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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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26話 スーサ防衛戦(中)

戦闘描写があります。苦手な方はご注意ください。

「よし! 我らマレビトの戦いを見せてやれ! 行くぞ!」

 五十人からなる自由民の戦闘部隊が、殺到するグレイウルフの群れに突撃を始めた。


 先頭を疾走するソヨゴの斧が炎をまとう。すぐ後ろを追走している同じ背格好、同じ装備の二人が持つ大剣も青白い光を放ちだした。

 猛り狂うグレイウルフはもう眼前、自由民達はときの声と共に輝く武器を振りかぶり――両者が激突した。

 先頭のソヨゴが縦横無尽に炎斧を振り回し、次々と飛びかかってくる魔獣を右に左に叩き落とす。前進は止まらない。斧が炎の尾を引き、空中に幾筋もの弧を描きながら、獰猛な魔獣の群れを文字どおり切り開いて進んで行く。

 そのすぐ背後で、青白い大剣を持った二人組が、殺到するグレイウルフを踊るように斬り、突き、払って、ソヨゴが開いた血路を更に押し広げている。そしてその後ろの自由民達も、次々に新たな魔獣の屍を後ろに残して進んで行く――。


 圧倒的だった。自由民達に近付いたグレイウルフは片端から屠られた。咆哮と雄叫びがこだまする戦場で、押し寄せる魔物の群れがみるみる蹂躙されていく。


 ……すごい。

 ヤマトが呟いた。これが名高いマレビトの戦闘力なのか。獰猛なグレイウルフを全く相手にしていない。特に先頭のソヨゴは圧巻だった。斧に炎をまとわせているのも初めて見たし、本気のソヨゴを見るのも初めてだった。雲霞の如く押し寄せる魔獣を、烈火の勢いで次々に屠っていく。すぐ後ろの同じ背格好、同じ装備の二人組も、めざましい戦いを繰り広げている。

 その後ろの集団は、武器に付加効果こそないものの、やはりグレイウルフを寄せ付けない。ツゲはと言えば、襲いくる魔獣をものともせずに動き回り、敵が集中した部分に駆けつけては切り崩している。


「おじちゃん達、みんなすごいっ!」

 ヤマトの傍らでセタが弾む声を出した。

「でも、あの灰色の狼、昔は怖かったけど、今はセタでも一対一なら――」


 ヤマトはセタをたしなめようとしたが、ふと、隣のルノの様子がおかしいことに気が付いた。蒼白な顔で俯き、小さく震えている。

「……大丈夫?」

 戦いの大音響に負けぬよう、ヤマトが耳元で尋ねると、

「怖い、です……」

 蚊の鳴くような声でルノが答えた。見上げる淡い水色の瞳に混じり気なしの恐怖を浮かべ、至近距離からすがりつくようにヤマトの目を覗き込んでくる。

「魔物たち――人への憎しみで一杯――それがあんなにたくさん……あの向こうにも……憎しみが集まって、町を飲み込もうとしている……。ソヨゴさんやツゲさん、マレビトの皆さんが今は押し返しているように見えますが…………足りない、かも……」


 最後は消え入るような声で囁くルノ、その瞳に浮かぶ恐怖は本物だった。

 その瞳を覗き込んでいると、言わんとしていることがヤマトにも何となく感じ取れた。今、ソヨゴ達が戦っているグレイウルフの群れ、それだけでは説明のつかない嫌な圧迫感のようなものが、戦場の向こうからひたひたと押し寄せてきている。


 来るぞおッ――城壁の上、ヤマト達の近くで誰かが叫んだ。


 ヤマトはギクリとして手前の戦場に視線を戻した。グレイウルフの波は中央部こそ自由民部隊に蹂躙されているが、両端にいるグレイウルフはまっすぐ城壁に突っ込んできている。胸壁に取りついた衛兵たちが、魔法を混ぜつつ雨あられと矢を射かけ始めた。悲鳴混じりの狼の咆哮が上がる。


「奴らを城壁に登らせるな! 撃て! 撃てー!」

 ウツギの叫び声が城壁に響き渡った。衛兵たちの必死の攻撃に、グレイウルフの群れは城壁の手前で押し留められ、城壁の上に飛び登ってくるものはいない。だが、衛兵たちに余裕もない。

