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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森

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10話 四人旅

 セタはルノが差し出した雉の肉を無言で受け取り、表情を変えずにむしゃむしゃと食べた。


「美味しい?」

 ルノが優しく聞いても、ジロリと睨むだけで返事をしない。食べ終わったのを見届けたルノがそっと水筒を差し出すと、ひったくるように受け取り、じっとルノを睨み付けた。しばらく強い視線を保っていたが、徐々に顔が崩れ、やがて――


「ルノ姉ちゃんの、ばかーーーー!」

 大声で泣き出した。ルノの胸に顔を埋めてポカポカと殴るセタを、ルノはそっと抱きしめて優しく頭を撫でる。ヤマトは見詰めるばかりだ。


「ついてきちゃったの?」

 徐々に落ち着いてきたセタと目を合わせ、ルノが聞いた。コクリと頷くセタ。

「誰にも相談しないで、一人で勝手に来ちゃったのは、悪いことだよ?」

「だって、ひっく、だって……」


「なあ、嬢ちゃん」

 ツゲが大きな体に似合わぬ優しい声で言った。

「俺は、嬢ちゃんが一緒に来ても良いと思ってるぜ」


 全員の目がツゲに集まった。


「せっかくここまで来たんだし、おじちゃんには村長さんとした約束もあって、ここから引き返してる時間もない。だから、このまま一緒に来ればいいと、おじちゃんは思う」


 セタは小さく息を呑み、ちらっとルノとヤマトを見た。


「それでな、町でどうするかはヤマトとルノに決めて貰うとして、その前に、ルノが言うとおり、黙って来たのはいけないことだ。今頃パピリカは心配しているぞ?」

 セタは眉をきゅっと寄せ、ルノを掴む手にぎゅっと力を入れた。


「それでな、おじちゃんは町に着いた後、向こうでの用事を済ませたら、また村に戻る。その時、嬢ちゃんも一緒に連れて行こうと思う。もし嬢ちゃんが町で二人と一緒に暮らすことになっていても、だ。そして、その時パピリカにきちんと謝ること、これがおじちゃんの条件だ」


 ツゲの条件に素直にコクリと頷くセタを見て、ヤマトはほっと胸を撫で下ろした。ツゲの言うことは筋が通っていて納得できる。さすが、と思った。自分が原因で二人に迷惑をかけると思っているのか、ルノが申し訳なさそうな目をしているので、ヤマトはニッコリ笑って雉をもうひと切れ、セタに手渡した。

「……ほら、元気出して」


 食事を終え、ブータローを荷車に繋ぐと一行は再び歩き始めた。

 初めはおとなしかったセタも徐々にいつもの元気を取り戻し、今はブータローにちょっかいを出している。ルノは少し遅れ、荷車の後ろからそれを眺めて溜息をついている。そんなルノを見たツゲは自分も最後尾に下がり、ひょいっと耳打ちした。


「ま、あれだ。気にすんなって」

 ルノは返事をせず、ちらりとツゲを見遣った後は視線を落とし、そのまま歩き続けた。ヤマトは二人の様子に気付き、歩く速度を落として二人に並んだ。ツゲはヤマトを見、声を低めたまま言葉を継いだ。


「さっきは言わなかったけど、パピリカにも了解は取ってあるぜ」

 パピリカとツゲが出発前にコソコソと話をしている光景がヤマトの脳裏に浮かんだ。

 ――あの時? ヤマトがルノを見ると、ルノの目にも理解の光が浮かんでいる。


「旅は道連れってな。大勢の方が楽しいだろ?」

「そういう問題では――」

「でさ、俺から一つ提案があるんだが」

 ツゲが真剣な目をしてルノの言葉を遮った。

「今朝、ヤマトとルノを俺がみっちり仕込んで、ソヨゴのところの二人とどっちが上に行くか勝負したら楽しそうって話をしたろ? あれからそれが妙に気になっちまってなあ」

 ニヤリと笑うツゲ。無精髭を生やした大男を、少年のように見せる笑みだった。

「ヤマトはソヨゴのところで世話になるって話だけどよ、どうだ、ルノとセタは俺のところに来ないか?」

「えええ? でも私は――」

「まあ、住むのはヤマトと一緒にソヨゴのところでもいいや。でもよ、ヤマトは自由民としてギルドで依頼をこなして稼いでいくつもりなんだろ? ルノ達はその間どうしてる? 俺のところでちょいと手ほどきを受ければ、じきに一緒に依頼を受けれるようになれるぞ?」

 どうだ、と言わんばかりにニコニコ笑うツゲに、ええええ?と戸惑うルノ。少し頬を赤らめたその顔は満更でもなさそうだ。


 ヤマトはツゲの話を聞いて、自分がギルドで依頼を受けている間にルノがどう過ごすのか、すっかり考えていなかったことに気が付いた。スーサの町ではルノに対する差別はないとのことだったが、それでも依頼の間、知らない町に一人置いていかれるのは心細いだろう。そう考えると二人で依頼を受け、一緒に行動するのが安心なのかもしれない。ただ、狩りや戦いのあれこれについて、喋るのが苦手な自分が上手にルノに教えられるかというと全く自信がない。闊達で経験豊富なツゲが教えてくれるというのは、ヤマトにとってもありがたいことだった。


