41話 合流
猛烈な火炎が渦を巻き、周囲のあらゆるものを巻き込み、荒々しく身を捩り、天を焦がしていく。
その横暴なまでの吸引力は標的であったグレイウルフはもちろん、背後の木立までをも引きちぎり、紅蓮の炎をまといながら遥か上空へと続く灼熱の螺旋を形作っている。
「お、おい……ヤマト、これちょっとヤバいわ……止めれるか?」
あまりの光景に、何度も唾を飲みながらツゲがヤマトを振り返った。
「……暴れて……さっきから制御きかない……でも……」
ヤマトは体を震わせ、額に脂汗を滲ませながら答えた。途中までは操れていた竜巻が、ファイヤーボールの爆発を取り込んだあたりから急に暴走し始めたのだ。三つが合体し、みるみるうちに巨大な力を得てヤマトの制御を押しのけてきている。
ここは、落ち着いて――。
ヤマトは素早く息を吸い込み、イメラに教わった双極廻舞で霊力を循環させつつ、余っている霊力を魔力と混ぜ込んで火炎旋風の制御に注ぎ込んだ。
暴れ回る竜巻の頭を強引に押さえ、もがくうねりを力づくで伸ばし、ゆっくりと回転を減少させ……。
ギュッと目を閉じて集中するヤマトの頬を、ひと筋の汗が伝っていく。
どれだけ時間が経っただろうか。
徐々に勢いを弱めていく自らの魔法からようやく完全な制御を取り戻したヤマトは、静かに目を開いた。竜巻はもう火をまとっておらず、通常のサイズに戻っている。
ほっと息をついて竜巻を開放、霧散させ、その場にへたり込むヤマト。目にかかる汗を二の腕で拭い、改めて猛威の跡を眺めた。
そこにあったのは、焦げて煙を上げる大地。ブスブスと燻る無数の塊はグレイウルフの残骸だろうか。暴風は手前の草原のみならず、木立のかなり奥にまで猛威を振るっていた。幸いなことに灼熱に晒されたのは草原部分だけのようで、その奥の木立の方に炎が浸食した形跡はない。早いタイミングで鎮静化させたから良かったものの、一歩間違えたら山火事に発展していたかもしれない。ヤマトはほっと胸を撫で下ろした。
手前の草原の何ヵ所かにちらちらと火が残っているものの、それも今は概ね鎮火の方向へ進んでいるようだ。
「いやいやすごいですね、ヤマト君、ナミさん。私たち、要らなかったかもしれません」
ぽん、とユウスゲがヤマトとナミの肩に手を乗せた。ほけーっとヤマトを見詰めていたナミがビクリと反応し、そんなナミの頭をキスゲが撫でた。
「火事にならなくて良かったですが……まあとりあえず、群れは潰したということで」
「ま、まあな……」
ツゲは頭をぶんぶんと振って、呆然と見つめていた焼け跡からヤマトとナミに視線を戻した。
「えーと、ちょっとしばらくはさっきの封印でもいいか? おじちゃん、マジでおしっこチビりそうだったわ。それで……まあそのなんだ、とりあえず……うん、みんなを追いかけようか」
「あの、ヤマトさん……」
草原に続く小さな道をひた走り、先行した面々を追いかけながら、ナミが遠慮がちにヤマトに話しかけてきた。
「さっきの、凄かったですね。あんなふうになるなんて」
全力疾走ではないものの、それなりのペースを維持し続ける強行軍にナミの頬は上気し、素直な黒髪が汗でロープごしに覗く首筋に絡みついている。
「はは……あれは多分、というかきっと、単なる偶然……」
若干スピードを落とし、困ったように答えるヤマト。イメラに教わった双極廻舞を再開させているお陰で、ヤマトの呼吸は全く乱れていない。
ヤマトとしては、先ほどの強力過ぎる火炎旋風はおそらく、妙に強力なナミのファイヤーボールとの奇跡的な相乗効果だと直感的に理解していた。普通に制御下にあった自分の魔法が、ファイヤーボールの爆発を巻き込んだ途端に暴走し始めたのだ。
