20話 ギルドマスターの試験(前)
ヤマト達一行がギルドに着くと、ナガテもちょうど来たところだった。背を少し丸めた小柄なローブ姿が、通りの向こうからトボトボと歩いて来ていた。
一見何の変哲もない老人なのだが、妙に目立っている。道行く人が無意識に距離を置くのだろうか、通行人の流れにぽっかりと開いた空間を誰にも邪魔されることなく、真っ直ぐにヤマト達に近付いてきた。
「ほう、ツゲもソヨゴも一緒か」
周囲を睥睨していた眼光を和らげ、十歩ほど向こうからナガテが声をかけてきた。
「おう、ソヨゴも見といた方がいいと思ってな」
「ナガテ殿、問題ないか? 邪魔にならないようにする」
ソヨゴが、頼みます、と頭を下げると、ナガテは鷹揚に頷いた。
「よいじゃろ。どのくらいの素質があるか、儂を相手にざっと見せてもらうだけじゃ」
セタがヤマトの腰をツンツンとつついた。
ねえ、本気でぶったらおじいちゃん可哀想かな?――小声で囁く。
「かっはっは。こう見えてもまだまだ現役じゃぞい。遠慮はいらん」
ナガテはさも可笑しそうに目を細めて哄笑した。白く長い髭がゆさゆさと揺れている。
セタが顔を赤らめて、ごめんなさい、と謝ると、ナガテは優しい笑みを浮かべてセタの頭を、ぽんぽん、と叩いた。
「よいよい。まあ立ち話もなんじゃ、さっそく訓練場に行くとするかの」
ナガテは手際よくギルド玄関を解錠し、内部へ入って行った。
セタは気付いていないかもしれなかったが、ヤマトは、一見優しそうなこの老人から滲み出る只ならぬ気配を感じ取っていた。この人を相手に自分はどこまで出来るのか――胃の奥がぎゅっと締め付けられる感覚があった。
「……お願いします……」
深々と頭を下げ、ヤマトは老人の後について行った。
「お主ら、武器は何を使う?」
ギルドの建物を抜けた奥、訓練場の中央でナガテが振り返った。訓練場はだいたい二百歩四方ぐらいありそうな露天の広場で、地面は固く踏みしめられ、ぐるりと周囲を囲む石塀には所々大きな傷がついている。
「武器?」
セタがオウム返しに尋ねた。
「悪い、じいさん。セタは教え始めたところで、まだ武器は選んでない。短剣あたりがいいとは思ってるんだけどな」
「そうか、ならば素手でも良い。ヤマトは何を使うのじゃ?」
「……弓と……魔法」
ヤマトの答えに、入り口脇に残って腕組みをして見守っていたソヨゴが大きく頷いた。
「じいさん、ヤマトの格闘もついでに見てやってくれ」
ニヤリと笑ってそう言い捨て、ツゲはソヨゴの隣まで戻った。ソヨゴと目が合い、更にニンマリと笑うツゲ。
「精霊の巫女殿は別格じゃ。力を試すなんて失礼なことはせん。腕白坊主と一緒に後ろに下がっていてくれないかの」
ナガテが慇懃にルノに頭を下げ、何を企んでいるのやら、という目でツゲを睨んだ。ルノはちらりとヤマトに目を遣って励ますような微笑みを送ると、ナガテに一礼をして壁際に下がった。
「では、格闘でこの爺の息が切れる前に、遠距離の弓か魔法から見せてもらえるじゃろうか」
ナガテは僅かに目を細め、俯いた姿で固まったかと思うと、ボウン、と両手のひらから炎を生み出した。初めは人の顔ぐらいの大きさの炎だったが、握りこぶし大の玉へと収縮し、ナガテの手のひらの上で宙に浮いたままピタリと静止した。
ほう――ヤマトの背後からツゲの太い声が漏れた。うわーえげつねー、というツゲの呟きも耳に入ってくる。
「セタは下がっておれ。ヤマト、まずは魔法でこれを落としてみい」
ふたつの炎の玉が音もなく上昇し、上空を縦横無尽に動きまわり始めた。
いよいよ始まりだ――ヤマトは緊張を押し殺した。小さく息をつくと、しっかりと地面を踏みしめ、ふたつの炎を見詰めた。
魔法の狙い打ちは苦手だが、炎の動きはさほど早くも不規則でもなく、数を打っていればじきに捉えられそうだ。
