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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第一章 スーサの町

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15話 内なる光

「さて、まずはきちんと自己紹介をしようかのう。儂はナガテ、このギルドのマスターじゃ」


 ギルドの奥の一室で腰を落ち着けた一行に、老人が微笑みを浮かべて語りかけた。ヤマトは石造りの見慣れない部屋に気を奪われていたが、慌てて注意を戻した。ギルドマスターだと名乗ったナガテは、今やすっかり人の良い好々爺に見える。

「そして、受付のアオイじゃ。儂の孫での、お主たち三人はこの娘の専属とする。なに、難しいことはない。ギルドに来たらアオイを頼ってくれたらええ」


「アオイです。よろしくね」

 専属、という言葉にビクリと眉を動かしつつも、アオイは立ち上がってお辞儀をした。肩口から艶やかな黒髪が一斉に前にこぼれ、寸分の違いもなくまた肩口へ戻った。綺麗な顔立ちには優しげな表情が浮かんでいる。ツゲは何か言いたそうだったが、ナガテの視線で踏みとどまったようだ。

 ヤマト達は次々に挨拶をし、最後にセタが

「よろしくねっ!」

 と挨拶をし、その直後に、きゅるるる、とお腹を鳴らした。

 ヤマトは、真っ赤になって縮こまるセタの足をテーブルの下でポンポンと叩いて慰めながら、空腹で自分の腹も鳴りそうなことに気が付いた。


「かっかっかっ――儂らも昼はまだじゃ。一緒にここで食べるとしようか。アオイ、何か手配せい」

「はい、ギルドマスター」

 アオイはスッと立ち上がり、戸口に向かいかけて振り返った。そして、優しくセタに尋ねた。

「セタちゃんは何か食べたいものある?」


「え……」

 困った顔でもじもじするセタ。ちらっとツゲを見てから、上目使いでアオイに言った。

「……んとね、セタ、ツゲのおじちゃんにお店でご馳走してもらう約束してるの」


 ツゲが大笑いして隣に座っていたヤマトの肩をバシン、と叩いた。

「あはは、嬢ちゃんは偉いなあ。ご馳走するのは夜に延期するから、ここはじいさんのおごりでガツンと食べちゃっていいぞ――そうだなあ、おじちゃんはマッドブルの極上霜降りステーキが食べたいなー」

「おい、坊主――」

「……セタもそれ、食べてみたい……」

 蚊の鳴くようなセタの声に、ぎゅう、とヤマトのお腹が鳴る音が重なった。クスクス笑い出すアオイとルノ。

「ほーら見ろ、じいさん。悋気はよくない。じゃ、アオイも同じでいいだろ? ぱぱっと人数分持ってきちゃって」

 アオイはナガテに目で確認を取り、苦虫を噛み潰したような了解を得ると、満面の笑みを浮かべて早足で退出していった。



 昼食が運ばれてくると、漂っていた微妙な雰囲気は吹き飛び、場は一転して明るく陽気な空気に満たされた。

 実際、ヤマトはこんなに美味しい料理を食べたことがなかった。分厚く切り分けられた肉汁たっぷりのステーキは口の中に入れた瞬間にとろけ、何ともいえない幸福感でヤマトを満たした。ルノも目を丸くして食べている。セタは大はしゃぎで、口の周りがベトベトだ。

「ほいひーねっ! ルノ姉ちゃん!」

「うーん、いつ食べてもこれサイコーだわ。なあ、アオイ?」

「滅多に食べれませんからね。うふふ、"マスター"、ありがとうございます」


「年寄りには油っこくて、こんなに食えんわい」

 ナガテは全く口をつけていない肉を、皿ごとセタの前に押し出した。

「え、もうお腹いっぱいなの?」

「ふふ、おじいちゃんも素直じゃないんだから。セタちゃん、遠慮なく召し上がって。セタちゃんがあんまり美味しそうに食べるから、おじいちゃんはそれだけで満足なのよ」

 余計な事を言うんじゃない、ナガテはそんな目でアオイをにらんだ。そうか、孫って言ってたっけ、ヤマトはひとりごちた。テーブルの向こうでは、素知らぬ顔をしているアオイを見てツゲが苦笑している。

「ありがと、おじいちゃん! セタ、一生懸命おいしそうに食べるねっ!」

「セタ、本当においしいんだから、普通に食べればいいのよ?」

 ルノがセタの口を拭いながら、ナガテに目礼をした。

「いや、アオイの言うのが本当じゃな。ルノといったか、お主ももうちょっと食べるか?」

「私はこれでも充分すぎるぐらいです。ありがとうございます」


 ナガテはそう言うルノをしばらく見詰め、おもむろに口を開いた。

「さっきはすまんかったの。いたずらにお主に注目を集めてしもうた」

 ナガテはルノに深々と頭を下げた。

「いや、食べながら聞いてくれればよい。何を隠そう、儂のこの傷は」――ナガテはローブの首元を少しはだけ、首筋から胸元へ横切る傷をちらりと見せた――「お主のひいおばあさんに癒してもらったものじゃ」

