30話 新たな仲間(前)
「皆、今日は本当によく戦ってくれた!」
ギルドの奥から姿を現したギルドマスターのナガテが、高らかに宣言した。
副マスターのサナイやアオイ、その他ギルドの職員がその一歩後ろで一列に並び、一斉に頭を下げる。
「お陰で損害はほとんどない。衛兵隊からのその後の連絡では魔物は完全に殲滅、周囲にも脅威の影はないそうじゃ。今日はこれにて解散、皆ゆっくり休むのじゃ!」
ギルドの職員達が盛大に拍手をする。前線で命がけの奮戦をした五十人の強者たちはみな相好を崩し、互いに肩を叩き合う者もいる。
「損害がないって――じいさんが魔法で城門をふっ飛ばしたじゃん!」
ツゲの軽口に、ホールがどっと沸いた。
「確かに、あれは魔物に壊されかけてたが、ナガテ殿が完全にとどめを刺したな!」
「今回で修理が必要なところって、そこだけだったりして」
当のナガテはやれやれという顔で何も言わない。皆がそうやってガス抜きをしているのを理解しているからだ。
サナイがカウンターのところで、声高に連絡事項の説明を始めた。
曰く、ギルドカードに参戦の記録を入れるので、順番にカードを窓口に出すように。
曰く、武器や防具の修理費用はギルドが負担するので、修理の際はここで配る証明票を店に渡すように。
曰く、ギルドの職員が回収した魔獣の素材の売却益に、町からの援助を加えたものを後日報酬として渡す予定である――。
「ね、セタも報酬ってもらえるの?」
窓口に並ぶ列の中で、セタがツゲの手を引っ張った。
「んん? 嬢ちゃん達はギルドから衛兵隊への派遣だからな、町からしっかり貰えるぞ」
「ホント? そしたらセタね、お買い物したい!」
「まあ、二日か三日は後になるけど、初報酬だからな。好きな物を買っていいぞー」
やったー、と喜ぶセタ。ヤマトはルノと視線を交わし、思わず微笑んだ。
窓口で順番にカードに参戦の記録を入れてもらった自由民たちは、それぞれに労いの言葉がかけられ、にこやかに解散していく。まだ列に並んでいるヤマト達に向かって帰りがけに声をかけてくれる者も多い。
「おおヤマト、今度一緒に討伐依頼に行こうぜ」
「おいおい、あのトルネード見たろ? お前じゃ足手まといじゃねえの?」
「セタちゃん、今度おじちゃんがカッコイイ剣技を教えてやるからなー」
ガハハ、と笑いながら三々五々帰って行く自由民たち。ほとんどのメンバーが帰りがけにヤマトとセタに声を掛け、ルノに目礼をしていく。
「もうすっかりここの一員だな?」
ツゲがガシリとヤマトの肩に腕を回した。そしていつになく改まった様子で正面に回り、深々と頭を下げた。
「ルノ、ヤマト。怪我、治してくれてありがとう。あれな、あばらもイッてたっぽくて、微妙にきつかったんだよな」
「ほとんどヤマトさんの力ですよ。私は――」
「すみません、ちょっといいですか」
ヤマトが振り向くと笑顔のアオイが立っていた。
「もうじき会議が始まりますので、ツゲさん、会議室に来てください。ぼちぼち皆さん集まってますよ?」
「ええー、ソヨゴだけじゃダメなの?」
ツゲがヤマトを盾にして口を尖らせた。
「もう子供じゃないんですから。町長のオウレン様も来てますし、東の村の件もありますので」
「ううーん、しょうがねえなあ。じゃ、そこだけ出るわ」
「そこだけじゃダメです」
アオイが大袈裟に怒った顔をしてツゲをにらみつけ、そしてヤマトに微笑みかけた。
「ヤマトさん、今日は凄かったですね! 会議が始まる前に、オウレン様が是非ともお話したいと言ってましたよ。ルノさん、セタちゃんも一緒にどうぞ」
ほらほら、とアオイに急き立てられ、ヤマト達はカウンターの脇から奥の会議室へ向かった。ギルドカードを作った時に入った部屋だ。
「失礼します」
扉を開けたアオイの後ろからヤマト達が会議室に入っていくと、アオイの言うとおり、もう幾人も席に座っていた。ギルドマスターのナガテと衛兵隊長のウツギ、そしてソヨゴ、ユウスゲ、キスゲ。その向こうに知らない女性が二人。ツゲは手近な椅子に仏頂面で、どん、と腰を下ろした。
「さあさあ、遠慮しないで中に入らんか」
