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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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19話 スーサの夜と行動方針

 飛竜亭から出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。

 ポツンポツンと並ぶ街灯が周囲に柔らかい光を投げかけ、規則正しい離れ小島のように丸く浮かび上がっている。


「うわあ、何あれ? 燃えてないのに光ってるっ!」

 近くの街灯に走りより、真下から見上げるセタ。足元に小柄な体の影がぴったりと付き従っている。


「そうか、街灯って見たことないか。魔物から取れる魔石ってのを使って、魔法で夜の通りを照らしてるんだぜ?」

「うーん、スーサは不思議なものだらけ――」

 ヤマトの脇でルノが背伸びをした。暖かい店内で食事を済ませた身体に、ひんやりとした夜気が心地よい。背伸びを終え、ほぐすように体をひねりながら歩くルノが、ヤマトの目を捉えて微笑んだ。

「連れて来てもらって良かった。楽しい、です」

 それならいいんだけど――ヤマトは街灯越しに夜空を見上げた。千年樹の森と同じ星空が広がっている。

 通りの向こうでは、セタが街灯によじ登ろうとしてソヨゴに止められていた。ヤマトとルノは慌ててソヨゴに加勢し、やがてみんなで笑いながら賑やかにソヨゴの家に帰った。



 ソヨゴの家に着くと、ヤマト達は風呂を勧められた。ルノとセタは風呂を知らず恐るおそる入って行ったが、途中からセタのはしゃぐ声が漏れ聞こえ、最後には満足気な顔で上がってきた。ルノの上気した頬と濡れた髪が妙に色っぽく、ヤマトは燭台を受け取ってそそくさと自分も風呂へと逃げ出した。

 ヤマトが風呂から上がると、居間にはソヨゴとツゲが話しているきりだった。ルノとセタは既に寝たという。大人二人はまだこれから呑むというので、ヤマトも先に寝かせてもらうこととした。


 ヤマト達に宛がわれた部屋には、壁際にベッドが四つ並んでいる。ヤマトが部屋の入り口で燭台を掲げると、セタが一番窓際のベッドを占拠したようだった。もうすっかり寝入っている。ルノは隣のベッドに腰掛け、白金の髪をとかしていた。燭台がなくても、窓から入る街灯の灯りでうっすらと明るいらしい。目が見えるようになる前から手探りには慣れてますし――ニッコリと微笑むルノ。

 ヤマトはルノの隣のベッドに腰掛け、燭台を枕元の台に置いた。


「それにしても、お風呂って素敵ですね。体の芯から温まりました」

「……マレビトの習慣だね。僕も、好き」

 ヤマトはメレネとの暮らしで馴染んでいたが、ふもとの村のコシの民に入浴の習慣はない。川で水浴びをするか、濡れた布で体を拭うのが普通だった。

「本当にマレビトの人達は色々と違うんですね」

「大変?……慣れないことばっかりだよね」

「ふふふ、そういえば、ヤマトさんに会ってから慣れないことばかり」

 ルノはクスクス笑った。

「目が見えるようになって、旅をして――色んなものを見て、おいしいものを食べて、たくさん笑って――本当に夢の中にいるみたい。大変なんてとんでもないです」

 髪をとかす手を止め、暖かく微笑むルノを見て、ヤマトはルノの言葉をそのまま信じた。しばらく居心地の良い沈黙が流れ、そのうちルノがブルッと肩を震わせた。

「あ……湯冷めしちゃう……寝よ?」

 ヤマトはルノがベッドに体を差し入れるのを待ち、燭台の火を吹き消した。風呂で体が温まっていたこともあり、眠りはあっという間にやってきた。




 夜中、ヤマトはふと目が覚めた。ツゲとソヨゴはまだ呑んでいるようで、扉の向こうから話し声が漏れ聞こえてくる。

 ソヨゴの声が低く聞き取りづらいのに対し、ツゲのあけっぴろげな声はところどころ言葉が分かった。

「――そうか、あの時の――」

「――それでソヨゴが時々様子を――」

「――それだけヤマトの存在がそのメレネって人にとって――」


 メレネ、という言葉にヤマトはビクンと反応し、少しだけ頭も働き出した。耳を澄ますと、先ほどより話の内容が聞き取れる。

「――それがメレネの選択だったんだろ、お前は充分してやったさ――」

「――お前が悔やむことはない。メレネって人も幸せな最後だったと思うぞ――」


 どうやらメレネの話をしているようだ。ソヨゴもショックだったんだろうな、とヤマトは思った。二人がどういう関係なのか考えたことはなかったが、今度聞いてみよう。

 扉の向こうからは、終わることなく会話が漏れ出して来ている。ヤマトの背後からはルノの柔らかい寝息が聞こえ、セタが何か食べ物の寝言を言っていた。ヤマトは、もう癖になっている霊力循環を再開させながら、ベッドの暖かさに埋もれていった。