「パピリカにはここまでの話はしてないんだがよ、こうすりゃセタもルノから離れなくても済むしな。ま、返事は今じゃなくてもいい。ルノはともかく、セタについてはパピリカにも話を通さないとダメだし」

 ゆっくり考えていいぞ、そう言ってツゲは足を少し速め、ブータローにしきりと話しかけてはキャッキャッと喜んでいるセタにふらふらと近付いていった。


 ヤマトにはその背中がとても大きく感じられた。ツゲは一人ひとりのことを先まで考え、状況を調整していってくれる。今のヤマトには出来ていないことだった。何より、ルノの事を引き受けたのは自分なのに、そのルノの事さえしっかりと考えていなかったのだ。ツゲに感謝すると共に、見習いたい、と思った。

「なんか……色々と、ありがとう」

 ヤマトはツゲの背中に頭を下げた。



 三人のやり取りはそっちのけで、セタは飽きもせずにブータローに絡んでいた。ツゲは一定の距離で見守ることにしたようだ。

「ね、ね、ブータロー? しっぽ触ってもいい?」

 ブヒッとひと声、速度を上げて逃げようとするブータロー。

「ねえってばー。って、よしっ! 触っちゃったもんねー。えへへ」

「ほら、セタ、ブータローが嫌がってるでしょ」

 ルノが呆れ声でたしなめる。

「そうだぞ。ブータローはな、こう見えても誇り高き魔獣だぞ? 怒ったら嬢ちゃんなんか一口で――ガブリだっ!」

「ひゃっ?」

 ツゲが冷たい手でセタの首筋をピタッと触ると、セタが脱兎のごとく逃げ出した。そのあまりの慌てぶりにようやくルノも笑みを浮かべ、一人増えた旅路はまた和気あいあいとしたものに戻っていった。




 夕方、一行は林の手前、大岩の陰で野宿をすることにした。

 草原が終わり、疎らな木立が林へと変わり始めるその場所にはいくつかの大岩が転がり、ふもとの村とスーサの町を行き来する商人や旅人達のお決まりの野宿場所となっていた。裸の地面にはたき火の跡や石を積んだかまどが点在している。


「ここにしようよっ!」

 大岩の間に真っ先に駆け込んだセタが、岩場の奥で飛び跳ねた。二つの大岩に背と脇を守られ、悪くはない空間だった。

「おう、そこなら安全そうだな」

「風も……来なそう」

 先人達にも選ばれているようで、具合の良い位置に石のかまども作られている。

「でしょ、でしょー」

「よーし、場所はここに決定! 嬢ちゃんはルノと焚き木を集めておいてくれ。ひと晩分だからな、たくさん頼むぞ。その間に俺とヤマトで何か晩飯を狩ってくる」


 はーい、とセタが良い返事をして、ルノの手を引いて岩場から姿を消した。ヤマトとツゲはブータローから荷車を外し、獲物を探しに草原に分け入っていった。


「な、ヤマト、お前さんがどれぐらい戦えるか、教えてもらっといていいか?」

 岩場から少し離れた辺りで、ツゲが足を止めて尋ねた

「心配してたゴブリンの集団にはこれまで出くわさなかったけどよ、この先は奴らよりちょっとばかり強い魔物が出てくる可能性が高い。俺としてもお前さんがどれだけ戦えるか知っときたいんだ」

 足手まといの心配はしてねーけどな、そう言って笑うツゲの目は、いつになく真剣だった。


「どうすれば……いい?」

 ヤマトも真剣に答えた。おそらくツゲは強い。村を襲った悪鬼――マレビト流に言うとゴブリン――はほとんどツゲ一人で片付けたようだし、ツゲがソヨゴと同じぐらいの強さだとすれば、ヤマトは足元にすら及ばない。そんな相手が旅の道連れの戦力を知りたいという。それなりに信頼はしてくれているようだが、ここは手加減をする場面ではない。

 思いっきり、やる――ヤマトはそう心に決めた。


「そーだなあ、そういえば魔法を使ってたっけ。どんなのが使えるか、ちょっとやってみてくれ」

 ヤマトはこくりと頷き、魔力を取り込み即座に風の固まりとして放った。


「え? ちょっと、おま――」


 二十歩ほど先の草むらが地面ごと吹き飛び、そこから次々と前後左右の地面が弾け飛んでいく。


「は? えええ??」


 微妙な声を漏らすツゲを傍目に、ヤマトは放出する魔力に霊力をがっちりとねじ込んだ。朝、タシロに向けて放った魔法だ。

 すぐさま周囲を暴風が取り巻き、朝と同じく竜巻を形づくる。ただ、今回は二回目、朝は出来なかったが今回は竜巻をある程度操作できるようだ。ヤマトは大きな円を描くように竜巻を動かすと、そこで魔法を止め、竜巻を解放した。


