二話「三妖山と風」
***二話「三妖山と風」***
『朝の放送の時間です――』
霊白町の曲と共に朝の有線放送が始まった。朝の有線放送の時間は6時半だ。今日は土曜日だが、この前の全力疾走電車乗り遅れ寸前事件以来、平日休日問わず毎日早起きに徹しているのだ。弓月は居間で朝食を頬張りながら、それとなしに耳を傾けた。
『――埋立てのため、霊白町にある辻山を一部削り取ることになりました。周辺の住民にはご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力のほどをよろしくおねがいします。工事は来週月曜より開始され―…』
聞いたことのある山の名前に、食べる手を止め首を傾けて考えた。
「辻山…?あの山削っちゃうんだ…」
山の場所を想い浮かべ、少し驚いたように呟いてまたご飯を一口放りこんだ。
「ほぉ…綺麗な山なのに、残念だな…」
「そうね…でも仕方が無いことなのかしらね」
おじさん、おばさんも、残念そうな色を浮かべる。
山を大きく削ってまで作らなきゃいけないものって一体何なのだろう?と、削られた山を見かけたり、話を聞く度に何となく疑問に感じる。
しかし、おばさんの言うとおり、とどまる事なく進んでいく現代では仕方のないことなのだろうか。実際自然はどんどん少なくなっていっているのだ。
そんな事をつらつらと考えながら、弓月は朝食を食べた。
* * * *
幼馴染で学校も同じだしということで、学校へはいつも3人で行くのだ。電車の中では大抵たわいのない話しで盛り上がる。窓の外を眺めていた弓月はふと思い出し、そういえば、と話題を持ち出した。
「一昨日有線で言ってたんだけど…埋立てのためとかなんとかで、辻山が削られるらしいよ」
「辻山?あの山が?」
「三妖山のうちの一つで…地元でも有名な山なのにね…」
弓月の言葉におじさんおばさん同様、2人も少し驚いたような残念そうな顔をした。
三妖山というのは、霊白町、主に霊白村にある『鬼山』『桜山』そして『辻山』を合わせた総称である。昔から妖怪や神が居るなど、何かしらの言い伝えの残る山なのだ。
『鬼山』は昔から鬼が棲むと言われている山で、鬼にまつわる地元の昔話の舞台になっている。
『桜山』は山の大部分に桜が植わっており、春にはそれは美しい姿を見せるのだ。
こんなに綺麗な桜は見たことが無い、きっと桜の神様がおはしますに違いない。
『辻山』は風はこの山から吹いているのだと昔の人が信じていたことからこの名前が付けられたらしい。
「あの山には巨木があるけど…それも削られるらしいんだって」
「あの木も?確か…樹齢1500年とかって言ってなかったか?」
「でも、生えてる位置が山の端の方で…崖崩れが心配とかなんとか…言ってるよね…」
そんな話をしている間に電車が駅に着いた。駅の外に出た瞬間少し強い風が吹き抜け、乱兎が慌ててスカートを押さえる。そして男二人を睨みつけて声を荒げた。
「ちょ、パンツ見るなよ?!」
「見てないって」
そういえば今日は朝から少し風が強い。電車が止まるほどではないが、ときおり強い風が吹き抜けるのだ。
「おーはよっ!」
声と共にいきなり後ろから誰かに抱きつかれ、弓月は前に倒れそうになって必死に踏みとどまった。
「玖遠おはよう。でも、ちょ…重い…」
足をぷるぷるさせながら弓月がうめいた。玖遠が軽く目を見張って弓月から離れ、笑いながら悪い悪いと謝った。謝っているようには決して見えないが。
「弓月はちっちゃくて可愛いからな~」
実は弓月は149cmしかないのだ。149cmの男子高校生。小さすぎる。それはもう当然気にしているわけで。
「ち、ちっちゃい言うなっ!」
怒る弓月を見て玖遠は再び笑った。そして今度はちらっと乱兎を見てにやりと笑い、両手を広げ乱兎に抱きつこうとする。
「じゃあ~…こっち!」
「やめろおおお!!」
乱兎の怒号と共に、肘鉄砲が玖遠の腹にクリティカルヒット。
「あああっもう触るな馬鹿!気持ち悪いんだよ馬鹿!俺にまでお前の馬鹿が移る!!馬鹿!」
玖遠撃沈、と見えたが、しかし当の本人は全く気にしていない様子で懲りずにちょっかいを出している。
今日も晴天。今日もいい天気だ。
◇ ◇ ◇ ◇
薄暗い山奥に男2人の人影がある。
「大切なものなのかい?」
『…』
声をかけた人物を、空色の瞳が怪訝そうにじろりと見る。
「――そういうわけだから。さぁ…君はどうするの…?」
男が相手の様子を見て、うっそりとほほ笑む。
風が木の葉をゆらした。
『ソンナコトハ、サセナイ…!』
ゆっくりと開かれ見えた紅い目が、ギラリと憤怒に輝いた。
◇ ◇ ◇ ◇
6時間目は体育で、内容はハードル。今日は順番に走って、タイムを計るのだという。弓月の番になった。笛の音と共に駆けだし、軽く5つのハードルを飛び越えていく。走り終わると、先に終わった乱兎が腕組みしながら感心したように声をかけた。
「弓月って小さいのに運動神経良いから、こういうの上手いよな」
「ごめん、誉めてるんだろうけど、凄い虚しいからやめて」
小さい、という単語に反応した弓月が不機嫌そうに眉根を寄せながら言った。
乱兎がごめんごめんと笑いながら謝ったその時。
突如、轟音と共に突風が運動場を吹き抜けた。
砂埃が舞い上がり、外に出しておいたハードルなどの体育用具が風邪で倒され、がりがりと音をたてながら風に引きずられていく。こけたり尻もちをついたりする生徒もいる。キャーキャーと生徒が悲鳴を上げ、その場は騒然となった。
「び…びっくりした…」
「な、なんだったんだ?!今の風は…!」
尻もちをついた乱兎が驚きを隠せず、目を丸くして叫んだ。転んでしまった白輝が立ちあがって砂を払いながら、わからないといった風に首を横に振る。
「大丈夫?乱兎」
乱兎を起こそうと弓月が手を差し伸べたが、その手を乱兎ははらいのけた。
「一人で立てられる!」
乱兎がそう言い捨てた直後、再び激しい風が吹き荒れ騒然となった。結局、危険だからということで残りの体育の授業は教室で自習。程なくして授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。本来ならばこの後15分間掃除をしてから帰るのだが、今日は風も強くて危ないということで、掃除はないらしい。
皆それぞれに支度をして、足早に帰っていった。
窓の外では、びゅうびゅうと音をたて激しく風が吹き荒れている。天気が悪いわけではなく、ただ風だけが強いのだ。
「それにしても凄い風だなぁ」
感嘆の声をあげながら、弓月は教室のベランダに出て外を眺めた。そして吹き荒れる風を身に受けながら、ふと怪訝そうなな表情をした。
――なんだろ…この風変な感じがする…
どう変な感じとは上手く言えないけれど…
考えに没頭していた意識は、背後からかけられた声によって引き戻された。
「早く帰らないと、電車止まっちゃうかも…」
振り返るとすでに帰り支度を済ませた乱兎と白輝が鞄を手にして立っていた。乱兎が鞄を背中に担ぎながら、電車止まると面倒だからな、とこぼす。
「あ、本当だね…止まらないうちに帰ろっか」
3人は急いで教室を後にした。