31話 新たな仲間(後)
「君がヤマト君?」
ナギと呼ばれた青年が尋ねた。少年と大人の中間、十六歳か十七際ぐらいだろうか。ヤマトよりはだいぶ年上で、いかにもマレビトといったツルリとした童顔に、聡明に輝く目が印象的だ。背が高く、一般的な革装備に使い古した槍を背負っている。
「話はソヨゴ先生から散々聞いてるけど、初めまして、だね」
ナギはそう言ってにこやかにヤマトの手を握り、不思議そうにヤマトの青灰色の瞳を覗きこんだ。
「なんか想像してたより随分と……いやいやなんでもない。今日は大活躍だったみたいだね。僕はナギ、妹と二人で先生のところで自由民の見習いをさせてもらってるんだ。で、ヤマト君がスーサに来てるということは、君たちもやっぱり?」
嬉しそうにヤマト達三人を見るナギ。
「うん、ソヨゴとツゲに色々と教えてもらって……」
「え、あのツゲさんにも? それは凄いね。あの人、腕は超一流なんだけど弟子を取らないので有名なんだよ。僕なんてすぐ抜かれちゃうかもね」
「ツゲのおじちゃんて有名なの?」
脇で首を傾げたセタに、ナギは中腰になって視線を合わせ、人当たりの良い笑みを浮かべた。
「セタちゃんだっけ? あの人はすごい人だよ。実力もあるし、いろんなところに顔が利く。ただまあ、なんというかちょっと自由な感じで、捉えがたい部分が多いんだけどね」
自由な感じ、という部分にルノがクスリと笑った。ヤマトもなんとなく意味が分かって可笑しくなった。つられてアオイまでが笑い出し、一同はほのぼのとした雰囲気に包まれた。
「そうそう、ナミも挨拶しなきゃだね」
慎ましやかな笑いが収まったところで、ナギが隣の少女をつついた。妹のナミはセタと同じ年頃だろうか、マレビトには珍しくはっきりとした顔立ちのかわいらしい少女だった。素直に流れる髪は肩口で切り揃えられ、小柄な体を奇麗なローブで包んでいる。やや切れ長の目は先程から伏せがちで、ほんのり顔が赤い。
「え、えっと、ナミですっ」
しばしの沈黙を挟んだ後にナミが意を決したような大声を上げ、ヤマトと正面から目を合わせた。
「ま、魔法が好きでひゅ」
噛んだ。
ヤマトはどう反応してよいか分からず、兄であるナギをチラリと見た。普段はそんなことはないのか、ナギも若干驚いた顔をしている。
「ナミちゃん、かわいいっ!」
微妙な空気を突き破って、セタがナミに飛びついた。同じような背丈の二人だったが、ナミはセタに完全に圧倒されている。
「セタも自由民だよ! よろしくねっ」
セタがナミの両手をブンブンと上下させた。その勢いにナミは面食らっていたようだったが、すぐに満面の笑みを浮かべ、二人でキャッキャと話し始めた。
「あは、自由民で実際に活動しているナミの同世代って少ないからね」
ナギが嬉しそうに微笑んだ。ルノもはしゃぐセタをにこやかに見守っている。
「ところで、僕たちは北の谷へ隕鉄拾いに行って、ちょうど帰ってきたところなんだ。ソヨゴ先生の会議が終わるのを待ってようと思うんだけど、ヤマト君たちはどうする予定だったんだい?」
「先に戻っててって、これ渡されたけど……」
ヤマトは手に握りっぱなしだった鍵を目の前にかざした。
「あ、先生の家の鍵だ。よし、そしたらみんなで先に帰って、晩ご飯の支度して待ってようか」
「晩ご飯、お肉がいいっ!」
「私も!」
セタのリクエストに勢いよくナミが乗り、はっとした顔でヤマトを見た。両手を口に当て、俯き加減に付け加える。
「私もお腹減ったなあ、なんて……」
「あはは、ずっと歩いてきたもんね。じゃ、帰ろっか。アオイさん、手続きはもう大丈夫ですよね?」
ナギが優しくナミの頭を撫で、アオイに確認の声を掛けた。
