捌
「……中りましたか」
「ええ、どうやら」
窓枠から身を降ろして、有沢刑事はにやりと笑ってみせた。
「射撃には少々自信がありましてね。こないだも、逃げる相手の足を撃ち抜いて……」
「それはそれは……なのに、どうして一昨日は取り逃がしたんです?」
有沢は答えなかった。代わりに低く唸ると、白布を巻いた肩を抑えて俯いた。
「大丈夫ですか……」
乃麻が、一歩前に出る。その白く細い手を、有沢は強引に掴んだ。
「……あら」
「ふふふ……一昨日ですか? 別に取り逃しちゃあいませんよ……。しっかりと、足を撃ち抜いて……白い首を、ぎゅっとねえ、」
乃麻は冷たい目で、有沢の顔を見ている。
「あの少年は分かっていない……やはり銃は駄目だ……手で殺さないと、分かりやしないんですよ……あの女どもも、そしてあんたも……」
「……悪趣味、ね」
「余裕ぶってるんじゃねえぞ……あれか、頼もしいボディガード君が来るのを待ってるのか?」
「ええ」
「無駄だって……あいつは今頃ピストル魔に撃たれて、冷たいアスファルトがお友達……なんだ、その目は! ガキが……また俺を見下すのかァ!?」
骨太の手が乃麻の細い首にかかる。
「くっ……」
「ほら、どうだァ……」
「ふふ、情けない……」
「なんだと?」
「手を離しなさい、負け犬……三回まわってワンと言えば、許してやらないでもないわ……」
乃麻が、鼻で嘲笑う。
「く、く、くそがッ!」
「……まあでもどちらにしろ、もう遅いけれど」
「んだとォ!?」
「止めろ」
突然響いた声。
開け放たれた窓、風に舞うカーテン、腰のステッキに手をかけて立つ、黒衣の少年。
「な……!」
「お嬢さまから手を離せ。下郎」
「て、てめえ、鞭野に殺されたんじゃ……!?」
「生憎、あれくらいのことでは死ねない躯なんでね」
凍りつくような冷たい声とともに、千明はさっと前髪を払う。白い額に、幽かな焦げ跡。
「な、何言ってやがるんだ、」
混乱しながらも有沢は乃麻を振り払い、拳銃を構える。
「死ね、ガキ……」
次の瞬間、銀の一閃が音もなく、有沢の両の手首から先を切り落としていた。
「あ……?」
「万能科學刀・『神斬蟲』」
千明の手には、抜き払われた細身の刃。
「う、う、うあああああッ!?」
「失せろ」
恐慌状態に陥る有沢の顔面に、深々とハイキックが極まる――有沢は悲鳴を上げて、壁に叩きつけられた。
ふう――とため息をついた次の瞬間、一転してパニックを起こしたのは、今度は千明の方であった。
「うわー! だ、だだだだ大丈夫ですか、お嬢さま!?」
「大丈夫じゃないわ、こんなに赤く……」
髪をたくし上げて覗いた白い首に、有沢の手形が残る。
「ああ、ど、ど、どうしよう、え、えーと、病院、」
「放っておけば消えるわよ」
「で、でででも、万が一痕にでもなったら……」
「ひ……あ……て、て、てが……」
有沢は泡を吹きつつ、床でのた打ち回っている。
「……この外道、どうしますか」
「ちょっと待ちなさい……来たわ」
乃麻の言葉を合図にしたように、どやどやと部屋に人が入ってくる――いずれも、乃麻と同じ年頃の女生徒たちだ。
「あ、こいつだわ!」
「間違いないわ、私の首を絞めたのもこいつよ!」
「この人殺し!」
「人殺しよ!」
「ひ、ひぃいいいい!?」
有沢の顔から生気が消える。
「お嬢さま、彼女たちは……?」
「私が呼んだの。今回の事件の被害者の皆さまよ」
「お、お前ら、死んだはずじゃ、いや、殺したはずじゃ?! 俺が!?」
「死なないのよ」
乃麻は首をさすりつつ、微笑んだ。
「し、死なないって、どういう……」
「千明」
「はい」
千明は女生徒の中の一人につかつかと近寄ると、背後からその頭を掴み、思い切り引っ張った。
「失礼」
すぽっ。
「な、何するのよ!?」
首が、取れた。
「ぎ、ぎゃああああああ!?」
「……首取れてるわよ」
「あんた……ロボットだったの?」
「そ、そんなわけないでしょ?」
「こ、これはどういう……」
「刑事さん、あなた自分自身の手首御覧なさい」
有沢は蒼白な顔で、視線を手首に落とす。その切り口からは血も肉も骨も漏れず、代わりに鉄骨と、火花を散らす無数のコードが露わになっていた。
「ひ、ひぃ……?!」
「要するに、この島の皆さんは全員ロボットなんですよ、あなた含め」
「お嬢さん方、ご苦労さま。帰っていいわよ」
首を元に戻された少女たちは、狐につままれたような顔をして部屋を出て行く。
「だから、死なないの。直せば、直るのよ」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、あなたの殺人は不問よ」
有沢の顔に、混乱の中にも安堵が浮かぶ。
「でも、」
「へ?」
「あなただけには教えてあげるわ。私、人間なの。正真正銘の」
「は……?」
「千明」
「はい」
「やっておしまい」
千明はステッキ――いや、ステッキに仕込んだ、鋼をも断つ殺人剣「神斬蟲」に手をかける。
「ひ、ひぃっ!!」
「大丈夫、後でちゃんと直してあげますから。あ、逃げようとすればそれだけ痛くなりますよ? まあ、どちらにしろうんと痛くしますけど」
「た、助けて、なんでも、なんでもします、三回まわってワンとでも、なんでも、」
「……どうしますか、お嬢さま」
「言ったでしょう? ……もう遅いわ」
「いやああああああ!?!」




