23話 初めての装備
トリプル!――アオイが廊下の奥に去った後もサナイはヤマトをまじまじと見詰めていたが、ふと三人が持っている武器に目を止めた。
「その武器はナガテ様秘蔵の――!」
「そう、三人に使ってもらおうと思っての」
ナガテがヤマトに渡した両手杖の先に軽く触れた。
「埃をかぶせていてもしようがない。それに不思議とこの三人、他人の気がしなくてのう」
「ったく、そんなこと言って、俺には何もくれない癖に」
いつになく柔らかい笑みをたたえるナガテに、ツゲが口を尖らせた。
「あ、ツゲ様、例の討伐隊の件ですが――」
ツゲに気付いたサナイが、背筋を伸ばして声をかけた。
「明日の朝の出発で募集を出しました」
「お、明日ね。集まりそうかい?」
「先日のフェンリル調査隊がまだ戻っていないので、あまり期待はできないかもしれません。少し多めに出しすぎました」
「うーん、相手の数が分からないから、こっちも保険で多めに欲しいんだけどな。ま、ルノと嬢ちゃんは後方支援組でいいとして、ヤマトは前線組で頑張ってもらうことになるかもしれないな」
ツゲはやや渋い顔でヤマトの肩を小突いた。
「セタも戦える?」
貰ったばかりの短剣を誇らしげに掲げ、セタが尋ねた。
「今回、嬢ちゃんはルノの護衛の予定だ。しっかり守ってくれよ」
「……うん、分かった!」
セタはルノと顔を見合わせ、元気よく答えた。
「フェンリル調査隊って、ソヨゴのところの兄ちゃん達が参加してるやつ?」
ツゲが振り返ると、ソヨゴは首を振った。
「それはまだ二人には早い。今回は北の谷へ隕鉄拾いに行ってる」
「隕鉄ねえ。あんまり儲からないんだよね、あの依頼」
「依頼と言えば、ツゲ、そろそろ町長のところに礼の件の報告に行った方がいいんじゃないか? あんまり遅くなると怒られるぞ」
町長、という言葉が出た瞬間、ツゲの笑いが凍りついた。
「やべっ! 鬼ばばのこと忘れてた!」
「ほう、東の村の件かの? オウレンのところなら儂も一緒に行こう。お主が彼女を何と呼んだか報告せねばならんて」
一同のやり取りを見守っていたナガテが、ニヤリと笑って口を開いた。
「サナイ、この後を頼めるかの? 儂は坊主と一緒に行ってくる。東の村の件は儂も話に加わっておかないとならん。防具を揃えたら、三人に訓練場で少し肩慣らしをさせてやってくれ」
かしこまりました、サナイが直立不動で答えると同時に、廊下の奥からアオイの声がした。
「ねえ、三人分も運ぶのムリー! 用意はしたから、こっち来て!」
アオイの声に顔を見合わせた一同に、ナガテが片手を上げた。
「うむ。半端で悪いが、儂らは行ってくる。遠慮せずに好きなのを選ぶのじゃぞ?」
ツゲは青い顔をして、既に半ばギルドの出口に向かっている。
「じいさん、行くなら急いでくれ。みんなゴメン、ちょくら行ってくるわ。夜にソヨゴの家で合流しよう」
「ではサナイ、頼んだぞ」
「ゴメンなーーー」
慌ただしく出て行ったナガテとツゲを見送った後、ヤマト達は廊下の奥の倉庫で、アオイが引っ張り出した防具の試着を始めた。
ヤマトは初めに分厚い革製の鎧を着てみたが、大きすぎるのと重すぎるので、同じ革製の軽鎧に変えてもらった。防護箇所が少なくなり厚みも減ったが、しなやかで軽く、動きを阻害することがほとんどない。ソヨゴに装備を手伝ってもらいながら、ヤマトは硬いなめし革から漂う独特の匂いを胸一杯に吸い込んだ。森での狩りを連想する匂いだった。
セタは、大喜びでアオイと一緒に防具を選んでいる。
自分の髪色に近い、深い緋色をベースとした狩人装備にしたようだ。アオイに言われ、やはり動きやすさを重視している。
ルノは先に選び終えたようで、奥の物陰での着替えが終わり、俯き加減にヤマト達の前へ出てきた。
「どう、ですか?」
ルノが身にまとっているのは、薄い色の布と革で作られた、後衛用の品の良い上下揃いだった。左肩から胸に流れるように革で当てが施されている他、要所々々が革紐を編んだ生地となっており、それなりの防護が期待できそうだ。淡い色合いも、ルノの抜けるように白い肌と白金の髪に良く似合っている。
