33話 雷光のイメラ
ヤマト達一行は草原を抜け、ふもとの村へと続く大森林の入り口に辿りついた。
この先は魔物が出る可能性が上がる。各自の装備の点検を兼ねて、ツゲが早めの休憩を宣言した。
皆が思い思いに足を休める中、ナギが指笛を吹き鳴らし、使い魔の狗鷲を呼び戻した。この先は森林地帯を進むため、一旦送還しておくようだ。
上空から矢のように戻ってくる狗鷲。ふわりと腕に降り立ち、甘えるようにナギに頭を擦りつける。
と、ナギが使い魔から視線を外し、ツゲを見て口ごもった。
「……道から外れてあの丘の向こうに、真新しい蟻塚があるみたいです」
「蟻塚――デスアント、ですか?」
「それはちょっとやっかいですねえ」
揃いの大剣を背負ったユウスゲとキスゲが、同じタイミングで形の良い眉をひそめた。
デスアントは蟻が巨大化して凶暴になった蟲型の魔物だ。繁殖力が強く、あっという間にコロニーを形成して、数の暴力で周囲を席巻していく。
見つけ次第に駆除または速やかな通報――スーサのギルドではそう指定されているやっかいな魔物だ。
「まだ塚は小ぶりで、数もひとつだけのようです。駆除するなら今のうちですが……」
通常なら迷うまでもないが、今回は少し事情が違う。寄り道は避け、速やかにふもとの村へ向かうというのが暗黙の了解だ。どうするべきか――ナギは周囲の錚々たる顔ぶれを見回した。
飄々としているが、ギルドや町の上層部が厚い信頼を寄せているツゲ。信じられない量の依頼達成実績を持ち、ナギから見れば、ソヨゴと同様に憧れの存在だ。
そして、いつも涼しげに難事をこなすユウスゲとキスゲは若手自由民の筆頭格。共に数少ない複数同時魔法使いで、その若さにもかかわらず、既に自由民の中で確固たる地位を築いている。
最後に、この討伐隊の目玉ともいえるのが――
「デスアント、か」
ずっと殿を守っていた赤髪の大男がニヤリ、と笑った。退屈をほぐすように身体を捻り、その拍子に腰の双剣がガチャリ、と鳴った。
――雷光のイメラ。コシの民出身の、ある意味で一番有名な自由民である。魔物と聞いて、氷のように冷たい青い瞳が不敵に笑っている。
「どうする、ツゲ?」
「どーするもこーするも、イメラは行く気満々じゃねえか。だけどなあ……」
ツゲは赤毛の大男、イメラを鼻息も荒く見返した。
「なら、ヤマトとセタを貸してくれ。噂の新人たちの戦いぶりを見がてら、ちょっと行って潰してこようか」
「ちょっと行って、ってお前な……」
ツゲは思案顔で自分を見詰める一同を見回し、「よし、こうしよう」と手を叩いた。
「今回の討伐隊はただの討伐隊じゃない。お嬢さんを一人――」
同行しているオウレンの助手、ツバキに手を振った。
「――安全かつ速やかに向こうの村に送り届け、交渉をとっとと済ませるのも重要な任務だ。でも、みすみすデスアントの塚を放っておく訳にもいかない」
ツゲが重々しく頷くと、男性陣から賛同の声が漏れた。ヤマトも討伐に賛成だ。ここからスーサまでさほど距離はない。放っておいて数が増え、町に向かわれたらソヨゴ達に余計な危険を及ぼしてしまう。
ただ、ツバキとアオイ、ルノはそれぞれ難しい顔をしている。ナミも消極的なようで、セタはそんなナミに合わせるようだ。ツゲはどう決めるんだろう、ヤマトは続く言葉を待った。
「ということでだ、悪いがこれから隊をふたつに分ける」
ツゲが真剣な顔で言葉を継いだ。
「俺とイメラ、ヤマト――この三人で蟻塚を潰してくる。ユウスゲとキスゲは残りを率いて、これまでどおり進んで行ってくれ。ナギはしっかりフォローを頼む。今日の野営は予定どおり白魔石の泉にしてくれ、そこで追いつく」
え、僕?――ヤマトは予想外の展開に目を見張った。選ばれたことは認められたようで嬉しくもあり、不安もあった。一行は少しざわついたものの、皆に大きな反論はないようだ。戦力的には問題ないのかもしれない。