 一同がぎょっとしてナガテに視線を集めた。ナガテは、食事中に見苦しいものを見せてすまんかった、と前置きして、淡々と語り始めた。


 かれこれ四十年ほど前のこと、ナガテは魔物との戦いで瀕死の大怪我を負ったことがあった。一瞬の油断が仇となり、横から首を切り裂かれたのである。血飛沫をまき散らしながらナガテは崩れ落ち、共に戦っていた仲間たちは一目見て彼の死を覚悟したという。

 マレビトにも治癒魔法はあるが、治癒とは名ばかりで止血や現状維持の効果しかない。多少の怪我や病なら誤魔化しながら時を稼ぎ、順調な回復へと繋げることができるが、ナガテが負ったような派手な怪我には対処のしようがないのが実情だった。


 だが、仲間たちは諦めず、治癒魔法をかけ続けながらスーサへと連れ帰ってくれた。仲間たちは、ちょうどスーサに癒しの手を持つ精霊の巫女が人知れず滞在していることを知っていたのだ。


 精霊の巫女――それはマレビト達が密かにささやく、実在する伝説。元々この地に暮らしていた原初の民の中には、古来よりこの地に存在する八百万の神や精霊に仕え、神秘的な力を持つ巫女が存在するという。実際、町の歴史にも幾人か登場し、魔法を使うこの町のマレビト達から見ても規格外の力を持っていたと記録されている。中でもクシナダと呼ばれる一族の巫女は、精霊の力を輝く手に宿し、奇跡としか言いようのない本物の治癒を行うらしいと事情通の間では有名だった。


 そのクシナダの巫女がこっそり町に居るという。滅多な事では治癒を行わない精霊の巫女に対して、仲間たちは必死に懇願した。溜息と共に治癒を承諾した深野みのという名の巫女は、癒しの手でナガテの傷を治し、謝礼も受け取らずそのまま町を立ち去った。ナガテの脳裏には妙に寂しそうなその後ろ姿が未だに残っている。


「お主はその時の巫女に生き写しじゃ。困ったことがあれば何でも言ってくれ。出来る限り力になろう――しかし、儂らマレビトは精霊とはあまり縁がないというのに、生きているうちに二回も精霊の巫女に出会えるとはのう」

 ナガテは感慨深げに、ふうう、と息をついた。ヤマトがルノに視線を移すと、テーブルに乗り出すように話を聞いていたルノが、遠くを見るような眼差しで椅子に背を預けるところだった。

 訪れた束の間の沈黙に、ふた皿目のステーキをちょうど食べ終えたセタが話に入ってきた。セタの育ったふもとの村では、精霊の巫女について、ここスーサよりはかなり身近な存在として語られているという。

「精霊の巫女様ってね、とっても偉いんだけど、いい事してると時々会えるんだって。おじいちゃんは二回も会えて良かったね……あれ、でもセタ、ルノ姉ちゃんとは毎日会ってる……?」

「ふふ、お嬢ちゃんはコシの民じゃな? 精霊たちはコシの守り神だからの、お姉ちゃんや精霊さまを大事にするんじゃぞ? しかし、お嬢ちゃんはまだ小さいのにコシの極意を体現しつつあるのう。立派なものじゃ、修業は大変だったろう?」

「コシのごくい? これのこと?」――セタは霊力の循環を始めた――「えへへ、凄いでしょ。これね、昨日ヤマト兄ちゃんに教えてもらったんだ」


「ほ? 昨日、じゃと?」


 ナガテがポカンと口を開き、ツゲが困ったような表情を浮かべて口を挟んだ。

「あー、じいさん、このヤマトは何つーか、東の森の千年樹の関係者っていうか、何つーかでな。普通のマレビトの常識ではちょと捉えきれないヤツなんだ」

「千年樹? 関係者?」

 ヤマトはどこか居心地が悪くなってテーブルに視線を落とした。急に自分に話の焦点が当たり、しかも自分ではピンと来ない話だったからだ。


「ま、ご存じのとおり俺の常識は捻じ曲がってるがな。後でじいさんにもう一度教わらなきゃ――って、そうだ、東の村のことでもじいさんに相談があるんだった。お前さん達、悪いけどその間、アオイに自由民登録をしてもらっといてくれ。ちょっと時間かかりそうだ」

