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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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29話 ヤマトの決意

一か所、生々しい表現があります。ご注意ください。

「少年! よく頑張りましたね」


 住民たちの熱烈な歓声を背に受けながら向かったギルドのホールで、ヤマトは高らかに肩を叩かれた。振り返ると、戦場でソヨゴの脇を固めていた同じ背格好、同じ装備の二人組がにこやかに笑っていた。二人とも細身で背が高く、細面の涼しげな顔立ちまで瓜二つだ。たしかユウスゲ、キスゲと呼ばれていた二人だ。


「君のお陰で助かりましたよ」

「ちょっとその武器を見せてもらっても良いですか――」

 戦場では目覚ましい働きをし、自由民の中でも確固とした地位を築いているらしい二人だったが、初対面なのに実に打ち解けた雰囲気だ。ヤマトを共に戦った仲間と見なしてくれたのだろうか。ヤマトの胸にじんわりと暖かいものが込み上げてきた。


「あはは、紹介しとこーか」

 脇にいたツゲが、ヤマトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「こっちがたぶんユウスゲ、そっちがたぶんキスゲだ」

 ヤマトがルノ、セタと一緒に挨拶しようとすると、そっくりの顔をしたユウスゲとキスゲが微妙な表情で固まっている。


「ツゲ、逆だ」

 ソヨゴが後ろからツゲの頭を小突いた。

「ありゃ?」

「ツゲさん、相変わらずですね……」

 乾いた笑いを浮かべる双子に、ヤマト達は改めて二人を見詰めた。似てはいるが、区別がつかない程ではない。


「ユウスゲは右利き、キスゲは左利きだ。背負ってる大剣の向きを見れば判りやすい」

 ソヨゴが簡単にヤマト達に説明をしてくれた。確かに、二人の姿はまさに鏡に映したように左右反転になっている。唯一の違いは、キスゲが足に負傷していることぐらいだ。

 二人ともそっくりぃ――セタが大はしゃぎしている。


「では改めてヤマト君、すごい活躍でしたね」

「その武器、ひょっとしてマレビト古来の? ちょっと見せてもらって良いですか?」

「はは、僕たち、武器に目がないんです」

 ヤマトは二人が他人という気がせず、背中に背負ったヒヒイロカネの両手杖を丁寧に手渡した。


「うわ、本当に昔ながらの槍杖だ……これを実戦で使っている人は初めてです」

「あそこまで威力が出せるんですねえ」

 ユウスゲ、キスゲは共に目を輝かせ、ヤマトの両手杖を様々な角度から眺めている。


「あれ、セタちゃんのその武器――」

「おお! ちょっとそれも見せてください――」

「えへ、カッコイイでしょー? さっきこれでグレイウルフをやっつけたんだよ」

 セタも話に混じり、自慢の双刀を褒められて嬉しそうだ。ツゲも加わって型取りまで始まっていく。


「あの……」

 ルノがヤマトの手を軽く引いた。

「ツゲさんの怪我、治したいですか?」

「え……」

 ヤマトは驚いてルノの顔を見詰めた。ツゲが動くにつれてチラチラと見え隠れする脇腹の負傷に気を取られていたのが、敏感なルノに気付かれたのかもしれない。


「すごい顔して見てましたよ」

 ルノが優しく包むように微笑んだ。

「ヤマトさんが望むなら、そして、お手伝いしてもらえれば治せると思います」

「……お手伝い?」

「ヤマトさんの怪我を治すにはそれほど力はいらないのですが、他の人を治すには、私の力だけでは足りないのです。いつかの晩、セタにヤマトさんの霊力を分けてあげたように、私にも分けてもらえれば――」


 ヤマトの頭に、セタに身体強化を教えた夜のことが思い出された。たしか体内の霊力の循環を、セタにも広げるように回していっただけのはず。それでツゲの怪我が治せるなら……。


「でも、もしかすると、たくさん必要になるかもしれません」

 ツゲを見るルノの淡い空色の瞳の奥に、かすかな不安の色が揺らめいている。


 ヤマトは思わず自分の下腹部にたゆたう霊力を確認した。どれだけ必要になるかは分からないが、このところ日々霊力の鍛錬をしている。量もそれなりに増えている感覚があった。

