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今昔人妖雑記帳【少年と守神】  作者: 蒼すだま
心影編~氷の莟よ花開け~
10/32

四話「交錯する想い」






どこか切なく悲しさを感じる夕暮れ。


赤く染まった夕焼け空の下、長く長く伸びた影が2つ。

弓月が前を、朱珠は少し距離を置いて後ろを歩いていた。

重い空気の中2人とも何も喋らず、ただ足音だけが聞こえる。



家に帰ると、弓月は晩ご飯も食べずに階段を上り自分の部屋へと入った。

ばたんと扉をしめ、扉にもたれかかり俯く。



薄暗い部屋の中、弓月は両手で顔を覆った。




+++




朱珠はドアノブに手をかけようとして、思いとどまった。

代わりにそっと手を握り締め、一つ息をすると遠慮気味に話しかける。


「弓月……」


しかし返事はない。


「弓月……?」

「……一人にして……?」


戸越しに弓月の沈んだ小さな声が聞こえてきた。


「だが……」

「どっか行って……」

「……」


朱珠は言葉を飲み込んで目を伏せ、黙って部屋をあとにした。






    ◆  ◆  ◆  ◆ 







山の漆黒の闇の中、鬼たちが怯えるように身を潜めている。



ばさり、ばさり。



闇に溶けるような黒い翼を羽ばたかせながら黒い影が近づいいてくる。


ばさり。


男は鬼の目の前に降り立つと同時に間合いを詰め、腕を前につき出した。


腕は鈍い音をたて鬼の体を貫通し、血飛沫をあげる。

血飛沫は、男の青白い顔に赤い彩りを加えた。





悶絶していた鬼は次第に力を失い、ぶらんと腕を下げた。




その様子を見た男は表情一つ変えず腕を振り、無造作に鬼を放り投げると、

肘まで赤く染まった自分の手を見下すようにうっそりと眺め、

そして他の鬼も次々と手にかけてゆく。


男が手をふわりと上へ動かすと、

動かなくなった鬼の躰から視覚化された半透明の魂が抜け出た。

男は異空間から大鎌を取り出し、その抜け出た魂を切り取り掴むと

そのまま飛び去り山の闇に消えていった。





    ◆  ◆  ◆  ◆








弓月はうなだれ知らず知らずに深いため息をついた。


昨日は焦りと苛々から朱珠に酷いことを言ってしまい、ずっと会話していない。


――嫌われちゃったかな・・・


落ち着いて考えた今なら分かる。

昨日は誰がどっからどう見たって聞いたって完全に八つ当たりだ。

自分が弱いと思っていた焦燥や苛々を朱珠にぶつけてしまった。

最低だ。


朝学校に行く時、朱珠がいつものようについてこようとしたが、

気持ちの整理がつかず「来ないで」と言ってしまい、

結果、機会を逃し謝ることさえできていない。

自己嫌悪に何度目かわからない溜息をついたその時。


「ため息多すぎ」


ずばっと言い切る乱兎の声が耳に飛び込んできた。


「何か悩みごと…かな……?」

「え……」


顔を上げると、心配した様子で覗き込む白輝と、呆れ顔の乱兎が目に入った。

やっぱり自分は顔に出るようだ。


「そう言えば最近朱珠の姿が見えないし・・・」


乱兎が腕を組みながら言いかけた時、風の音がしたので振り向くと、

外を浮遊して窓から教室の中を伺っていた朱珠と目が合った。

お互いが固まり、妙にぎこちない空気が流れ、

弓月は気まずくなってついと目を逸らした。

朱珠は僅かに目を瞠ってそっと目を伏せ、どこかへ飛び去ってしまった。

再び窓の外を見たときには朱珠の姿はもうどこにもなかった。


ああ、やっぱり。


思わずため息をつきそうになったその時。


「・・・・・・・・喧嘩でもした?」

「・・・っ」


的確すぎる乱兎の質問に図星をつかれた弓月は、

咄嗟に手を振りながら否定して別の話題を探した。


「そ、そんなわけないじゃん~!