恥ずかしげに上目遣いで見上げるルノと目が合った途端、ヤマトは頭がぼうっとなった。
「いいと……思うよ」
そう答えるのが精一杯だった。薄い空色の瞳を輝かせ、嬉しそうに頬を染めるルノ。
「ねえ、素敵でしょ?」
セタの装備を手伝いながら、アオイが笑った。
「それね、元は私のだったのよ。私、ルノさんの年の頃は自由民になりたくてね、知り合いの防具屋さんに頼み込んで作ってもらったの。でも、何やかやで結局ギルドに就職して、これはギルドに寄付したんだけど……まだ手つかずで残ってたのね。精霊の巫女さんに着てもらえて、ホント光栄だわ」
「ルノ姉ちゃん、キレイ!」
「良く似合ってるぞ」
セタにもソヨゴにも好評のようだ。ありがとうございます、ルノはにっこりと微笑んだ。
「はい、出来た」
そうこうするうちにセタの装備も終わったようだ。アオイに背中をポンと叩かれたセタは、待ちかねたように一歩前に飛び出した。
「じゃじゃーん、どお?」
クルリと回ってポーズを作るセタ。
アオイの尽力のお陰で、ちょうど良い大きさのものが見つけられたようだ。柔らかそうな起毛皮の腰巻は膝上までと少し短めだが、深い緋色に染められた胴着はちょうどセタの小さい体に合っていて、横から後ろにかけてお尻をすっぽりと隠すように長くなっている。防具にはよくある形とのことだが、どこにでもペタンと坐ってしまうセタにはあつらえ向きかも、とヤマトは可笑しくなった。膝当てまで一緒になった頑丈そうな編み上げ靴も、こじんまりとしていて、どこか可愛らしい。
「ここにね、剣を差すんだって」
セタが嬉しそうに腰帯を引っ張った。アオイが、そうそう忘れてたわ、と言って対の短剣を鞘ごと左右に取り付けた。
シャキーン、とセタは口で言いながら、二本の短剣を同時に逆手で引き抜いた。そのまま宙に放り投げ、回転しながら落ちてくるところをバシッと二本とも順手で掴む。
「決まったっ!」
自分で言うセタが可愛くて、ヤマトは思わず拍手した。ルノとアオイが口を揃えて危ないと注意すると、セタは、
「平気だよ?」
と、もう一度二本を宙に放り投げた。空中で同じ回転をする二本の短剣をじっと見詰め、すっと手を出すと、今度はそれぞれ逆手で掴んでいた。
セタはルノとアオイにニカッと笑いかけ、そのまま左右同時に鞘に納め――ようとして失敗した。一本は鞘の入り口に当たって弾かれ、もう一本は鞘にかすりもせずに空を切った。
あれれ?――と一本ずつ慎重に入れ直すセタ。
ほら見なさい、とお姉さん達が責め、ソヨゴが、まあまあ、と間に入った。
「さすがコシの民、すごい眼を持ってるな」
ソヨゴはそう言いながらその巨体でセタの前に屈み、
「でもな、もうちょっと剣に慣れるまでは無闇に振り回しちゃダメだぞ」
と、大きな手で優しくセタの頭を撫でた。
ごめんなさい、と素直に謝るセタ。
「さて、これで三人とも、どこからどう見ても立派なスーサの自由民だな」
ソヨゴが立ち上がって宣言した。ずっとにこやかに見守っていたサナイが、すっと一同の前に出てきた。
「では、訓練場で肩慣らしといきましょうか。動きの確認がてら、少し立ち合いでもしてみますか? 及ばずながらこのサナイ、お手伝いをさせて頂きます」
「ホント? セタ、剣の練習したい! 行く、行くっ!!」
セタがサナイの手を握り、ぶんぶんと振り回した。
「ルノさんには、私が薙刀の使い方を教えてあげますね」
とアオイが言うと、男性陣二人も乗ってきた。
「よし、じゃあ俺達でヤマトとセタの相手をしよう。サナイ殿、良いか?」
「勿論ですとも、ソヨゴ様。よろしくお願いいたします」
「やたっ! ありがとう!」
一同は、はしゃぐセタに引っ張られるように、倉庫を出て、朝日が溢れる訓練場へと繰り出した。
ヤマトは、隣を歩く新たな装いのルノが気になって仕方がなかったが、あまりじろじろと見る訳にもいかず、基本的に下を向いて歩いて行った。




