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今昔人妖雑記帳【少年と守神】  作者: 蒼すだま
辻山編 ―ここに妖ありけり―
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五話「なまえ」


***五話「なまえ」***



気が張っていて忘れていたが、体中が痛い。痛いったら痛い。

無事だったが結構な強さで地面に叩きつけられたし、青あざが出来ているに違いない。

あとで湿布を貼ろうと心に決め、戸を開いた。

そして今日は珍しく御出迎え付きだ。


「ただいまー」

「弓月、おかえり。話があるから、ちょっとおいで」


しかしいつもと違うおじさんとおばさんの様子に、弓月は怪訝そうな顔をしながらもついて行き、

一番広い座敷の部屋で向かい合って座った。その妙に張りつめた雰囲気に知らず知らずぴんと背筋が伸びる。

おばさんがそっと話を切り出した。


「見えるようになったのね」


何が見えるようになったのかいまいち分らず首を傾げたが、

すぐに霊的なものの事だと気付き、うんと頷く。

でも何故わかったのだろう、そう思って首をかしげていると、

おばさんがおもむろに立ち上がって引出しから白い箱を取り出し、そっとふたを開けると、

中には不思議な形をした首飾りが入っていた。

弓月は目を瞠った。

黄土色の金属のような丸い輪の中心に、朱色の石がぶらさがる、見覚えのある首飾り。


――夢で出てきた首飾りとそっくりだ…!


