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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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18話 ソヨゴとの再会

 一行はギルドから離れ、緩やかな坂を登りながら町への奥へと進んで行った。夕暮れ時の賑やかな市場から一本裏の通りへ入り、小さな子供が走り回る路地をゆっくりと登って行く。


「ね、ソヨゴってどんな人なの?」

 ツゲの肩の上でセタが尋ねた。

「ソヨゴはソヨゴだなあ。あんまり喋らないけど、いい奴だな。ずんぐりむっくりで、イノシシみたいな顔してる」

「ふふ、イノシシみたいな顔、ですか?」

 ルノも興味があるようで、ヤマトと手を繋いだままツゲの隣に並んだ。

 ヤマトはソヨゴの姿を思い浮かべ、イノシシは可哀相だと思った。どっしりとしていて、その懐でこちらを守ってくれる山のような存在――それがソヨゴの印象だ。


「……僕に、狩りを教えてくれた人……」

 ヤマトもツゲの横に並び、会話に加わった。

「じゃ、ヤマト兄ちゃんのししょーだねっ!」

「おう、いつだったか、ソヨゴはヤマトのことベタ褒めだったぞ。育てがいのある、素質の塊みたいなのが森にいるって嬉しそうに言ってたわ。それでも、その時はあいつ、お前さんの魔法のことは知らなかったんだよな」

「うん……魔法使えるようになったの、最近だから」

「くふふ、お前さんの魔法を見たら、ソヨゴ腰抜かすぞ?」

 妙に楽しそうなツゲ。人を驚かすのが心底好きなのかもしれない。


「魔法といえば……」

 ヤマトは口ごもった。ツゲに言って良いのだろうか。少し考え、相談してみることにした。

「ナガテさんが、明日の朝、僕たちの力を試させて欲しいって……」


「は? あのじいさんが?」

 急に足を止めるツゲ。セタが肩の上で楽しそうにバランスを取っている。

「ま、気持ちは判るか。あのじいさんとアオイは信用していい。魔法でも何でも、思いっきりぶちかまして来い。逆に何かアドバイスが貰えるかもしれないしな。ギルドマスターは伊達じゃない」

 前向きに肯定するツゲに、ヤマトは胸のつかえが一つ取れた気がした。

「ね、セタもぶちかましていい?」

「おう、たった二日とはいえ俺の教えを受けたんだ。思いっきりぶちかまして、じいさんの髭でも毟っちまえ」

 セタはきゃはは、と笑って、ぶちかますぞーと手をブンブン振り回した。

「あ痛、痛いって。俺の頭を殴るな、こら」

 ヤマトはルノと顔を見合わせ、夕暮れの路地裏に賑やかな笑い声を響かせるのだった。



「ヤマト? ヤマトなのか!」

 路地の向こうから野太い大声が届いた。黄昏の夕日を背に、がっちりした大男が駆け寄ってくる。

「……ソヨゴ?」

 樽のような胴体に鋼のような手足。けして身長が低い訳ではないのだが、身に付いたあまりの筋肉量でずんぐりむっくりに見えるそのシルエットは、まさにヤマトの知るソヨゴだった。小脇に抱えた袋はひしゃげ、背中に背負った斧が右足と一緒のリズムで大きく揺れている。

「よう、ソヨゴ――」

「メレネは、メレネはどうしたっ?」

 駆け寄ってきた大男は、ツゲの脇をすり抜けてヤマトの肩を掴んだ。

「……あれから二日後の夜、急に……」

「嘘だろ――」

 ソヨゴは、横広で扁平な顔の中央に配されたつぶらな瞳を一杯に開いて、ヤマトをまじまじと見詰めた。いつも物静かなソヨゴが取り乱している、その光景にヤマトは強く胸を打たれた。肩を掴む万力のような力も、同じ気持ちを持つ証だった。


 一行が急に沈黙に包まれた中、ソヨゴがはっとした顔でヤマトを覗き込んだ。

「おい、ヤマト、それでお前まさか一人でここまで?」

「一人じゃない……みんなと一緒……」

 ヤマトはルノと、ツゲの肩車から静かに降りたセタを紹介した。ソヨゴは目に混乱の色を宿しながらも、口元にぎこちない笑みを貼り付けて頭を下げた。ツゲは腕組みをしてそんなソヨゴを見ている。

