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05 触れる指先と、呼べない名前

魔力効率を高める魔法陣について考え込みながら、フィリアは机に向かったまま小さく唸っていた。


どうすれば、少ない魔力で安定させられるのだろう。


そのとき、不意に視界へ白く長い指が伸びた。


「ここに風の術式を加えて、流れを循環させてみたらどうかな?」


さらり、と迷いのない筆致で、魔法陣に線が書き足される。


驚いて顔を上げると、そこには穏やかに微笑む

エルヴィン・アステリアの姿があった。


「……!」


胸が小さく跳ねる。


「飴、美味しかった?」


その言葉に、はっと息を呑んだ。


「あ、あの飴はアステリア様のものだったのですね。

申し訳ありません、勝手にいただいてしまって……」


自分の近くに置かれていたから、てっきり偶然かと――。


焦るフィリアに、エルヴィンは柔らかく首を振る。


「ううん。フィリアさんに食べてもらいたかったんだ」


静かな声だった。


「あのとき、少しでも辛い気持ちが軽くなればいいなと思って」


胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。


「……とても美味しかったです。あのおかげで、元気が出ました。本当に、ありがとうございます」


微笑むと、エルヴィンは少しだけ目を細めた。


「アステリア様は、お優しいのですね」


その言葉に、彼の瞳が一瞬だけ揺れる。


「そんなに優しくないよ」


ぽつり、と落ちる声。


聞き取れずに首を傾げるフィリアを見て、エルヴィンはくすりと笑った。


「それより、魔法陣は完成しそう?」


「あ、はい!さすがアステリア様ですね。

今のご助言で、魔法発動速度が上がり、魔力効率も改善できそうです。本当にありがとうございます」


嬉しそうに語るフィリアを、彼は楽しげに見つめる。


「魔法形式は魔法陣をお使いなのですか?それとも詠唱を?アステリアさ……んっ」


言いかけた瞬間、彼の人差し指がそっと唇に触れた。


「“アステリア様”は、やめない?」


柔らかな感触に、息が止まる。

頰が一気に熱くなった。


「学院では身分は関係ないって言われただろう? 

それに――その“公爵様”が、そう呼んでほしいって言っているんだけど?」


少し意地の悪い笑み。


「は、はわ……。では、なんとお呼びすれば……」


その言葉を待っていたかのように、彼は口角を上げる。


「エルでいいよ?」


いきなりの愛称に、フィリアは目を丸くした。


「公爵様をお名前で呼ぶなんて!」

「とんでもございません! からかっていらっしゃいますよね……? アステリ――」


「エール」


すぐさま訂正が重なる。


「エル、って呼んで?」


柔らかな声なのに、逃げ道を塞ぐような圧がある。


優しいのに、少しだけ怖い。


――もし流されて、マリエッタ様の前で愛称などで呼んだら。


未来が容易に想像できて、背筋が冷える。


このまま流されてなるものか。


「……わかりました。エルヴィン様で!」


きっぱりと言い切る。


「ここは譲れません」


頬をわずかに膨らませて抗議するフィリアに、エルヴィンは一瞬きょとんとし、それから楽しそうに笑った。


「わかったよ、フィリア」


その呼びかけはあまりにも自然で、まるで昔からそう呼んでいたかのようだった。


けれど当の本人は、

“エルヴィン様”という呼び方を死守できたことに安堵するのに必死で。


公爵家の嫡男に失礼はなかったか。

マリエッタに睨まれないか。


そんなことで頭がいっぱいだ。


自分が名を呼び捨てにされていることなど、

これっぽっちも気づいていなかった。


その様子を見つめながら、エルヴィンは小さく目を細める。


(……無自覚なんだ)


くすり、と喉の奥で笑いを零す。


少しずつ。


距離を縮めるのも、悪くない。



今日も、フィリアは図書室にいるだろうか。


気づけば、放課後に図書室へ向かうのが当たり前になっていた。


魔法陣に向き合う真剣な横顔。

少し褒めれば、ぱっと花が咲くように明るくなる笑顔。


あの穏やかな時間が、最近やけに待ち遠しい。


終業の鐘が鳴ると同時に、エルヴィンは立ち上がった。


その瞬間――


「エルヴィン」


低く、よく通る声。


振り向けば、窓辺にもたれたレオニス王太子殿下が、面白そうにこちらを見ていた。


「あの“万年春風”の君が、随分と不満げな顔をしているな?」


「殿下。ご用件がないのでしたら、呼び止めないでいただけますか。急いでおりますので」


にこりと笑う。

だが目は笑っていない。


「おやおや。用がないと決めつけるのは早計だろう?」


レオニスは肩をすくめ、にやりと笑う。


「最近やけに図書室へ通っているそうじゃないか。

そんなに気になるのか?今まで女生徒に見向きもしなかった君が、ねぇ」


イタズラをしかけた子供のように、楽しげに反応を待つ。


まさか自分の行動が筒抜けだったとは。


多少浮かれていた自覚はあるが、それにしても――。


「……私の行動を把握するのに、暗部を使うのはおやめください」


穏やかな声音のまま、空気が一瞬だけ冷える。


「気が済みましたか?では、失礼――」


「魔力ゼロは事実だ」


ぴたり、と足が止まる。


レオニスの声音が変わっていた。


「だが妙だ。彼女の体内には、微弱だが絶えず魔力が巡っているらしい。それが魔導機を反応させた」


静かな沈黙。


エルヴィンはゆっくりと振り向く。


「……私は最初から、彼女を信じています」


微笑む。

だがその奥には、はっきりとした苛立ちが滲んでいる。


「殿下がどう判断なさろうと、関係ありません」


そう言い残し、踵を返した。


その背を見送りながら、レオニスは小さく息を吐く。


「四属性適性、か……」


細められた瞳に、興味の光が宿る。


「本当に“四属性”なのか?」


ひとりごちた声は、誰にも届かず廊下に溶けた。


評価やブクマをくれた方、ありがとうございます。

とても励みになります(*´꒳`*)


エルヴィンがそっとフィリアの口を抑えるシーン

のイメージイラストをそっと置いておきます。

※AIが画像を作成してくれました。

挿絵(By みてみん)

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