「この朱色の珠はお前の霊力の半分だよ」

「僕の…?」

「お前に話さなければならないことがある」


おじさんは静かに話し始めた。


「弓月も含め私たちは花鏡村という村に住んでいたのだ。その村は特殊でな、村の者ほぼ全てが普通の人以上の霊力を持っていて、

神の加護を受けて力を借り、まじないや祈祷など色々な事を行っていた。しかしある日強力な怨霊が村を襲って…。

……お前の父はその悪霊によって殺されたんだ。…母も傷つけられ呪詛を負った。…お前を身籠っている時だった。

お前を生んで少しして亡くなられたよ。そして、弓月、お前は呪詛から身を守るために莫大なな霊力をその身に宿し、生まれてきた」

「…!」


弓月は驚愕の眼でおじさんを凝視した。


「その強すぎる霊力はすぐに良きものも、悪しきものも…呼びよせてしまう。只でさえ霊力の高いものが集まる村だ。狙ってくる者は沢山いた。

昔強力な悪鬼が村を襲い、壊滅的被害を受けたこともあった…

だから村とお前を守るため、お前の霊力を半分を珠に封じ、残りの半分も封印し…そしてこの霊白村にやってきた、というわけだ」

「……。」


カチコチと時計の音がやけに大きく聞こえる。


「隠していてすまなかった。もしもお前の霊力が戻ることがあったなら、その時に言おうと思っていたんだ」


おじさんとおばさんが頭を下げた。

弓月は言葉を失い、黙ってううんと首を横に振る。

隠していたことは気にしていないが、突如明かされた真実がただただ信じられずにいるのだ。

それに現実味が無さ過ぎていまいちピンとこない。ぼんやりと空を見ながら整理する。

自分は花鏡村と言う所に凄い霊力を持って生まれ、でも強すぎるから封印して、この村に来たと。

考えるに、あの男と会ったことによって霊力が解放されたとかそんなところだろうか。

ではあの知らない呪文は何だったのか、それをおじさんに訊ねた。


「ああ…それはな、もし危険な目にあった時、霊力が戻った時、に咄嗟に使えるように、まじないをかけておいたんだよ」

「そうなんだ…なるほど」

「それはそうと、何があったの?」


よく分らないけど、とりあえず納得してうんうん頷いていたところに

おばさんが少し心配そうな表情をして訊ねてきた。

弓月は住まいを正し、一連の大まかないきさつを2人に話した。


「それは辻山の精霊、守神だろうな。それもだいぶ強力な」

「へぇ…あ、あとそれと、僕を守るとかなんとか言って帰ってったよ」


2人は顔を見合わせ、黙り入こんだ。

一体どうしたのだろうと若干不安になってうろたえていると、おじさんが妙に真剣な面持ちになった。


「…彼は山の神じゃない。お前を『守る』と言うことは、当然山の守神としての役目を放りだすという事になる。

そんな事を山の神が許すのか…?」



一抹の不安にかられ、弓月はごくりと唾を飲み込んだ。




    *  *  *  *  






もう1時間もしないうちに日は傾き、辺りは夕焼け色に染まるだろう。

まだ明るい田舎道を弓月は全力疾走していた。

あのあとすぐに何処かへ消えてしまったのは、山の神の元へ行くからだったのかもしれない。

おじさんの言葉が脳裏に浮かぶ。

『山の神は勝手な行動は許しはしないしないだろう』

本当に山の守り神かどうか分らない、役目を放りだすのかもわからない、山の神が許すかどうかも分らない。

でももし本当だたったら、役目を放り出してまで守るとかやめてほしい。

自分がいつでも逢いに行くから。

そしてもし山の神が許さなかったらどうなるうのだろう。それだけだったらいいが、もしかしたら反抗的だと言って消されるのかもしれない。

弓月は得体のしれない焦燥感に駆られ走り、辻山のふもとまで来た。

しかし山の神など何処にいるのだろうか。


――何か手掛かりは…っ


立ち止まって息を切らしながら辺りをきょろきょろと探していると、鳥居が目に入った。

石造りの古びた鳥居だ。


「神社……!」


弓月は弾かれたように走り出し鳥居の中に飛び込んで行った。



  * * * *



一つに括った長い金髪が山を吹き抜ける風にふわりと流れる。

古びた社の前で男は一人佇んでいた。

周りは木々に覆われており、町の騒音を全てかき消し静けさが包み込む。

すぐ近くには縄の巻かれた巨大な御神木もある。

石でできた狛犬は苔むし、あまり人の手が行き渡っていないようである。

男は今日の出来事を思い返した。


――不思議な人間だった…


木が山が好き。

それもそうだ、逃げずにいつもそこに居て、自分を避けることはない。否、避けられないのだ。

しかしあの人間は怖い目にあったのに、署名のことを伝えるためにわざわざ訪ねてきた。

避けるのではなく、排除するのでもなく、近寄ってきたのだ。そんな事は初めてだった。

そしてさらには巨木まで守ろうとした。

彼なら信用できる、心を許せる、そんな確信めいたものが男の中には生まれた。

そして願わくば彼と一緒に居たい、今度は自分が彼を守りたい。そう強く想った。

そのためには。


「大山祇神!!話がある!出てきてくれ!」


一呼吸後に大山祇神がそこに姿をあらわした。

目を完全に隠すもっさりとした短い髪は薄い枯草色で、毛先は茶色が混じっている。

また、数か所の毛先が木の枝へと変化しており、木の葉もついている。

首には幣束の付いたしめ縄が首飾りのようにかけられていた。

無表情な顔で目も見えないが、少し驚いたような雰囲気が伝わってきた。


「何だ」


たった一言なのに押しつぶされそうな威圧感に、ごくりと唾を飲み込んだ。


「俺は山を出ていく」

「ならん」


即行却下されたが、男は懇願した。


「守りたい…こんなこと、初めてなんだ…!頼む、親父…!」

「ならん」


しかし返ってくる答えは変わらなかった。

睨みあいが続いたその時。


「ちょっと!!」


驚いた2人が声のした方を見ると、息を激しく切らしながら叫ぶ少年が居た。


「君は山の守神?!そんな大事な役目放棄しないで!僕は大丈夫だから!」


驚きのあまり声がでなかった男であったが、ふいに目に影が落ちた。


「守神…か…俺はそんなものじゃない……」

「……?」

「俺は、神と人の子…つまり俺は精霊でも妖怪でもない、神でもない、人間でもない…

他の精霊からは異質な存在として認められず、勿論人間に受け入れてもらえるわけでもなく…!」


間の子と言っても、人間である母の霊力だけを受け継いでいる形だ。

しかし人の霊力を受け継いでいるからか人間のような感情があった。

