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第五章 写本の欠けた一行は、未来の骨折だ
第五章 写本の欠けた一行は、未来の骨折だ
隊商は夜明け前に動いた。
空が灰色のまま、ラクダの足音が砂を踏む。
遠くで鐘のような鈴が鳴る。
青い鈴じゃないのに、胸がきゅっと縮む。
道の途中、崩れかけた塔があった。
風が隙間を鳴らし、笛みたいな音がする。
わたしは耳を澄ませた。
“音”は、過去と未来を繋ぐ。
弟の声も、あの日の衝撃音も、音として残っている気がした。
夜、火。
羊肉の脂が弾け、煙が目に沁みる。
涙が出た。泣いていると思われたくなくて顔を背ける。
ラシードが布を裂いて、わたしの擦れた指を巻く。
結び目が丁寧すぎて、心が揺れる。
「優しいね」
言ってしまった。
彼は火を見たまま答える。
「優しさは、守るために嘘をつく」
「嘘?」
「真実を言えば、壊れるものがある」
その声が少しだけ震えた。
彼にも壊したくないものがある。
その事実が、わたしの胸を温めて、同時に怖くする。
翌日、石の輪のような井戸へ向かう。
ラシードは言った。
「写本は水を好む。乾いた場所では言葉が死ぬ」
意味がわからないのに、わかる気がした。
弟も、言葉を残せずに死んだ。