自分の魔法が制御できなくなりそうだった瞬間の恐怖、凶悪な火炎旋風が発生したことよりも実はそちらの方が頭に残っていた。
「とっさに三つトルネードを出しちゃったけど、それもいけなかったかな……」
「そうそう、それも凄かったです。あんなに綺麗に三つも――」
「あ……そういえばそれ、みんなに不思議がられるんだけど……変だよね」
ヤマトは更にスピードを落とし、目を輝かせるナミから視線を外しつつ答えた。
自分の中では至極自然に出来ていることなのだが、毎回驚かれるのだ。育ての親のメレネに魔法の基礎を教わっていたとは言え、最終的には自己流だ。魔法に霊力を混ぜることがおかしいのかもしれない――ツゲやユウスゲ、キスゲといったマレビトの面々からは霊力がまるで感じ取れないことを思い出しつつ、ヤマトは小さなため息を零した。しかし、それをやらないことにはヤマトは魔法を放出できないのだ。それはやはり邪道ということで――
「そんなことないです!」
ナミが突然大声を上げた。足が止まっている。一斉に振り返った皆の視線を受けてナミは慌てて走り出し、息せき切ってヤマトの隣に並んだ。
「絶対変じゃないです。私なんかが言うのもアレですが、さっきのトルネード、発動の速さはもちろん、ため息が出るように綺麗な収束、繊細かつ強靭な制御――魔法を連発する云々の前に、ただ純粋にヤマトさんの技量が凄いんです。私、年の割には……って少し自信があったんですけど、ヤマトさんの魔法を見て、これが才能っていうものなんだなあって、憧れちゃうなあって心の底から思ったんです。だから、もっともっと頑張って、いつか隣に立てるように……って……あれ?……」
真っ赤に頬を染め、急に言葉の勢いをなくすナミ。
思わぬ展開について行けないヤマトだったが、妙な視線を感じて目を上げると、ツゲにニヤニヤと実に嬉しそうな顔で見られていた。
「あ……えと……それに!」
そんなツゲにはお構いなく、ナミが手をバタバタと振り回しながら言葉を継いだ。
「連続で魔法を出せるのだって、あのミツバ様と一緒です! 別に変なことじゃないです。自信を持ってください!」
「ま、そのとーりだな」
完全に足を止めたツゲが、珍しく真面目な顔でヤマトの頭にボフン、と手を乗せた。
「全然ヘンなことじゃねーし、まわりなんて気にしなくていい。ヤマトはヤマトだ、自信持ってけ」
ツゲの視線に込められた優しさに、ヤマトの胸にじんわりと暖かさが広がった。ひとつコクリと頷く。心の底でずっと気になっていたしこりが解きほぐされ、気持ちが軽くなっていくようだ。ヤマトは小さく肩を回して、ツゲに「ありがと」と笑顔を向けた。
「……いやその、あれだ」
唐突にヤマトの頭から手を外し、意味もなくぐるぐると腕を回し始めるツゲ。視線を逸らし、身に付けた獣革の鎧がギシギシと悲鳴を上げている。
「わ、分かってくれりゃそれでいいんだ……ほら、早く行くぞ。あーキスゲ何笑ってんだよ、走れ走れ」
ヤマトはナミと顔を合わせて微笑み、バタバタと走っていくツゲの後を追いかけていった。
村まであとひと駆けというところで、ヤマトたちは皆に追いついた。
おおーい、というツゲの呼び掛けに、安堵の表情で迎えてくれる仲間たち。
「ナミちゃん、大丈夫だった?」
「怪我はなかったですか、ヤマトさん?」
セタが真っ先に駆けつけ、ルノも白金の髪をなびかせて走ってきている。
「派手にやったみたいだな? お陰でこっちに来る群れはいなかった」
イメラがニヤリとツゲに笑いかけた。
「おう、ちっとばかし派手すぎたかもしんねーけどな。でも、いいとこで追いつけたわ」
ツゲがヒラヒラと手を振り、イメラの肩越しに視線を彷徨わせる。あの丘の次の丘の向こうに村がある筈だった。
「さ、とっとと村に入っちまおうぜ。もうちょっとだ」