ヤマトは少し多めに魔力を取り込み、風の固まりをエアショットの魔法として次々に放っていった。
「「な?」」
ナガテとソヨゴの驚きの声がシンクロした。ヤマトが放っているのが初歩的なエアショットだということは理解できたが、発動時間の短さ、そして連射ぶりが尋常ではない。
「行っけーーーっ!」
唯一ヤマトの魔法の異常さを把握していたツゲが、痛快そのものという顔で手を振り回して応援している。
十何発目かのエアショットが片方の炎の玉に当たり、激しい爆発を引き起こした。次いで、残る炎の玉にも命中。続けざまの爆発は大気を揺らし、その余韻が消えると、先ほどまで炎が尾を引いて飛び回っていた空間は元どおりの何もない空間に戻った。
訓練場に、ルノとセタの歓声と、ツゲの高笑いが響く。
「あははは、言ったろ、凄えって――」
「うむ……。では、これはどうじゃ?」
ナガテはちらりとツゲを見ると大きく息を吸い、片手を天にかざした。無音の中で息詰まるような濃厚な時が流れ、突然の轟音と共にナガテの手の先に人の背丈ほどもある炎の球が現れた。
ひいっ、セタが小さく悲鳴を上げた。
「自信なくば、避けよ」
少し息を乱したナガテの言葉の後で、炎球はヤマトに向けて投げ出された。斜めの弧を描いて高度を下げた後、炎球は地面すれすれを加速しながら突き進んで来る。
ヤマトは矢継ぎ早に数発エアショットを打ち込んでみた。が、炎うず巻く灼熱の塊には効果がない。
炎球が容赦なくヤマトに迫り、どぎつい熱気が押し寄せてくる。
ヤマトは咄嗟に飛びずさり、放出する魔力に霊力を大きくねじ込んで、トルネードの魔法を繰り出した。
魔法による突風に訓練場全体が蹂躙され、怒れる竜巻となって天に駆け上がった。
ヤマトは逆巻くトルネードを操り、迫り来る炎球に突き刺し、虚空に持ち上げた。ゴウゴウと唸りを上げて見る間に炎球が削られ、形を無くしていく。
頃合いを計って魔法を止め、炎球が消えたことを確認してほっと息をつくヤマト。暴風に巻き上げられた粉塵が上空で拡散して消えていく。
言葉を失うナガテとソヨゴ。
その脇でセタがきゃーきゃーと騒ぎ、ルノが凄い勢いで拍手している。ツゲは笑いが止まらないようだ。
「…………見事、のひと言じゃな。たかがトルネードであれを打ち消すとは、にわかには信じられぬ」
ナガテは目に驚愕の色を浮かべ、ゆっくりと首を振った。
「ヤマトおぬしひょっとして――いや、魔法は充分じゃ。次は弓を見せてもらおうか」
ナガテは再び両手のひらから炎を生み出した。先ほどと同様に握りこぶし大の玉へと収縮し、手のひらの上で宙に浮いたままピタリと静止する。
「では、これを射落としてみい。モノは初めの炎の玉と同じだがの、今回は手加減なしじゃ」
異様なほど鋭さを宿した眼で、ナガテはヤマトをじっと見詰めた。
ふたつの炎の玉が音もなく上昇し、上空を縦横無尽に動きまわり始める。
本気だ――ヤマトには分かった。ナガテから放たれる威圧感がヤマトを半歩後ろに下がらせた。
ヤマトは僅かに身を屈めて後ろに背負った弓を降ろし、弦の張りを確かめて、すっくと立ち上がった。ナガテの頭上を自在に飛び回る炎は徐々に速度を増し、今やツバメの速度で宙を切り裂いている。動きは不規則で、二つが絡み合うかと思えば離れ、まったく予測ができない。
突然、片方の炎の玉がヤマトの肩を掠めた。すんでのところで躱すヤマト。
当たったら只事ではすまない。ヤマトの首筋がチリチリと痛む。一歩遅れて金臭い匂いが鼻孔を刺激する。
汗がひと筋、目を細めて集中するヤマトの背中を伝った。
双玉の炎はますます速度を上げ、ヤマトの周囲をグルグルと回り、時に飛び跳ね、時に絡み合う。いつ飛び込んでくるか、隙を窺っているようだ。
「じいさん、こりゃやり過ぎだ――」
ツゲが悲鳴に似た抗議の叫びを上げた。




