一話「いつもの日常」
辻山で発生した通り魔事件。しかし、誰一人として犯人の姿を見ていないという。そんなある日、弓月と友達の乱兎が辻山の道を歩いていると突風が吹いてー…?!
***一話「いつもの日常」***
さぁ、楽しませてくれよ?
闇の中に、木々が風に揺れる音だけが響いている。
「ここどこ…?」
少年は山の近くに、一人佇んでいた。
目の前には少年を待ち構えるかのように赤い鳥居が建ち、そして空を見上げれば丸い月が目に入った。
今宵は満月だ。
満月の光りに照らされた鳥居はいやに妖しく見える。
少年はひやりとした空気に身震いし、腕をさすった。
ふと胸元を見ると、奇妙な形をした首飾りが目に入った。
黄土色の金属のような丸い輪の中心に、朱色の石がぶらさがる、その全く見覚えのない首飾りに首をひねったその時。
「初めまして。那由他弓月くん」
「?!」
驚いて顔をあげると、黒い狩衣に身を包んだ男が鳥居を背景に立っていた。
妖しげな狐の面をしていて顔は見えない。
――何この人…というか何で僕の名前を…?!
その男は急に薄気味悪くくつくつと嗤いだし、少年はぞっとして思わず後ずさった。
「やっと見つけたよ。まったく…封印するなど、小賢しい真似をしてくれる」
「ど、どういう…」
「まぁいい。これからうんと楽しませてくれよ?」
面の下からにたりと嗤う気配が伝わる。
少年は得体のしれない恐怖感を覚えた。
「…あなたは一体……」
「私かい?私はね―…」
答えを聞かない間に、風景は風と共に闇に溶けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁあーもーやっちゃったぁあ!絶対遅刻!遅刻する…!あーっ僕の馬鹿ー!」
バタバタと忙しく家の中を駆け回り、支度をする少年。
電車の時間まであと5分。駅まで10分。どう考えても間に合いっこないこの状況。しかし諦めまいと時間と孤軍奮闘しているのである。
昨日寝るのが遅かったせいか、すっかり寝坊してしまった少年、那由他弓月は霊白町、霊白学園に通う高校2年生だ。短い薄紫の髪に、橙と蒼の双眸という、風変わりな姿をしている。因みに弓月が住んでいるのは少し離れた小さな村だ。
「弓月やー朝ごはんちゃんと食べていくんだぞー」
「そうよ、体もたないわよ」
声をかけたのは弓月の育ての親である、おじさん、おばさんだ。父母は弓月が小さい時に病気で亡くなったのだ。2人は畳に座って新聞を読んだり朝ごはんを食べたりしながらくつろいでいる。そして机の上には弓月のと思われる白ご飯と味噌汁と焼き魚が。
足踏みをしながら、用意された朝ごはんと時計を交互に見比べ、しかし答えは。
「え、あ、ちょ…うー…っ!無理…!ごめんー!!いってきますー!」
元気よく、いや、余裕なく玄関を飛び出して行った。
* * * *
プシュー
「ま、間に合ったぁ…!!」
電車の扉が閉まる音と弓月の声が重なる。
膝に手を置き、肩を上下させながら息を整えていると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「お前がギリギリだなんて珍しいな」
「ら、乱兎…白輝…お、おはよ…!」
「おはよう」
息を切らしながら双子の白輝と乱兎に挨拶をした。
白輝と乱兎とは幼馴染なのだ。
「それにしても凄い息切れだね…大丈夫?」
顔を覗き込むようにして気遣ってくる白輝は兄。肩までの長さの白髪に赤眼、アルビノである。病弱で日に弱いため暑い日には倒れることもしばしばあるのだ。
「俺も寝坊した時は全身の血の気が引いたわ」
思い出して遠い目をした乱兎は妹。染めた橙の髪を左上で結い上げ、黒いリボンで括っている。緑の目をしているが、これは父親が外国人だからだそうだ。そして一人称が"俺"で性格も男勝りであるが、一応女である。まぁそんなこと言ったらフルボッコ確定。
「じ、人生で一番全力疾走したよ…」
やっと息の整った弓月が汗をぬぐいながら、やれやれといった風に言った。これだけ走っても息切れしないくらい体力あったら…というか空飛べたらいいのに。そんな事を考えていた弓月は、ふと思い出し、軽く目を瞠った。
今日見た夢だ。情景が鮮明に脳裏によみがえる。
満月の夜、鳥居の前に現れた狩衣姿の男。
――うーん…なんだろあの夢。変な夢だったなぁ…。
なんとなくそう思い、しかしそれきり夢の事について考えることもなく、弓月は窓の外を眺めた。
車窓からはどこまでも澄み渡る空、青々と輝く山々、沢山の田畑と…自然豊かな田舎の景色が広がっている。塗装された道路は主用の道数本のみで、他はほぼ土むき出しの道である。畑仕事へ行くおばあさん、犬の散歩、家の前の道の掃除をする人…。ゆったりとした朝の風景だ。
電車に揺られながらしばらくし、村と町の境目の山(辻山)を抜けると一変。沢山のビルやマンションが目の前に広がるのだ。綺麗に塗装された道路を何台もの車が走り抜け、街ゆく人は早足で過ぎ去っていく。弓月たちの通う霊白学園はこの町にあるのだ。
今日もまた一日が始まる。
* * * *
霊白学園。霊白町にある中高エレベーター式学校である。
と言ってもすぐに高校に上がれる訳ではなく、ちゃんとした進級テストもある。勉強していれば落ちることはない。学園には鈴蘭が沢山咲く庭があり、鈴蘭のように美しく純粋に、そして自分を守りなさい(鈴蘭には毒がある)と教えられているのだ。