 どこが手薄? ――ヤマトは顎を噛みしめ、ルノとセタを背後に庇うように立つと、全体に素早く目を配った。体に巡らす霊力は強化してあり、あとは行動するだけだ。


 その時。


 魔獣の群れの後方から、巨大な黒い塊がものすごい勢いで突っ込んできた。フェンリルだった。うっすらと赤い光を身にまとい、味方のグレイウルフごと自由民部隊の右端を弾き飛ばした。見事なばかりの不意打ちだった。魔獣の悲鳴と人間の絶叫が混じり合う。


 フェンリルは尚も加速を緩めず、一歩ごとに更に速度を乗せ、そのまま矢のように城門に向かってくる。衛兵たちが魔法や矢で迎撃するがほとんどが後方に置き去りにされ、命中したものもダメージを与えた気配がない。

 背後ではソヨゴたち自由民部隊の足が止まり、フェンリルが新たに引き連れてきたグレイウルフの波に押し包まれている。新手のグレイウルフはこれまでの数倍、野原を埋め尽くすように広がっている。その数、おそらく千は下らないだろう。ルノを怯えさせ、ヤマトを圧迫する巨大な憎しみは、彼らが発するものかもしれない。


「まずい! 奴を止めろおっ!」

 ウツギの絶叫もむなしく、次の瞬間には大きな衝撃でヤマト達の足元が揺れた。フェンリルがあの勢いで城門に体当たりしてきたのだ。頭を抱えたくなるような騒音の中で、ミシミシと嫌な音がヤマトの耳に入ってきた。


 ガオオォォォォォォン!!

 ヤマトの足元、城門のあたりでフェンリルの野太い咆哮があがった。

 その雄叫びに込められた強烈な憎しみが、ヤマトの頭に突き刺さった。ルノが悲鳴を上げてしゃがみ込む。


 ヤマトは、フェンリルのどす黒い雄叫びに心を激しく揺さぶられ、そして唐突に理解した――魔物は、その存在の根本の部分から人を激しく憎んでいるのだ、と。

 理由は分からないが、魔物という存在の根深いところに人への憎しみが刷り込まれており、人を襲うのはその本能的な憎しみがゆえなのだ。狂おしいまでの人への憎しみに焼かれ、全ての魔物は人を襲い続ける。そこに理性はなく、対峙する人は生きるために戦い、襲い来る魔物をその憎しみごと滅するしかない。――フェンリルの魂からほとばしる憎悪に満ちた雄叫びを聞き、ヤマトは啓示を受けたようにその現実を理解した。


 フェンリルの城門への奇襲と、人々の心を覆う雄叫びに衛兵たちが虚を突かれた隙を縫って、それまで城壁に近付くことすらできなかったグレイウルフが一匹、また一匹と城壁に飛び乗ってきた。通路に着地するなり、涎をまき散らしながら手近な衛兵に襲いかかっていく。


 城壁のどこかで、誰かが鐘を素早く二回ずつ区切って叩き始めた。第二種警報――スーサの町民が総出で防衛に当たれという合図だ。

 ヤマトはちらりと城壁の内側の街並みに目を遣った。白壁が並ぶ家々がとても美しい。ヤマトはその大きな青灰色の瞳を細め、耳を押さえてうずくまるルノの脇に素早く膝をついた。震える肩を優しく抱きしめ、流れるような銀色の髪に口づけするように囁いた。

「……怖がらないで。ちょっとだけ、待ってて」


 ヤマトはすっくと立ち上がり、セタにルノの傍に居てもらうよう頼むと、脱兎のごとく駆けだした。貰ったばかりのヒヒイロカネの両手杖を、今にも衛兵にのしかかろうとしているグレイウルフの背中に叩きこむ。けたたましい断末魔ごと背後に置き捨て、ヤマトは次の魔獣へと飛びかかった。一撃、一殺。ヒヒイロカネの両手杖は、魔力を込めれば込めるほど威力を増し、狙った魔獣を次から次へとその憎しみごと砕いていく。


 気が付くと、城壁の上に飛び乗ってきたグレイウルフは全滅していた。背後の危険がなくなった衛兵たちは口々に感謝の叫びを上げ、再び胸壁から魔法混じりの矢の雨を降らせ、魔獣を城壁際で食い止めるという本来の任務に戻っている。

 ヤマトが戦場に目をやると、体勢を立て直したソヨゴ達が八面六臂の働きで城門へ戻ろうとしていた。城門前にはフェンリルがいる。門を壊そうと執拗に攻撃を繰り返しているフェンリルを食い止めようとしているに違いないが、いかんせんグレイウルフが多すぎ、なかなか進めていない。


