14話 初めてのスーサ、初めてのギルド
スーサの町――。
初代のマレビト数人が西方からカヤ族を引き連れ、築き上げた異色の町。
現在の人口は一万を超えるといわれ、独自の文化を持ち、類を見ない発展を遂げた"鋼の都"。
そのスーサの町が、丘を駆け下りるヤマト達の眼前に広がっていた。
巨大な石組みの城壁の上にはトンビが悠然と舞い、その向こうには昼食時だからだろうか、白煙が幾筋もたなびいている。家々は漆喰の白壁に素焼きの瓦を背負い、町の奥へと緩やかに登る小道でいくつにも区切られている。そして、その小道に色とりどりの服を着た人が行き交っているのが、この距離でもはっきりと分かる。
粗末な茅葺きの集落を村として慣れ親しんできたヤマト達には衝撃の光景だった。
そして、近づくにつれ城壁の大きさに圧倒され、徐々に足が止まっていった。
「おーい、そんなに走るなってば」
三人が丘を降り切り、口をポカンと開けて城壁を見上げていると、ようやくツゲと荷車を曳くブータローが追い付いてきた。
「すごい城壁だろ? これは昔のマレビト達が魔法で作ったんだぜ」
組み上げられた巨大な石垣には隙間という物がなく、そり返るようにそびえ立っている。
勝負だー、と叫ぶなりセタが身体強化を使ってよじ登っていったが、三分の一も行かずにずり落ちてきた。悔しそうにもう一度挑戦するセタ。
「がはは、ひと季節に何回か魔物どもが押し寄せてくるがな、こいつを超えられるのは一握りだけだ。それより、そんなことしてると――」
「何をしているッ!――って、ツゲさんじゃないですか」
城壁の上から衛兵と思しき人影が顔を出し、手を振ってきた。一行は導かれるまま城門へ移動し、開け放たれた鉄製の大扉の脇の詰所へ入った。
「おかえりなさい、例の件は無事完了ですか?」
手を振った衛兵が出迎えてくれた。近くで見るとマレビトだろうか、黒眼黒髪のうら若い青年だった。要所が鈍く輝く鉄で補強された革鎧で身を固めている。
「おう、だが別件で面倒なことがあってな――ミヤマ、こいつらはヤマト、ルノ、セタだ。俺とソヨゴで面倒をみる」
ツゲはミヤマという衛兵に三人を引き合わせた。
「おお、羨ましいですね! 僕はミヤマ、町勤めの衛兵だよ。三人ともよろしく」
三人が挨拶を返すと、ミヤマはヤマトの陰に半分隠れるようにしていたルノを見て動きを止めた。子供っぽさが残る起伏の少ない顔が驚きに固まっている。
「うわ、こりゃ凄い美人さん――」
「ゴホン。この三人は俺が面倒をみてんだ。繰り返し言わせんな」
ギロリと睨むツゲ。ルノは顔を真っ赤にして、ますますヤマトの後ろに引っ込んだ。
「あいや、ち、違うんです。僕にはイオリって婚約者もいて――彼女はそりゃもう綺麗で毎日僕はメロメロで――」
「お、ツゲ、帰ったか」
両手を揉み絞って必死に弁解を試みるミヤマの向こうから、ツゲと同じぐらい大柄な男が入ってきた。短髪のごま塩頭をした初老の男で、背筋はピンと伸び、がっしりとした顎が意思の強さを物語っていた。ミヤマと似たような装備をしているが、段違いの威圧感を放っている。
「ミヤマ、小便なら行って来い。で、どうだった?」
それも違うんです隊長ー、と哀れに叫ぶミヤマをチラリと見遣り、ツゲは新参の男と話し始めた。
「向こうの村長の了解は取りつけたが――ゴブリンの襲撃があった。あの数、どこかに巣があるな。ウツギ、こっちも気を付けろ」
ウツギと呼ばれた男は、ほう、と唸った。
「ツゲ、その話、ギルドには?」
「これからだ、隊長さん」
そう言ってツゲはヤマト達を紹介した。
「この先、ここの衛兵さん達には世話になることも多い。きちんと挨拶しときな」
三人は緊張しながらもウツギと言葉を交わし、詰所を後にした。