だから誰にも認められず独りでいることに“寂しい”と孤独に感じ、余計に辛かった。



セキを切ったように男は叫んだ。


「望んで生まれたわけではない!」


山神は軽く目を瞠り、少しして静かに口を開いた。


「…すまん」


誰にも頭を下げたことのない大山祇神からまさか謝罪の言葉が。

自分の耳を疑った金髪の男が目を剥いた。


「……親父……!」

「えっと…つまりは…親子…?」


それまで黙っていた弓月がおそるおそる訊ねながら、2人を見比べる。

山神も少年を見ていると目が合い、山神は驚いてぽかんと口を開けた。


「そこの人間。私の姿が見えるのか」

「え…あ、はい。見えますけど…」

「…ふ、面白い」


仏頂面だった口元が一瞬緩み、また元の頑固そうな顔に戻った。

山神はそっと息子に背を向けた。


「このまま山を守れと言いたいが…猶予をやる。その人間の元へ行くがいい」


どういう風の吹きまわしか、それだけ言い残して山神はさっと掻き消えてしまった。

辺りは夕暮れに包まれ始めていた。




    *  *  * * 





「…で。連れて帰ってきたわけ…」


おじさんもおばさんも弓月の話を聞いて驚いて目を丸くしていた。

突然家を飛び出し、返ってきたかと思えば守神を連れて帰って来たと。

しかし、おじさんおばさんには男の事は見えていない。

花鏡村の中では珍しい"見えない"者で、これなら弓月を上手く隠せるだろうということで

霊白村に移り住み、弓月を育ててきたのだ。


「弓月がいいなら、私たちは全然構わないわよ」


おばさんの優しい言葉を聞き、弓月はほっと胸をなでおろす。

そして"いいって"というような笑顔で男の方を見た。

対する男は、自分は拾われた子犬か子猫か何かかと、腕を組んで眉を寄せていささかつまらなそうな顔をしている。


「さ、晩飯にしよう。お腹すいただろ?」


おじさんがにっこり笑って弓月の背を押し、居間へ連れて行った。

男はおじさんの背をどこか怪訝そうに見つめながら、後をついて行った。



  * * * *



今日が休みで良かった。目覚まし時計を見た弓月は心底そう思った。もう10時だ。

昨日は色々あって疲れたせいか、目ざましに気付かずぐっすり眠ってしまっていた。

伸びをして固まった筋肉をほぐし、布団をたたんで服を着替える。


「お、おはよう」


声がしたので振り向くと、昨日の男がどこか照れくさそうな顔をして立っていた。


「おはよう!」


ここ最近の強風、通り魔事件の張本人である。どうしたわけか弓月を守ると言って、こうして一緒に住むことになった。

眉目秀麗と言うのがぴったりな整った顔立ちをしており、空を溶かしこんだような双眸は透き通り、吸い込まれてしまいそうに深い。

一つにまとめられた長い黄髪はなめらかで美しく、毛先は水色と黄緑の中間のような色という不思議な色合いをしてる。

また、洋服では無く、紫の狩衣のような服を着ている。

そして何処か妖しい雰囲気の男は、とにかく背が高い。

弓月と彼を比べると、彼の肩の中にすっぽりと収まってしまう。ずっと見上げて話していたら首が痛くなりそうだ。




「んー…とりあえず下に降りよっか」

男と共に下に降りて居間に行ったが、誰も居ないようで、代わりに机の上に紙が置かれていた。


「ん…なんだろ…『今日も出掛けるのでよろしくおねがいします』…。」

「居ないのか」

「んーそうみたい」


誰も居ない居間はいつも以上に広く感じた。

窓と障子を開けると、気持ちのいい光りと風が入ってきて、一気に部屋の中が明るくなった。

そう言えば、こんなに穏やかな日は久しぶりのような気がする。

縁側に腰を下ろし、弓月は隣に座った男の横顔をじっと見つめた。

ぱっと見はとても人間に近い容姿をしているが、耳は鋭く尖っており、人間ではないことを改めて感じさせられる。

目の前には日本庭園が見え、この男とよく合うなと弓月は感じた。

弓月の視線に気付いたのか、男が耳の黒勾玉を揺らしながら振り向き、どうしたのかと目で問うてきた。

綺麗な顔に一瞬見とれそうになりながら、弓月は疑問を投げかけた。


「君って…人間との子って事は、半分人間で半分神様になるの?」

「いや、半分人間という訳ではないな。母の霊力と容姿だけを受け継いだ…そんなところだ」

「へぇ、そうなんだ。まぁ色々あったみたいだけど、君は君だと思うよ」


弓月は手を後ろについて体重をかけ、足をぶらぶらさせた。


「本当に人は君の事が見えないの?」

「基本は見えないな。俺が力を強めれば見えるようにする事も出来るが?」

「へぇ、そうなんだ」


金髪の男が、くすりと笑う弓月を不思議そうに見た。


「どうした?」

「見えないものが見えてるって思うと何か不思議でさ。

世の中、見える事が全てじゃないんだなって。まだまだ僕の知らないことばかりだ」


弓月が朱珠の方を見てどこか照れくさそうに笑った。

笑ったかと思うと、何かを思い出したかのようにはっと目を瞠り、

少しして今度は少し口ごもりながら訊ねた。


「ねぇ、名前…なかったよね?」

「ああ、それがどうした」

「それがどうしたって…」


不思議そうに首を傾ける男を見ながら、弓月もつられて同じように首を傾けた。

全く関心のない様子の男に、弓月は若干あきれ顔になった。

男から視線をそらし、庭の方を見ながら口を開いた。


「あのさ、君の名前考えてみたんだけど…朱珠…とかどうかな?朱色の朱に、珠で朱珠」

「……!」


男の空色の瞳がこれ以上ないほど見開かれた。

それを横目で見た弓月が両手をぶんぶん振りながら慌てて訂正する。


「ご、ごめん…っ目の色青なのにね。一番初めに見た目の色が印象的すぎて…でも綺麗だったし…

ああっていうか勝手に名前つけるとか図々しすぎるよね…ご、ごめん、気にしないで」

「…いや…『朱珠』…いい響きだな、気に入った」


『朱珠』は目を細め柔らかく幸せそうに微笑んだ。今までにない酷く優しい顔だった。

大切な者から名前まで貰ってしまった。

千年以上生きてきたが、こんなにも嬉しくて幸せで胸がいっぱいになる事などあっただろうか。

色々あったけれど、生きててよかったと初めて思えた。


「本当?!よかった!じゃあ、朱珠で!」


ぱっと明るくなった弓月の顔を眺めて、再び目を細めて微笑んだ。

やわらかな風が吹き抜け、優しく体を撫でる。

澄み渡った大空では、山から飛び立った鳥が眩い太陽の光をその身に受け、元気に飛びまわっていた。











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