22話 ギルドマスターの教え
「これで試験は終わりじゃ。そしてヤマト――」
ナガテが向き直り、突き刺すような眼差しでヤマトを見据えた。
「お主、何者じゃ?」
「……え?」
「と、これから聞かれることが多いかもしれんのう」
ナガテはニッコリと笑った。膝から崩れ落ちそうになるヤマト。
「だがの、覚悟はしておいた方がよいぞ。お主は間違いなく注目を集める」
咳払いをひとつして、ナガテは説明を始めた。
まず、黒目黒髪でないマレビトというだけで目立つが、マレビトなら間違いなくヤマトの魔法に興味を持つ。
「お主は判っておらんようじゃがの、お主の魔法の発動速度や連射ぶりは、まるで歴史上の初代マレビトのようなのじゃ」
しん、と静まり返る一同。ツゲもソヨゴも否定しない。ヤマトが二人を見遣ると、二人とも無言でナガテの言葉の続きを待っているようだ。たっぷり時間をおいてから、ナガテは再び口を開いた。
「町を作った偉大なる初代のマレビト達はの、お主のようにいとも容易く魔法を連射できたらしい。五百年前の話じゃ。それから、初代のマレビト達と一緒にこの街を作ったカヤ族との混血が始まり、血と共に魔法も薄まって、今のマレビトの魔法は基本的に単発じゃ。中には――儂がさっき二つの炎を操ったように――幾つか同時に放てる者もおるが、どんどん少なくなってきておる」
ナガテはそこで言葉を切って、ソヨゴに視線を移した。
「お主もダブル――二つ同時に発動できる者――だったの」
皆の注目を受けて、ソヨゴは小さく頷いた。ちらりと申し訳なさそうにツゲを見る。
「あーどうせ俺はシングルだよ、悪かったね」
そっぽを向いて呟くツゲを、ナガテが睨みつけた。
「お主は集中力が足りんのじゃ。使い魔を召喚しながら別の魔法を使えるというに、なぜ単純に魔法二つができない?」
「二つも同時にやるなんて、頭がこんがらがってダメだって何度も言ってるじゃねーか」
「まったく……まあ、今はその話をしているのではない」
ナガテは肩をすくませ、ヤマトの目を正面から覗き込んだ。
「ヤマト、お主はトリプル、いや、ゆうにそれ以上の素質を持っておる」
トリプル!――ソヨゴが息を呑み、次いで納得した顔に変わった。
「トリプルとは、魔法を同時に三つ発動できる者のことじゃ。現存するトリプルは、スーサの最長老ただ一人。折を見て門を叩いてみるが良い」
スケールが大きすぎる話にヤマトは気持ちが混乱し始めていたが、なんとか感情を押し込み、話を理解しようと努めた。
「そしてもうひとつ、お主の興味深い点――それは、儂の双玉の炎を躱した、あの反射速度じゃ」
ナガテは優しくヤマトに微笑みかけ、噛んで含めるように、ゆっくりと話を続けた。
「マレビトは、普通の人より格段に身体能力が高い。ほれ、そこのツゲは魔法嫌いじゃが、身体能力だけはマレビトの中でも更に一級品じゃ。だがの、お主の反射速度はそんなマレビトの枠を軽く超えておるわい。儂の本気の双玉の炎を、ああも容易く躱せるのは一部のコシの民だけじゃ。お主の動き自体はまだまだ荒いが、これからの鍛錬次第ではどこまでも伸びるじゃろう」
ナガテはそこまでにこやかに話すと、ひと呼吸おいて表情をぐっと引き締め、うって変わって厳しい顔になった。
「じゃがの、魔物との戦いで一番大切なのは、魔法でも素早さでもない、経験と、それに裏打ちされた判断力じゃ」
ナガテは、その奥の知れない瞳でヤマトの眼を覗き込み、そして頭をポンポンと叩いた。
「お主は素晴らしい素質を持っておるが、経験が全く足りていない。お主も判っているように、お主はまだまだ弱い。常にそのことを意識し、貪欲に経験を積んでいくのじゃ。儂ですらまだまだじゃ、終わりはないと思え」
ヤマトはナガテの言葉を噛みしめ、大きく頷いた。今までの生殺しのような誉め言葉ではなく、この厳しくも暖かい言葉はヤマトの胸に強く響いていた。
「良い眼じゃ」
ナガテは満足そうに髭をしごいた。
「今の世は魔物が多く、年々増えて来ておる。儂らギルドが自由民を取りまとめて日々戦っておるが、奴等は増えるばかりじゃ。奢らず常に鍛錬を欠かさず、どうか途中で倒れることのないようにな」
これまでに亡くした幾多の戦友を思い出しているのだろうか、ナガテは遠い眼を虚空に彷徨わせた。
「そうじゃ、皆ついて来てくれるかの」