「――ところでセタは――」

「――パピリカに――」

「…………」

「…………」

 ソヨゴとツゲの会話は続き、ヤマトはいつしか眠りに引き戻されていた。




 とりゃー。

 どこかでセタが奇声を上げている。

 ヤマトはぼんやりと目を開き、次いでガバリ、と体を起こした。周りを見回すと、朝日が差し込む部屋にはヤマトしかいなかった。

 寝過ごした?――ヤマトはベッドから転げ落ちるように抜け出し、廊下に飛び出した。体は軽く、疲れは嘘のように取れている。

「あ、ヤマトさん。おはようございます」

 台所でソヨゴと朝食を作っていたルノが、爽やかに微笑んだ。ソヨゴもいつもどおりの落ち着いた様子で、おはよう、と言ってきた。

「……寝坊して、ない?」

「ふふふ、全然大丈夫ですよ。今、ソヨゴさんにマレビトの朝ご飯を教えてもらっているところです」

 見るとかまどには鍋がかけられ、シューシューと音を立てている。

「セタと……ツゲは?」

「秘密の特訓らしい」――ソヨゴが窓の外を顎で示した――「今日の試験でナガテ殿の髭をむしるそうだ」

 ヤマトはふらふらと手近な椅子に腰を落とした。寝坊ではなかったらしい。ルノが手を拭きながらソヨゴに尋ねた。

「あの、今日は私も戦ったりしないとダメでしょうか?」

「精霊の巫女が力を誇示する必要はない」


「ルノ姉ちゃんは戦わなくていいんだよっ!」


 セタが賑やかに居間に入ってきた。満面の笑みを浮かべたツゲも続いている。

「ルノ姉ちゃんはセタとヤマト兄ちゃんが守るんだから、任せといてっ!」

 少し汗ばんだセタが自信満々な顔で胸を張った。ツゲも頷いている。

「嬢ちゃんには正直驚いたぞ。上達速度が半端ない。このまま鍛錬してけば、ひと月で教えることがなくなりそうだ」


「ほう、お前がそこまで人に教えるなんて珍しいな」

 ソヨゴが面白いものを見るような目でツゲを眺めた。

「昨夜も言ったろ? なんつーか、この三人は特別だって。嬢ちゃんだけじゃなくて、三人まとめて俺が教え込みたいぐらいだ」

「本気か? まあ、お前がそこまで言うなら教えるのは譲ってもいいが」

「よし! それでソヨゴの所の兄ちゃん達と、自由民としてどっちが上に行くか勝負しようぜ!」

 目を子供のように輝かすツゲに、ソヨゴは眉をしかめた。

「ちょっと待て。そこまでするには、三人の意思も聞いてからの話だぞ」


「色々と教えてもらえるなんて、こちらからお願いしたいぐらいです」

「セタはツゲのおじちゃんならいいよ?」

 ルノとセタが脇から即座に答えた。ヤマトもありがたい話だと思ったが、気になることもあった。

「……ソヨゴ?」


 ソヨゴは隆々とした腕を胸の前で組み、真剣な顔で三人を見渡した。

「まず、自由民というのは危険な職業だということをよく考えてくれ」

 ルノがビクン、と体を震わせた。ソヨゴは三人の目を順に捉え、重々しく話を続けた。

「ここに住む以上、生活の心配はしなくていい。自由民でなくともゆっくりと自分に合った仕事を探せばいいし、それなら伝手で紹介もできる」

「仕事?」

 セタが首を傾けた。

「昨日行った飛竜亭のような店で働くとか、町の水田で働いてもいい。安全に町の中で暮らしていける」


「セタ、自由民がいいっ! ソヨゴのおじちゃんもツゲのおじちゃんも自由民なんでしょっ?!」

「まあ、それを言えばそうなんだが……」

 ソヨゴは腕組みを解いて、頭をゴリゴリと掻く。テーブルの端に腰かけていたツゲが口を挟んだ。

「俺らは自由民が性に合ってるからなー。それに、町を守るってのは大事なことだぜ? ヤマトはどう思ってる?」


「……僕は、自由民になりたい。外に出ていろんなこと、知りたいから」

 ヤマトの頭には、いまわの際のメレネの言葉と、ギルドで聞いた不思議な声の言葉がこのところずっと渦巻いていた。

 殻に籠らず、色々な人に出会い、人を信じて――。

 まずは精霊の森へ行きなさい。そして龍の湖へ、始まりの高原へ――。

 千年樹の森に籠るように暮らしてきたかつての生活は貴重で大切な思い出だが、これから自分は外に出ないといけない。知らないことが多すぎる――ヤマトは強くそう感じていた。


「私は、ヤマトさんについて行きます」

 ルノがきっぱりと言った。セタも、そうだそうだ、と大きく頷いている。


 ソヨゴはじっとヤマトの目を見ていたが、やがてひとつため息をついた。

「ふう。そう決めたなら、それでいい。さあご飯が出来てるぞ、ナガテ殿を待たせたら駄目だ」


「おっと、そうだったな」

 ツゲが、パン、と手を叩いた。

「まず、朝メシを食べる。次に、ギルドでじいさんに見せつける。そして、みんなで東の村へ行って、パピリカにセタの承諾を貰う――とりあえずはそんなとこか。張り切っていきますか!」

 一同は賑やかに朝食を取り始めた。

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