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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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28話 スーサ防衛戦(終)

「いくぞ!」

 魔獣ひしめく戦場に向かって、ソヨゴが力強く走り出した。ユウスゲ、キスゲが脇に続く。先ほどのような密集した楔陣形ではなく、ソヨゴを先頭に左右に大きく広がった掃討の隊形だ。

 ヤマトはツゲと並んで目の前のグレイウルフを屠りながら、周囲と足並みを揃えつつ前進を始めた。


「なあヤマト、さっきの斬撃を飛ばすヤツだけどよ――」

 ツゲが目の前のグレイウルフを斬り飛ばしながら話しかけてきた。

 フェンリルがいなくなったせいか、グレイウルフ達の動きが鈍くなっている。それに、一人で斬り込んだ先ほどと違って、正面の敵だけを相手すれば良いのでヤマトにも余裕があった。

「自己流……変だった?」

「馬鹿言ってんじゃ、ないって。あれは昔のマレビトが使ってた技の……原型だと思うぞ」

 鈍色に光る両刃の大剣を忙しく振るいながら、ツゲがニヤリと笑った。

「まだちょっと効率が悪そうだが……あらよっと……磨けばすげーことに――」


「皆、速度を上げろ!」

 戦列の向こう端でソヨゴが叫んだ。

「城門が予想以上に危うい! 門を守るぞ!」


 ヤマトははっとして視線を上げた。

 まだまだ戦場にはグレイウルフの大群がひしめいている。城壁から衛兵たちが魔法と矢で攻撃をしているが、城門の鉄製の大扉は既にひしゃげ、いつ破られてもおかしくない。


 城門を破られれば、その先には無防備な市街。

 憎しみに凝り固まった魔獣の群れがそこになだれ込めば――。

 ヤマトの脳裏に、綺麗な服を着た町の住人マレビト達の姿が浮かぶ。きっと大混乱に陥り、町の人達は勿論、乱戦になればルノやセタ、アオイらも無事では済まない。


「お喋りしてる暇はなさそーだな」

 自由民たちは一斉に駆け出した。疎らに広がっていた隊形がきゅっと縮まり、再び密集陣形へと変わる。

 ヤマトが焦りつつも周囲と足並みを揃えていると、数人が前方、グレイウルフの密集地帯に魔法を放った。


 ――それ、いいかも!

 ヤマトも倣って特大のトルネードを繰り出した。荒れ狂う旋風で部隊の進路上にいる敵を根こそぎ薙ぎ払っていく。


「おお、こりゃ凄え!」

「誰だよ、こんな魔法を隠してたのは――」

「おい、さっきの少年だぜ! こいつは驚いた――」


 ヤマトの魔法の威力に、口々に感嘆の声を上げる部隊の面々。ツゲが嬉しそうにヤマトの肩をバン、と叩いた。

 ソヨゴがすかさず指示を出す。

「よし! 突っ走るぞ! ヤマト、もう少し維持しててくれ――」

 振り返ってヤマトを見る。ヤマトは二の腕で額の汗を拭い、眼前のグレイウルフを蹴り飛ばして、ソヨゴに大きく頷いた。その間もトルネードは前進を続け、城門まで一本道が開けた。


 城門は半壊状態だった。ヤマトの魔法で障害物がなくなると、かろうじて形を残している鉄の扉に、熊のようなグレイウルフが群がっているのがまざまざと見て取れた。下部に開いた隙間から、グレイウルフが次々と中の町へと姿を消している。


 ――まずいッ!

