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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第二章 精霊の森

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34話 二人の師匠(前)

「さあヤマト、デスアントの殻は固いぞ。攻撃するなら関節だ。塚の地下に女王がいて、その女王を殺すと群れは解散だ。分かったか?」


「……攻撃は関節に……女王を殺せば群れは解散……」

 ヒヒイロカネの両手杖を握りしめるヤマトの肩に、ルノがそっと手を置いた。

「ヤマトさん、気を付けて」

 淡い空色の瞳に深い気遣いを込め、ささやくように言葉を続ける。

「……参考になるか分かりませんが、さっきのイメラさんの動き――霊力を全身にただ循環させるのではなくて、こういうふうに――」

 ルノはしなやかに伸びた指先で、ヤマトの両脚を跨ぐひとつの円を描き、両腕を含む上半身にもひとつの円を描いた。

「――二つの円で素早く循環させてました。ヤマトさんなら真似できるかも」


「ほう、さすが巫女殿、見えるのか?」

 イメラが眉を上げた。

「どうやって伝えようか考えていたが、それなら手っ取り早い。それがコシの民の極意のひとつだ。双極廻舞、という。効果は見てのとおりだな。出来るか、ヤマト?」


 ヤマトはルノの指の軌跡を思い描きながら、これまでひとつの輪で全身に循環させていた霊力を、独立したふたつの輪を描くように循環させてみた。

 ……右手と左手で別々の動作をしているような感覚だった。意識しているうちは強引に回せるものの、ふとしたはずみにすぐに混乱させてしまう。

「練習しないと……難しい。でも、慣れればいける、かな?」

「ふふ、俺は十年かかった。すぐに出来たら困る。そして最終目標は――五極廻舞」


 その言葉と同時に、首筋がチリチリするような圧迫感がイメラの全身から放出された。ルノが息を呑む。

「単純に言うと五体――頭、両腕、両脚――でそれぞれ独立して輪を描くことだが、細かいことは後でルノに教えてもらえ。まずは二つの輪――上半身と下半身の双極を地道に練習することだ。道は示したぞ」

 イメラはそう言って圧迫感を霧散させた。のしかかるような無形の圧力が抜け、ヤマトは思わずほっと息をついた。


「そろそろ良いかい?」

 ツゲが大剣をぶらぶらさせながら口を挟んだ。慌てて両手杖を構え直すヤマト。

「ほい、それじゃ突っ込むぞ――とは言っても、思ったより敵さんは少ないからな、俺とイメラで充分だ。ヤマトは見学してお勉強だな。後で出番はやるから、さっきのようなはぐれからルノを護衛しつつ、まずはここで俺たちの動きをよーく見ていてくれ」


 よし、じゃあ行きますか――。

 ヤマトが答えるのも待たずに草むらから飛び出し、疾風のように丘を下りる二人。流れるように無駄がない動きで次々にデスアントを分断していくツゲに、その名のとおり雷光の如き速度と力で押していくイメラ。

 ツゲはあらかじめ敵の動きが分かっているかのようだし、イメラは敵が動く前に電光石火で屠っており、二人とも全く危なげがない。わらわらと動き回っていた二十数匹は瞬く間に殲滅された。


 ツゲとイメラ、方向性が異なる二人の動きをヤマトが頭の中で反芻していると、動くものがなくなった塚の手前でツゲはイメラと何事か言葉を交わし、ちょいちょいと手招きをした。

「おーい、ヤマト、出番だぞー。二人とも来てくれー」


 ヤマトは念のため周囲にはぐれが残っていないか確認しつつ、ルノと連れ立ってツゲの脇まで丘を下った。

「ヤマト、お前さんが昨日フェンリルを仕留めた技で、この塚をふっ飛ばしてもらえるか?」

 大袈裟に手で背後を指し示すツゲ。イメラはイメラで興味深げに腕組みをしている。

 まだまだ全力を出していないのは分かりきっていたが、二人の戦い方からすると、魔物を圧倒するには充分でも、この塚のような巨大な物体を破壊するには火力が足りないのかもしれない。


「そういうことなら……」

 深呼吸をひとつして、ヒヒイロカネの両手杖を引き寄せ、体を捩じるように構えを作る。

 そしてヤマト最大の魔法、トルネードを両手杖に乗せて一気に振り抜いた。

 荒れ狂う竜巻がヤマトの両手杖から水平にほとばしり、暴虐の螺旋がデスアントの塚を粉微塵に破壊していく。


 ヤマトが昨日も感じたことだが、普通に魔法を放つより、こうやって両手杖に乗せて放った方がいい。魔力的にも楽だし、出力が高く、狙ったところに圧縮されているので破壊力が全然違う。これももっと練習しよう、消えゆく竜巻の残滓を眺めながらヤマトはそう思った。