 ヤマトからそう遠くない箇所では、グレイウルフの群れが城壁に取りつき、自らの体で山を作っていた。後ろのグレイウルフが前のグレイウルフの背中に飛び乗り、どんどん山が高くなっていく。先ほど城壁に登ってきた魔獣たちは、こうやって道を作ったに違いない。


 ヤマトは咄嗟に胸壁に飛び乗り、トルネードの魔法を放った。

 城壁の脇に狂おしくその身をよじる竜巻が巻き起こり、グレイウルフ達を荒々しく山ごと飲み込んだ。衛兵たちから歓声が上がる。ヤマトは竜巻をそのまま維持し、城壁沿いに走らせて、接近しすぎているグレイウルフ達を一掃した。しかし、巨大なフェンリルだけは竜巻を意にも介さず、城門への攻撃を続けている。


 攻撃を受ける城門からは徐々に危険な音がし始めている。そして、ソヨゴ達は分厚いグレイウルフの壁に阻まれ、フェンリルには未だ届かない。城壁の衛兵は持ち直したが、城門を破られればその先には無防備な町が広がっている。


 ――くそっ!

 ヤマトは意を決して城門から飛び降りた。

 成算がある訳ではない。ただ、少しでもフェンリルの注意を逸らし、あわよくばソヨゴ達のところまで誘導できればそれで充分だ。

 地面が迫ってくる。ヤマトは反射的にエアショットの魔法を最大の力で放ち、落下の衝撃を殺した。


 地面に向けて放たれたエアショットが盛大に土煙を巻き上げ、ヤマトはバランスを崩しながらも、なんとか無事に着地することができた。もうもうと湧き上がる土埃を突き破って、そのままフェンリルへ向かって走り出す。


 フェンリルは五十歩ほど向こうで、ひしゃげつつある城門に向かって唸り声を上げていた。同じ地面に立つとその大きさが分かる。こちらを向いていないことを幸いとし、ヤマトは最大限に霊力を循環させ、疾風の速さで突っ込んで行った。


 狙いは後ろ脚の付け根。正面切って相手をするのは狂気の沙汰だ。気付かれないように後ろを駆け抜け、すれ違いざまに一撃。そのまま離脱が理想だ。

 ヤマトが間合いに入り、両手杖を振りかぶった時、フェンリルは城門に次の体当たりをしようと体をかがめながら一歩後ずさった。

 ――まずい!

 ヤマトの進路をフェンリルの巨体が塞ぐ。方向転換をして避けるという選択肢もあったが、せっかくの勢いを殺してしまう。


 ヤマトは咄嗟に跳んだ。


 空中で体を捻り、全ての勢いを乗せて両手杖を一閃! 叩くのではなく、鋭い先端で切り裂くように振り抜いた。

 そのままフェンリルの巨体を飛び越え、転がるように着地する。


 フェンリルが怒りの咆哮を上げた。ヤマトの手に残る、しっかりとした手応え。背骨までは届かなかったが、確実に背中に傷を負わせている。

 フェンリルの真紅の目が、ギロリ、とヤマトを睨み付けた。灼熱の憤怒が、手で触れるほどの密度でヤマトに注がれる。


「……来い!」

 ヤマトはひと声叫ぶと、城門とは反対方向、ソヨゴ達が奮闘している方角へ一目散に駆け出した。フェンリルが怒りの咆哮と共に追ってくる。

 これで城門の危機は半減した。後はソヨゴとツゲのところまでこの化け物を誘導すること。彼らと一緒なら戦える、そんな不思議な確信がヤマトにはあった。


 目の前には獰猛なグレイウルフの大群、背中には手負いのフェンリル。


 ヤマトの神経はかつてないほど研ぎ澄まされ、周囲の草木の一本一本に至るまではっきりと認識できている。

 千を超える魔獣の憎しみがヤマト一人に集中し、巨大な枷となって覆いかぶさってくるが、ヤマトは敢然と立ち向かった。


 ――なんで人が憎いのかは分からない。けど、襲ってくるなら跳ね退けるまで!

 ヤマトは全速力で駆けながら、ありったけの魔力を解き放った。周囲に迫りつつあったグレイウルフがまとめて吹き飛ぶ。

 背後から衛兵たちの援護射撃も届いている。


 目を上げると、獅子奮迅の前進を続けるソヨゴ達がチラリと見えた。

 あそこまで!

 ヤマトは両手杖を振り回し、さらに走る速度を上げた。

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