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第六章 砂の夜、恋は“守りたい嘘”になる
第六章 砂の夜、恋は“守りたい嘘”になる
井戸へ行く前夜。
砂が風で頬を叩く。冷たい。
わたしは眠れず、外で空を見上げた。
星が多すぎる。
夜の黒が薄い。
ラシードが隣に立ち、星を指でなぞる。
「お前の時間では、星は少ないのか」
「うん……街の光で」
「なら、お前は“欠けた星”を見て育った」
欠けた星。
欠けた写本。
欠けた家族。
胸が痛い。
ラシードが不意に言った。
「紗良、俺は——お前を戻したくない」
鼓動が跳ねた。
「どうして」
「戻れば、お前はまた死ぬように生きる。弟の死に、毎日殺される」
言葉が残酷なくらい正しい。
だからこそ、涙が出そうになる。
「でも、戻らなかったら」
「ここで死ぬかもしれない」
「それでも?」
ラシードは答えない。
答えない代わりに、わたしの手を握った。
熱い。
その熱が、喪失の冷たさを一瞬だけ溶かした。
その瞬間、わたしは恋を自覚した。
恋は甘い。
甘いぶんだけ、失うのが怖い。
怖いから、戻りたくなる。
戻りたくなるから、未来が裂ける。
——悪い循環だ。
だからわたしは、握り返さなかった。
握り返したら、選択ができなくなる気がした。