会議室の入り口に立ち尽くしているヤマト達を、ナガテが席を立って迎え入れた。
「まだまだ人も集まっておらんし、会議はもうちと先じゃ。ほれオウレン、これがヤマトじゃ。そしてルノ殿とセタ」
「はじめまして。私はオウレン、この町の町長をしているわ」
オウレンが優雅に笑った。威厳と美しさが同居した年配の女性だ。白髪の混じり始めたひっつめ頭から、髪がひと筋ふわりと頬に垂れている。ヤマトはややしわがれたその声になんとなく聴き覚えがあった。先ほどの戦いの最後、城壁の上からの魔法一斉射撃を命じていた人かもしれない。
「そして、助手のツバキよ」
オウレンの隣で、妙齢の娘が頭を下げた。マレビトにしては肌が白く、とても賢そうな顔をしている。
「ヤマト君、今日は独りでフェンリルを誘導してくれたのですってね」
とても勇気ある行動だわ、オウレンが気品溢れる微笑みを浮かべた。
「そしてルノさんは精霊の巫女、セタちゃんはそんなに小さいのにコシの極意を体現しているとか。三人とも、スーサは大歓迎ですよ」
褒められたセタが顔を輝かせ、ルノと視線を合わせてもじもじとお辞儀をする。
「そうそうヤマト君、さっき城門の上からチラっと見たのだけど――あの斬撃はどうやったのかしら?」
オウレンが品良く小首を傾げた。マレビト特有の黒い瞳が興味深そうに輝いている。ヤマトは戸惑いながらも背中から両手杖を降ろし、どうやったら上手く説明できるか、軽く振って感覚を思い出しながら言葉を探した。
「えと……杖で叩くだけだと間に合わなくて、こうやって……振る時に魔法を乗せてみた感じ……です」
「え、あなたマレビトなの?」
オウレンが驚きの声を上げた。ヤマトの青灰色の瞳と白い肌から、すっかりコシの民だと思い込んでいたようだ。
「そうじゃ、ヤマトはまぎれもなくマレビトじゃよ」
ナガテが嬉しそうに目を細めてオウレンに答えた。
「それにしても、よく体得したのう」
ヤマトに歩み寄り、両手杖の先を愛おしむように撫でるナガテ。
「お主がこの杖から飛ばした刃、あれは失われた古のマレビトの技じゃ。昔のマレビトはこのヒヒイロカネの両手杖を使って、魔物共を寄せ付けなかったという」
「やはりそうか……ナガテ殿がいうなら間違いない」
腕組みをしたソヨゴが部屋の奥で大きく頷いた。武器に目がないユウスゲとキスゲが、興奮に目を輝かせてヤマトの両手杖をためずがめつ眺めている。
「でもよ、ヤマトのはまだちょっと荒い感じがするんだよな。じいさん、昔のマレビトは具体的にどうやってこの杖を使ってたか知ってるか?」
いつのまにか椅子から身を乗り出していたツゲがナガテに尋ねた。
「昔話や文献では、杖から刃を飛ばすのはもちろん、炎や氷などを次々に撃ち出したというのう。おそらく基本的な魔法は軒並み応用できるはずじゃ――あと、儂が思うに、昔のマレビトは杖を使った方が効率良く魔法を使えたのではないか、という気はするがの」
「効率良く? でも、俺たちだと効率どころか、そもそも杖が使いづらいけど」
「そうじゃ。何が違うのか分からんが、今のマレビトだと杖は却って邪魔じゃ。とりあえずはこの話を参考にヤマトにこのまま使ってもらう、というところかの」
そう言ってナガテはヤマトを見遣った。今の話を頭の中で整理しながら頷くヤマト。
「そうじゃ、オウレンには言っておこう。ヤマトは――」
ナガテの言葉に、呆然とした顔で話を追っていたオウレンは、まだ何かあるのかと狐につままれたような顔をしてナガテを見詰めた。
「――ヤマトは、トリプル以上じゃ」
「……トリプル?」
それまで無言だった衛兵隊長のウツギが思わず声を漏らした。オウレンは小ぶりの口をあんぐりと開けている。
ギルドマスター、ナガテは嘘をつく男ではない。こと自由民の戦力についてナガテがいう言葉は、全て真実と思って良い。
しかし、トリプル――オウレンは改めてヤマトをまじまじと見詰めた。この少年の魔法は町の最長老に匹敵するというのか。そして、先ほどまでの古の技の話は――。
何年も前にスーサの町長を引き受けてから初めて、オウレンは言うべき言葉を失っていた。
