第五部
ソノ日ノ朝ハ黒イ雲ガ印象的ダッタ
AM8;00
大きな音で飛び起きた
(ドガシャンッ)
「?!」
「…なに…?!」
『ぅゎっ』
「和将?」
「なにしてんの?」
『こっちくんな!』
「へ…?」
『やめんかゃ!!』
「何…?」
『ちょ…!!ぉい!!そっち行くな!!』
(ギィ…)
「ぁ…?」
[ガゥッ!!]
「あっ!!!」
(ボスッ)
「ギンジロ!!」
[ガゥウ!]
「くすぐったいょ〜?」
「家の中に上げてもらったの〜?ょかったねぇ!!」
『ぁ〜あ…遅かったがね…』
「…ギンジロびしょ濡れゃん…」
『一緒に風呂入っとったがょ』
「へぇ……!?」
「ちょ…裸でうろつかないでや!!」
『タオル巻いてるゃん』
「ちゃんと服着て」
『…一緒に入るが?』
「絶対イヤ」
『力いっぱい拒否んなゃ』
「…ギンジロあとで一緒に入るかっ」
[ガゥ]
『おい、ギンはオレと入るんゃがなぁ』
「イヤょねっ乱暴に洗われたんゃろ?」
[ガゥッ]
『おい…』
「早く服着て来てゃ〜?」
『…了解』
ギンジロ…和将の家でのただ一匹の同居人。…いゃ…同居犬
昔道路に飛び出て来たギンジロを…バイクでハネたらしい
すぐに病院に連れて行き治療しているうちに情が移ったそうだ。
ギンジロの白い毛は今でも首すじの一部がハゲていて、そのせいか鳴き声がかすれている
その声のシブさから銀次郎…と書いてギンジロと命名されたとのこと。
ギンジロとお風呂に入り、ドライヤーで毛を乾かしていると和将がギンジロのご飯を持って来た
美味しそうに食べるギンジロを見ていると和将は
お前のエサはこっち
とキッチンを指した
…エサ?
聞き流せなくてしかめっ面のわたしの表情は、豪華な朝ご飯を目の前に一瞬で笑顔へと変わった
これは和将が全て作ったらしく、意外な特技にかなり驚いた
しかも…わたしが作るょり…おいしい。
和将の仕事は親の仕事の引き継ぎの教育を受けることらしく親の会社の元で働いているらしい。
何の会社なのかは教えてもらえないけど…この自宅は…すごいと思う。
全体的にシンプルながら…一人で住むには大きすぎるとは思う
今日は和将も休みで、ドライブに出かけることになった
和将の言うことが理解できない…行きは車。帰りはバイク…なんで?
お昼はチームの仲間が働いているお好み焼きの店に寄った
扇風機が頭上でフル回転している
かつお節がたまにフワフワと飛んでいく
広島のお好み焼きに驚いた
味も驚いた
わたしのは…キムチ入りでものすごく辛い
店を出たころには唇は真っ赤だった
和将はたまに指でわたしの唇を遊ぶ
引っ張ったりはじいたりつねったりしながらしかめっ面になるわたしを見て笑う
でもキスなどは一切ない
わたしに魅力が無いのはわかってるけど
たまに顔が近くなると緊張してしまう自分が嫌だ
その後は公園でハシャぎすぎて和将が川に落ちたりそのままわたしも引きずりこまれずぶ濡れのまま近くの古めの商店で水鉄砲や水風船、あと大量の駄菓子を買い
一時間後にはびしょ濡れになり疲れ果て2人で駄菓子をむさぼった
会話は絶えず続き、帰る頃には口が疲れていた「…車大丈夫なの?」
『余裕』
「あの車庫はかずまさの車庫なの?」
『似たようなもんゃがね』
「…なんじゃそら」
『気にすんなっ』
「これからどこ行くの?」
『銭湯行かななぁ』
「わぁ、助かる」
『服もどうにかせななぁ』
「家戻る?」
『まさかっ』
「じゃあ??」
『買うんゃが』
「は?」
『あと十分』
「へ?」
…香奈さんが離れない…
あのハイテンショングループの一人…香奈さんはショップの店員だった
しかもわたしを見つけたとたん…抱きついてきて…離れない
可愛らしい人でなぜかこっちまで笑顔になってしまう空気の持ち主だった
和将が、メンズに行くから適当に見つくろってて
と言い捨てると香奈さんの目が光った
着替え十数回
撮影…何十枚
今日店長さんが居ないことが恨めしく思えた
好き放題する香奈さんでさらに疲れ、約30分。
やっと服が決まった
撮られた写真は…何も言うまい…
和将が帰って来て…やっとわたしをいじくる手が止まった
疲れきったわたしの顔を見て吹き出す和将…あとではたいちゃる…
銭湯から出て新しい服に違和感を覚える
この服おとなっぽすぎなんじゃ…
急に不安になって出るのをためらっていると和将から電話がかかって来て
早くしろと怒られた
しぶしぶ出て行くと…わたしが驚いた
いつもと違う…
濃い深緑色のGパンと黒い半袖パーカー
シンプルだけど…
似合いすぎ…
和将がこっちに気づいた。
近づいて来るだけなのに緊張した
いきなり腕を掴まれ外まで引っ張られた
遅かったコトに怒ってるの…?
と聞いても答えてくれない
それどころか…こっちも向いてくれない…
不安になった
外に出ると急に止まった和将が誰かに電話し始めた
相手は香奈さんだった
服の露出がどうのこうのと話していた
露出といっても…ぴっちりとしたTシャツの胸元が広めに開いているだけだ
…スカートも膝上程度の長さで…短くスリットが入っている。
ただそれだけだった
途中で電話を切られ悪態をついている和将と目が合う
変かな
と聞くと
いや…
と短く帰ってきた
しばらく沈黙が続き小さな舌打ちが聞こえると同時に和将がパーカーを脱ぎわたしに投げつけた
着とけ
バツの悪そうに言う和将に素直に従うとやっといつもの和将に戻った
…わたしは出すことすらできないほど魅力の無い人間らしい
時間を戻せたら…どれだけの人の涙を無くすことが出来るんでしょう…
和将の携帯に電話が入ったのが一時間前
大志さんが事故に合った
即死だった
病院に来るように
電話は内容だけ伝わるとすぐに切れた
和将の顔色が変わる
バイクが病院に着いたのが30分前
霊安室で簡易ベッドの上に横たわる大志さんを見つけたのは十五分前
泣きわめく由実さんをお医者さんが連れて行ったのが五分前…
そして今…沢山の人が駆けつけ、泣いている
暴れるように泣く人
大声で泣く人
今だに受け入れることが出来ず、遺体に飛びつく人
沢山の人の中で
和将はただ立ちつくしたまま動かない
掛ける声が見つからない
病院に迷惑がかかるとのことで
解散命令が出された
和将は何も言わないまま手を合わせ、
帰るぞ
と一言わたしに言った
家に着いたころには雨がパラついてきていた
和将は力なくベッドに座り、煙草を耐え間なく吸っていた
雨が気になりギンジロを家の中に入れてあげた。
ギンジロと向かい合い大志さんのことを思い出した
病院でかけるから聞いた話では…
薬をしている仲間と話しをして、帰る途中の出来事らしい
スピードの出し過ぎによる追突事故
頼りになるやつ
面白いやつ
憧れの対象
大きな存在
一番が似合う男
彼の話しが出る時、かならず出る尊敬や賛美の言葉
全てが過去になってしまった現実は、重く深くみんなの上にのしかかった…