「……相変わらず意味不明な威力だなあ」

 ツゲが、跡形もなく破壊された塚の跡に視線を固定したまま呟いた。塚がそびえ立っていた場所には、今や瓦礫に混じってむき出しの地面にいくつか穴が開いているだけだ。

「くくく、ヤマト、お前は本当に面白いな」

 イメラが実に楽しそうに笑っている。


 ヤマトはこうした反応に徐々に慣れつつあり、深くは考えずに自分の手に視線を落とした。今の一撃は意図したとおりだったのだが、両手杖に魔力を乗せる手応えに少し気になる部分があったのだ。もう少し工夫すればまた違った形に――。


「いつのまにあんな技を? さすがヤマトさんです。その両手杖も良い働きをしていますね」

 ルノが白金色の素直な髪を陽光にきらめかせ、賞賛の眼差しをヤマトを見上げた。

「え? 両手杖も良い働きって……分かるの?」

 ヤマトはまじまじとルノを見詰めた。ルノが見えるのは霊力だけだと思っていたけれど――。


「マレビトの魔力の方が主でしたが、少しだけ霊力も混じっていましたから」

「それだったら……あの、今度ちょっと練習を見てもらってもいい?」

 少しだけでも両手杖の力の流れが見えるのなら、先ほど気になった部分を追及するのに絶好の助けになるはずだ。ヤマトは嬉しくなってルノの両手を掴んだ。

 もちろんです、ルノは少し頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。



「ほら、女王さんのお出ましだぞ」

 ツゲが後ろからヤマトの肩を叩いた。

「お前さんが派手に塚を壊してくれたからな、怒って出てくると思ったよ。ヤマト、これがお前さんの本当の出番だ。やれるか?」


 ヤマトが吹き飛ばした塚の跡地から、瓦礫を押しのけて巨大な魔物が顔を出している。

 黒光りする硬質の表皮に丸太も噛み切れそうな鋭い顎、子供の腕ほどもある触角――間違いなくデスアントの女王だ。


 女王は触角を前後左右に動かしていたかと思うと、一気に瓦礫を弾き飛ばし、その全身を地上に引きずり上げた。形はデスアントと変わらないが、女王というだけあり、その体は普通のデスアントの三倍はゆうにある。デスアントが犬なら女王は熊の大きさだ。とりわけ腹が大きく、一番太いところはヤマトの身長ぐらいありそうだ。


 怒れる女王はヤマト達に視線を固定し、鋭い顎を乱暴にガチンガチンと鳴らしてきた。昨日のグレイウルフとはまた違った迫力があり、ヤマトの首筋がチリチリと危険を告げている。


「狙いは普通のデスアント同様、関節だ。お前さんなら充分相手ができるだろう。けどな――」

 ツゲが女王を横目で見ながら、茶目っ気たっぷりの笑顔でヤマトに告げた。

「普通にやってもつまらん。さっきの俺とイメラの動き、あれを少しでいいから真似しながら戦ってみるってのはどーよ?」


「……真似?」

「そう、真似だ。ちなみにヤマトはさっきの俺たちの動き、どう捉えた?」

 視線の先では、デスアントの女王が隙を覗うようにじりじりと間を詰めてきている。ヤマトは半分そちらに気を取られながらも、懸命に答えを探した。


「え、えっと……ツゲは先読みしながら……無駄のない動き? イメラは霊力を活用して……先手必勝?」

「いいねえ!」

 ツゲが嬉しそうにヤマトを小突いた。腕組みをしたイメラも頷いている。女王はもう十五歩のところまで接近しており、身を低くして触角だけをせわしなく動かし、いつ飛びかかってきてもおかしくない体勢だ。


「よし、よーく観察して、敵さんが次にどう動くか予測しながら戦ってみよーか」

「霊力の循環はぎこちなくでもいい。とにかく二つの輪を保ちながら戦ってみろ」

 ツゲとイメラが左右から同時にヤマトの肩を叩いた。


 ふ、ふたつも出来るかな――。

 ヤマトは二人の言葉にぎこちなく頷くと、ヒヒイロカネの両手杖を脇構えにし、こちらを威嚇する女王に向き直った。

 女王の動きに注意を凝らし、気配を探る。


 正対したヤマトに、せわしなく動いていた触角の動きがピタリと止まった。六本の脚が地面をしっかりと掴み、溜めを作るように全身が少し沈んでいく。


 ――来る!

 女王が攻撃に移る直前、ヤマトは横に飛びのいた。





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