「少なくともトリプル、それ以上の素質を持っている、と儂は思っておる。ここに居る者だけで、あとは無闇やたらに広めないで貰いたい話だがの」
オウレンは意思を総動員して冷静さを取り戻し、己に真剣な眼差しを注ぐナガテに大きく頷いた。
「ぷーくすくす、珍しくオウレンばあさんも驚いてら」
ツゲが軽口を叩き、オウレンにキッと睨まれた。しまった、という顔をしつつも、あさっての方向を視線を彷徨わせてごまかすツゲ。
微妙な沈黙が流れる中、部屋の扉がドンドンと叩かれた。
「私だ、入るぞ」
声と共に、返事を待たずに恰幅の良い中年のマレビトが部屋に入ってきた。
「これはエモン殿。お待ちしておりましたわ」
「町長、随分と早い到着で。おおソヨゴ君、今日は良い働きだったそうじゃないか」
ソヨゴが頭を下げ、ツゲがなぜか軽く眉をひそめて「町議会の議長さんだ」とヤマト達に囁いた。
エモンは会議机をよたよたと迂回し、一番奥の椅子に深々と座りこんだ。それまで和気あいあいとしていた空気が、このエモンの登場で一気に殺伐としたものに変わっていく。
「ヤマト、先に家に帰っていてくれ」
ソヨゴが家の鍵を投げてよこした。ヤマトは鍵を受け取り、お辞儀をして部屋を出ようとした。
「おや、君は今日、フェンリルと一騎打ちをしたという少年かね?」
エモンはヤマトをじろじろと見詰め、
「ヤマト君というのかい、今日は大活躍だったそうだね」
と、猫なで声で言った。椅子の背もたれに太った上半身をまるまる預け、見事に膨らんだ腹の上で両手をこすり合わせている。
「聞くところによると、君は苗字持ちで、しかも凄い技を使うとか。君のお父さんやお母さんはさぞや有名な人だったんだろうね」
「えと……良く知らないんです」
突然の話題にヤマトは戸惑い、視線を彷徨わせた。ツゲが硬い声で割って入る。
「あー、ヤマトはコシの民の孤児だ。どこかでマレビトの血が入っているっぽいが、物心ついたときには両親はいなかったらしい」
「ほう、それは悪いことを聞いたね」
エモンはさも意外なことを聞いたかのように目を丸めたが、相変わらずの猫なで声で続けた。
「まあ、私が受けた報告では、ヤマト君に流れるマレビトの血はかなり濃いらしい。こんなところで会えるとは私も運が良い。瞳の色はちょっと残念だが、その血の濃さはものすごく尊いことだよ。確かヤマト君の苗字は椎名、だったかな? 初めて聞く苗字だが、貴重な血筋なのは確かだ。何か困ったことがあったら、遠慮なく私を頼ってくれたまえ。私には年頃の娘がいてね――」
「エモン殿、世間話はほどほどに願います」
オウレンが鋼の声色で会話を断ち切った。先ほどまでとは打って変わって冷徹な顔をしている。海千山千の相手をねじ伏せてきた町長の顔だ。オウレンはヤマトと目が合うと、その目に込めた攻撃の色を少しだけ和らげてみせた。厳しさに満ちた顔から微かに優しさが覗く。
「どなたかが遅れてきたので、時間も押しています。さっそく会議を始めましょう――ウツギ隊長、城壁の被害状況の報告を」
オウレンは白髪の混じり始めたひっつめ頭を小さく傾け、ウツギに視線を移した。ウツギはがっしりとした顎を引き、きびきびと答え始め――ヤマトはルノとセタを促して、そっと会議室を出た。
なんか嫌な人だったね、ギルドホールまで出たところでセタがヤマトを見上げた。
ヤマトは肩をすくめてセタの頭を撫でた。さり気なくヤマトからの視線を逸らすルノ。
「……ルノ?」
ヤマトがルノに呼びかけると、その視線の先からアオイが駆け寄ってきた。
「会議、始まっちゃった?」
「うん、ちょうど今……」
うわ、タイミング悪いなー、アオイが両手を腰に当てた。
「どうしたの、アオイ姉ちゃん?」
「ええとね――そうだ! みんなに紹介しとこうか」
アオイは、カウンターの前に立つ二人組の前までヤマト達を引っ張っていった。
「はい、みんな初めましてだよね。こちらがヤマト君、ルノさん、セタちゃん。そして――」
アオイがまだ若いマレビトの兄妹を手で示した。
「こちらがナギ君とナミちゃんだよ。去年からソヨゴさんのところに来ている、ヤマト君たちの先輩だね!」




