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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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21話 ギルドマスターの試験(後)

「じいさん、こりゃやり過ぎだ――」

 抗議の声を上げたツゲを、ソヨゴが抑えた。

「黙ってみてろ。ここまでしないとヤマトの底は見えない」


 ヤマトはひとつ大きな息をつき、油断なく顔を上げたまま、腰の矢筒からゆっくりと矢を引き抜き、下向きの弓にそのまま添えた。霊力の循環を強化し、全身の感覚を研ぎ澄ましていく。


 双玉の炎が徐々に輪を狭めてきた。空中に灼熱の軌跡を残し、踊るような、惑わすような不規則な曲線が徐々にヤマトに近付いている。ヤマトは目で追うのを諦め、瞳を閉じて炎の気配を感じとることに集中した。


「どうしたッ、降参か!」

 ナガテの叱咤がヤマトを揶揄する。

 ヤマトは更に目をきつく閉じ、漠然と感じる炎の気配に神経を集中した。


 右から左にひとつ、交差するようにもうひとつ。音と魔力の流れ。徐々に要領が分かり、ふたつの動きが把握できるようになってきた。

 後ろに回って上、正面から右、鋭角に曲がって背後。

 ヤマトの脳裏に、高速で飛び回る二つの光が映し出されていく。


「――ッ!」

 ヤマトは体を反らし、左から突っ込んでくる炎の玉を寸前で躱した。ヤマトの顎のすぐ先を強烈な熱気が右へかすめ飛んでいった。鼻に残る金臭い匂い。


「くふふ、そうこなくてはの」

 額に汗を浮かべながらも集中を保つヤマトに、ナガテが満足そうな声をかけてきた。

「そうしたら、これはどうじゃ?」


 今度は背後から――ヤマトは咄嗟とっさに斜め前方に飛び出し、辛くも躱した。崩れかけた体勢をすぐさま立て直し、次に備える。息が荒くなってきている。ヤマトは循環する霊力量を最大限に増やし、弓を握る手に力を入れた。自分の心臓がドキドキと音を立てているのが聞こえる。


「さあ、どんどん行くぞ」

「――ッ!」

 足元を抉るように跳ね上がってきたものを半身になって躱すと、続けざまに右から。そして斜め後方から、次いで正面から――。霊力循環による反射速度の向上を最大限に活かし、ヤマトは次々に躱し続けた。


 無心になって、どのくらい躱し続けただろうか。

 息が上がってきている。喉が焼けるように熱く、肺が更なる空気を求めている。


 このままだと!

 ヤマトの脳裏に嫌な考えがよぎった。こんなに連続して来られると、いつか――え、連続して?


 一瞬の閃き。


 ヤマトは縦横無尽に身を翻しながらも、炎の玉が身に迫る時の気配だけでなく、躱した後の動きにも注意を向けた――ここだッ!

 ヤマトに躱された炎の玉が向きを変えすぐさま折り返してくる、その速度が緩んだ瞬間――ヤマトが放った矢がその中心を貫いた。


 ほとばしる閃光。鼓膜を揺らす爆音。襲いかかる熱気。

 ヤマトは双玉の炎のうちのひとつを、見事に射止めた。


 うおおおーーー!

