表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

08 紅蓮の侯爵令嬢と、灰色の指輪

マリエッタとの事件が起きて、数日が経った。

あれ以来、彼女は登校していない。


「マリエッタ様を魔法で退けたって本当?」

「でも、魔力ゼロだったんじゃ……?」


放課後に残っていた生徒たちが目撃していたらしく、噂は瞬く間に広がった。


そのおかげか、あるいは誤解が少しは解けたのか。

以前よりも、普通に話しかけてくれる生徒が増えた。

それは素直に嬉しい。


けれど――


右手にはめた指輪へ、そっと視線を落とす。


澄んだ青色で満たされていた石は、いまや完全に色を失っていた。

光を吸い込むような灰色。


……もう、魔法は使えないのかもしれない。


深いため息がこぼれた。



「今月末に、魔法のコントロールテストを行います」


教師の声が、教室に澄んで響く。


「魔力判定用のクリスタルに、三等級程度の魔力を注入してください。使用する魔法の種類は問いません。ただし――」


そこで先生は不気味に微笑んだ。


「高火力でクリスタルを割らないように。

毎年、目立とうとして粉砕する生徒がいますが……

これは“コントロール”の試験ですからね?」


教室に小さな笑いが起きる。


「魔道具の使用は可。中庭に練習用のマナ・オブジェを設置します。空き時間に各自、練習しておくように」


そう告げて、授業は終わった。



週末。


自由時間を利用して、生徒たちは街へ出かけたり、部活動に励んだりしている。


フィリアはというと、特に行く当てもなく、気づけば図書室へと足を向けていた。


ここの空気が好きだ。

学院の洗練された雰囲気とは違う、木製の扉や机。

古書の匂い。

学院設立当初からほとんど姿を変えていないという空間は、どこか時を忘れさせてくれる。


何度も通ううちに顔見知りもできた。

とはいえ、本好き同士の、淡い繋がりにすぎないけれど。


お気に入りの窓際の個別机に腰を下ろす。


――ここは、エルヴィン様と出会った場所。


あの飴、美味しかったなぁ……


指先をキスされそうになった場面がふと蘇り、頬が熱くなる。


あれは傷を治してくれただけで……

断じて、そういう意味では……


そう自分に言い聞かせた、その時。


ごおおおおおおおっ!!


轟音とともに、窓の外に巨大な火柱が立ち上った。

三階の高さを優に超えている。


「……っ!?」


思わず立ち上がり、身を乗り出す。


「なんでなのよぉぉぉぉ!」


叫び声。


中庭には、大きな魔石のついた杖を握る侯爵令嬢の姿。


――ヴェルナ・イグナティア。

同じクラスの、紅蓮の髪の少女。

気高く、いつも一人でいる印象の強い子だ。


再び上がる火柱。

窓ガラスが震え、隔てられているはずなのに熱気が伝わってくる。


(このままじゃ……)


フィリアは図書室を飛び出した。



目に飛び込んできたのは、鮮烈な赤。


真っ直ぐな長髪が陽光を受け、まるで燃えているかのように揺れている。


連続して魔法を放ったせいか、ヴェルナの息はわずかに荒い。


「あら、あなたは確か……」


フィリアに気づき、すっと呼吸を整える。


「マリエッタを無期限停学に追い込んだ平民じゃない」


「無期限停学!?」


思わず声が裏返る。


「知らなかったの? 授業外での攻撃魔法は重罪ですもの。それにしても……少し“重すぎる”処分だとは思うけれど」


含みのある言い方。


「まあ、そんなことはどうでもいいわ。見ての通り、私は練習中なの。あちらへ行ってくださる?」


そう言って、再び詠唱を始める。


今度こそ抑えてくれれば――と見守るが、炎の粒子は凄まじい勢いで集束し、


轟音とともに、またしても高火力の火柱が天へ突き上がった。


「……」


「見たわね?」


振り返ったヴェルナは、一瞬迷い、それから目を輝かせた。


「あなた、初級魔法でマリエッタの魔法をいなしたんでしょう? 魔力コントロールが得意なんじゃない?」


ずい、と距離を詰める。


「私の秘密を知ったからには、協力してくれるわよね?」


有無を言わせぬ圧。


フィリアは冷静に、魔力の流れを観察する。


(粒子の収束が速すぎる……出力も異常)


視線は、杖へ。


巨大な火の魔石。


「その杖……」


待っていたかのように、ヴェルナの瞳が輝く。


「入学祝いよ! お父様が“火力で圧倒しなさい”って。火の侯爵家に相応しい最高級魔石ですって!」


誇らしげな笑み。


フィリアは少し躊躇いながら、口を開く。


「……言いにくいのですが。その杖が原因です」


「はぁっ!?」


空気が一瞬で灼熱を帯びる。


「杖の性能が高すぎるんです。初級魔法でも、出力が跳ね上がってしまうんです」


数秒の沈黙。


「……つまり、杖が優秀すぎると?」


「はい」


さらに数秒。


「……最高じゃない!」


思わずずっこけそうになるフィリア。


そこからはあっという間だった。

杖を使わない発動練習、テスト向けの詠唱の選別、出力の抑え方――。


「あなたのおかげで、きっとテストは楽勝ね」


「えぇと……お名前は?」


そこで初めて、ヴェルナがフィリアの名前を知らなかったことに気づく。


「フィリア・リヴァリエです。ヴェルナ様」


微笑むと、


「そう、じゃあフィリアね!」


屈託のない笑顔。


「私のことはヴェルナって呼んでいいわ」


エルヴィン様といい……

貴族の方って、“様”をつけられるのはあまり好きではないのかしら。


ぼんやり考えていると、


「じゃあね、今度は教室でもお話ししましょっ」


上機嫌に去っていく背中。


初めてできた女学生の友達。


フィリアの頬は、自然と緩んでいた。



――いない。


図書室の窓際の個別机。


あの事件以来、彼女ときちんと話せていない。

教室で姿は見かけるが、言葉を交わせずにいる。


あの時、僕が関わったせいで危険な目に遭わせてしまった。

……それとも、怖がらせてしまったのだろうか。


フィリアの声が聞きたい。

彼女の瞳に、僕を映していてほしい。


たった数日会わないだけで、こんなにも胸が軋むなんて。


諦めて帰ろうとしたその時、ふと窓の外へ視線を向ける。


――フィリアとヴェルナが、中庭で楽しげに話していた。


……友達ができたのか。


図書室で会う約束をしていたわけでもないのに。


それでも、胸の奥に、じわりと広がる感情。


まるで、裏切られたかのような。


僕は、こんなにも君に会いたかったのに。


窓ガラスに映った自分の表情は、

ひどく歪んで見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