城門の詰所を出るなり、ツゲが思い出し笑いを始めた。
「くく、ミヤマの奴、ちょっと可哀想だったな」
見知らぬ大人相手に縮こまっていたセタが、勢いを取り戻してルノの前に走り込んだ。
「ね、ルノ姉ちゃんのこと美人だって! きゃはは」
ルノが褒められて嬉しかったのか、ルノの手を取ってぐるぐると回り出した。
「まあな、俺もルノは美人だと思うぞ」
「……もう、ツゲさんまで……」
ルノはまた顔を赤くして、ちらっと上目使いでヤマトの顔を覗った。さらさらの白金色の髪が上気した顔を縁取ってきらきらと輝き、目元がしっとりと艶めいている。ヤマトは恥ずかしくなって視線を逸らした。
「あはは、それはそうと、メシの前にギルドに寄ってもいいか? 村を襲ったゴブリンの話を先にしないとな」
「ギルドって自由民のあのギルド? 行く、行くっ!」
「おう、おじちゃんが話をしている間に、みんな登録を済ませちゃえ。じきにしなきゃいけないしな」
ツゲが言うには、ギルドの登録に年齢制限はないらしい。ヤマトもルノも十二歳と成人には達しているが、セタは八歳、ふもとの村の常識ではとても戦闘に出れる年齢ではない。が、そこは魔法を使うマレビトが作ったギルド。魔法が使えればそれだけで戦力になるので、年齢での登録制限という概念は一切ないとのこと。実際、セタより幼い子供でもかなりの数が登録しているらしい。
ヤマト達はギルド目指して歩きながら、半分だけツゲの説明を聞き、残りの半分は町の様子に気を奪われていた。
まず、建物の数が多い。道の両脇にびっちり並んでいて、ひとつひとつが白い漆喰で壁を仕上げてあり、実に豪華に感じられた。
そして、人の数も多かった。ほとんどが黒眼黒髪で、ふもとの村の大人より背が低い人が多いものの、皆が皆、綺麗な布の服を身にまとっている。そんな人々が次々に道を行き交い、露店を冷やかし、大声で交渉を続けていた。ヤマトはあまりの喧騒に目が回りそうで、ぴったりと寄り添うように歩くルノの手をしっかり握って進んで行った。セタはいつの間にかツゲに肩車をしてもらい、上機嫌ではしゃいでいる。
ツゲに色々と説明してもらいながら町の奥へ歩いていくと、徐々に鎧や兜を装備した人が目につくようになってきた。
「――の時とかに使うといい。で、ほら、そんなこと喋ってるうちにギルドが見えてきた」
ツゲが指さす先に、一際目立つ石造りの大きな建物があった。
ギルド。
スーサの町の開拓と同時に設立された、町の象徴ともいえる施設。町を開拓した初代のマレビト達が一番力を注いだと言われているこの施設は、今日に至っても町の防衛の中心的役割を担い、また、町の経済の発展にも一役買っている。城壁と同様、高度な魔法で組み上げられた堅牢な石造りとなっていて、見た目の上でも周囲の白壁の民家とは一線を画していた。スレート葺きの大屋根の中央には、誇らしげに尖塔がそびえ立っている。
ツゲはギルドの玄関前でセタを肩から降ろすと、脇で荷車を曳いてきたブータローの頭をひと撫でし、無頓着に両開きのスイングドアを押し開けて中に入って行った。残された三人も慌てて後を追う。
ギルドの中は静かで、人もまばらにしかいなかった。清潔感あふれる広いロビーの奥はカウンターで仕切られ、その中では揃いの服を着た職員達が忙しそうに動き回っている。
ツゲはずんずんとカウンターの中央へと進み、
「よお、アオイ、戻ったぜ。じいさんいるかい?」
ニコリ、と受付の女性に笑いかけた。アオイと呼ばれた受付嬢はツゲを見るなり弾かれたように立ち上がり、カウンターに身を乗り出すようにしてツゲを迎え入れた。肩口で切り揃えられた黒髪がふわりと揺れ、彫りは浅いながらも整った顔にはあけっぴろげな笑みが浮かんでいる。