 ツゲの脇腹の怪我に目を遣ると、出血こそ止まっているが痛みはしっかりとありそうだ。不意を突かれたとは言っていたが、無鉄砲に飛び出したヤマトに合流しようと焦ったのが間接的な原因ではないだろうか。ツゲは言わないが、ヤマトは初めからそんな気がしていた。

 自分のこの霊力を使うことでツゲの怪我が治せるなら――ヤマトはルノに視線を戻し、きっぱりと言い切った。


「僕なら大丈夫。ルノが無理じゃないなら、ぜひお願い」

「そう言うと思いました」

 ルノはニコリと微笑んだ。

「お互い無理しないように頑張りましょう」



「ツゲさん」

 ヤマトの脇からするり、と離れたルノが、セタと一緒に妙なポーズをとっているツゲの前に進み出た。皆が一緒になってケラケラと笑いながら、双刀を使った格好の良い新たな構えを模索しているらしい。

「あの、もし良かったら、怪我、癒させてもらえませんか?」


 その瞬間、楽しそうに輪になっていたツゲ達に沈黙が降りた。和やかな雰囲気が一転、唖然とした空気に包まれる。ヤマトはルノと並ぶようにすっと前に出た。


「え、えーと、ルノ。無理しなくていいぞ? その、大変なんだろ、精霊の巫女の癒しの力を使うのって」

 ツゲの言葉にユウスゲとキスゲが一斉に喋り出す。

 ――えええ? ルノちゃん、精霊の巫女なんですか?

 ――でも精霊の巫女の癒しなんて、そんなに簡単なものじゃ……。


 マレビト達の中では、精霊の巫女の癒しには大きな代償が伴う、というのが通説だった。良くても巫女本人の体力が大きく削られ、時と場合によっては巫女が命を落とすことすらあるという。精霊の巫女の治癒は命がけ、むやみに頼るべからず――おいそれと精霊の巫女に治癒を頼まないのは、もはや常識に近いものがあった。


「ヤマトさんに手伝ってもらうので、その、たぶん大丈夫です」

 ルノはそう言って、寄り添い立つヤマトの肘にそっと手を添えた。ヤマトもコクリと頷く。

「ツゲのおじちゃん、ルノ姉ちゃんに治してもらいなよ!」

 セタが目を輝かせて、ツゲの手を引っ張った。

「ヤマト兄ちゃんが手伝ってくれるなら、絶対大丈夫だよ! セタね、なんとなく分かるんだ!」


「そ、そうなのか?」

 三人に押されるようにツゲが唸った。

「みんながそう言うなら……。だけど、絶対に無理しちゃダメだぞ。途中で止めてもいいからな。約束だ」


 ユウスゲとキスゲが興味津々といった顔で見守る中、ルノがツゲの防具を開き、脇腹の負傷を露わにした。

「うわっ!」――セタが思わず声を漏らした――「おじちゃん、ひどい怪我じゃない!」

 ツゲの脇腹は血こそ止まっているものの、無残な傷が生々しく光を放っていた。おそらくグレイウルフに嚙みつかれ、そのまま凶悪な力で振り回されたのではないだろうか。

「おおぅ……我ながらグロい……俺、自分の怪我を見ちゃうと、そこから気持ちが萎えてくタイプなんだよね……」


 治せる?――ヤマトの無言の問いに、ルノは真っ青な顔で頷き、か細い声で指示をしてツゲを地面に寝かせた。

 傷の正面で膝をついたルノ、その背後に立ってルノの両肩に手を置くヤマト。ルノの細い肩が小刻みに震えている。


 行くよ。

 ヤマトは後ろから優しく囁き、肩に置いた手からルノに霊力を注ぎ込み始めた。ビクリ、とルノの震えが一瞬で止まり、強張っていた全身から力が抜けていくのが分かった。

 初めは少しずつ、徐々に注ぎ込む霊力を増やしていく。


 ルノが右手をゆっくりとツゲの傷にかざした。

 ひとつ息を吸い、静かに吐き出す。


 傷にかざした手が、白く神々しい輝きを放ち始めた。

 以前、ヤマトが癒してもらった時と同じ輝きだ。


 周囲でどよめきが起きたが、ヤマトは集中して霊力を注ぎ続けた。注いだ霊力はルノの体内で違うものに変質し、白い輝きとなってツゲの体に入っていく。不思議な感覚だった。

 ルノが霊力をもっと欲しがっているのが分かり、ヤマトは注ぐ力をどんどん大きくしていった。白い輝きが比例して光度を増していく。

 そして、ヤマトの全霊力の半分近くがなくなった頃、ツゲの体全体が白い輝きに包まれ――治癒が完了した。


 ルノが大きくため息をつき、ヤマトに背中を預けてきた。急激に大きな霊力を失ったヤマトは少し目眩がして、ルノを押さえながらクルリと回って背中合わせに座り込んだ。ひときわ大きなどよめきが二人を包む。