「私も連れて行ってください」
ツゲの言葉に正面切って異論を挟む者がいない中、ルノが唐突にまっすぐ手を上げた。清楚な顔には決然とした表情が浮かんでいる。昨日貰ったばかりの防具はすっかり身になじみ、どこから見ても戦う自由民という風情だ。
「私は精霊の巫女、誰か怪我をしたら、すぐに治せます」
「んん? えーと……」
ツゲが頭をわしわしと掻いて口を濁らせたが、イメラが厳粛な表情で一歩前に出た。ルノに目礼をして口を開く。
「巫女殿の言葉はいつだって尊重すべきだ。……それにもちろん、戦いの場に癒し手はいつでも大歓迎だ」
ツゲはイメラの言葉に大きな反応を示さず、ひたむきなルノの目をじっと見詰め、やがてため息と共に口を開いた。
「……分かった。前には出るなよ。それと、巫女の癒しは軽々しく使わないように――自分の身を削っていることを忘れないでくれ」
ツゲはルノの肩をポンと叩き、気を取り直したように「じゃ行動開始ー!」と明るい声を張り上げた。
「ほーお、こりゃまた賑やかだな」
丘の上、草むらの影でツゲが呟いた。ヤマトがその後ろからそっと覗くと、丘を降りきったところに不格好な塚がそびえ立っているのが目に入ってきた。直径が五歩、高さはその三倍というところだろうか。表面はでこぼこしており、所々に開いた穴から大型の犬ぐらいの大きさの魔物が次々と出入りしている。大きな顎、三節に分かれ黒光りした体、まさに巨大な蟻だった。
そのデスアントが見える限りで二十匹ほど、塚の周囲を忙しげに歩き回っている。
「気持ちいい眺めではありませんね」
普段は彫像のように美しいルノの横顔が若干引きつっている。
「……たぶん、すぐやっつけられる、と思うよ」
「よく言ったヤマト。軽く蹴散らしてやろう」
後ろで不敵に微笑むイメラに、ヤマトは小さく頷いた。昨日戦ったグレイウルフに比べればさほど脅威は感じない。数もさほど多くなさそうだ。油断しなければ問題はないはず。
「そうだな、お前は霊力を使えると聞いた。なら、これが――」
ドン。
微かな閃光と共にイメラが消えた。
次の瞬間、二十歩ほど向こうで、イメラは剣を振り終えた体勢でこちらを見ていた。間には、真っ二つに分断されたデスアント。
「――見えるか?」
そう言いながら悠然と戻ってくるイメラ。
「……すごい」
ルノが呆然とした顔で呟いた。
ヤマトにはかろうじて見えていた。
ひょっこりと顔を出したデスアントに猛然と肉薄し、頭を蹴り上げ、のけぞったところに剣を一閃。
ヤマトが霊力を最大限に循環させても、あそこまで速く動けないだろう。雷光と呼ばれるだけあった。
さあ、これが見えたか――イメラの問い詰めるような眼差しにヤマトは再び頷き、言葉少なに先の動きをなぞってみせた。
「ふふ、噂どおりの逸材だな」
イメラはヤマト達の隣に戻り、心底嬉しそうに微笑んだ。
「よろしい。コシの民の真髄、お前に教えてやろう」
「お、悪いなイメラ。気付いてなかった」
塚をじっくりと眺めていたツゲが振り返り、瞬殺されたデスアントを顎で指した。イメラが満足そうな顔をしているのを見て、ニヤニヤと笑い出した。
「……ヤマトは魔法の素質も一級品って知ってたか?」
「何? 魔法の素質――しかしその瞳の色……コシの民にマレビトの血も入っているのか? 面白い、面白いぞ」
「くくく、まあ、まずは敵さんをやっつけますかね」
ツゲが頬に笑みを張りつけたまま、背中から大剣を引き抜いた。
「さあヤマト、デスアントの殻は固いぞ。攻撃するなら関節だ。見てのとおり単体ではそんなに脅威じゃないが、数で圧倒してくる。塚の地下に女王がいて、その女王を殺すと群れは解散だ。分かったか?」