ナガテが唐突に背を向けて歩き出した。ヤマト達は顔を見合わせ、黙って後ろに続いた。訓練場からギルドに入り、廊下を抜けて奥まった一室へ入って行く。ちらほらと出勤しだしたギルドの職員が目を丸くしてナガテ以下一行を見てきたが、ナガテはお構いなしに扉を抜けた。
「じいさんの部屋?」
ツゲがぽつりと漏らした。品の良い部屋だった。華美さはないが、応接セットや壁際の大きな机など、木の素材を生かした丁寧な造りの家具が置かれている。
「そうじゃ、ギルドマスター室というやつじゃのう」
ナガテは適当に相槌を打ちながら、応接セットの間を抜け、歩みを止めることなく部屋の奥の物入れを開けた。
「ヤマト、お主、最後に儂の炎玉を矢で叩いたの」
背中越しに話すナガテだったが、ヤマトは失敗の記憶が甦り、俯いて小さく「はい」と答えた。
「あそこまでの体捌きが出来るのじゃ、弓だけでなく、これも使うが良い」
くるりと振り返ったナガテの手には、漆黒の棒が握られていた。長さはヤマトの身長より頭一つ短いくらいで、握りやすそうな太さだ。促されて手に取るとズシリと重く、材質は判らなかったが固く滑らかな表面は黒光りしている。
「おい、じいさんコレ――」
「そうじゃ、儂の家に伝わるヒヒイロカネの両手杖じゃ。魔法の発動を補助してくれる杖でもあり、叩く、突くの武器としても頑丈じゃ。昔のマレビトはこの手の武器を愛用していたらしいがの、儂を含め今のマレビトには今一つの使い勝手じゃ。ヤマト、お主なら使いこなせるかもしれん。さほど値打ちがあるものではなし、遠慮なく使ってみてくれ」
ヤマトは渡された両手杖をしげしげと眺めた。両端が尖っている他は装飾も何もない只の棒だが、細かな傷が使い込まれた歴史を物語り、重厚な雰囲気を醸し出している。
「魔力を通してみい」
ヤマトは言われるがまま、握った両手からそっと魔力を流し込んでみた。途端に重さが半減し、手に吸い付くように馴染む感触があった。
「……すごい」
一歩下がって皆の輪から抜け、軽く空をなぞってみる。まるで自分の手のように、杖の先端の微妙な動きまで意識できた。
「どうじゃ? 自在に扱えるかの?」
「うん、とてもいい……ありがとう」
「次は巫女殿じゃ」
わたし?――とルノが首を傾げた。ナガテはまた背後の物入れに向き直り、がさごそと一本の矛を取り出した。
「今日、ヤマトの怪我を癒してくれたお礼じゃ。この先、巫女殿も身を守る武器が必要になる場面があるじゃろう。これなら力がなくとも、いざという時は振り回すだけでもある程度けん制できる筈じゃ」
そう言ってナガテがルノに手渡した矛は全体の長さがツゲの身長と同じぐらいで、ちょうどルノの頭から上の部分が湾曲した鋭利な刀になっていた。柄は黒く染められた堅木で、同材の鞘もあるようだ。
ほう――ソヨゴが感嘆の声を上げた。
「これは薙刀という武器じゃ。儂としては巫女殿は戦いの外に身を置いておいてもらうのが一番だがの、ヤマト達と動いていれば、いずれこういうものが必要となる場面もある筈じゃ。念のため、普段から扱いには慣れておくようにの」
「あ、ありがとうございます……」
ルノは自分の頭より上で冷ややかな光を放つ刃を見上げ、呆然としているようだ。
「ほれ、得物は長ければ長い程、敵を近づけなくて済むのじゃぞ?」
「……そうですね……確かにおっしゃるとおりです。ありがたく頂戴しておきます」
ルノは深く一礼をした。
「うむ、そしてお嬢ちゃんじゃ」
「やたっ! ありがとう、おじいちゃん!!」
セタが小躍りして喜んだ。格好の良い武器をもらうヤマトとルノを、後ろから羨ましそうな目で見ていたのだ。そんなセタをナガテは目を細めて嬉しそうに眺め、
「お嬢ちゃんにだけ何も渡さないという訳にはいくまい」
と、セタの腕の長さより少し短い、青光りする一対の短刀を差し出した。
「これは儂のとっておきじゃ。むかし町を襲ったブルーワイバーンの牙を加工したものでの、軽くて強い。お嬢ちゃんにぴったりじゃ」
「うおい! それ、俺がくれって言ってたヤツじゃん!」
短刀を見るなり、ツゲが血相を変えて割り込んだ。
「お主にやるなどひと言も言ってないわい。それに、お主には短すぎるのが分かっておろうが。これは、お嬢ちゃんにちょうど良いのじゃ」
ほれ、と無造作にセタの手に押し付けるナガテ。
「えと……いいの?」
ちらりとツゲを覗うセタの表情を見て、ナガテがツゲを一喝した。
「コラッ! お主が妙なことを言うからお嬢ちゃんが受け取りづらいではないかっ!」
「お、おう……ごめん、セタ」