 ツゲが絶叫した。

 ソヨゴやルノ、セタも声の限り歓声を上げている。


 残る炎の玉は距離を置き、遠巻きに回り出した。

 ヤマトは油断なく構えながら、ゼイゼイと荒い呼吸を落ち着かせ、次の矢を手に取った。その感触に、疲れた頭でふと単純なことを思いついた。

 心を落ち着かせ、動きのイメージをなぞる。


 炎の玉が左後方から突っ込んできた。ヤマトは体を捻って振り返りつつ、右手に握りしめた矢で炎の玉を殴りつけた。

 至近距離で起こる爆発。

 ヤマトは吹き飛ばされ、もんどりうって地面に転がった。衝撃と激痛。そしてヤマトの意識は途切れた。




 気が付くと、ヤマトはルノに膝枕をしてもらっていた。体に痛みはない。

「……あれ?」

 身じろぎすると、真上から覗き込むルノと目が合った。少し目が赤くなっている。


「あれ、じゃねーよ!」

 顔を起こすと、心配と怒りが一緒くたになった顔をしたツゲがいた。皆がぐるりとヤマトを取り囲んでいる。ツゲが大袈裟に天を仰いだ。

「おま、馬鹿か? 爆発するの見てるだろーが。あんな近くで叩いてどうするつもりだったんだよ!」


「……考えてなかった」


「考えてなかったって――」

 ヤマトの肩を揺さぶろうとするツゲをナガテが抑えた。

「待て、儂もやり過ぎた。すまんかったの。精霊の巫女殿が癒してくれたとは言え、怪我をさせてしもうた」

「……あ、いや……」


「結果としては良かった」

 ソヨゴが口を開いた。

「ナガテ殿があそこまでやってくれたお陰で、ヤマトの底力が見れた。あの躱しっぷりは凄まじかったし、弓を教えた者として、あの一射目は鼻が高い」

「ヤマト兄ちゃん、びっくりしたよっ」

 セタがヤマトに抱きついてきた。目尻に少し泣いた跡が残っている。そんなにひどい状況だったのだろうか、体を起こしながらヤマトは心配になってきた。


「おう、確かにあの身のこなしは尋常じゃなかったけどな。尋常じゃなかったけど、考えの足らなさも尋常じゃないぞ? ルノがいなかったらどうなってたか」

「これ坊主、そんなにしつこく言うもんじゃない。儂にも非がある」

 なおも眉をしかめて詰め寄るツゲを、ナガテが再び諌めた。

「そうじゃ、巫女殿に礼を言わねば」――ナガテは深々と頭を下げた――「本当にありがとう。ルノ殿は精霊の巫女の中でもずば抜けた力をお持ちのようじゃな」


「あの、ルノ……そんなにひどい怪我だったの?」

 思わぬ事態の展開に、ヤマトは振り返って恐る恐る聞いてみた。ルノは少し充血した目を一瞬丸くして、

「知りませんっ」

 そっぽを向いた。


「ヤマトには少し聞きたいこともあるのじゃが、お主は少し休んでおれ。その間に、お嬢ちゃん、少しやってみるか」

 ナガテがセタの肩をポン、と叩いた。

「え、あ、うん?」

「おーし、セタ。ヤマトの馬鹿はほっといて、今朝教えたとおりにぶちかましてやれ!」

 ツゲの顔から険が取れ、いつもの洒落っ気が戻ってきた。つられてセタもやる気が出てきたようだ。

「よおし、ぶっちかますっ!」

 立ち上がり、準備運動とばかりに手をグルグル回しだした。


 ナガテは孫を見守るような笑みを浮かべ、セタを連れてヤマト達から少し離れた場所へ移動した。手を後ろに組んでにこやかに言う。

「儂は手を出さんからの、好きにかかってくるが良い。お嬢ちゃんががどのぐらい動けるか、見せておくれ」

「わかった。じゃ、いっくよー?」

 セタは半身になって構えた。しっかりと形になっている。

 行けーーー、ツゲが叫んだ。


 小さな体からは予想も出来ない速さで打ちかかるセタだったが、ナガテは最低限の動きでひょいひょいと躱していく。

 ルノにそっぽを向かれ、微妙な空気の中でヤマトがそんな二人を眺めていると、肩に手が置かれた。ソヨゴだった。

「成長したな。驚いたぞ」

 いかつい巨体に似合わない、優しく誇らしげな顔だった。

「だが、最後のは駄目だ。ちゃんと考えてから動くんだ。次はするなよ」

「……うん」

「で、ルノにきちんとお礼を言え。結構な怪我だった」

「…………うん」


 ヤマトがルノを見ると、つい、と視線を逸らされた。

「あの……ありがとう。次からは怪我しないように……考えて動くから」