設立当初は本当に小さな学校で、それに増設を繰り返したので、高校の校舎はまるで迷路のように入り組んでいる。弓月はどちらかと言えば方向音痴なほうで、入学当初はそれはそれは迷ったのであった。
…迷ったのであった。
「あーもう…!!高校に入って1年もたつっていうのに…」
これだから広い校舎は苦手だ。弓月は盛大に溜息をついた。
あまり行かない方の校舎はすぐに迷ってしまう。先生に持っていく提出書類やノートを抱え、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「馬鹿だ、僕馬鹿だ…1年生でもないのに、道聞くの…なんか嫌だし…」
廊下でどうしたことかと唸っていると、女子生徒に声をかけられ顔をあげた。
「どうしたの…?」
ふわりとした印象の声で、とても落ち着くなと弓月は思った。灰色がかった髪の毛は毛先だけ巻いておりさらさらと風に揺れ美しい。目は垂れ目で少し紫がかっている。
少しの間見とれてしまいぽかんと口を開けていたが、はっと我に返り慌てて彼女の質問に答えた。
「あっいや、その…先生に書類提出しようと思って探してたんですけど…迷ってしまって…」
「ああ…この学園広いし、迷うわよね。案内するわ。こっち」
「あ、ありがとうございます」
2人は足並みそろえて歩き始めた。
無言。なんだか気まずい。弓月は必死に話題を探した。
「あのー…」
「あなた2年よね?私も2年だから普通に話してくれていいのよ?」
「えっ…そうだったの…?」
てっきり3年生だと思っていた弓月は軽く目を見開いた。一学年150人以上は居るので、ぱっと見ただけでは同学年かどうかなんてわからないのだ。女子生徒が弓月の方を向いてふわりと微笑んだ。
「私の名前は佐倉柳よ。2年5組なんだけど…あなたは?」
「僕は那由他弓月。2年2組…ってことはちょっと教室離れてるのか…どうりで見たことのない顔だと思ったよ」
自分の中で整理して納得するかのように、うんうんと頷いた。組は全部で8組まであり、1~4組と5~8組は校舎の関係上離れた所にあるのだ。だから2人が顔を知らなくても無理はない。
そんな話をしている間にすぐに目的地にはついた。
「この部屋に先生いると思うわ。じゃあ私はこっちだから、またね」
「あ…ありがとう」
少しの名残惜しさを感じながら柳と別れた。
* * * *
「はーやっと終わったー」
掃除も帰りの会も終わり、弓月たちは下校の準備をしている。明日使う教科書などを確認しながら鞄に入れていく。
ガラガラガラッ!
「弓月、白輝、乱兎ー!一緒に帰ろうぜ~!」
いきなり響いた扉の音と大声に驚き、声がした方を見ると、一人の男子生徒が教室の入口に仁王立ちでにやりと笑って立っていた。肩までの長さの青髪に左に紫のメッシュ、そして黄金色の目という異質な風貌であるが、勿論染髪したもので、目はカラコンを入れているだけである。余談だが、黒ぶち眼鏡は超近眼のため、ピアスは両耳合わせて12個開いているそうだ。
当然ただ居るだけでも目立つというのに、教室の戸を思い切り開けて叫んだものだから、教室中の視線が一気に彼に集まり、しんと静まり返った。しかしぽつぽつと話しだし、またすぐに教室内は騒がしくなった。
弓月が驚いたように軽く目を見開いて声をかけた。
「なぁんだ、玖遠か。普通に入ってこればいいのに…びっくりするじゃんか」
「あっ、何なら今からカラオケ行く?」
「おい、話がかみ合ってねぇぞ…」
乱兎が呆れ顔で溜息をついた。
先ほどの玖遠と呼ばれた男子生徒が上機嫌でにこにこしながら歩み寄ってくる。何か嬉しいことでもあったかのような表情であるが、彼は大体いつもへらへらとした顔をしているのだ。そして空いている椅子の背もたれを弓月達の方へ向け、背もたれを足で挟むようにして座った。椅子の背に肘をついてにやっと笑う。
「ていうか、毎日毎日誘いに来なくていいだろーが。わざわざ2年の教室に…」
乱兎が頭を掻きながら、鬱陶しそうに眉根を寄せた。"わざわざ2年の教室に"というのも実は玖遠は3年生で、しかも留年しているので弓月たちより2歳年上なのだ。弓月たちが入学した時から目を付けられ、お気に入りと化している。
玖遠が口元を覆ってにやにやしながら乱兎を指差した。
「そんな事言って~ほんとは一緒に帰りてぇくせに~!照れ隠しだな~かわいい~」
無言で乱兎の拳が飛んできたが、それを玖遠は難なくかわした。かわされるのはいつもの事だが、今日はそれがやけに癪にさわり、衝動的に食ってかかった。
「ていうか大体お前が居ると目立つんだよ!それに電車乗らないし帰り道違うだろ、一人で帰れ!」
「えー別に断る理由もないし、そう言わずに途中まで一緒に帰ろうよ。ね、乱兎?」
「そうだよ、そんなに邪険に扱わなくても…」
支度を終えた弓月が鞄を持って立ち上がりながら口をははさみ、それに白輝も賛同の意を見せた。
「おー!さっすが弓月!白輝!いいやつだなぁ~!」
意気揚々、帰るぞと玖遠が声を上げ、再び注目されながら4人は教室を出た。なんやかんや言いながらも結局は一緒に帰る、仲がいいのだ。
さて、ここでこの4人について整理してみよう。
弓月は紫髪に橙と蒼のオッドアイ。
乱兎は橙髪に緑の双眸。
白輝は白髪赤眼のアルビノ。
玖遠は青髪に金眼。
どう考えたって校内一、目立ち過ぎな4人組なのであった。