第二章 青いタイルの街は甘く、痛い
第二章 青いタイルの街は甘く、痛い
サマルカンドの青は、空の青とは違う。
目に刺さる青ではなく、目の奥を冷やす青。
太陽は白く、タイルはその白を吸って、青に変えて返す。
レギスタン広場。
三つのマドラサが、時間を背負って立っている。
鳩の羽音。観光客の笑い声。石畳が熱を持ち、靴底越しにじわりと伝わる。
甘い匂いがした。
砂糖菓子。煮詰めたシロップの香り。
それが、弟の好きだった綿菓子に似ていて、喉の奥が急に狭くなる。
「顔色が悪い」
サイードが覗き込む。
「大丈夫。匂いが……」
「匂いは記憶を連れてくる。研究者にはいい刺激じゃない?」
彼は笑う。
その笑いが、わたしの痛みの上を靴で踏むみたいに軽い。
夜。ホテルの窓から灯りを見下ろす。
遠くの祈りの声が、風にほどけて届く。
わたしはノートを開いた。碑文の写し、文様のスケッチ。
ページの隅に、意味のない願掛けを走り書きする。
——もし、鈴が鳴ったら。
翌日、博物館の収蔵庫。
乾いた空気。消毒液。ガラスの匂い。
青釉の断片が、暗い光の中で海の底みたいに見えた。
サイードが言う。
「これが話題の青釉。ねえ紗良さん、触ってみて。君の指が、歴史に最初に触れる」
誇張だ。けれど誇張は甘い。
わたしは白い手袋をして、指を伸ばした。
その瞬間。
背後で、金属が床を打つ音。
リン、と。
鈴が鳴った。
世界が一拍遅れて、息を吸う方法を忘れる。
足元の床が、布みたいにほどけていく。
わたしは落ちた。