 しっかり上達してきている――ヤマトとしては満足だったが、ツゲの評価が気になってその姿を探した。

 ツゲはいつの間にか後ずさったようで、五歩ほど後ろに立っていた。


「ちょ、ヤマト、今の何だよっ?」

 ヤマトの視線を受けたツゲは、慌てたようにまくし立てた。


「……ら、羅刹風魔弾……最後のは、まだ名前付けてない……」















「ら、らせつ? え、えーと、いわゆるフツーに言うとエアショットって魔法だよな?」

「…………」

 ヤマトはそんなシンプルな名前があったことは知らず、わざわざ大仰な名前を付けていた自分が恥ずかしくて小さく頷いた。風属性の一般的な魔法のようで、使うマレビトは少なくないらしい。


「えー、呼び方はいいとして、何ていうか、ありゃ色々とおかしい。あ、悪い意味じゃないからな」

 ツゲは脱力気味に首を振り、言葉を続けた。

「まず、発動時間が短すぎる。エアショットとはいえ、あんなに素早く打てるのは明らかにおかしい」


 確かにそれはヤマトも薄々感じていたことだった。メレネの教えではもっと時間がかかるものだった筈だ。

「次に、あの連射は何だ? 魔法ってもんは、もっとこうじっくりと練り上げてから、一撃必殺ってカンジでズバンっと放つもんだろ」

 ツゲがため息混じりに言う。

「まあ、最後のトルネードは――朝に使った中級クラスはコレか? こいつはお前の年で使える魔法じゃないってことを除けば――普通に良かった。エアショットも、連射の割には一撃の威力もしっかりあるようだしな。どっちも素早い相手には向かないが、ノロい相手だったら充分使えるだろうよ。あれだけ魔法を打ってまだ余裕がありそうなのも良いな」


 ヤマトは、誉められたのかどうかよく分からなかったが、合格点は貰えたようでほっとひと安心だった。


「ま、弓の腕も確かだし、遠距離攻撃は充分以上だ。てか、常識外れに近いんだが、無理はしていないみたいだし、俺がとやかく言うことじゃないな。で、次は近接戦闘を――って言いたいところだけど、あんまり長い時間嬢ちゃん達を放っておく訳にもいかねーから、今日はここまでにしとくか」

 ツゲはそう言って、少し先の茂みから大きな野兎を拾い上げた。どうやらヤマトの魔法に巻き込まれたらしい。ニカッと笑いながら本来の目的に立ち戻った。

「今のとこ、戦いになったらヤマトは後衛を頼むわ。俺が敵に突っ込んでいくから、ヤマトは後ろから魔法なり弓なり、俺から遠いヤツから順に狙っていってくれりゃいい。近いヤツは俺が倒しちまう、そんな作戦で行こう」


 とりあえずの確認は取れたけど、やっぱりおかしいよな……ツゲのそんな呟きはヤマトには届いていなかった。



 夕闇の中、二人が岩場に戻ると、焚き火が赤々と燃えていた。

「遅いよー」

「おかえりなさい。大丈夫でしたか?」

 心配顔のルノと若干ふくれっ面のセタが出迎えてくれた。ブータローは火のそばでごろんと寝そべっている。


「おう、ただいま。獲物はこいつ――って、俺が魔法で火を点けようと思ってたんだが?」

「セタが私に火の付け方を教えてくれがてら、点けちゃいました」

 ルノが振り返ってセタに微笑むと、セタは途端に機嫌を直した。

「ルノ姉ちゃんにはね、セタが何でも教えてあげるから!」

「ふふ、ありがとね。でも、火を熾すのって、やってみると本当に面白いですね」


 和やかな雰囲気の中でヤマトが野兎を捌き、そのまま賑やかな食事となった。食べ終わると早くもセタは眠そうにしている。

「セタ……このマント貸してあげるから……こっちで寝て」

 ヤマトが着ていた獣皮のマントを渡すと、セタはあくびをしながら受け取り、ごにょごにょと呟いて寝る体勢に入った。

「おう、ブータローがいるから寝ずの番はいらねーぞ? 二人とも今日は歩いて疲れたろ。安心してしっかり休みな」

 ブータローには睡眠は不要で、その上ある程度の気配察知も出来るとあって、こういった場面ではいつも任せているようだ。すごいだろ?、と得意げなツゲ。そして、ごそごそと寝支度を始めた。本当に寝てしまうようだ。ヤマトはブータローの頭を撫で、よろしくね、と頼んだ。


 周囲にはいつの間にか夜の帳が下りていた。一行を取り囲むように大岩がそびえ、一番大きな出入り口は荷車で塞いである。焚き火がパチパチと燃え、さほどの寒さはない。時折ブータローが焚き木を咥え、火に追加してくれる――獣とは思えない賢さだった。

 今日も色々あったけど、楽しかったな……ヤマトは思い思いの姿勢で眠りに入る仲間達を眺め、やがて自分も眠りについた。

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