漆
「ちっ……」
ピストル魔の少年は、その愛銃を片手に走る。長く長く続く、塀に沿って。
下手を打った。隠しておいた銃と弾薬を回収して、出来るだけ金持ちそうな家に目星をつけたまではよかった。しかし俺としたことが、一人殺り損ねるとは……。早晩、警察が駆けつけて来ると見た方がいい。
「こうなったら、この家に入り込んで、人質でもとって立て篭もるしか……」
「そういうわけにはいきませんよ」
「んなッ?!」
月を背負って、塀の上に立つ影。夜の風にマントを翻し、腰に下げるは長いステッキ。白面が、にっこりと微笑む。
「お、おまえ、さっきの……なんでここに?!」
「それは僕が聞きたいですよ……よりによって羽足邸を狙わなくてもいいものを」
男の顔面は蒼白だった。荒い呼吸をなんとか整えながら、口角に泡飛ばして銃口を千明に向ける。
「ち、畜生!」
「遅いですよ」
マントの下から、バッと現れたるは鋼の手。そしてその指先は、五連式機関銃。火を噴く親指人差し指中指薬指に小指。男は悲鳴を上げて、ライフルを取り落とす。
「い、一体何者なんだ、てめえはよッ!?」
「言ったでしょう、僕はロボット。そして、」
千明は身を躍らせ、地上に降り立った。
「この家の、書生です」
千明はゆっくりと、男に近付く。
「さあ、大人しく自首してください。おまわりさんも直に来ますから」
男はがっくりとうなだれた。そして、ぼそぼそと呟くように喋り始めた。
「よ、よりによって……なんとか島まで逃げ込んできたその日に、こんな、こんなデタラメな……」
「その日?」
千明は足を止める。
「あなた、一週間前からこの島で女子高生連続殺人事件を起こしてたんじゃ……」
男の顔に驚きが浮かんだ。
「し、知らねえぞ俺! 俺はつい昨日まで本土の方にいて、今朝方こっちまでやってきたばかりだ!」
「……どういうことだ」
その時、千明の脳裏に一つの言葉がよぎる。
――犯人は、銃を持っている。
「まさか、」
「お、俺じゃねえ、俺じゃねえんだよ畜生!」
男は、肩に担いだ銃を構える。男の言葉の意味を真剣に考えていた千明は、またしても反応が遅れてしまう。至近距離、銃口が轟音とともに火を噴いた。
「……はあ、はあ、流石にロボットでも、この距離でショットガン、喰らわせれば、ひとたまりも……成仏しろよ」
男は憔悴しきった様子で、煙を上げる銃口を下げ、緩慢な動作で歩き始めた。とにかく、逃げなければ。こんな島、こんなしま、一刻でも早く出て……
次の瞬間、一発の銃声が闇夜に響き渡った。