「そうね、もう大丈夫よ。でも――よし、ちょっと待ってて。私も今日これで仕事終わりだから、一緒に行ってご飯作ってあげるよ。魔物の撃退のお祝いと、ナギ君たちの依頼達成のお祝いを兼ねてね」
「やったー!」
セタが歓声を上げた。ルノも屈託のない笑顔でアオイに頭を下げる。
「ありがとうございます。私も手伝いますので、いろいろ教えてください」
「もちろんよルノちゃん。しっかり仕込んであげる。じゃ、片付けてくるからちょっと待っててね」
お待たせ、と出てきたアオイは別人のようだった。ギルドの控え目な制服から私服に着替え、活動的なお姉さん、といった印象に様変わりしている。
「アオイさん、かっこいい」
ルノが目を丸くして褒めると、
「そこは美人って言って欲しいなあ」
腕組みをして口を尖らせるアオイ。そこはかとなく漂う大人の色気に、ヤマトはどことなく気恥ずかしさを覚えて視線を逸らせた。ギルドの職員として接していた時と比べて、随分と親しみやすくなった気がする。これが素のアオイさんなのかな、ヤマトはそう感じた。
屈託のない笑い声を上げるアオイに続いて、一行はぞろぞろとギルドを後にした。ソヨゴの家に行く前に市場で買い物をしていくようだ。いつの間にか日も暮れ始め、長かった一日に終わりを告げている。先頭をルノがアオイと熱心に何事かを話しながら歩き、その後ろにすっかり意気投合した少女二人が仲良く跳ねるように進んで行く。夕暮れの雑踏は活気に溢れ、昼間に魔獣の群れが襲撃してきたことが嘘のようだ。
「今日は大活躍だったみたいだね」
楽しそうに歩く女性陣の後ろで、ナギがヤマトに歩みを合わせた。
「活躍なんて……今思うと無茶をしただけ。よく怪我しなかったと思う……もっと色々考えなくちゃ」
「あはは、聞いた話と違うなあ」
ナギの軽やかな笑い声が雑踏に吸い込まれていく。
「うん、なんかヤマト君とは上手くやっていけそうな気がするよ。僕はね、ソヨゴ先生みたいな自由民になりたいんだ。みんなに頼られ、町を守る盾になる――ヤマト君と最終的に目指す場所は違うかもしれないけど、お互い頑張ろうね」
漆黒の瞳を輝かせ、ナギは握りしめたこぶしをヤマトに向かって差し出した。ヤマトはナギに促されるまま同じようにこぶしを握り、ナギのこぶしを軽く突いた。
どうやらこれは自由民同士で交わす約束の仕草らしい。そう言われてみれば、自由民部隊が解散する時に何人かやっていたかもしれない。
「あ、そうそう、あとウチの妹のことなんだけどさ」
何が可笑しいのか、セタと二人で大笑いしているナミを見ながらナギが付け加えた。
「なんかさ、先生ってヤマト君のことベタ褒めでね。それに加えてアオイさんから今日のヤマト君の話を聞いたからかな、ナミのやつ、妙にヤマト君のことを意識しちゃってるみたい。こんなこと滅多にないんだけどね、気にしないで普通に接してくれれば助かるかな」
「うん、分かった……。でも、喋るのあんまり得意じゃないから、普通以外にはできないけど」
ヤマトの答えにナギは、ヤマト君らしいね、とニッコリと笑った。
市場で食材を買いこみ、一行はソヨゴの家に帰り着いた。ルノは料理の手ほどきを受けながら、甲斐甲斐しくアオイを手伝っている。ヤマトも手伝いを申し出たが、座っててください、とルノに押し留められ、ナギと椅子に座って互いの過去なんかを話し合っていた。セタとナミは二人仲良く風呂に突撃し、きゃーきゃーと騒ぐ声が漏れ聞こえている。
肉を炒める良い匂いが漂ってきた頃、ソヨゴとツゲが帰ってきた。ちょうどセタとナミも風呂から上がってきたタイミングだ。
「おかえりなさい!」