 …あっそう言えば玖遠最近一緒に帰ろうって言わないね…っ」


妙に不自然な弓月の返事に喧嘩したのだと確信した乱兎と白輝だったが、

弓月が示した別の話題について答えることにした。


「…そう言えばそうだな…来なかったら来なかったでムカつく。

 …ちょっと玖遠の教室覗きに行くぞ!」


不機嫌そうな乱兎の提案により、弓月たちは玖遠のいる3年の教室に行くことになった。

階段を上り教室の窓から中を覗くと丁度玖遠が帰りの支度を終え席を立てるところらしい。

鞄を肩に担ぎ教室を出ようとした玖遠を、入口で3人が捕まえた。

乱兎がいささか機嫌の悪そうな声音で言いつける。


「おい馬鹿玖遠」

「おお!乱兎に弓月に白輝じゃねぇか~!こっちに来るなんて珍しいなーどした?ん?」


3人の姿を認めた玖遠はいつもと変わらず、にやにやと笑いながら嬉しそうに答えた。

乱兎が更に不機嫌そうな声音で言い放った。


「一緒に帰るぞ!」


しかし返ってきたのは意外な言葉。


「オメーが誘ってくれるなんて!嬉しいなー!でもわりぃ、オレ用事あるから先帰るぜ~」


そう言い残して、玖遠は手をひらひらと振りながら何故か足早に去ってしまった。


「あれ・・・珍しい。玖遠が断るなんて・・・」

「なんだよあいつ。意味わかんね・・・弓月、今日は絶対一緒に帰るぞ」

「あ…!!ご、ごめん…今日急ぎの用事があるんだった…!じゃ、じゃあまた!」


もしかしたら、今日は異形が襲ってくるかもしれない。

弓月は言い終わらないうちに身を翻して逃げるように走り去った。







「…なんだよ弓月も馬鹿玖遠も…最近付き合い悪すぎだろ・・・」


乱兎が面白くなさそうに呟き、

白輝も首をかしげてこくりと頷いた。




    *  *  *  *







空を飛び続け八幡神社の近くまできたところで速度を緩め、

ふわりとその場に止まって弓月の居る学園の方を振り向いた。


――嫌われてしまったかもしれないな・・・


来ないでと拒絶され、さっきは目を逸らされ・・・これはもう嫌われたとしか言い様がない。

ほうとため息を漏らす。

自分の想いを他人に分かってもらうのはとても難しい。


――昔にも・・・似たような事があったか・・・


朱珠はそっと目を伏せる。

遥か昔、平安時代辺り。異質故に避けられ誰も話す相手のいない朱珠にとって、

人の暖かなぬくもりや交流が見ていて好きで、自分が姿を現しても受け入れてくれそうな、そんな気もしていた。

ある時、異形が暴れて村人を襲い、生活を脅かすという事があった。

それを見かねた朱珠は村人の前に姿を現し異形を追い払ったのだ。

さて追い払ったのだが、朱珠を見た村人はというと鬼だと言って再び騒ぎ恐れ、朱珠は逃げるようにして山に帰った。

それからと言うもの朱珠は人から距離を置くようになったのだ。人が距離を置くことを願うから。


今回実は、弓月が自分が弱いという事で悩んでいることには気付いていた。

気付き知っていながら、弓月を守りたいという想いを押し付けてしまった。

そして弓月は守られるだけは嫌だと言い、結果、想いがすれ違い溝ができてしまった。


「誰かと関わるのは・・・難しいな・・・」


目を細め力なく呟き、再び重いため息をついた。

頼りにされないと言うのは、案外寂しくて胸が苦しくなる。