「セタとルノ姉ちゃんとヤマト兄ちゃんはね、みんな仲間なんだよっ!」

「ヤマトにも仲間が――二人とも、本当にありがとう」

 いつもの落ち着いた声に戻ったソヨゴに、ツゲが殊更に明るい声をかけた。

「おし! みんなでメシでも食いに行こう! 今日はこのツゲさんの奢りだ。荷物を置かせて貰いがてらソヨゴの所の兄ちゃん達も誘って、飛竜亭でパーッと騒ごうぜ!」


 やたーっ!、と宙返りをして喜ぶセタに一瞬だけ面食らった視線を向けてから、ソヨゴはツゲの肩を軽く小突いた。

「ああ、悪いな。二人は留守だが、今日は飲みたい気分だな」

「いいってことよ。ほれ、行くぞー」


 四人連れは一人増え、五人連れとなって夕闇の路地を歩いて行った。道端で遊ぶ子供たちの姿はもうない。

 ヤマトは道すがら、ポツリポツリとソヨゴにメレネのことを話した。

 最後に話が出来たこと。きちんと埋葬を済ませたこと。


「自分を信じ、人を信じて、か――」

 ソヨゴはメレネの最後の言葉を繰り返したきりしばらく黙り、そして歩きながら、ぽん、とヤマトの肩に手を置いた。

「ありがとうな」


 お礼を言われるほど、自分は本当にメレネの役に立てていたのだろうか。忘れかけていた痛みが胸の奥でじいんと広がり、ヤマトは下を向いて涙をこらえた。ルノがそっと寄り添ってきた。腕に伝わる柔らかい感触が、胸の奥の切ない痛みを和らげてくれる気がした。

「ヤマト、よく来たな。部屋は空いてるぞ」

「……いいの?」

「当たり前だ――ほら、着いた」


 目の前には、塀で囲まれた一軒家があった。

 周囲の家と同様、漆喰の白壁に素焼きの瓦を背負っているが、狭いながらも庭があり、小奇麗に手入れされている。一同はソヨゴに続いて門を抜け、芝生に配された踏み石を歩いて玄関に立った。

 入ってくれ、鍵を開けたソヨゴが大きく扉を開いた。


「おー、綺麗にしてんなあ。やっぱり自分の家を持ってるってのは羨ましいね」

 慣れた様子でツゲが中に入っていき、上りがまちに腰かけて靴を脱いだ。おもむろに足の匂いを嗅ぎ、くっせー、と顔をしかめている。

「……マレビトの習慣。家では靴、脱いで……」

 メレネとの暮らしでヤマトは慣れていたが、ルノとセタが戸惑っているので簡単に説明した。おずおずとヤマトの横に座り、靴を脱ぐ二人。

「――それは真似しなくていい」

 セタが足の匂いを嗅ごうとしているのを、真顔でソヨゴが止めた。


「そっちの部屋を使ってくれ」

 抱えていた袋を台所に置いたソヨゴが、食卓の向こうの廊下を指差した。白壁に挟まれ、埃ひとつ落ちていない板張りの床の先に、素朴な木の扉があった。

「あれ、そーいえばお前のとこの兄ちゃん達はどこに行ってんだ?」

「今日明日と依頼に出ている。二人だけの初依頼だ」

「おおっ、それそれ。兄ちゃん達といえば、俺、いいこと思いついちゃったんだよねー」

 ツゲが、ソヨゴが下ろした袋から野イチゴをつまみ食いしながら、満面の笑みをソヨゴに向けた。

「腹が減ってる。話は後だ」

 ソヨゴの言葉を受け、物珍しそうにキョロキョロと家の中を見回すセタをルノがたしなめ、手早く荷物を部屋の隅にまとめる一行。そのまま家を出て、ツゲとソヨゴの先導で飛竜亭に向かった。


 飛竜亭は、ソヨゴの家から少し歩いた所にあった。

 夕飯時で中は混雑し始めていたが、ツゲとソヨゴの姿を見つけた店員が笑顔で奥のテーブルに案内してくれた。

「いつも悪いな。俺とソヨゴはいつもの具合で適当に持ってきてくれ。みんなは何か食べたいものあるか?」

 ツゲが、壁にずらりと下げられている板を指差した。板にはそれぞれ料理の名前と絵が描かれている。昔のマレビトはみんな文字が読めたらしいが、今はマレビトと言えど文字が読めない人が増えているらしい。彩り豊かな絵は実にうまく描かれ、ヤマト達にも一目で内容が分かった。初めてのお店ということもあって有頂天になっているセタが、飛び跳ねながら一枚いちまい覗きこんでいった。

