目を閉じ、大量に霊力がたゆたう下腹部から思い切った量を汲み出して、ひと息に循環の輪に注ぎ込んだ。


 これまで戦いの最中にしかやっていなかった限界ぎりぎりの循環だ。目をつむっていても、生まれ変わったように五感が研ぎ澄まされていくのが分かる。


 ――ふふふ、さすがですね。その歳でここまでとは。では、ちょっと失礼しますよ。


 レラの言葉から一拍おいて、なにやら暖かいものがヤマトの額に触れた。

 そして、そこから甘く疼くような感覚が全身に広がり、ヤマトが夢中で循環させている霊力の流れを柔らかく包み込んでいく。


 ――ああヤマト、あなたは信じられないほどの素質を持っているのですね。正直、驚きました。……ただ、今のやり方はあくまで霊力に馴染みが薄い存在がするやり方。あなたならばこうやって……


 ヤマトの身体がビクンと跳ねた。


 額から流れ込む甘い疼きが体内の霊力と一体化し、それまで下腹でたゆたっているだけだった無尽蔵の霊気が、まるで生命を与えられたように奔放に動き出している。


 突如としてヤマトの体を強い上昇気流のようなものが包み、剥き出しになっている肌を撫で、髪をなぶった。

 神にも似た全能感がヤマトの意識を新たな次元へと覚醒させ、目を閉じたままなのに、目で見ている以上に周囲の様子が鮮明に脳裡に流れ込んでくる。


 もの凄い速さで拡張を続けるヤマトの意識に、この森に満ちた生命の輝きが映し出された。



 なんてキレイな――



 この精霊の森で暮らす、全ての生きとし生けるもの。

 木々の梢で戯れる精霊の子供たち、楽しげにさえずる小鳥、ひらひらと舞う色鮮やかな蝶。それら全てが生命のまばゆい輝きを放っていてーーいや、それだけではない。

 木々の一本一本、草花の一つひとつがささやかな輝きを持っており、森全体が宝石箱のように光り輝いている。


 ヤマトは息をするのも忘れ、茫然と自然の神秘を眺め続けた。





 ――美しいでしょう? これがこの世の本当の姿なのです。


 はっとヤマトが意識を眼前に戻すと、ひときわ輝くレラが優しく微笑んでいる。


 ――分かりますか? 霊力を外から動かすのではないのです。同化し、おのれの一部とするのです。そうすれば、自ずと新たなる次元への扉が開きます。あなたなら、今の一回で理解できたのではないでしょうか?


「うん、なんとなく……」

 ヤマトがゴクリと唾を飲み込む。


 と、レラから流れ込んでいた甘い疼きがヤマトの体から抜け、金色の霧のように周囲に拡散していった。


 あ……。

 同時に、レラの微かな喘ぎが耳に入った。


 あれだけしっかりと認識していた輝く風景が、急速に色褪せていく。

 ヤマトはその中で、レラが苦しそうに胸を押さえていることに気付いた。


「レラ?」


 ――あ、あああ。


 レラの全身から金色の霧がこんこんと漏れ出ている。そして、それに同調するように、レラの持つ霊力の輝きが急激に曇りはじめていく。


 魂の抜けるような喘ぎを漏らすレラに、思わず手を伸ばすヤマト。咄嗟にそのしなやかな肢体を抱きしめ、ルノやセタにするように惜しみなく自分の霊力を流し込んでいった。




 ふと気がつくと、光る精霊の子供たちが心配そうに周りを取り囲んでいる。


「ヤマトさま、レラさましょうめつしちゃうの?」

「レラさま、だいじょうぶだよね?」

「レラさまー」


 大丈夫、こうすればきっと――ヤマトは精霊の子供たちを安心させるように強く頷いた。消滅、という言葉にギクリとしたが、無理やり意識から締め出し、祈るような気持ちで霊力を供給していく。



 そうしてしばらく。


 初めは注ぎ込む端から金色の霧となって拡散していった霊力が、徐々にレラの中に残るようになってきた。


 かなりの量の霊力を分け与え、ようやくレラの身体に力が戻ってきたのを感じたヤマトは、慎重に体を離して様子をうかがった。



 ――ありがとう。助かりましたよ、ヤマト。


 やがて、きつく瞳を閉じていたレラがその美しい顔を上げ、弱々しい微笑みを浮かべた。

 じっと様子を見守っていた精霊の子供たちが、一斉に喜びの声を上げて舞い踊る。


 ――ああ、いよいよ私も最後が近いようですね。まさかこんなに脆くなっているとは……。あなたに救われました。ふふふ、昔を思い出してしまいますね。


 エメラルドのような緑色の瞳に深い憧憬を覗かせ、ヤマトをじっと見つめるレラ。ヤマトが意味も分からず恥ずかしくなって視線を泳がすと、レラはくすりと笑ってヤマトから距離を置いた。


 ――申し訳ないのですが、少し休む必要がありそうです。私はここであなたを見ていますので、先ほどのが自分で出来るよう、練習してみてください。


 レラはそう言って、その場にゆっくりと腰を下ろした。微笑みながら慈しむようにヤマトを眺めるその顔には、初めの生気がだいぶ戻ってきている。

 精霊の子供たちがそんなレラの周りにふわふわと群がり、無邪気なお喋りを始めていく。


 よし。

 ヤマトはひとつ息を吐き、目を閉じて先ほどの感覚を辿っていった。


 レラの様子は気になるが、ここは少しでも早く習得するべきだ。無理をしてでも教えを授けてくれたレラの期待に応えるためにも、そして――。


 ヤマトの脳裡に、先ほどレラが見せてくれた光景がよみがえる。きらきらと輝いて、まばゆいくらいに美しくて――この世の本当の姿、だという。


 どこか懐かしく、まるで自分が本来はそこに属しているような不思議な感覚があった。


 あれを守らなければいけない。

 そのためにも――。



 一心に集中を続けるヤマトの周囲に、さざ波のように上昇気流が起こりはじめていた。





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