先程は弓月に"どっか行ってよ"と拒否されてしまった。

自分がそばにいて弓月が心穏やかに暮らせないのなら、弓月と距離を置こう。

3度目のため息をつきながら、朱珠が八幡神社の鳥居の元に降り立った時だった。


「あれ?」


背後から聞き覚えのある声がしたので振り向くと、学校帰りの乱兎と白輝が立っていた。

乱兎が肩に鞄を担ぎながら疑問をなげかける。


「弓月と一緒にいなくていいのかよ?」

「あ、いや……いいんだ」


朱珠は目をそらしてぼそっと応えた。


「そういえば、教室覗きに来たくせにすぐに帰ったし。

 弓月も弓月で分かりやすすぎ。あんたら、喧嘩かなにかしたんでしょ?」


図星をつかれ反論できない朱珠を見た乱兎は、神社の階段に腰を下ろした。

白輝は、あまり長時間外でいられないのでと階段を上り家に帰って行った。

どこか寂しげな白輝の背を見送って朱珠も乱兎の隣に腰を下ろした。

涼しい風が吹く。


「俺に話してみない?もちろん、弓月には内緒にしとくし」


このまま悩んでいても仕方がないことだ。

朱珠はこれまでのいきさつを掻い摘んで話した。


「なるほどなー。今、弓月が持ってる首飾りを狙った異形に襲われてて、

それらからあんたは弓月を守りたかったわけだ。

でも弓月は自分が弱くて足でまといになってる事を気にしてる。

それに薄々気付いてたけど、守りたいって想いを主張してしまって、ぶつかっちゃったってわけ?

で、拒絶されるし目は逸らされるし、嫌われてしまったに違いないと?」

「あ、ああ……」


朱珠は乱兎の横顔を見ながら、唖然としたまま応えた。

5分ほどかけて話したことをいとも簡単に、しかも分かりやすくまとめられてしまった。

自分の感情や想いという部分については今まで誰かに話すことなどなかったし、

これが1000年近く山で引き篭っていた弊害というものか。

朱珠がむむと渋面になりながら唸っているところに、乱兎が立ち上がりながら言った。


「それで今は弓月からは距離を置いてんの?」

「ああ、そうだ。きっと俺が傍に居たら弓月は苛々してしまうし。

 弓月が俺を避けるなら、居て欲しくないと願うなら……だから……」

「あーーーもう!馬鹿馬鹿しい!!男ならはっきりしろ!」

「ばっ……?!」


朱珠の言葉を遮るように乱兎が言い放ち、朱珠は大きく目を見開いて乱兎を見上げた。


「弓月がどう思ってるか知らないけど、それは弓月の気持ちだろ?!

 何が、居て欲しくないと願うなら~だ!あんたのの気持ちはどうなんだよ!」


じれったくなった乱兎が続けて朱珠にまくし立てる。


「いや、だから……離れようって……」

「弓月から離れたいの?傍には居たくないの?!」

「むむ……」

「はっきりしないのは、俺一番嫌い。で、どうなの?」


乱兎の目が朱珠の気持ちの核心を付くようにきらりと光る。

朱珠は少女の剣幕に観念したかのように首を横に振り、おもむろに口を開いた。

一言一言噛み締めるように言葉を紡いだ。


「……居たいさ…側に…。弓月は独りだった俺を救ってくれたんだ。

 嫌われようが、避けられようが……傍にいて弓月を守りたい……!」


朱珠の言葉を聞いた乱兎は。ふっと笑みを浮かべた。


「じゃあ、それを弓月に伝えなよ。

 思ってることは言わないと、伝わんねぇし。しんどいよ」

 