 ヤマトが焦った拍子に、制御を失ったトルネードがつむじ風となって消えた。

 だが道は出来ている。

 自由民たちがさらに速度を上げた、まさにその時――。



 突如として城門から閃光と轟音が迸った。

 外に弾け飛ぶ巨大な鉄門の後から、何匹ものグレイウルフの骸が吐き出されるように空を舞う。


 続いて無数の光が城壁の上から放たれ、ヤマトの左右の魔獣の大群に襲いかかった。

 炎の玉、氷の槍――マレビトの魔法だ。ひとつひとつに衛兵が放つ魔法ほどの大きさはないが、膨大な数がある。

 魔獣の大群は収拾がつかないほど混乱し、次々に魔法の餌食となっている。みるみるうちに数を減らしていくグレイウルフ。


 ヤマトは訳が分からずに足を緩めた。小走りまで速度を落として呆然と戦況を眺めていると、魔法の乱射がピタリと止まった。

 と、同時に、大きく口を開けた城門からローブ姿の小柄な老人が悠然と歩み出てきた。ギルドマスターのナガテだ。後ろには武器を掲げた二十人ほどの集団が続いている。


「自由民たちよ、待たせた!」

 ナガテの錆を含んだ声が戦場に響き渡り、敵も味方も一瞬黙り込んだ。


 奇跡のように訪れた静寂の中、威に当てられたグレイウルフ十数匹が血迷ったのか、がむしゃらにナガテめがけて突っ込んていった。が、ギルドの副マスター、サナイがすっと身をナガテの前に滑らせ、恐慌状態の魔獣を瞬く間に斬り伏せる。


 容赦のないサナイの剣からグレイウルフが数匹こぼれるように逃げ出したが、深緋色の影が目にも止まらぬ俊敏さで切り刻んだ――セタだった。最後の一匹を仕留めたのは、なんとルノ。

 崩れ落ちるグレイウルフの向こうで、薙刀を脇に手挟み、背筋を伸ばして凛とした残心を取っている。決然とした佇まいだった。そこだけ時間が止まったような戦場で、白金色の髪がふわりと風になびいている。


「ルノ! セタ!」

 ヤマトは再び疾風のように駆け出した。何を差し置いても守りたい二人が、何が起こるか分からない戦場に降り立っている。

 特にルノ。つい先ほどまでは魔物に怯えていたのに、何の変化だろうか。そしてそれ以前に、ルノは争い事など碌に経験したことがなく、武器など今日初めて手にしたはずだ。目前の魔獣は首尾よく討ち取ったものの、ツゲすら負傷する戦場だ。いつグレイウルフに圧倒されてもおかしくない。


 ヤマトは必死になって駆けた。


 トルネードの魔法で開けた道に、左右から押し出されるようにグレイウルフがばらばらと飛び出してきた。ヤマトは即座にヒヒイロカネの両手杖に魔法エアショットを込めて一閃し、進路を確保する。


 即座に広がる空気の刃は凄まじいまでの切れ味で、触れたものを片端から撫で斬りにする。

 瞬時に命を刈り取られた魔獣群の少し向こうで、ナガテが驚愕のあまり目を見開いていた。何か言おうと長い白髭に埋もれた口を開きかけ――城壁の上で叫ぶしわがれた女性の声に中断された。


「皆の衆、町を守るぞ! 一気に魔物を殲滅するのだ! 出し惜しみするな、放て!」


 再び城壁から膨大な数の魔法が容赦なく放たれ始める。

 間に合わせの防具を身に付けた町の住人マレビト達が城壁の上から鈴なりに顔を覗かせ、魔法を放っては後ろの住人と交代していた。

 ――第二種警報。町民総出の防衛。マレビトの町、"鋼の都"と呼ばれるスーサの真の力がそこにあった。


 激しい夕立のように降り注ぐ無数の魔法が、横殴りに魔獣の大群を襲う。

 左右のグレイウルフの海が阿鼻叫喚に包まれ、出撃した自由民部隊は無事に城門前のナガテ達と合流した。疲労の色が濃いソヨゴ達を、ナガテ達ギルド勢が守るように囲んで城門前まで下がっていく。


