第十部
わたしの知っていることはすべて話した。
病室でのこと…立ち聞きしたこと…
でも、和将は信じてはくれなかった。
あのリストカットは薬をやめる為では無く…あくまで和将らを騙す手段だったのだろう。
とかけるは言った。
…和将は何も言わない。
かけるは、確かめに行こう。と和将とわたしを連れて佐伯と言う人の家へと向かった。
駐車場には元・仲間の彼の車。あいつやっぱりまだ来てたんだね。
中に入るぞ。
かけるが先陣を取りインターホンを押し家の中へと何の迷いも無く入る。
それに無言で続くわたしと和将は…最悪の出来事を予感しては、有り得ないでほしいと願った。
一階には誰も居ない…二階へとかけるの足は向かい始めた。
階段を登っていると、不安と緊張で足が鉛のように重くなる。
ふと急に和将がかけるを呼び止め。自分が先に入ると言った。
和将の決意にかけるは素直に従った。
その家は静かだった…誰も居ないかのような静けさ…音がしないのだ。
彼達が居るハズの部屋からも…
和将がゆっくりとドアを開ける。
ドアが開くに連れて視界も広くなっていった。
そして…想像していたモノより何百万倍も生々しく冷たい現実がそこにはあった。
お前!!!
病室で会った優しい彼は
跡形も無かった
ガリガリに痩せコケ、
虚ろな目は空をただ見つめ、
口から…いや…穴と言う穴からいろんなモノが垂れ流れ
体のあちこちに切り傷があった。
血のベットリついたナイフが佐伯と言う男の足に刺さっていた。
そんな中、一番に口を開いたのは和将だった。
周りのラリった男達を足で押しのけ彼の元へ駆け寄った。
肩を揺さぶり、頬をはたき、数えきれないほど彼の名前を呼んだ。
彼に聞こえるように…大声で何度も…何度も…
彼の焦点の合わない目が和将の方へ向く。
一言…ただ一言。
精一杯絞り出した彼の言葉に、私の目からとめどなく涙が溢れた。
《コ…ロシテ…》
『なんでや…』
『大志に人生かけて償うんと違うんが!!』
『おい!!こっち向けや!!』
『なんでや!?』
…
…
…
…
『なんで…』
…
『負けたんゃ…』
…
『ダボが…』
…
…
…
今にも折れて崩れそうな彼の体を抱き寄せ…彼は何かを酷く我慢していた…
かけるが呼んだ救急車が彼達を連れて行った。病院までついていかないの?
と聞くと無言で首を横に振った。
和将の家に着くと、ギンジロの相手もそこそこに和将はリビングへ向かって行った
ソファーに座り、何か考えながらぼーっとしていた。
いや…もしかしたら何も考えていなかったのかも知れない。
わたしにできること…まず汚れてしまった和将に風呂を勧め、着替えの準備をした。
バスルームまでもって行くと、ドア越しに和将が話しかけてきた。
『なんであいつは俺に何も言ってくれんかったんやろがなぁ』
『大志には言えて』
『俺には言えんがか…』
『大志とは器が違うんもわかっとぉがよ』
『それとも…仲間やのうて普通の友達やったら…』
『ちょっとは違うかったんがね…』
「…かず…」
「…ゴメンナサイ」
「わたしが忘れてさえ無ければ」
「もっと早く助けることができてたかもしれないのに」
「あんな…ことにならなかったかもしれなかったのに…」「ごめんなさい…」
「ごめんなさい…」
「ごめ…っ」
『かおり…』
『ちょおこっち来い』
「!?」
(グイッ)
(バタン)
(シャー…)
「和将…っ」
「シ…シャワー…止めて…」
『お前のおかげやが』
「…へ?」
『お前のおかげで俺はあいつが生きとるうちに会えたんやが』
『謝ることなんか一個も無ぇんゃが』
『…ありがとうな』
『マジで…ありがとぉ…』
(…ぎゅっ)
『かおり…?』「泣いてもかまんよ」
「シャワーでびしょ濡れだし…わたしのコンタクトも流れちゃったし…?」
「大丈夫…」
「見えないよ」
翌朝、由実さんから電話がかかり、内容を一通り聞いたと話してくれた。
和将の様子や…わたしの体調を心配してくれて、もう大丈夫だと伝えると、ため息と同時に
心配かけ過ぎ
と、叱られ。偉かったね!と誉めてくれた
この人のアメとムチからは誰も逃げられないな…
裏のあだ名…
鉄製蜘蛛の巣
…捕まったら…逃げることは出来ない。
あの日の和将の記憶はわたしの中で一部だけ消えたことになっている。
そう、バスルームの出来事はあの日のシャワーの水と一緒に流れて行ったのだから。