そう言い残すと、じゃあなと言いながら階段を駆け上っていった。


生きるものは皆、それぞれに想いを持っている。

また、当然大切にするべきものもそれぞれ違う。

その価値観や想いの違いは時としてすれ違い、受け入れられず、苦しむこともあるかもしれない。


お互いが自分の想いを伝え、そしてお互いが受け入れ合えば、どんなにいいことか。


「弓月は俺が護る」


朱珠は乱兎の背を見送りながら、そっと口にした。




    *  *  *  *





気づいたら弓月は氷花神社へと足を運んでいた。


氷花神社は海に浮かぶ島にある。島は社が建つだけの本当に小さな島。

その島までは赤い橋がかけられており、弓月はその300mほどある橋を渡った。

島に近づくにつれ何となく肌寒さを感じ、

人の世ではないどこか異界に迷い込むようなそんな感覚にとらわれる。

島に着き二の鳥居をくぐると今度は階段があり、その階段を上ると社があるのだ。

弓月は階段の一番上まで上がり、腰を降ろして頬杖をつくと、

遠くに見える街を眺めながら、ため息をついた。


――またやっちゃった・・・


朱珠と目が合うと気まずくなって目をそらし、朱珠を避けてしまった。

拒絶し、目を逸らし……嫌われたにちがいない。


弓月は目を閉じると、そっと顔を膝にうずめた。

聞こえてくるのは自分の息と波と木々の揺れる音だけ。

ここなら少しは落ち着くかも知れない。


その時背後から、聞き覚えのある声にしては酷く動揺した声が聞こえてきた。


「ゆ、弓月さん……?」


誰も居ないと思い込んでいた弓月は、驚いて勢いよく振り返ると、

そこに立っている子どもの目もまた大きく見開かれていた。

この間とは違い制服ではなくて浅葱色の着物を着ている。

2呼吸分ほど見つめあったところで、弓月がようよう口を開いた。


「こ、こんなところで何やってるの瑪瑙くん……?」

「……散歩です。弓月さんこそ、何をしているのですか?」


一瞬言葉を詰まらせた様子の瑪瑙だったが、

すぐにいつもの無表情で落ち着いた声で訊ね返した。


「あー……学校の宿題の関係で、この氷花神社を調べようと思ってちょっとね。」

「本当ですか……?

 その割に階段に座ってため息をついていましたし、どこか浮かない顔をしています」


弓月の顔に翳りを認めた瑪瑙は、

声は無表情だが、代わりに少しだけ心配そうな瞳で見つめた。


「あ~あ。やっぱり僕は隠し事が苦手だ~」


観念した弓月は息を付きながら言うと、

遠くを見ながら今までの事をぽつりぽつりと話しだした。


「朱珠が闘ってるのに僕は何も出来なくて……

 僕にもっと力があって強かったら……。

 ……朱珠とも喧嘩せずに……」


そこまで話してはたと気づく。

こんな事小学3年生ほどの子どもに話すことだろうか。

そう思ったが、瑪瑙は真剣な表情で話を聞いてくれているので、

ここでやめてしまうのは失礼だろうと考え、弓月は続けた。


「まぁ……あ、いや、喧嘩したというよりは僕が苛々して八つ当たりして、

 酷いこと言っちゃって……嫌な奴だよ。

 朱珠は僕のこと避けてるみたいだし、嫌われても仕方がないんだ」


弓月は嘲笑を浮かべた。

そう、全ては僕が原因で僕がいけなかったんだ。

だから、嫌われても仕方ないし、朱珠ともこれまでだろう。


弓月の横で立てって聞いていた瑪瑙が、

階段を数段降りながら不思議そうに訊ねた。


「そう思うならどうしてそんなに落ち込むのですか?」

「それは……」


言い淀む弓月に、瑪瑙が立ち止まって振り返り更に訊ねる。


「弓月さんはこのままずっと仲違えしたままでいいのですか?」


そんなことを、聞かれたら。

静かに首を横に振った。


「謝って、仲直りして……一緒に居たい……!」


弓月の言葉を聞いた瑪瑙が前に向き直り、再び階段をゆっくり降りる。


「では、その気持ちを伝えたらどうでしょう?」


弓月は目を瞠った。


――そうだ、一緒に居たい。


素直に気持ちを伝えればいい、こんな単純なことに気づかなかったなんて。

今までの気持ちだってもっと早くに伝えていればよかったのかもしれない。


子どもの姿をしているが、どこか子どもらしさを感じさせないその背中。

弓月が不思議に感じながら見送っていると、子どもは不意に立ち止まりちらっと横目に弓月を見た。

弓月は何だろうと首を傾げ瞬きをした。


子どもが弓月に聞こえる程度の声で静かに呟く。


「力とは何のための力でしょう?強いとは何でしょう?」


そして前を向いて空を見上げた。


「ぼくは、力は怖いです……」



どこか深みのあるその声音。

階段を下りてゆくその背中を弓月はただ呆然と見つめていた。



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