ナギが立ち上がり、折り目正しくソヨゴに一礼をした。
「帰ってたのか。依頼は無事に?」
「はい、多めに持ち帰った隕鉄もギルドに買い上げてもらいました。それより、また襲撃があったみたいですね――」
「あー疲れた。って、アオイも来てたのか」
立ち止まるソヨゴをひょいと躱して、ツゲが椅子にどっかりと腰を下ろした。艶やかな髪を後ろでまとめたアオイが、嬉しそうにツゲに微笑んだ。
「おかえりなさい。魔物の撃退のお祝いと、ナギ君たちの依頼達成のお祝いで、ご馳走を作ってたの」
「ほーこりゃいい匂いだ。今日は昼メシ食べてないからな、さすがに腹減った」
「ふふ、いっぱい作ったわよ。さあさあ皆さん、ご飯にしましょう!」
一同は賑やかに食卓を囲んだ。ソヨゴとツゲ、アオイにヤマト達三人、ナギとナミ兄妹、全部で八人の大所帯だ。
食事をしながら、ナギとナミが隕鉄拾いに赴いた北の谷の話、町を襲った今日の魔物襲撃の話で大いに盛り上がった。セタがグレイウルフを斬り伏せた武勇伝を身振り手振りで解説し、ナミは目を輝かせて聞き入っている。
「そういえば、あれからクロモジ達のフェンリル調査隊が帰って来たぞ」
料理があらかた片付いた頃、ツゲが思い出したようにアオイに語りかけた。
「あら、今更? クロモジさんにしては大失敗ね。たしかイメラさんとか全部で二十人くらいいたと思ったけど――」
「あはは、腕利きがいたってこんな時もあるさ。イメラと言えば、嬢ちゃんの話をしたら明日からのゴブリン討伐隊にぜひ参加させてくれってよ」
「イメラって、雷光のイメラっ?」
セタがテーブルの上に大きく身を乗り出した。イメラはコシの民の中で既に伝説になりつつある英雄だ。ルノも目を丸くしている。
「おう、その雷光だ。嬢ちゃんに会ってみたいとよ。せっかくだから色々と教えてもらえばいい」
「やったーーーっ!」
セタが椅子の上にぴょこんと立ち上がって大声で叫んだ。
「はは、良かったな。で、討伐隊のメンバーも決まったぞ。イメラが入るからな、少数精鋭だ。ユウスゲとキスゲ、ツバキ、あと俺たち。ソヨゴはまたお留守番だけど、結構な戦力だろ?」
「ツバキちゃんも行くの? いいなあ、私も行きたいなあ」
アオイが上目遣いでツゲを見た。目元が妙に艶っぽく、後ろで結わえた髪が軽やかに揺れている。
「ば、ばか。そんな目で見たって」
慌てたようにそっぽを見るツゲに、ソヨゴがニヤニヤ笑いながら助け船を出した。
「そうだな、研修ということでナガテ殿に話をしておこう。いいんじゃないか」
「ちょ、おま――」
絶句するツゲ、嬉しそうに頬を染めるアオイ。
「研修ついでに、ナギ、ナミ、お前たちも行って来い。このメンバーから学べることは多いぞ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「セタちゃん、一緒に行けるって!」
ナギが小さくこぶしを握り、ナミはセタの手を取って大はしゃぎだ。
「ふふ、明日からもなんだか楽しそうですね」
ヤマトの隣でルノが微笑んだ。透きとおるような白い肌がほんのり桜色に染まり、大きな空色の瞳にヤマトの輪郭がうっすらと映っている。
「うん、みんな良い人たち。なんか……すごく大切にしなきゃって思う。こういうの、仲間っていうのかな」
ヤマトの胸の奥がじんわりと暖かくなっていく。人里離れた森の中で育ったヤマトにとって、初めての感覚だった。
守りたいものがまたひとつ増えた――。ヤマトは賑やかな食卓を眺めながら、そんなことを考えていた。
『第一章 スーサの町』は本話で終わりです。
次話から新章『第二章 精霊の森』です。
今後ともよろしくお願いいたします。