 ヤマトの様子を察したのか、ツゲのさり気ない話題変更がヤマトにはありがたかった。それに、元々自由民の登録をしてもらいにギルドにやってきたのだ。

 アオイを見ると、笑顔で頷いている。お願いします、ヤマトはルノと視線を交わし、声を揃えて頭を下げた。


「ちょっと準備しちゃうね」

 アオイはそう言うと食べ終えたお皿を手早く片付け、部屋の外から何やら奇妙な箱を抱えて帰ってきた。細身の体が微かによろめいている。


「じゃじゃーん」

 そう言ってアオイは、真剣な顔で相談を始めたナガテとツゲから離れた場所にその箱をそっと置いた。

 赤銅色の鈍い輝きを放つその箱は、猫がちょうど入れるくらいの大きさで、上に大きな水晶球が据え付けられている。

 ヤマト達は箱を囲むように移動し、近くでまじまじと水晶球を眺めた。

 きれい――透明で混じりけのない水晶にルノがため息を漏らした。


「ね、向こう側が丸く見えるよっ!」

「ふふ、これで自由民の登録をするのよ。セタちゃん、その水晶に手を置いてみて」

「こう?」

 両手をペタリと載せるセタ。


 初めは何の変化もなかったが、やがて水晶球はぶうん、と低い唸りを発し始めた。陽の光をふんだんに浴びた新緑の木々を思い出させるような、そんな淡い輝きがセタの指の間から漏れ出ている。


「うわあ、あったかい……」

「うふふ、セタちゃんはコシの民だったわね。この光は内なる光と言って、触れた人本人を象徴している光らしいの。自然と共に生きるコシの人はこんな色に光ることが多いのよ? でも、ここまで強く鮮やかなのはちょっと珍しいけどね」

 アオイがセタの頭を撫でた。ありがとっ、セタが元気良く返事をしたのに合わせたように水晶は唸るのを止め、元どおりの透明な球に戻った。


「はい、これでおしまい。もうちょっとしたらカードを作ってあげるからね。次はルノさんがやってみる?」

「お願いします。何だかドキドキしますね」


 ルノが水晶に手を置くと、唸り音はセタの時と同じだったが、一拍置いて球は眩い光を放ち始めた。色は、深く積もった新雪の底に見られるような、限りなく透明に近い青。セタの時と違い、部屋全体を強烈に、しかしどこか優しく包み込むように照らしていく。


「おい!」

 ヤマト、アオイ、セタが揃って口をポカンと開けていると、ツゲとナガテが駆け寄ってきた。

「なんだこの光は? こんなの見たことも聞いたこともねーぞ?」

「これが精霊の巫女の内なる光、ということかの?」

「私も長年ギルドで受付をしてますが、これはさすがに……」

 目を細め、驚きを口にするスーサの住人三人。

 ヤマトが光から目をそらし、ルノの顔を見ると、ルノは瞳を閉じて恍惚ともいえる表情を浮かべていた。

「確かに暖かくて気持ちいいですね――」


 やがて光が消えると、そこには、あたかも神の奇跡に立ち会ってしまったような顔をしたスーサの住人三人と、何が起こったか良く理解できていない、ヤマトを含めた来訪者三人の姿があった。


「えと、何か問題でも?」

 おずおずと尋ねるルノに、アオイが慌てて首を振った。

「ごめんなさい、ちょっとびっくりしただけ。登録自体は問題なかったと思うわ――この水晶球、それはそれは魔力の強い、原初のマレビト達が皆で作った物だというし」


「ルノ姉ちゃんの光、きれいだったね!」

「うふふ、そうね。さすがは精霊の巫女さんね」

 驚きで未だ動きが止まっているナガテとツゲを傍目に、すごいすごい、とルノにまとわりつくセタ。アオイはそれを優しい眼で眺めながら、

「そういえば、ルノさんて、何の精霊の巫女なの?」

 と、唐突に尋ねた。


「あ、言いたくなかったら別にいいのよ? あんな綺麗な色だったし、ふと思っただけ」

「それは――」

 ちらりとヤマトを見るルノ。

「アオイ、精霊の巫女に余計な詮索はご法度じゃ」

 口ごもるルノにナガテが厳しい顔で助け船を出した。

 アオイはペロリと舌を出し、ごめんね、と目でルノに謝った。ルノはもう一度ヤマトを見、いつかお話しますね、と意味ありげにアオイに答えた。


「さ、じゃあ気を取り直して、ヤマト君の登録もしちゃおうか」

 勝ち誇ったような顔を一瞬だけナガテに向けたアオイが、パンパンと手を打った。ルノの登録の衝撃からは、もうすっかり立ち直っている。

 ナガテは盛大に鼻を鳴らし、ツゲと共に傍らの椅子に座り込んだ。ルノ達の登録の間に二人で何を話していたかヤマトには聞こえていなかったが、どうやらヤマトの登録は脇で見守るつもりらしい。一抹の不安を感じ、無事に終わりますように、とヤマトは水晶球に手を載せた。


 初めは何も起こらなかった。

 そして、ヤマトが訝しく思い始めた時、それは起こった。


 ブオオオオオン!

 水晶球から、腹の底が揺さぶられるような轟音が発せられた。次いで、ヤマトの目が光の奔流に焼かれた。痛みはないが、しばらく何も見えそうにない。水晶球に手を置いたままヤマトが狼狽えていると、急に水晶の中へ意識が引っ張り込まれた。体の全ての感覚が真っ白な光の世界に包まれていく

――。


 ヤマトの意識は薄れゆき、やがて消えた。

 そして、ギルドは大混乱に陥っていた。

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