 ルノがゆっくりと視線を戻し、ヤマトの真意を探るように見詰めてきた。すこし充血した水色の瞳に非難の色はなかったが、ヤマトはしっかりと視線を受け止めた。

「もう無茶はしないでくださいね?」

 ルノの少し掠れた声に、大きく頷くヤマト。そのまま、ごめんね、と謝ると、

「ヤマトさんが謝ることじゃないです。私こそ取り乱しちゃって、すみませんでした」

 少し照れながら、ルノも頭を下げてきた。

「私、実際に人が怪我をして血を流している光景、初めてだったので……そして、それがヤマトさんで……」


「次から気を付けろ。それでいい」

 ヤマトがどう言葉を返せばよいか分からずにもじもじしていると、ソヨゴが救いの言葉を入れた。

「それに、ルノ。お前には驚かされたぞ。精霊の巫女――クシナダの癒しの手ってのは、皆あんなに凄いのか?」

「私も初めてで……。私のひいおばあさんは、その時々で使える力の量は違ったと」

「マレビトにも治癒魔法はあるが、とても及ばない。……そういえば、体に負担はあるのか?」

 はっとした顔でソヨゴが尋ねた。ヤマトも吃驚びっくりしてルノを見詰める。

「ちょっと疲れてますね――ふふふ、大丈夫です」

 ありがとうございます、とニッコリ微笑むルノ。

「それに、今の私はすぐに力を貰えますから」

 ルノの微笑みが、謎めいた、しかし幸せそうな笑みに変わった。


 三人から離れた場所では、セタが肩で息をついていた。いつのまにか両手に訓練用の短剣を握り、稽古を受けているような様相に変わっている。

「ほれ、今の一歩が無駄じゃ。勢いを止めず、次の一撃に繋げるのじゃ」

「セタ、この体勢からだったら、こういう攻撃も――ほら、こう体を捻って――こんな具合に――」

 ツゲも一緒になって脇で熱心に実演している。

 セタは顔を真っ赤に火照らせ、大きく肩で呼吸をしながらツゲの手本をじっと見詰めた。そしてコクリと頷き、ナガテに飛びかかって流れるような四連撃を放った。

 カンカンカンカン!

 全てをナガテが手にした鉄の棒でいなし、甲高い四連音が響いた。セタの後半の二撃はツゲの手本を正確にコピーしている。ツゲが喝采した。

「そうだ! 今の動きだッ! やっぱ嬢ちゃんは天才だ!」

「四回で終わりか? まだ続けられる筈じゃぞ」

 セタは無言で頷き、再びナガテに斬りかかっていった。


「おお」

 ソヨゴが感嘆のため息を漏らした。

「セタも凄い。お前達三人、三人とも尋常じゃない……」


「え……セタ、いつの間に?」

「セタ、すごい……」

 ふもとの村では武器など持ったことがない筈のセタ、そのあまりの進歩ぶりにヤマトとルノも顔を見合わせていた。



「ここまで!」

 ナガテの声が訓練場に響き渡った。

 ふへええーーー、ふ抜けた声を上げて地面に寝転がるセタ。

「嬢ちゃん、また強くなったな!」

 ツゲが駆け寄ってセタの顔を覗き込んだ。遅れてヤマトとルノもセタを囲む。セタは大きく胸を上下させながら上体を起こし、火照った顔でニカッと笑った。

「へへへ、二人とも、見た? セタね、特訓、してたんだよ?」

「セタ、あなたってば――」

「凄い……びっくりした……」

「たいしたもんだろ? 教えた端から出来ちまうんだよ。天才ってやつかもな」

 ツゲが賞賛の眼差しでセタを眺めた。

「ヤマト兄ちゃんに、教えてもらってからね、体が思うように動いて、楽しいの」


「お嬢ちゃんや、両手に短剣はどうじゃった?」

 ナガテがソヨゴと共に歩いてきた。

「うん、ちょっと重いけど、あの位なら大丈夫。剣二本て、かっこいいもん」

「うむ、お嬢ちゃんはやっぱり双刀が合ってるのう。速さと手数で敵を圧倒するのじゃ。お嬢ちゃんと同じコシの民、イメラと同じじゃわい」

「雷光のイメラ? やったー! セタ、ずっとこれで練習するっ!」

「ツゲに教えてもらっているようじゃが、まだまだしっかりと鍛錬するのじゃぞ」

「はいっ!」

 セタはぴょん、と立ち上がった。



「これで試験は終わりじゃ。そしてヤマト――」

 ナガテが向き直り、突き刺すような眼差しでヤマトを見据えた。


「お主、何者じゃ?」

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