「ヤマトさん!」

「ヤマト兄ちゃん!」

 混乱の中、ルノとセタがヤマトに飛び付いてきた。


 背後ではギルド勢が魔法で周囲を殲滅している。城壁からの攻撃で潰し切れていない魔獣の塊を、横から狙い撃つように掃討していく。

 閃光と爆音が絶え間なく続き、大地に立ち込めていた魔獣の憎しみがどんどん疎らになっていった。

 勝利はもう目前だ。

 自由民部隊の面々は肩の力を抜き、目だけは真剣に戦況を追っている。


「ヤマト兄ちゃんのバカ! 独りで行っちゃうなんて――」

 ヤマトの胸をセタがポカポカと叩いてきた。ルノは薄い空色の目に涙をにじませ、珍しく強い視線をヤマトに注いでいる。

「ホントだよ。お前さんが城壁から飛び降りたのが見えた時は、心臓が飛び出るかと思ったぜ」

 いつのまにか合流したツゲが、後ろからヤマトの頭を小突いた。


「そのとおりだ、ヤマト」

 ソヨゴも歩み寄って来た。大きな怪我は負っていないが、着ている革鎧はあちこちが痛んでいた。疲労でふち取られた顔には、痛恨の表情が浮かんでいる。

「だが、お前がフェンリルを誘導してくれなければ危なかった。留守役として礼を言わせてくれ」

 騒乱の戦場にぽっかり空いた安全地帯の真ん中でソヨゴは深々と頭を下げ、

「そして――よく無事で切り抜けた。頑張ったな」

 その大きな手で、ヤマトの顔を優しく包み込んだ。そして、未だ非難顔のルノとセタにも頭を下げた。

「ルノもセタも、もうヤマトを許してやってくれないか。町の被害が出なかったのは、ヤマトの勇気ある行動のお陰だ――ヤマトの仲間のお前達だからこそ、今はねぎらってやって欲しい」


「……次からは私たちも一緒に連れて行ってくれますか?」

 僅かな沈黙を挟んで、ルノが囁くようにヤマトに尋ねた。

 答えに詰まるヤマト。確かに、今日初めて武器を持ったことを考えれば、先ほどルノは立派な取り回しを見せていた。ちょっと練習すればすぐに上達するだろう。しかし、魔物は危険な存在であり、そもそもかなり怯えていたのではなかったか――。


「あの、あんまり危ない目に合わせたくないし……それに、もう怖くは……ないの?」

「正直、怖いです。あんなにむき出しの憎しみは、いつまで経っても慣れそうにないです」

 さっと目を伏せ、淡々と話すルノだったが、再び視線を上げた時には、その目には強い意志が込められていた。

「でも! 人はあの憎しみと戦わないといけないんです。ヤマトさんやソヨゴさん、ツゲさん、名前を知らない皆さんが戦っている姿を見て、それが判りました。だから、私も戦いたいんです。足手まといかもしれませんが……一生懸命練習します。だから……どうか一緒に戦わせてください」