「おかえりなさい、無事で何よりです! さあ、中へ中へ」
アオイの案内で、一行はカウンターを回り込むようにして奥のテーブルへと進んだ。
「すぐにギルドマスターを呼んできます! 座っててくださいね」
ツゲは、テーブルと椅子に慣れないヤマト達に手本を見せるように、どっかりと椅子に座り込んだ。ヤマトはおずおずとツゲの隣の椅子に座り、ルノとセタもそれに倣った。
「そうそう、登録の時に色々聞かれるかもしれんが、適当でいいからな。意味が分からなきゃ、とりあえずハイって答えとけ――」
「こら、子供に変なことを教えるでない」
一同の後ろに、いつの間にか小柄な老人が立っていた。その老人はヤマトの気配探知に一切引っかからず、まさしく忽然と現れたように感じられた。只者ではない、ヤマトは直感した。分厚いローブをまとって幾分背を丸めているが、眼は炯々と周囲を射抜き、佇まいに隙がない。うなじから首筋を横切り、痩せた胸元へ消える古傷が嫌でも目に付き、過去の激戦を物語っている。
咄嗟に身を固め、無意識のうちに体内の霊力の循環を活性化させるヤマト。が、老人はそんなヤマトを一瞥し、ほう、と呟いてくしゃくしゃとヤマトの頭を撫でた。
「よお、じいさん、相変わらず暇そうだな。出て来るの早すぎだろ」
「顔を見るなりそれか。少しは年寄りを敬え、この腕白坊主が」
腕白坊主――ツゲのあまりの言われっぷりに、セタがププッと吹き出した。
「おじちゃんなのに腕白? ヘンなの――」
皆の視線がセタに集まって場の空気が和む中、老人はじっとセタを見詰め、ほう、と再び呟いた。
「のおツゲよ、お主が連れとるお客人達を紹介してくれんか。こんなに年端も行かぬというのに――」
ガタン。
老人が手にした杖を落とした。その視線はルノの上でピタリと止まっている。
「いや、まさか。しかし――」
老人はルノに視線を留めたままゆっくりと杖を拾い、ルノに向かって流れるように一歩踏み出した。
「お嬢さん、深野という名に心当たりはお有りか?」
「……ひいおばあさんがその名前だったと聞いています」
ルノは老人の食い入るような視線を正面から受け止め、静かに答えた。
老人の瞳は一瞬大きく開き、やや掠れた声で畳み掛けるように問いを重ねた。
「では、クシナダという言葉は?」
「ひいおばあさんの頃まで、私の一族はそう呼ばれていたと」
臆することなく堂々と答えるルノ。
「ならば、お主は……」
老人は言い淀み、ひとつ息を吸った後、一気に言い放った。
「お主は、精霊の巫女か?」
精霊の巫女、老人が発したその一言に、ざわついていたギルドの中が水を打ったように静かになった。
「はい」――静寂の中に、凛としたルノの声が響いた――「まだ未熟ではありますが」
一拍置いた後、ギルドは喧騒に包まれた。ツゲが椅子から飛び上がってルノに詰め寄る。
「おいっ、おま、精霊の巫女だなんて一言も」
「お会いした時はそうではなかったのですが、その後――。打ち明ける機会を探してはいたのですが」
「ルノ姉ちゃんっ、凄いっ!」
セタはルノに抱きつき、全身で喜びを表している。
「……ねえ……精霊の巫女って……そんなに?」
「いいえ」
喧騒の中、セタの頭越しに小声で尋ねるヤマトに、ルノはニッコリと微笑んだ。
「皆さんちょっと大袈裟です。これまでどおり、普通でお願いします」
「えい、静まれ!」
老人の大喝がギルドにこだまし、喧騒はまばらなざわめきへと戻った。
「ふう。お客人達よ、別室で話した方が良さそうじゃ。ボンクラ坊主と……アオイ、お主もついて来い」
ヤマト達四人と受付嬢は、老人に引っ張られるように奥の扉に入っていった。