ナガテのカミナリに首をすくめ、口の中でごにょごにょとセタに謝るツゲ。
「でも、カッコいいよな、この色とか……。なあ、たまにでいいから、俺にも貸して?」
ナガテが盛大にため息をついたが、セタはとびきりの笑顔で
「うん、いいよっ! たまに貸してあげるねっ!!」
と答え、ナガテに向き直ると正面から抱きついた。
「おじいちゃん、ありがとう!」
「こ、これ、危ない、危ない。お主、刃物を持って――」
ナガテは普段の威厳もどこへやら、とろけそうな顔でセタに抱擁されるままとなっている。そんな光景にルノがクスクスと笑い出し、つられて皆も笑い出した。
「後は……お主たちの格好か」
セタの抱擁が終わり、一対の短刀をそれぞれ鞘に納めると、ナガテがヤマト達を見渡して言った。
その言葉に、ヤマトは改めて自分たちの服装を眺めた。肌着は別として、獣皮を中心とした野趣あふれる装いだ。ふもとの村ではごく普通なものだったが、改めて考えてみると、スーサの人達はみんな小奇麗な布の服を着ていた。向こうから見たら、自分たちは随分と野蛮に見えるのではないだろうか。ルノは少し恥ずかしそうに俯き、セタは先程の元気が急速にしぼみ、下を向いてお手製の鹿皮をつぎはぎした上着の裾を意味もなく引っ張りだした。
「いや、これは言い方が悪かった。コシの民の装いがどうこうではなく、も少し防御力の高いものを、という話じゃ」
ナガテは珍しく慌てた様子で、少し早口で話を継いだ。すると、ソヨゴがズイッと片手を上げた。
「この後、市場に行って買い物するか」
「でも……お金が……」
ヤマトは口ごもった。まだ自由民の登録を済ませたばかりだ。当然お金も持っていない。
「気にするな。自由民になった祝いだ」
「そうそう、俺も協力するぜ?」
ツゲがソヨゴの肩に腕を回して言った。
「ここは頼れるおにーさんたちに任しとけ」
ヤマトはルノと顔を見合わせた。ルノの淡い空色の瞳はヤマトと同じ心境を物語っている。
「でも……悪いよ……」
「それなら、ギルドの予備を使うかの?」
ナガテだった。
「魔物の大規模襲撃に備えて、倉庫に一般市民貸出し用の防具が置いてあるんじゃ。あまり良いものではないがの、あれだったら使っても良いぞ?」
「……いいの?」
それなら大きな負担をかけずに済む。ヤマトの心は大きく傾いた。
「もちろんじゃ。儂はギルドマスターじゃぞ? ギルドからの補助ということにしても良い」
ヤマトはルノともう一度視線を交わした。コクリと頷くルノ。
「ありがとう……何から何まで、助かります」
「なあに、お主たち三人はスーサの戦力を大きく底上げしてくれるじゃろう。こっちが礼を言いたいぐらいじゃよ」
「ナガテ殿、すまない」
頭を下げるヤマト達にソヨゴも加わった。
気にするでない、ナガテは笑って、部屋の外へ一同を誘った。
ヤマト達はナガテに従って、ギルドのカウンターの裏側へ顔を出した。先ほどは姿が無かったアオイが、目を丸くして駆け寄ってきた。
「ヤマト君? こんな早くからいったい――」
「アオイ、この三人に倉庫の防具を持ってくるのじゃ。サイズが合いそうなものを見繕ってな」
割って入ったナガテの言葉に、更に状況が掴めずに固まるアオイ。何事かとギルドの副マスター、サナイも近寄ってきた。
「おおサナイ、お主にも言っておく。この三人をギルドは公式に補佐しようと思う。今、倉庫の防具を三人に出してやってくれ、とアオイに言っておったところじゃ」
「公式に補佐…………?」
「そうじゃ。他言は無用じゃが、ルノ殿は精霊の巫女、セタは類まれなる素質を持っておる。そしてヤマトは――」ナガテは周囲に視線を配り、声をひそめて続けた「――トリプル以上じゃ」
トリプル!――驚愕のあまりサナイは口をあんぐりと開け、アオイは勢いよく両手で口元を押さえた。二人とも目を真ん丸に開き、まばたきすら止まっている。
「という訳での、せめて初めの防具ぐらいはギルドから援助させてもらうことにしたのじゃ。ほれアオイ、止まってないで持ってきておくれ」
ひゃい。
ビクリ、と我に返ったアオイは同時に裏返った声を上げ、ふらふらと廊下の奥へ走っていった。
そんなに驚くことなのかな、ヤマトはもう慣れつつある違和感に首を傾げた。実際、自分はまだまだ弱い。常にそのことを意識し、経験を積んでいけ――先ほどのナガテの言葉が胸に蘇り、ヤマトは独り頷いた。
そんなヤマトの様子を目の端で窺うナガテの顔には、かすかな微笑みが浮かんでいた。