「えー、セタはね、これとこれとこれっ!」

「もう、そんなに食べれるの?」

 ルノがクスクスと笑い、自身はヤマトが選んだものと同じものを頼んだ。

「食べれるもん!」

「……食べれなかったら……ちょっと僕にちょうだい」

「うんっ! セタ、ヤマト兄ちゃんにおすそ分けしてあげるー」


 やがて料理が次々とテーブルの上に並べられ、その品数の多さ、豪華さにヤマト達は驚かされた。セタはとりわけ上機嫌で、ツゲとソヨゴがつつく酒のつまみまで味見させてもらっている。ヤマト達三人が食べることに夢中になっている中、ツゲとソヨゴは酒をあおりつつ二人で話し込んでいた。東の村のことや、ヤマト達との馴れ初めをツゲが説明しているようだ。


「おーい、みんな、ソヨゴにギルドカードを見せてやってくれ」

 ヤマト達の食事がひと段落したころ、ツゲが声を掛けてきた。


「セタのはね、すごいんだよっ! ソヨゴのおじちゃん、見る?」

 三人のカードを受け取ると、ソヨゴはちらりと眺めた後、信じられないという顔でもう一度見返した。

「三人とも、なんだこれ……」

「えへへ、精霊さんがね、セタのこと好きなんだって」

 ツゲは自分もさんざん驚いていたのに、ソヨゴの驚いた顔を見てニヤニヤしている。ヤマトはソヨゴにも聞いてみることにした。

「……ソヨゴ、精霊の森って知ってる?」

「――初めて聞く。千年樹の森ならまだ分かるが」

「じゃあ、龍の玉とか……始まりの高原とか……シャラとかは?」

 ヤマトは、ナガテやアオイにしたのと同じ質問をぶつけてみたが、ソヨゴは首を横に振るばかりだった。

「おいヤマト、ギルドでも同じこと聞いてたが、なんだそれ?」

 ツゲが訝しげな顔をしている。ヤマトは、内なる光に包まれていた間に体験したことを皆に説明した。


「――うわあ。そんな話聞いたことねーけど、その後、精霊の森って言葉が実際にカードに出てきたことを考えると、ただの夢って訳じゃなさそーだな」

「その声に聴き覚えは?」

 ソヨゴの問いにヤマトは記憶を辿ってみたが、心当たりはなかった。そもそも、そんなに知り合いは多くない。

「ヤマトさん、その言葉、とても大切なことだと思います。私もしっかり覚えておきますね」

「セタね、その声、ヤマト兄ちゃんのお母さんだと思うよ? セタも時々夢で見るんだ」


 結局、解答は得られなかったが、皆に話したことでヤマトの心は見違えるほど軽くなった。

「……変な話して、ごめん……でも、ありがとう」

 ヤマトは素直に礼を言った。


「そうそう、明日の朝、ナガテのじいさんがヤマト達の能力を確かめたいって言ってるらしいんだけどよ、ソヨゴ、一緒に行かねーか?」

 ツゲがギルドマスターのヤマト達に対する反応を説明し、ソヨゴを誘った。

「それによ、くくく、ヤマトの魔法を見たら、ソヨゴ、お前ビックリするぞ?」

「ヤマト、お前やっぱり魔法使えるようになったのか!」

 ソヨゴがテーブルにのり出し、空になった皿が一斉に音を立てた。周囲の客の視線が集まり、ソヨゴは口の中でゴニョゴニョと詫びを言って、その巨体を椅子に戻した。ルノとセタが吃驚びっくりした顔でソヨゴを見ている。ヤマトは周囲の喧騒が元に戻るのを待って、小さめの声で答えた。

「……エアショット、だっけ? それと、トルネードって魔法のふたつだけ……」

「明日、俺もついて行くぞ」

 よくやったな、そんな笑顔でソヨゴは頷いた。ツゲはソヨゴの驚きっぷりがよほどツボに入ったのか、先ほどから一人で笑いを堪えている。

「おーし、そうと決まったら一旦お開きにするかねえ。明日は早いしな」

 クツクツと笑いながら、ツゲが立ち上がった。カウンターに寄ってさっさと支払いを済ませるツゲに、ご馳走様でした、と頭を下げるヤマト達。


「いいってことよ。その分、明日じいさんのド肝を抜いてやってくれ。楽しみにしてる」

 ツゲは、ニヤリと悪戯小僧の笑みを浮かべた。

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