 ヤマトを見詰めるひたむきな眼差しには、少しの迷いもなかった。

 覚悟は充分にヤマトに伝わった。ヤマト自身と変わらぬ覚悟である。これを断るのは、傲慢というものなのかもしれない。

「……分かったよ、ルノ。僕こそ迷惑をかけるかもしれないけど……一緒に、助け合っていこう」

 ヤマトの言葉に、ルノの目から大粒の涙がこぼれた。


 ――独りで魔物に囲まれちゃって、心配したんですから……。

 ほっとしたのか、両手で顔を押さえて泣き出すルノ。セタもつられて泣き出した。

 ごめんね――二人の細い肩をヤマトは両腕でそっと抱きしめた。




「ここにおったか、今日はよく働いてくれたの」

 魔獣との戦いも終局を迎え、ナガテがトコトコと歩み寄ってきた。あれほど喧騒に包まれていた戦場も、いつのまにか静かになっている。

 ナガテの声を聞き、ソヨゴが弾かれたように振り返った。そのままその場で膝をつき、深々と頭を垂れるソヨゴ。

「ナガテ殿、今日は私の判断が甘かったせいで第二種警報に発展させてしまった。本当に申し訳ない」

「これこれ、何を言うのじゃ。結果として重傷者もなし、綺麗に守りきったのじゃ。そもそも初めの情報がフェンリルにグレイウルフ三百、儂だって出撃してたわい」

 悔しそうに背を丸めるソヨゴに、ナガテが鷹揚に首を振った。


「初めからグレイウルフが千五百だと知っていれば、その時点で二種だったわ。今、自由民も手薄だしの、フェンリルかグレイウルフ、同時に両方の相手は無理というものじゃ」

「それでも――」

「もうよい、この話はここまでじゃ。それよりヤマト、さっきその両手杖で空気の刃を出していたように見えたが、あれはさすがに驚いたのう。今は失われた技じゃ。お主ならもしやとは思っておったが、詳しい話を聞きたい。後でちょっとギルドに来てもらえるかの」

 にこやかな笑うナガテに、ヤマトはコクリと頷いた。


「さあ、もう魔物共もお終いじゃ。みな顔が暗いのう。損害なしで撃退したのじゃぞ? 胸を張って凱旋するのじゃ」

 ナガテがポンポン、と手を叩いた。

 ヤマト達がお互いの顔を見合わせる中、ツゲが大きく伸びをして、背骨をゴリゴリと鳴らした。

「ま、確かに損害ナシだしな。よーし、大手を振って行きますか!」




 ナガテとソヨゴを先頭に、自由民部隊とヤマト達は城門をくぐった。

 ヤマトが振り返ると、あれほど凄惨な戦いがあった戦場には午後の柔らかい日差しが降り注ぎ、ギルド勢が散らばって魔法で野獣の骸の処理をしていた。ごく少数の毛皮を取る他は魔法で一気に燃やし、魔石だけを集めるという。のしかかるように存在した魔獣の憎しみはもうない。


 城門に使われていた鉄の扉は無残にちぎれ、戦いの激しさを物語っている。

 城門の奥に広がる町は無傷で――大勢の町の人達が待ち受けていた。


 それまで重い表情をしていたソヨゴが、驚いたように顔を上げた。

「お疲れさま! お陰で町は無事だよ!」

「こんな少人数でよく頑張ったな!」

「さすがスーサの“守り人”さま!」

 口々に言葉をかけてくる町の人々に、ソヨゴが戸惑いながらも片手を上げると、拍手と歓声が一同を包みこんだ。


 守り人さまって?――ヤマトがこっそりと脇にいたツゲに尋ねると、ソヨゴのギルドカードに出ている称号だと教えてくれた。守り人。大きな体に似合わぬ普段の穏やかな物腰に、戦いの際の烈火の勢い。ソヨゴによく似合っている、とヤマトは独り頷いた。


「お、例の坊やもいるぞ」

「よくフェンリルを引っ張ってくれた!」

「あらカワイイ顔してるじゃない?」

「もうあんまり無茶するなよ――でも、ありがとな!」

 町の人はヤマトにも惜しみない喝采を贈ってくれた。ツゲやその他の面々も歓声で迎えられ、彼らは人ごみに混じって各々の顔なじみと肩を叩きあい、一緒になって喜んでいる。


 こうして迎えてくれている人々も城壁の上から魔法を放ち、一緒に戦っていた人達だ。それぞれの立場は違えど、町を守るという同じ気概を持ち、一丸となって魔物に立ち向かっている。

 今回の戦いで、ヤマトは魔物という存在の怖さが身に染みて理解できた。人としてそれに立ち向かわなければいけない、ということも。

 覚悟はできた。そして――ヤマトは振り返り、ルノとセタに微笑みかけ、二人の手をぎゅっと握って歩き出した。




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