「すごい、すごいっ!」

「……俺、治ってるぜ……」

 ヤマトが体を起こし、ルノの隣に回り込むと、セタが飛び跳ね、ツゲが信じられないという顔で自分の脇腹をつついていた。先ほどまで見るも無残な傷があったそこには、つるりとした滑らかな皮膚がぴん、と張っている。くっきりと割れた腹筋の陰影が瑞々しい。


「痛みも……ない! すげえ! 二人ともありがとう!」

 ツゲが立ち上がって叫ぶと、いつの間にか周りを取り囲んでいた自由民たちが一斉に歓声を上げた。

「見たかよ、おい。あの傷が跡形もなく……」

「精霊の巫女の癒しって、こんなに凄いのか!」

「ばか、あの嬢ちゃんは精霊の巫女の中の巫女、クシナダの巫女だって話だぞ?」

「じゃ、昔話に聞く例の巫女の後継者か!」

 まだ若い自由民たちは、初めて目にする癒しの技に興奮状態だ。


「ヤマト、ルノ、大丈夫か」

 一気に爆発したような喧騒の中、ソヨゴが座り込んだままのヤマト達のところにやってきた。ツゲも騒ぎの中心から抜け、慌ててルノの顔を覗き込む。

「僕はちょっと目眩がしただけだけど――ルノ?」

「私も大丈夫です。でも……ヤマトさんの力が凄すぎて……ちょっと腰が抜けちゃった、です……」

 仄かに頬を赤らめ、嬉しそうに笑うルノ。顔に満足感が溢れている。


「もう一人ぐらい、治せるかも……」

 収まりつつある喧騒の中で、座ったままのヤマトがソヨゴに耳打ちした。ルノも頷いている。


「もう一人――」

 ソヨゴはヤマトを点検するように眺め、やがてため息と共に首を横に振った。

「いや、今回は気持ちだけ貰っておこう」


 今回の戦いで外へ打って出た者たちは、ほとんどが大なり小なり傷を負っている。マレビトの治癒魔法では止血や化膿止め程度の効果しかなく、完治まで時間がかかるのが実際のところだ。いつまた魔物の襲来があるか分からない状況下、できれば少しでも早く戦力を回復させたいのは自明の理だ。

 もう一人治せる――留守役のソヨゴにとっては喉から手が出るくらい魅力的な話だったが――しかし、彼はきっぱりとその誘惑を跳ね除けた。こんなに精力の抜けたヤマトを見るのは初めてだったからだ。


「みんな、聞いてくれ!」

 ソヨゴが立ち上がって声を張り上げた。全員がピタリと動きを止め、一斉にソヨゴに向き直る。

「ルノは――精霊の巫女殿はもう一人ぐらいなら、なんとか治せると言ってくれた」


 どよめく自由民たち。誰が癒してもらうか――各々が戸惑いながら顔を見合わせていく。


「だがな、俺たち自由民はタフさが自慢だ。巫女殿に負担をかけるまでもない。今回のありがたい申し出は、いざという時に取っておこうと思う。みんな、それでいいか?」


 おう!

 ソヨゴの問いかけに、一斉に賛同の声が返ってきた。皆がほっとしたような顔をしている。

 いい人達だな、その様子を見たヤマトは心からそう思った。


「――と、いう訳だ。せっかくの好意にすまないが、いよいよ困った時にはよろしく頼む」

 ソヨゴはそう宣言するように言って、その後は小声で囁いた。

「無理しなくていいからな」


 ソヨゴの言葉に、ヤマトの胸にじんわりと暖かいものが込み上げてきた。

 ソヨゴもそうだし、他の自由民たちもそう。こんな人達と一緒に戦ったんだ。皆が仲間だった。

 人は生きるため、仲間を守るために、理不尽な魔物と戦う。想いは一緒だ。

 ギリギリの戦いを繰り広げる仲間たちのためにも、もっともっと強くなるんだ――ヤマトの胸に決意の火種が灯った瞬間だった。




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