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09 灰色の指輪と、翠の約束

「みなさん、来週は魔力コントロールテストがあります。各自、最終調整を進めておくように」


授業が終わる。


他の講義の筆記テストも重なっていて、正直、実技試験のことをすっかり忘れていた。


(どうしよう……もう時間がない)


先日試してみたけれど、魔力を使い切った指輪からは何の反応もなかった。

魔法は、まったく発動しない。


(コントロールだけなら問題ないのに……)


魔石を買いに行く?

でも王都で魔石なんて、いったいいくらするのか……。

想像しただけで背筋が寒くなる。


誰か、魔力を分けてくれる人はいないかしら。

先生に相談すれば、もしかして――。


深刻な顔で考え込んでいると、


「暗い顔してどうしたの?」


紅い瞳が、ひょいと覗き込んだ。


「わぁっ!?」


目の前には、頬を膨らませたヴェルナ。


「友達に幽霊みたいな反応しないでくれる?」


はぁ〜傷つくわ〜、と大袈裟に肩を落とす。


中庭の一件以来、距離が縮まった自覚はあったけれど。

“友達”と、はっきり言われたのは初めてだ。


胸が、じんわりと温かくなる。


「どうしたの? じっと見つめて」


「……友達って言ってもらえて、嬉しくて」


素直に言うと、ヴェルナの顔が一気に赤く染まった。


「ちょ、なによそれ……!」


焦る姿が可愛らしい。


微笑ましく見ていると、咳払いをして強引に話題を戻された。


「それで? さっき死にそうな顔してたわよ。フィリアには恩があるし、できることがあるなら手伝うわ」


――渡りに船、かもしれない。


指輪の魔力が切れてしまったこと。

魔法が使えないこと。


打ち明けると、ヴェルナは腕を組んだ。


「なるほど。それで魔力を満たしてくれる人を探してる、と」


期待を込めて見つめると、彼女は意地悪く笑った。


「それはできない相談ね」


「……え?」


胸が、すっと冷える。


その表情に気づいたヴェルナが、慌てて言い直す。


「ち、違うわよ! 適任がいるの。適任が!」


――その瞬間。


背中に、ひやりと刺すような視線を感じた。


特にフィリアが悲しそうな顔をした時、


凄まじい殺気が飛んできた気がする。


(そんなに気になるなら、自分から来なさいよ……!)


ヴェルナは内心で舌打ちする。


「そうね。人気のない場所に行ってみなさい。きっと“何か”あるわ」


意味深に言い残し、足早に去っていく。


「くれぐれも、知っている人以外とは話さないように!」


不思議な警告付きで。



(人気のない場所……?)


中庭?

図書室?

それとも空き教室?


少し考えて、フィリアは屋上へ向かった。


扉を開けると、澄んだ青空が広がっている。

誰もいない。


ここ最近はテスト続きで、部屋にこもることが多かった。

ぐっと背伸びをする。


気持ちいい。


……そういえば。


ヴェルナと出会った日、エルヴィン様は図書室に来なかった。


胸の奥が、きゅっと寂しくなる。


迷惑をかけてしまったから、避けられているのだろうか。


「フィリア」


優しく穏やかな声。


――幻聴?


「フィリア、こっちを向いて。泣いてるの?」


振り向くと、そこには心配そうな顔のエルヴィンがいた。



授業後、辛そうな顔をしているのが気になっていた。


声をかけたい。

でも、また巻き込んでしまうかもしれない。


躊躇しているうちに、ヴェルナが声をかけた。


いつの間に、あんなに親しくなったのだろう。


友達ができてよかった。

そう思うのに――胸の奥がざわつく。


フィリアがヴェルナに向ける笑顔。


あれは、本来僕に向けられるものではないのか。


嫉妬で、理性が軋む。


指輪を見せて困っている様子が見えた。


あの指輪……誰からの贈り物だ?


まさか、男?


胸の奥が黒く染まる。


ヴェルナの一言で、フィリアの顔が曇った。


泣きそうだ。


――泣かせた?


怒りが一気に込み上げる。


抑えきれない殺気が滲み出る。


「エルヴィン!」


はっとして振り向くと、レオニスが呆れ顔で立っていた。


「ここ、すごい皺が寄ってるよ」


「マリエッタ嬢、いつまで停学にしておく気だい? 公爵家と揉めてるよ」


あの事件は、マリエッタがエルヴィンに攻撃魔法を向けたとして処理された。

無期限停学。

それは、エルヴィンの怒りが収まるまで。


「好きな子を守りたいのは分かるけど、家まで潰すのはやりすぎじゃないかな」


その言葉の途中で、フィリアたちが移動し始めた。


「殿下、その話は後で聞きます」


振り向きもせず、エルヴィンは後を追う。


残されたレオニスは、肩をすくめた。


「分かりやすいなぁ」



屋上に吹く風は澄んでいた。


「その指輪……」


問いかけるより早く、フィリアが口を開く。


「母からもらったんです。魔力が切れてしまって……困っていて」


母親。


胸の奥の黒い霧が、すっと晴れる。


「なら、僕が入れてあげるよ」


「いいんですか!?」


ぱっと花が咲いたような笑顔。


エルヴィンはそっと彼女の右手を取り、指輪を見つめる。


灰色にくすんだ石。


やがて、穏やかな翠の光が溢れ出す。


翡翠色の魔力が、とくとくと流れ込み――


指輪は、静かに色を変えた。


澄んだ翠玉色に。


その瞬間。


胸の奥が、じわりと熱を帯びる。


灰色だった石が、完全に自分の色へと染まっていく。


――僕の色だ。


誰のものでもない。


今、この指輪を満たしているのは、僕の魔力。


一瞬だけ、恍惚にも似た満足が胸を満たす。


だがそれを悟られぬよう、穏やかな微笑みを浮かべた。


「わぁ……! 魔力で色が変わるんですね。エルヴィン様の魔力、素敵な翠色です」


無邪気に指輪を掲げる彼女。


その無垢さに、少しだけ罪悪感がよぎる。


――こんなにも嬉しいのに。


「これからも、魔力が切れたらいつでも満たしてあげるよ」


それは優しさであり、

同時に、静かな独占の宣言でもあった。


その言葉に、


「ありがとうございます!」


――何も知らない無垢な笑顔が、そこにあった。

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